軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5

煌びやかなシャンデリアが照らすパーティ会場で、わたしはいま、バスチアン王子と向かい合っている。

王子は今にも泣きそうな顔で、拳を握り耐えている。

わたしはそんな王子を、心の中で頑張って、と応援する。

こんな大勢の前で、わたしを断罪しなければならない王子を思うと、わたしも泣きたい気持ちになる。

けれど、そうしなければならないのだ。

マーヴェラス王女の前で気を失うという失態を犯し、子を産むこともできないわたしは今日ここでバスチアン王子から婚約破棄をされるのだ。

皆の前での婚約破棄。

それがマーヴェラス王女の希望だから。

そうしなければこの度の非礼を許さないし、サミンサ王国からの輸出量を制限すると。

大勢の貴族に見つめられる中、バスチアン王子は高らかに宣言する。

「ユーリット・フォングラハン伯爵令嬢。あなたとの婚約は破棄するっ」

「謹んで、お受けいたします」

わたしはカーテシーをし、王子に微笑む。

瞬間、王子の顔がくしゃりと歪んだ。

「…………破棄、しない」

王子の翡翠色の瞳から涙が零れる。

「私は、ユーリットの婚約を破棄などしない! 私が愛しているのはユーリットただ一人だ。彼女以外を愛することはないし、婚約者にすることもない。

ユーリットが王族の妻に相応しくないというのなら、私が臣下に下る!」

叫び、バスチアン王子はわたしを抱きしめる。

「好きだ、ユーリット。貴方だけが好きなんだ。貴方といられないなら、何もかもいらない」

「バスチアン殿下……」

泣きそうになる。

駄目だ、嬉しいなどと思っては。

マーヴェラス王女と婚姻を結ばなければ、サミンサ王国の輸出を止められてしまう。

そうなれば、この国は立ち行かなくなる。

「これは、どういう事かしら!」

強い怒りを瞳に宿し、マーヴェラス王女が仁王立ちで佇んでいる。

もともと十二歳にしてはきつい顔立ちの彼女は、けれどわたしと王子にではなく、サミンサ王国の使者達にくるりと向き直ってきつく睨み付ける。

「貴方たち、わたくしに言ったわよね? ウィンライト王国のバスチアン殿下は、仮初の婚約者に苦しめられていると。年齢のいった婚約者との婚約を解消してしまったら、彼女の嫁ぎ先がないから、情けで婚約を続けているのだと。

けれどこれはどうなの? どこからどうみても、相思相愛じゃない! 少なくとも、王子はユーリットを愛している。これではわたくしは二人を引き裂く悪女だわ!」

バシッと扇子を音を鳴らして閉じる。

淑女らしからぬ振る舞いだが、それほどまでにマーヴェラス王女の怒りは深いのだろう。

サミンサ王国からついてきていた使者団は一様に顔を青ざめさせている。

「マーヴェラス王女、少しお伺いしたいのだがいいだろうか……?」

王女の剣幕に涙の止まったバスチアン王子が、恐る恐る声をかける。

「えぇ、いいわよ。何かしら」

「その、貴方の今の言葉だと、私とユーリットの仲を誤解していたがために、私と婚約しようと乗り込んできたかのように聞こえたのだが……?」

「そうよ。年齢差もそうだし、その……彼女は結婚しづらい理由があったのだし」

子を産めない事は、流石にこの場では言わないでもらえてほっとする。

知っている人は知っていることだけれど、こんな大勢の前で知られるのはつらい。

「年齢差については、いつも私も思っている。なぜ私は彼女と同い年ではないのかと、いつもいつも悔しく思う。彼女の歳に私がなった時、彼女はさらに先の歳だ。歳の差は永遠に縮まることがない。

彼女を守れる大人の男になりたい。今はまだ子供としてしか見てもらえずとも、いつか必ず彼女を振り向かせて見せる。私は、ユーリットを愛している」

再び愛の告白をされて、わたしは耳まで赤くなっているのを感じる。

子供のいうことだ、とは流せなかった。

「えぇ、えぇ、もう十分わかっていましてよ。わたくしはあなたと婚約するつもりでこの国に来たけれど、わたくしはサミンサの王女。愛に生きるサミンサ女王の娘なの。愛する者を引き裂くような真似、死んだってごめんだわ。

だから婚姻を結ばないのであれば輸出を止めるという話、あれは破棄してあげる」

にこりと微笑んで、マーヴェラス王女はわたしに歩み寄る。

「貴方のことも、ずいぶんと傷つけたと思うわ。ごめんなさいね?」

「いえ、どうか、お気になさらず……」

正直、彼女の嫌がらせは子供の悪戯程度だ。

紅茶をかけられた時だって、彼女は冷めてからかけてきたのだ。

もともと育ちが良いせいか、こちらが怪我を負うような危険な嫌がらせはなかったのだ。

「駄目よ、わたくしが気にするの。だから、貴方は大人しくわたくしに治療されなさい」

「治療、ですか?」

どういう事だろう。

小柄な王女はついっと顎をそらし、わたしのお腹に手を当てる。

その瞬間、王女の手の平から淡い光が溢れる。

白い輝きは、まさしく治癒魔法だ。

「……っ!」

腹部に痛みを感じ、手で押さえる。

「あぁ、少しだけ痛みがくるかもしれないわね? でも大丈夫。それは、一時的よ。これでもう、貴方の懸念はなくなるわ」

(懸念……?)

マーヴェラス王女が、そっとわたしに耳打ちする。

「子を産めるようになったわよ」

「えっ」

「ふふっ、お幸せに」

十二歳らしい可愛らしい笑顔を残して、マーヴェラス王女は去っていった。

◇◇◇◇◇◇

王女が去ってから、一月が経った。

そしてわたしの前には、なぜか大人になったバスチアン殿下が。

「本当に、殿下なのですか?」

柔らかいふわふわのプラチナブロンドと、翡翠色の瞳。

それは間違いなく王子の色彩だ。

けれどいま、十五歳のはず。

だというのに、目の前の殿下はわたしと同じぐらいの男性に成長していた。

「酷いな、ユーリット。私のことがわからないの?」

わたしよりもずっと背が伸びた王子が、意地悪く微笑む。

「いえ、その、これは一体……?」

「一時的に大人にしてもらったんだ。マーヴェラス王女に頼んでね。彼女の国では、魔法で年齢をある程度変える事が出来るようだよ。仮初だし、あくまで年齢を変えるだけだから、別人になれたりはしないそうだけれど」

王子が一歩近づく。

わたしは、一歩下がる。

「どうして逃げるの?」

小首をかしげる仕草が愛らしかったのに、いまはどうだ。

妙に色気があるのだ。

大人にしか見えないと、同じ仕草でこうも違ってしまうなんて。

また一歩、王子が近づく。

わたしは、そっと後ろに下がる。

「ユーリットに避けられると、傷つくんだけど」

拗ねる仕草まで色っぽいとか。

どうかしている。

(中身は王子、王子よ。十五歳の、可愛い、王子なのだから……)

「ねぇ。大人になった私は、嫌い?」

「そういうわけでは……」

一歩下がると、背中が壁に当たった。

もう逃げられない。

咄嗟にドアの方に目をやるが、瞬間、王子の左手がそれを遮った。

壁に手をつき、王子がわたしの顔を覗き込んでくる。

翡翠色の瞳が真剣な色を帯びているから、わたしは何も言えなくなった。

「ユーリット……」

バスチアン王子の手が、わたしの顎に添えられる。

そっと王子の胸元を手で押し返そうとしても、びくともしない。

中身は、王子。

子供で、幼い時からずっと見守ってきた大切な方で。

(でも、わたしは……)

もう少しで、王子の顔がわたしに重なるその瞬間、ぼふんという音と共に王子の姿が元に戻った。

だぼっとした服に着られている王子は、いつもの見慣れた可愛い王子だ。

ほっとする。

「もうっ、なんでこんな時に元に戻っちゃうんだよ!」

真っ赤になって悔しがる王子の頭をわたしは撫でる。

「こっ、子ども扱いするな! 大人の私は格好良かっただろう? ユーリットの好みだったはずだっ」

「そうですね、とても魅力的な方でした」

わたしが素直に認めれば、王子は耳まで真っ赤になった。

そう、ほんとうにそう。

今でも王子は格好いいのに、大人になった彼は、わたしよりもずっと背が高く、見つめられると心臓が跳ねた。

「では、結婚してくれるのか……?」

恐る恐る、王子が申し出る。

わたしを想ってくれる気持ちは幼いころからずっと変わらない。

きっと、これからもそれは続くのだろう。

王子は子供なのだと、わたしは仮初の婚約者なのだと自分に言い聞かせてきたけれど、ずっとずっと好きだと言われ続けて、心が揺らがないはずがないのだ。

王子の問いに、わたしは心からの笑顔で微笑んだ。