軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第994話 破壊神の顕現

水晶から放たれた強烈な光が、主教座聖堂の中を白く染める。

突然のことに司祭はジョゼ達を庇い、ジョゼとイヴリンもしゃがみ込んで頭を抱えて伏せた。

しばらくはぎゅっと目を瞑っていたが、閉じた瞼越しにも光が次第に弱まっていくのが分かり、そっと目を開けて水晶の壇の方を見た。

するとそこには何と、巨大な少年が立っていた。

その少年は、上は半袖の白Tシャツに濃緑の革のエプロンを着ていて、腰には道具入れと思しきウエストポーチを着けている。下は茶色のズボン、厚手のゴツいブーツを履いている。

両手は厚手の革手袋を嵌めていて、左手に超巨大な 大鎚(ハンマー) を持ち、左肩に軽々と担ぎ乗せている。

髪は赤錆色のショートヘアで、瞳は鮮やかな緑色。頭にはゴーグルのついた鍔つきベレー帽を被り、鼻の頭には横一文字状に貼られた絆創膏。

その巨大な少年は、身の丈こそ10メートルくらいあり身体もうっすらと透けて見えるが、目鼻立ちや姿形は十五歳くらいに成長したイグニスそのものであった。

「……あ……あれは……」

「イ、イグニス……?」

「……え? え? あ、あっちにも、イグニス、いるよね……?」

司祭に庇われていたイヴリンとジョゼも、巨大なイグニスを見上げながら呆然としている。

幼馴染のイグニスが突如巨大な姿で現れたら、イヴリンやジョゼでなくとも驚いて腰を抜かすだろう。

しかも、水晶の壇の前を見ると、イグニスの本体?も水晶を覗き込んだ姿勢のまま立っている。

イグニスが大小合わせて二人いるという異常事態に、イヴリンもジョゼも訳が分からなかった。

一方、突如出現した巨大イグニスは、左肩に巨大ハンマーを持ったままキョロキョロと周囲を見回している。

『ここはどこだぁ? オイラの仕事場じゃねぇみたいだけど…………ン?』

キョロキョロ見回している最中に、地面にいたイヴリンやジョゼがその目に留まったようだ。

巨大イグニスはその場にしゃがんで、イヴリンとジョゼを興味津々な目で見つめる。

『イヴリンとジョゼ? えらくちっこくなったもんだなぁ?』

「「…………」」

『お? こっちにはリリィもいるじゃんか。……って、リリィ、何でブッ倒れてんだ? ……つーか、ここ、どこよ?』

「「…………」」

巨大イグニスが右手の人差し指で、イヴリンとジョゼをちょん、ちょん、と突っつく仕草をする。

だが、巨大イグニスは半透明の霊体状態なので、指で突ついても実体があるイヴリン達を触ることはできないのだが。

そして巨大イグニスがしゃがんだ股の真下には、目を回して気絶したリリィが仰向けで倒れている。

イヴリン達にしたように、巨大イグニスがリリィも指で突つこうとしている。が、水晶の壇の前にいるイグニスの実体には全く興味を示さない。

そうして巨大イグニスだけが一人、何事もないかのようにうろちょろと動き回っていたが、突如巨大イグニスがその動きを止めた。

『…………?』

それまであっけらかんとしていた巨大イグニスの表情が瞬時に変わり、険しい顔つきになる。

その場ですくっ、と立ち上がり、後ろを振り向いた巨大イグニス。

眉間に皺を寄せて鋭い視線を向けたその先には、一本の赤黒い剣が独りでに宙に浮いていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

巨大イグニスと赤黒い剣が、水晶の壇を挟んで睨み合う。

巨大イグニスの目線の高さまで浮いているその剣は、赤黒い剣身から途轍もなく邪悪なオーラが漏れ出ている。

それは、このラグナ神殿主教座聖堂に祀られていた【深淵の魂喰い】であった。

両者はしばし無言のまま睨み合いを続けていたが、どこからか低くくぐもった声が聞こえてきた。

『我を現世に引き摺り出すとは……貴様、一体何者だ』

『あァン? 何だおめー、喋る魔剣ってか? つーか、人の名前を聞きたけりゃ、まず自分の方から名乗れや?』

『…………よかろう。その度胸に免じて、冥土の土産に聞かせてやろう』

地の底から響くような悍ましい声は、イグニスのものではない。【深淵の魂喰い】から発せられていた。

そして【深淵の魂喰い】から巨大イグニスに名を問うも、当のイグニスにすっぱりと言い返されてしまった。

【深淵の魂喰い】はしばしの沈黙の後、巨大イグニスの言い分に応じて名乗りを上げる。

『我が名は【武帝】―――廃都の魔城の最奥にて、常闇を統べし四帝の一角 也(なり) 』

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

聖遺物【深淵の魂喰い】の奥底に潜む、廃都の魔城の四帝。

その一角である【武帝】が現れた。

と言っても、これまでと同じく本体が出てきたのではなく、聖遺物に潜んだままでその声だけが辺りに響いているのだが。

そしてその悍ましい声が主教座聖堂内に響き渡る頃には、司祭やイヴリン、ジョゼは邪悪なオーラに中てられて気絶していた。

【深淵の魂喰い】から放たれる半端ない威圧。

だが、巨大イグニスだけは全く怯むことなく堂々と立っている。

【武帝】が発する並外れた圧など物ともせず、鼻の頭を右手人差し指で擦りながら目の前にいる赤黒い剣と渡り合う。

『武帝、だぁ? ご大層な名前だな』

『何だ、小僧。我のことを知らんのか』

『あンだとぅ? オイラは小僧なんて名前じゃねぇぞ!』

【武帝】に小僧呼ばわりされた巨大イグニス、プンスコと怒っている。

だが、【武帝】が巨大イグニスのことを小僧呼ばわりするのも致し方ない。何故なら巨大イグニスはまだ名乗っていないからだ。

巨大イグニス自身もそのことにすぐに気づいたようで、はたとした顔の後改めて【深淵の魂喰い】に向けて話しかけ始めた。

『……つーか、そうだな、そっちもちゃんと名乗ったんだし、オイラもおめーに名前を教えてやる。耳の穴かっ穿ってよーく聞きやがれ。オイラの名は―――』

巨大イグニスは、ニヤリ……と不敵な笑みを浮かべ、それまでずっと左肩に担いでいた巨大ハンマーを地面に立てて、ドン!と下ろす。

そして鼻の頭を擦っていた右手人差し指をビシッ!と前に突き出し、高らかにその名を告げた。

『破壊神イグニスだ!!』

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

鼻息も荒く、超ドヤ顔で己の名を名乗る破壊神イグニス。

だが、フッフーン☆というしたり顔の破壊神イグニスの前に浮いている【深淵の魂喰い】は、一言も発することなく佇んでいる。

そして徐に言葉を発した。

『……貴様、その格好からするに鍛冶師だな?』

『おう!ペレ鍛冶屋の三代目跡取りにして、この世のありとあらゆる武器防具を鍛えることのできる、世界一の鍛冶師だぜ!』

『…………鍛冶師が【破壊神】を名乗るとは、面妖なことよ』

『あンだとぅッ!?』

まるで鼻で笑うかのような【武帝】の言い草に、破壊神イグニスがガビーン!顔になる。

とはいえ、【武帝】の言うことは紛うことなき正論である。

鍛冶師が武器防具を鍛えるのは、RPGゲームでは当然のことだ。むしろ【破壊神】という二つ名がつく方がおかしい。

鍛冶師とは物作りの職業であるはずなのに、その二つ名が【破壊神】などと縁起が悪いにも程がある。

だがしかし、イグニスという存在はそうした世の常識などいとも簡単に覆す。

何故なら彼は、BCOの運営自らが【破壊神】と 公認(・・) したBCO唯一の鍛冶師だからだ。

BCOには、ユーザーが入手した武器防具を鍛冶屋で強化するというシステムがあった。

強化に成功すれば、ユーザーはより強力な力を手に入れることができる。故に、皆こぞって鍛冶屋に通ったものだった。

その鍛冶屋のイグニスが、何故【破壊神】と呼ばれたか。

それは、彼の鍛冶は必ずしも成功するものではなかったからだ。

さすがに成功率100%の場合は、武器防具強化は絶対に成功する。だが、成功率100%以下になると途端に失敗率が急上昇するのである。

『成功率90%なら大丈夫っしょ!』

『イケるイケる!』

安易にそう考えて成功率90%の鍛冶強化に挑み、見事に失敗率10%を引き当てて惨敗を喫したユーザーは数知れない。

へっぽこ鍛冶屋イグニスの手によって、BCOでは日々数多の武器防具が葬られ『完全消失』の憂き目に遭っていた。

その結果、イグニスは『破壊神』という不名誉な渾名をユーザー達につけられたのだ。

しかし、ユーザー達からどれ程怨嗟の念をぶつけられようとも、イグニスが変わることはない。

彼はBCOの鍛冶強化システムを担う唯一のNPCであり、彼に鍛冶を頼みたくないから他の鍛冶屋に行く!などという選択肢はない。

彼の代わりになる鍛冶師など存在しないのだ。

故にイグニスは、どれだけ他者から憎まれ罵られても決して彼はへこたれない。

BCOという世界が存在する限り、彼は己が役目を果たすために武器防具を鍛え続ける。

それこそが彼の誇りであり、唯一無二の存在意義であった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

初対面の【武帝】に軽く侮辱された破壊神イグニス。

一瞬だけ気色ばむも、【深淵の魂喰い】を見ているうちに何かに気づいたようで、すぐに不敵な笑みを浮かべて鼻で笑う。

『フフン……【武帝】だか何だか知らねーが、おめーがそんな余裕をかましていられんのも今のうちだけだぞ?』

『……何?』

『鍛冶屋のオイラが、何で【破壊神】なんて大層な二つ名をつけられてると思ってんだ?』

『………………』

真正面に浮かぶ【深淵の魂喰い】を睨みつけながら、破壊神イグニスがニヤリ……と笑う。

先程【武帝】も嘲るように『面妖な』と破壊神イグニスに向けて言い放っていた。だが、確かに言われて見ればおかしい。

『鍛冶師』と【破壊神】、本来なら揃ってつけられるはずのない不名誉な二つ名。余程のことでもない限り、そんな渾名がつく訳がないのだ。

だが、イグニス自らがそれを名乗るということは、その『余程のこと』が起きた末の結果ということを指し示している。

【深淵の魂喰い】の中に潜む【武帝】の背筋に、得体の知れない悪寒が走る。

『確かにオイラはしがない鍛冶師だし、鍛冶の腕だってまだまだ未熟だ。だがなぁ、一つだけ……たった一つだけ、誰にも負けないオイラだけの特技がある。そしてこれは、凄腕職人のじーちゃんや父ちゃんにだって絶対にできないことだ』

『…………』

『それが何だか、おめーに分かるか?』

『…………』

『おお、分かってるようだな?』

眼光鋭く【深淵の魂喰い】を睨みつける破壊神イグニス。

一方【深淵の魂喰い】は、どことなく強ばっていて怯んでいるように見える。

禍々しい邪気を放つ【深淵の魂喰い】が、ジリジリと後退りしている。

『なら、早速答え合わせといこうじゃないか』

『…………待て』

破壊神イグニスが左手で柄を持ちながら地面に立てていた、巨大な大鎚を徐に両手で持った。

その動きを見た【深淵の魂喰い】の中の【武帝】が、破壊神イグニスに待ったをかける。

だが、破壊神イグニスは【武帝】の言葉に一切耳を貸すことなく、ゆらりとした動きを続ける。

『せっかくならさ、その身を以て 体験(・・) するのもいいだろ? だっておめー、武器だし』

『…………やめろ』

巨大な大鎚を両手で持ち上げ、構えを取る破壊神イグニス。

破壊神イグニスの胴体分はあろうかという、太くて長い金属製の大鎚の平面が【深淵の魂喰い】に向かう。

その間【武帝】がなおも破壊神イグニスを止めようとするも、もちろん破壊神イグニスは聞く耳を持たない。

そして破壊神イグニスがゆっくりとした動きで、大鎚を大きく振り被り続ける。

『オイラの誰にも負けない特技、それはなぁ―――』

『…………』

『どんなに優れた武器防具だろうが―――』

『…………ゃ』

『オイラのこの大鎚で―――』

『やめろーーーッ!!』

遂に【武帝】が大声で叫んだと同時に、破壊神イグニスがその目をクワッ!と大きく極限まで見開く。

そして【深淵の魂喰い】に向けて、大鎚をフルスイングで振り抜いた。

標的を定めた大鎚が、捕らえた獲物に食らいつくようにものすごい勢いで【深淵の魂喰い】に迫る。

『壊せないものなんざねぇんだよ!!』

破壊神イグニスの大鎚と【深淵の魂喰い】が面で衝突した瞬間。

ドッカーーーン!という爆音と衝撃波が発生し、主教座聖堂という建物全体を大きく揺らした。