軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第949話 ネツァクで起きた事件

転移門で冒険者ギルドネツァク支部に移動したラウル達。

受付窓口や依頼掲示板などがある大広間に行くと、何やらいつもより騒がしい。

はて、何事が起きた?とラウルが訝しがりつつ、クレア姉妹七女のクレノがいる受付窓口に向かった。

「よ、久しぶり」

「あっ、殻処理貴公子のラウルさんじゃないですか!お久しぶりですぅー!」

「何か冒険者ギルド内が妙に騒がしいが、何かあったのか?」

「実はですね、五日程前にちょっとした……いえ、かなりの大事件が起きまして……」

ラウルの問いかけに、クレノが困ったような顔で話し始める。

クレノの話によると、今から五日程前にとある商隊の荷馬車が運悪く立て続けに魔物に襲われ、ノーヴェ砂漠で遭難したという。

荷主や護衛達は何とか命からがらネツァクに逃げ込んだおかげで、死者は出ていないらしい。

だが、問題はその積み荷にあった。その積み荷の中に、違法品が隠されていたのだ。

「その違法品ってのは、何だったんだ?」

「商隊の荷主は『植物の種だ!』と言い張っていましたが……あれは明らかに普通の植物の種ではありません」

「普通の植物ではない、というと?…………まさか」

「はい……成人の頭一つ程の大きさはある、植物系魔物の種です」

眉を顰めながら、苦々しげに語るクレノ。

極々普通の植物やその種苗ならともかく、植物系魔物の種の持ち込みは基本的にどの街でも固く禁じられており、研究用等の特殊な理由でもなければ許可は下りない。

もちろんネツァクもその例に漏れず、植物系魔物の種苗の持ち込みは厳禁である。

例えばこれが種皮だけ、とか、細かく砕けたものなど、要は『絶対に発芽しないことが確定しているもの』であれば、まだ許可が得られる可能性はある。

だが、クレノの話を聞く限りでは、絶対にそうしたものではないことが窺えた。

「つーか、何でそんなもんを無断で持ち込もうとしたんだ?」

「好事家相手にそうした違法な品々を、法外な値で売る者が後を絶たないんですよ……今回の件も、それらと同類と思われます」

「そうか……悪いことを考えるやつってのは、どこにでもいるもんなんだな」

「ええ……荷馬車に禁輸品を積んでいたと発覚した時点で、荷主は即時拘束しました。そしてノーヴェ砂漠のド真ん中に放置された荷馬車も、迅速に回収に向かったのですが……」

事のあらましを語るクレノの眉間の皺が、さらに深くなり険しくなっていく。

はぁー……と大きなため息をつくクレノ。

「一歩遅かったようで……我々が派遣した冒険者達が荷馬車を発見した時には、既に全部の種が発芽済みで、種皮―――種の外側の殻だけが辺り一面に散らばっていたそうです」

「それは……かなり危険なことになってないか?」

「ええ。ですから冒険者ギルドの提案で、ネツァクの街全体に戒厳令を発布しまして。事件発覚直後から今日まで、偵察以外のノーヴェ砂漠への立入は厳禁となっています」

「俺がしばらく来ない間に、ネツァクはそんなことになってたのか……」

思っていた以上に深刻な事態になっていることに、ラウルも険しい顔で呻る。

ラウルの険しい表情に、後ろでずっとおとなしく聞いているマキシやフギン、レイヴンも心配そうな表情だ。

そしてラウルは引き続き、気になることをクレノに質問していく。

「その、違法品だという植物系魔物の種からは、一体何が生まれたかは分かっているのか?」

「はい。荷馬車周辺に散乱していた種皮を鑑定に回したところ、発芽したのは『ドラリシオ』と推測されています」

「何ッ!? ドラリシオ、だとッ!?」

発芽したという魔物の種の種族名?をクレノから聞いたラウルは、思わず大きな声で叫んでいた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ドラリシオなんて、カタポレンの森の奥深くにいるやつじゃねぇか!何でそんなもんが、こんな人里に出てくる!?」

「お、落ち着いてください、ラウルさん。そこら辺はまだ調査中でして……」

血相を変えて詰め寄るラウルに、クレノもたじたじになりつつ懸命に宥める。

その様子からすると、どうやらラウルはその植物系魔物のことを知っているようだ。

「今、我がネツァク支部が総力を挙げて、荷主を只今絶賛締め上ゲフンゲフン……尋問中です。程なくその入手経路も判明するかとは思いますが、おそらくは『 闇狩人(やみハンター) 』を雇って種もしくは苗を採取し、それを元手にどこかで秘密裡に栽培して増殖させたものかと」

「闇狩人……そんな手があるのか……」

クレノが口にした『闇狩人』―――それは、金さえ積めば何でも狩る者のことを指す。

もちろんそれが違法な品であろうと関係ない。むしろ違法な品こそ、彼らの格好の標的であり主な獲物となる。

何故なら、そうした品々は決して普通に表には出てこない。もちろん冒険者ギルドや魔術師ギルドにだって採取依頼など出せないし、そもそもそんな依頼を持ち込んだ時点で通報ものである。

そして、陽のあたる場所で堂々と売買できないようなものを所望する者達が依頼するとしたら、同じく陰で蠢く者達を使うしかない。

そう、闇狩人にとっては大金が手に入れられれば何でもいい。そこには法も倫理も一切ないのだ。

「しかし、不幸中の幸いと言いましょうか。その種はドラリシオの直系のチルドレン型ではなく、傍系のブルーム型であることが鑑定により分かっています」

「そうか……ブルームでも洒落にならんが、チルドレンでないだけまだマシか……ぃゃ、それでもやっぱり洒落にならんことに変わりはないがな」

「ええ……ですが、運んでいた種の数がまた洒落にならなくて……何と百個以上だそうで」

「萌芽したドラリシオが百体以上!?」

悪いことは重なる、とはよく言ったもので、荷馬車が運んでいた種の数にまたもラウルの顔が驚愕に染まる。

もちろんその事情を明かしたクレノの方も、正真正銘困惑顔だ。

ここで一つ、ドラリシオと呼ばれる魔物が何であるかを解説しよう。

その名に『ドラリシオ』とつく植物系魔物は、遡ると全てが一つの祖に辿り着く。

それは『ドラリシオ・マザー』と呼ばれる、原初の樹木型魔物。

『原初』という言葉が示す通り、植物系魔物の中でも花や実をつけるタイプの元祖であり、その歴史の古さは天空樹ユグドラエルに匹敵するとも言われている。

このサイサクス世界のどこかに今も存在している、とも言われているが、人族の間では伝説級の魔物であり、詳細な居場所や見た目、年齢などの全容はほとんど分かっていない。

次に、ドラリシオの『直系』と『傍系』の違いについて。

ドラリシオの大きさや強さ、凶暴さなど、その性質は『直系』に近い種である程強く出るという。

『直系』と呼ばれる種、『チルドレン型』は原初のマザーの特徴を色濃く受け継ぐ。

見た目はもちろんのこと、魔力の強さも母たるマザーにも引けを取らない成長を遂げるという。ただし、樹木としての大きさだけはどう足掻いても母には到底及ばないらしい。

一方で『傍系』は、『ブルーム型』とも呼ばれている。

姿形はマザーと基本的なところで似てはいるものの、大きさや魔力は『チルドレン型』に比べたら格段に落ちる。母はもちろんのこと『直系』の足元にも及ばないのが実情だ。

そして『傍系』の中でも、マザーにより似通っている方が力が強いとされる。

つまり、見た目がマザーと似なくなればなるほど元祖から遠ざかり、血も力も薄まっている証なのだ。

そして、それが『直系』か『傍系』であるかの分水嶺は種になる以前、実が結実する方法に鍵がある。

平たく言えば『自家受粉であるかどうか』で決まる。

マザーの力をそのまま維持し続けるには、当然自家受粉が有利だ。原初から流れるDNAそのままに、他者の介在を許さないからである。

マザーから生まれた種、次世代以降で自家受粉を続けた系統だけが『直系』とされ、何らかの理由で自家受粉ではなく他家受粉で増殖したものは『傍系』と呼ぶのである。

ちなみにゲームやファンタジーでもお馴染みの『アルラウネ』も、このサイサクス世界では『ドラリシオ・ブルーム』という傍系に分類される。

ラウルが知るドラリシオも、ブルーム型のようだ。

「……で、その萌芽したドラリシオは今どうなってる?」

「昨日の夕方の時点では、ノーヴェ砂漠の在来種の魔物達との激しい戦闘が繰り広げられているのが、偵察での情報により確認されています」

「縄張り争いか、単なる潰し合いか知らんが……情勢はどうなんだ?」

「最初の頃は、ドラリシオがかなり奮闘して在来魔物を倒していたようでしたが……今はドラリシオが十株前後残る程度にまで減っています」

「そうか……やっぱりそうなるよな……」

「ええ……もともと傍系の上に、さらに荷主の品種改造により弱体化された個体の種ばかりを選んで運んでいたようですので……」

「品種改造……そんな酷いことまでしてたのか……」

戒厳令で封鎖されたノーヴェ砂漠、その現状を憂いたラウルだったが、もはや雌雄は決しつつあるらしい。

その話の中で、今回萌芽したドラリシオ・ブルーム達が人族の悪意によって歪められたものだと知り、ラウルは口惜しそうに唇を噛み拳を握りしめる。

ラウルがドラリシオを知っているのは、ラウルの生まれ故郷であるプーリアの里の近くにもドラリシオの棲息地があったからだった。

もっとも、里の近く、と言っても、直線距離で20km程離れた場所にあるのだが。

しかもマキシのいる八咫烏の里とは真反対の方向にあるので、マキシはドラリシオを一度も見たことがない。

そこのドラリシオ・ブルーム達は、背丈は大きなものだとラウルの三倍以上、小さい方でもラウルの倍程度の大きさがあった。

そして、性格的には勝ち気な種とおとなしい種が半々くらいいた。

勝ち気な種は本当に苛烈で、少しでも気に入らないことがあるとすぐに蔓を飛ばして相手を絞め上げるから、正直ラウルとしてはかなり苦手な相手だった。

だが、おとなしい種は本当におっとりとしていて、姿形も勝ち気な種より若干ふっくらとしていて優しげな印象を与える外見をしていた。

そしてそうした個体は、見た目に違わずのんびりのほほんとしていて、喧嘩なども滅多にしていなかったことをラウルもよく覚えている。

話していても喧嘩にならないので、ラウルもおとなしい方のドラリシオとならたまに会話していたくらいだ。

ドラリシオ・ブルームの種族的な傾向として、勝ち気な者ほど背丈や幅などの体格が大きく、小さな者ほど穏和な性質をしていた。

ラウルがまだカタポレンの森のプーリアの里にいた頃の、ドラリシオ達とのそうした様々な記憶が蘇る。

最初に奮闘していたというのは、きっと勝ち気な方の直系のドラリシオだろう。そしてだんだんと減っていったというドラリシオは、おとなしい気質の傍系の個体だったのだろう。

在りし日の彼女達の姿や仕草が、ラウルの脳裏に浮かんでは消える。

それに比例するように、ラウルの胸は憤懣やる方ない思いで満ちていく。

そんなラウルの表情の変化に気づくことなく、クレノがぶつくさと文句を言っている。

「うちの支部の万年平主任など『もしかしたら、ノーヴェ砂漠の緑化に繋がるかも!?』とか、全く以って見当違いの阿呆なことを 吐(ぬ) かしていましたがね…………ったく、そんな暢気なこと言ってる場合じゃないってのに」

「……そしたら、俺が偵察としてノーヴェ砂漠に様子を見に行ってもいいか?」

「……え? ラウルさんが偵察に行ってくださるんですか?」

「ああ」

クレノの愚痴など聞くことなく、偵察に志願したラウル。

ラウルからの思わぬ申し出に、クレノが一瞬だけきょとんとした顔をしていた。

もちろん空気を読まないラウルがそれに怯むことなどない。

ラウルはなおも強く偵察志願に出る。

「それとももう今日は他に誰かが偵察に出たのか?」

「い、いいえ、今日はまだ誰も偵察には行っておりません。皆身の危険を感じてか、なかなか偵察に行ってくれなくてですね……志願してくれる人なんて、もうほぼいません」

「ならば、俺が偵察に出ても問題はないな?」

「え、えーと……確か今のラウルさんの階級は、青銅級でしたよね?」

「いや、あれからまた実績を積んで先日黒鉄級になった」

クレノの階級確認に、ラウルがそれより階級が一つ上がったことを明かす。

クレノがラウルの階級を確認したのは、今回の事件でノーヴェ砂漠に偵察に派遣する階級を『黒鉄級以上』と定めているからだ。

少し前までのラウルであれば、階級条件を満たしていないのでクレノとしても断腸の思いで断らねばならなかった。

だが、ラウルが既に黒鉄級になっていたとなれば話は変わる。

ラウルの言葉に、戸惑いがちだったクレノの顔は一気に明るくなる。

「そうなんですね!でしたら、一応この場でギルドカードを確認させていただけますか!?」

「ああ。……はいよ」

クレノのギルドカード提出要請に、ラウルは事も無げに応じる。

ラウルは黒の天空竜革装備、燕尾服風ジャケットの内ポケットからギルドカードを取り出し、クレノの前に差し出す。

クレノはラウルからギルドカードを両手で受け取り、内容確認していく。

「はいはい、ええ、はい……無事確認が取れました!ありがとうございますぅ!」

「じゃ、俺が偵察に出ていいか?」

「よろしくお願いいたしますぅ!」

ラウルのありがたい偵察志願に、クレノがその場で深々と頭を下げて感謝を示す。

しかし、今のラウルにその感謝の意に言葉を返す余裕はない。

踵を返し、すぐにでも出立しようとするラウルに、クレノがなおも声をかける。

「……あっ、ラウルさん!」

「ン? 何だ?」

クレノに強い口調で呼び止められたラウル。

思わず振り返ると、クレノが眉をハの字にしてとても心配そうな顔でラウルを見つめていた。

「えーと、その……ラウルさんなら、きっと大丈夫だとは思いますが……それでも、気をつけてくださいね?」

「……ああ、ありがとう」

クレノの表情からは、ラウルのことを本当に心配してくれていることが手に取るように分かる。

その気持ちにラウルは少しだけ和む。

そしてここで少し気持ちが和んだことで、それまでずっと置き去りにしてしまっていたマキシ達の存在をも思い出した。

四人は一旦建物の出入口のある方に歩き、人気のないところに移動した。

ラウルはマキシの肩に手を置きながら、小さな声で話しかける。

「……マキシ。お前はここで、フギン達といっしょに待っててくれるか?」

「嫌だ!僕もいっしょに行く!」

「……マキシ、頼むから俺の言うことを聞いてくれ。ノーヴェ砂漠は本当に危険なところなんだ。今回の事件がなくたって、もともと危険地帯なんだ」

「僕だって偵察できる!むしろ 僕達だからこそ(・・・・・・・) 偵察に向いてるのは、ラウルが一番よく分かってるでしょ!」

「………………」

予想外に強く反発するマキシに、ラウルは困ったような顔をする。

だがここで、さらに予想外のことが起きる。

ラウルの懇願に異を唱えるのは、マキシ一人だけではなかった。

「そうですよ、ラウル殿。マキシの言う通りです」

「そうそう!俺達だからこそ、空からの偵察はバッチリ万全ッスよ?」

「お前達まで……」

それまでマキシの肩に留まっていたフギンとレイヴン。

ラウルの両肩にサッ!と飛び移り、左右で同時にラウルの耳に向けて他者に聞こえぬよう超小声で囁く。

確かにマキシ達の言う通りで、彼ら八咫烏三兄弟は空からの偵察もお手の物。むしろお家芸とすら言えるだろう。

さらに言えば、ラウル単独よりもマキシ達三羽も偵察に加えた方が絶対に良い結果をもたらすことは明白だ。

より多くの情報を迅速に集める―――偵察の使命を完遂するならば、マキシ達の協力は願ってもないことだった。

「……しゃあないな。マキシも何気に一度言い出したら聞かんところあるしな」

「うん!ラウル、よく分かってるよね!」

「さすがはラウル殿。我らが末弟の性格もよくご存知だ」

「マキシも言いたいことが言えるようになって……くゥーッ、兄ちゃんは本当に嬉しいぞ!」

マキシの強い口調に折れたラウルに、マキシは花咲くような笑顔になる。

そして 長兄(フギン) はラウルの理解を褒め称え、 三兄(レイヴン) は 末弟(マキシ) の成長を涙ぐみながら喜ぶ。

八咫烏三兄弟の仲睦まじさに、それまで緊張していたラウルの心がゆっくりと解れていく。

「じゃあ姿を変えるのは街の外に出て、砂漠に足を踏み入れてからな」

「うん、分かった!」

「承知した」

「らじゃー!」

ひそひそ話を続けながら、ラウル達一行は冒険者ギルドネツァク支部を後にした。