軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

◆書籍発売記念SS◆ジェロニモ視点

「はぁ…………」

執務室の机に頬杖をついて、バスチアン殿下がため息をつく。

(これで今日何度目の溜め息ですかね)

護衛騎士として仕えているジェロニモは、目線を送ってくる同僚にそっと首を振る。

きっとご自身がため息をつかれていることも、いつもピンと伸びている背筋がくったりと曲がって頬杖をついてしまっていることも、全く気付かれていない。

「ユーリットは……あと半日は戻らないんだよね……」

ポツリと、翡翠色の眼を曇らせながらつぶやく。

彼女が側にいないだけで、こうも無気力になってしまうのは困る。

「殿下、恐れながらもうしあげます。ユーリット様が戻られたとき、仕事が終わっていないと一緒にお茶をする時間が取れなくなりますよ」

「っ、わ、わかっている。ちゃんと、仕事はこなす。こなすのだが……はぁ……」

明らかにいつもよりも書類の処理速度が落ちている。

もともと優秀な方だから、落ち込んでいてもミスが一切ないだろう。

なので仕事が滞ることはない。

けれど、護衛騎士として側に仕える身としては、王子がこうも無気力でいられると、どうにかして差し上げたくはなる。

(まぁ、どうにもできないんですけれどね)

ユーリット様がいないのは、元婚約者であるアーデルト・フレイル公爵子息の元へ行っているからだ。正確に言うと、その奥方であるシェンナ・フレイル公爵夫人への出産祝いで出向いている。

お披露目パーティーは一年後にする予定だから、今日は友人としての内祝いだ。

アーデルト様はシェンナ様を愛していらっしゃるし、子煩悩な方だ。

シェンナ様とユーリット様は姉妹のように仲が良いし、万が一にもユーリット様がアーデルト様とどうにかなる未来はあり得ない。

けれどそれでも、王子はご不安なのだろう。

「……なんで、私は十五歳なのだろうな……」

これだ。

王子はユーリット様との歳の差を気にし過ぎている。

貴族間の婚姻なら、十歳程度の歳の差は割とあるのだが、バスチアン王子にとってはユーリット様より十歳年下というのがずっと気になってしまうらしい。

背も大分伸びて、少しだけユーリット様よりも高くなっているのだが、年齢だけはいつまでたっても追い越すことはできないから。

そしてアーデルト様はユーリット様よりも三歳程年上で、お互いにその気はないとわかっていても、王子としては心穏やかでいられないようだ。

(ユーリット様が幼くなった時に言われた言葉も、響いているのだろうけれど)

色々あって一時的にユーリット様が三歳児になってしまわれたとき、自分がもし攫われたなら、助けに来てくれるのはアーデルト様だと言っていたのだ。

記憶も三歳までしかないユーリット様だったからそうなってしまったのであって、いまのユーリット様がそんな事を思う余地は少しもないのだが。

「王子。そんなにご心配なら、王子もついていってはいかがでしょうか」

「うぁっ⁉ そ、そんな馬鹿なこと、できるわけがない」

「ですがご招待されていたでしょう?」

「うっ……それは、そう、なのだが……」

ユーリット様の婚約者として堂々と出向けばいいのだが、バスチアン王子としては気後れするらしい。

アーデルト様は同性の眼から見ても魅力的な人物だ。

すらりとした体躯、整った容姿、語学も堪能で、公爵家という高い地位を奢ることなく人柄も良いときている。彼の悪いうわさなど、一度も聞いたことがない。

そんな彼が、ユーリット様の元婚約者だったのだから、バスチアン王子がどうしても気にしてしまうのも頷ける。

婚約の解消理由もお互いを嫌いあってのことではないのだから、余計だろう。

(でも、なぁ……)

元婚約者といっても、十年以上前の話だ。

ユーリット様が十一歳の時のことで、十三歳から今日までバスチアン王子の婚約者として過ごしている。十二年だ。アーデルト様と過ごした時間よりもずっと長いだろう。

婚約者というよりは年の離れた姉弟のような関係だったけれど、最近は、ユーリット様にも変化が訪れているように思える。

まだ恋人という感じではないが、王子の一途さは、ユーリット様に確実に届いているのだろう。

それでもすぐに受け入れられない理由は、想像つくけれど。

(ま、俺も、十歳以上年下の姪に告られたときには、断りましたからね)

来る者は拒まない質でも、そこは、線引きというか良心と言おうか。

俺ですらそうなのだから、バスチアン王子を小さい頃から側で見守っていたユーリット様としては、なかなか踏み切れないとも思う。

「あー……いや、まだ、仕事が残っているからな……」

バスチアン王子はしょんぼりとしたまま、再び書類を眺め出した。公爵邸へ行くのはやはり難しいようだ。

「あっ!」

不意に、王子が顔をあげる。

その表情は期待に満ちている。

(もしや?)

一瞬の間をおいて、執務室の扉がノックされる。

続いて、聞き慣れた柔らかい声が響いた。

すぐさま、王子が椅子を蹴飛ばす勢いでドアに駆け寄る。

「ユーリット、お帰りなさい!」

「あら、昨日会ったばかりですのに」

ぎゅっと抱き着いてきたバスチアン王子に、ユーリット様は目を丸くする。

けれどすぐにいつもの優し気な笑みを浮かべて、バスチアン王子の頭を撫でた。

「子供じゃ、ない……」

小さく反論する王子の声は、けれどとても嬉しそうだった。