軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第998話 【武帝】の誤算

植物や人間の生気を奪い取りながら、少しづつ力を蓄えていった【武帝】の残滓。

だが、それでもまだ全然足りない。その回復量は、万全状態と比べたらほんの1%にも満たない。

次の依代に潜むにしても、これでは何にも取り憑くことができないのは明白だ。最低でも一割以上は力を取り戻さなければ、何をどうするにも不自由で仕方がない。

まずは力を蓄えつつ、次の依代探しも始める【武帝】の残滓。

次は何に潜り込むべきか―――植物類は駄目だ。生気を奪うには良い相手だが、【武帝】の持つ力に堪えきれずにすぐに枯渇してしまう。

そしてそれは植物類のみならず、人族などの動くもの全般に言える。必死の思いで取り憑いたはいいが、すぐに生気が尽きて死んでしまうようでは常に依代探しに奔走する羽目になるからだ。

植物は駄目、人間も駄目、となると、やはり剣や彫像などが良い。そうした無機物ならば、生気が枯渇する心配などない。

例え依代が無機物であろうとも、【武帝】である我が完全に力を取り戻せば、膨大な魔力を以って浮遊するなりして場所移動も難なくこなせる。

とはいえ、先程の騎士が所持していたような 鈍(なまくら) な代物では駄目だ。それでは生気を奪い集めるのに力が足りないし、何より【武帝】である我の住処には相応しくない。

幸いにしてここはラグナ神殿。大陸一の宗教の総本山ともなれば、名品級の彫像なり伝説級の武器防具なりを大量に所持しているだろう。

武器防具に取り憑くのは若干不安ではあるが、あの破壊神とて血反吐を吐くくらいには傷を負わせたし、傷だらけの霊体では当分は表に出てこれまい―――

【武帝】の残滓がそんなことを考えながら、空中を浮遊し次の標的を探し求めている。

そうして見つけたのは、大教皇執務室に避難する途中のホロと魔の者達の後ろ姿だった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ホロと魔の者達の後ろ姿を目にした【武帝】の残滓は、内心でほくそ笑む。

特に人族に擬態した魔の者達は、【武帝】の残滓にとって格好のの獲物であった。

(あれは……見た目を人族に変えて擬態してはいるが、人族ではない。魔族の血が混じった魔物だ)

(魔族の血はかなり薄くて、雑魚もいいところだが……弱った今の我を満たす程度には腹も膨れよう)

(……よし、ではひとまずあれらを食するとするか―――)

魔の者達を食らうべく、【武帝】の残滓は無遠慮に近づいていった。

だが、とある地点で何故か嫌な氣がまとわりついてきて、【武帝】の残滓は足止めを食らってしまった。

これは一体何事か、と思い周囲を見回すと、足元に丸型の物体が多数転がっている。どうやらそいつが【武帝】の残滓を足止めしているようだ。

その丸型の物体こそ、魔の者達が倉庫に運び込もうとしていたクリスマス用オーナメントだった。

クリスマス用オーナメントとは、クリスマスツリーをより華やかに飾り付けるアイテム。

そしてクリスマスは『聖夜』と呼ばれることからも分かるように、本来は聖なる日として宗教的に重要な行事である。

その聖なる日の重要なアイテムを飾るオーナメントの原料には、聖なる木とされるペロサントの木の枝が用いられている。

こうしたことから、クリスマス用オーナメントにも聖なる力が宿っていた。

地面からくるチリチリとした嫌な痛みに、黒い靄は思わずその場に立ち止まる。

だが、【武帝】の残滓を蹴散らし退治するまでには至らない。チリッとした痛みを感じるのはほんの一瞬だけで、地面に転がる丸型オーナメントはすぐに黒ずみ力を失っていったからだ。

それはまるで足つぼマッサージのための小石の敷物の上を進むような状態だったが、【武帝】の残滓は怯むことなくじわじわと前に進んでいく。

途中、魔の者達の機転により丸型オーナメントを大量にぶち撒けられもしたが、それでも黒い靄は止まらない。

(この忌々しい球は邪魔だし、鬱陶しいことこの上ないが……それでもあの雑魚魔物を三匹も食えば、ここで減らされた力を補充してなお釣りが出るくらいだ)

(魔族に連なる血を持つならば、四帝の一角【武帝】である我に血肉を捧げて当然)

(むしろ我に力を捧げる栄誉を得られることを、心の底から喜ぶがいい―――)

悪辣な思考を巡らせる【武帝】の残滓が、魔の者達を目がけてひたすらその魔の手を伸ばしていた、その時。

一人の人族が、黒い靄と魔の者達の間に立ちはだかった。

その人族は、歳は四十代半ばくらいで、肩まである淡い黄金色の髪のところどころに白髪が混じっている。

瞳は萌葱色で、体格は線が細めの中肉中背。これまで戦闘や格闘といった場面には無縁で生きてきたようだ。

その手には、大きな宝玉があしらわれたとても立派な司教杖を持っており、衣服もとても上等な絹を使った聖職服を着ている。

このことから、黒い靄の前にいる人族は聖職者の中でもかなり上位の者であることが【武帝】の残滓にも分かった。

(ふむ……確かあれは……今代の総主教だったか)

(あれと大教皇のせいで、我等のラグナ教侵蝕計画が台無しにされてしまった訳だが……全く以って忌々しいことよ)

(だが、あれが今手に持っている杖……あれは悪くない。……いや、悪くないどころかかなり上等な代物だ。我の新たなる依代に相応しい)

(……ならば我等の計画を台無しにしてくれた償いとして、その杖と後ろの魔の者達の命を貰い受けようか)

己の目の前に立ちはだかるホロを見て、【武帝】はホロが手に持つ司教杖に目をつけた。

そして寸暇を惜しむように、黒い靄がホロに迫り襲いかかっていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

黒い靄がホロに襲いかかる時より、少し前のこと。

魔の者達は、突如現れた黒い靄を退治しようと、懸命にオーナメントを投げつけて必死に足掻いていた。

そんな彼らを庇うように、その前に進み出て黒い靄と対峙するホロ。

黒い靄がクリスマス用オーナメントに怯んでいる隙に、ホロもまた様々な思考を巡らせていた。

(あの邪悪さは……間違いなく【深淵の魂喰い】に潜んでいたものだろう。レオニス卿の話では、あれに潜むは最後の四帝【武帝】のはずだ、ということだったが……)

(来月の我等の退陣に合わせて、新体制への任命式の日にレオニス卿にお任せする予定だったのだが……その前に【深淵の魂喰い】から出てきてしまったのか)

(何とも間の悪いことだが……致し方あるまい。ここは私が生命に替えてもこの場を収めきる!)

ホロは、目の前にある黒い靄の正体が廃都の魔城の四帝の一角【武帝】であることに気づいていた。

それは、靄が現れた方向や尋常ならざる邪悪な気配等々から推察したものである。

そしてホロは、自分一人の力では到底【武帝】を退けられないことも理解していた。

ホロはラグナ教のナンバー2、総主教にまで上り詰めた程の人物ではあるが、それでもその力は大教皇エンディや金剛級冒険者レオニスの足元にも及ばない。

ホロ自身そうした自覚はあるし、【武帝】と対峙して勝つことなどまず不可能だろう。己の力量は、己が一番良く分かっていた。

だが、勝てないからといってここで退くという選択肢はない。

ここには魔の者達もいるし、ホロ達が向かっていたその先には大教皇執務室がある。

大教皇執務室は、その執務や奥にある大教皇専用の祈りの間も備わっているため、その祈りや執務を邪魔しないように完全防音魔法が施されている。

何か用事があってその扉を叩く者がいなければ、扉の外の喧騒は執務室の中に全く届かない。そのため、大教皇は今も外の騒ぎに気づかずに執務室の中にいる可能性が高かった。

大教皇様を危険に晒す訳にはいかない。

あと一ヶ月もしないうちに、私達は退陣するが……それでもまだ今は、大教皇様がラグナ教の現最高指導者であることに変わりはない。

大教皇様をお守りするためにも、ここで私が【武帝】を食い止める。【武帝】相手に勝つことはできずとも、相討ち覚悟で封印すれば良いのだ―――

ホロは【武帝】と刺し違える覚悟を決めていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ホロの後ろで、魔の者達の「ホロっち!行くな!」「頼む、行かんでくれ!」「ホロっち!!」という、懸命に引き留める声が聞こえる。

魔の者達の悲痛な声と裏腹に、ホロの脳裏には魔の者達と過ごした楽しい日々が思い出として蘇る。

シャングさんは、若手の中で頼れる兄貴的な人でしたね。皆の間で意見が割れて、ともすれば喧嘩になりそうなところを何度も仲裁しては仲直りさせていた姿は、今でもよく覚えていますよ。

キースさんは魔の者達の中でも老齢な方でしたが……いつも矍鑠としておられて、しかも手先が器用なものだから、木彫り教室でもめきめきと腕を上げていたのが嬉しかったです。

ライノさんは、とても明るくて人好きのする性格でしたね。その明るい性格で、誰からも愛されていて……貴方の周りには、常に笑顔が絶えなかった。

皆さん、これからもずっと、ずっとそのままでいてくださいね―――

様々な思いがホロの胸に去来する。

シャング達への気持ちを胸に、ホロは再び黒い靄と真正面から向き合い対峙した。

そして何やら呪文を唱え始めた。

【武帝】との相討ちを覚悟したホロだが、彼だってそう簡単に玉砕してやるつもりはない。

何を隠そう、彼が得意とするのは浄化魔法である。

もちろん回復魔法なども使えるが、ホロはラグナ教の中でも随一の浄化魔法の使い手だった。

彼が総主教という地位にまで至ったのは、この浄化魔法の腕を買われたというのが大きな要因でもあった。

ホロが使える最強の浄化魔法で、黒い靄を祓えることができれば良し。

もし万が一祓いきれずとも、ホロが残りの邪気を体内に取り込み封印すればいい。

ホロが詠唱を唱え終えた瞬間、黒い靄がホロの目前まで迫っていた。

だが、黒い靄がホロに覆い被さる前に、ほんの僅かにホロの方が先んじて最上級浄化魔法を放った。

「祓魔天昇・光浄」

ホロが最上級浄化魔法の呪文を唱えた瞬間、ホロの前方に巨大な円形の魔法陣が出現し、強烈な光が放たれた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

(バ、バカな……!)

(我がこのようなところで……人族の魔法如きに敗れるなど……)

(……あってはならぬ!)

ホロが放った最上級浄化魔法。その威力は想像以上に強烈で、黒い靄はなす術もなく消されていく。

【武帝】の誤算は三つ。

まず一つ目は、復活のため生贄として目をつけた魔の者達のすぐ近くにホロがいたこと。そしてそのホロは、ラグナ教随一の浄化魔法の使い手であったことが二つ目。

最後の三つ目は【深淵の魂喰い】から離れた【武帝】の分体の弱体化は、【武帝】自身が思っていた以上に激しかったことだ。

もしこれが、破壊神イグニスとの戦闘の直後でなければ―――【武帝】が持つ本来の力が十全に発揮できる状況であったなら、ホロの最上級浄化魔法にも余裕で耐えられただろう。

だが、破壊神イグニスから受けた数々の攻撃のダメージは【武帝】自身が考えていたよりもはるかに深刻かつ甚大だった。

破壊神イグニスが振るう破壊の大鎚、その威力は想像を絶するものであり、彼が自らを【破壊神】と名乗るのも伊達ではないのである。

そして、魔の者達を見つけるまでに少しは力を回復したと思っていた【武帝】だったが、その程度の回復ではホロの放つ最上級浄化魔法には到底敵わない。

己の力を過信し読み違えた【武帝】に、ホロの決死の覚悟を打ち破ることなどできるはずもなかった。

もしこの場にホロが通りかかっていなければ、魔の者達や護衛兵だけでは【武帝】の残滓に抗うことはできなかっただろう。

そして魔の者達の生命を食い漁った【武帝】の残滓は、さらなる力を得て他者を襲い蹂躙し続けていたに違いない。

しかし、この勝利はホロがこの場にいただけでは成し得なかった。

魔の者達が運んでいたクリスマス用オーナメントも、少なからず【武帝】の残滓が溜め込んでいた力を削ぐことに貢献していた。

【武帝】の誤算はホロにとっての嬉しい誤算となり、相討ちに持ち込むことなく打ち破ることができた。

どれ一つとして欠かすことのできない、数々の要因が複雑に絡み合うことで起きた、まさに奇跡と言える勝利だった。

こうして黒い靄、【武帝】の残滓は跡形もなく地上から消滅した。