軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第922話 氷の洞窟の守護神

「これは……卵、だよ……ね?」

「……だろうなぁ……」

ライトが掬い上げたそれを、二人してマジマジと見つめている。

極々小さな真っ白の球体状のそれは、よくよく見ると片側が少しだけ尖ってみえる。いわゆる卵型というやつである。

二人がじーっと卵を眺めていると、祭壇の下の方からラウルの声が聞こえてきた。

「おーい、ご主人様達よ、どこだー? 氷の女王を連れてきたぞー」

「あッ、ラウルが下で待ってる!」

「おう、下に行くか」

レオニスが再びライトを右脇に抱え、ふわりと飛んで下に向かう。

祭壇の下では、ラウルと氷の女王がキョロキョロと周囲を見渡していた。

ライト達の出現に気づいたラウルが、上を向いたまま声をかける。

「お、何だ、この上にいたのか」

「ああ、祭壇があるのはすぐに分かったが、下からだと何も見えなくてな。上に何かあるか確認してた」

「そうか。で、何か見つけたのか?」

「ああ、ライトが今持ってる」

地上に下りたレオニスが、小脇に抱えていたライトを下に下ろす。

ライトは卵を落とさないよう、両手で上下をしっかりと包んでいた手の上の蓋をそっと開けた。

皆の前に差し出されたライトの小さな右手のひらを、ラウルと氷の女王がじーーーっ……と覗き込む。

「こりゃまた何かちっこいもんが出てきたな」

『これが……其方達が言っていた『卵』、か?』

「多分な」

繁繁と眺める二人の眼差しは興味津々だ。

特に氷の女王の瞳には、期待と不安の色が入り混じるかのように揺らめいている。

そしてラウルが顔を上げて、ライトとレオニスに声をかけた。

「……で? これからどうするんだ?」

「これが守護神の卵なら、何かしらの餌をやれば反応するだろ」

「そうだね、とりあえずお餅をあげてみる?」

「だな。ラウル、聖なる餅を一個出してこれにやってみてくれ」

「了解」

レオニスの言葉に応じ、ラウルが空間魔法陣を開いて聖なる餅を一個取り出した。

そしてライトの手のひらの上にある小指の爪ほどのそれに、聖なる餅にそっと触れさせた。

「「「『……ッ!!!!!』」」」

卵を囲む四人全員が息を呑んだ。

ラウルの手にあった聖なる餅が、スーッ……と消えていったのだ。

まるで卵に吸い込まれるように餅が消えていく様は、これまで見てきた神殿守護神の卵や謎の卵(=使い魔の卵)の孵化の時と全く同じだった。

そして卵が餅を吸収した後、一瞬ふるっ……と動いたところも四人は見逃さなかった。

「おお……やっぱりこいつもこの餅を好んで食べるんだな!」

「だね!卵が動いてたし、ちょっとだけ大きくなったよね!」

「よし、そしたらラウル、この卵に与える聖なる餅をじゃんじゃん出してくれ!」

「おう!」

卵が餅を食べた?ことに気を良くしたライト達。

早速ラウルの手持ちの聖なる餅を次々と与えていく。

ラウルが空間魔法陣からザラザラ……と勢いよく地面に聖なる餅を大量に出し続ける傍らで、レオニスがその餅を手に取り卵に次々と食べさせていく。

ライトはそのまま卵を持ち続ける係を継続している。

絶対に地面に落とさないようにしっかりと両手で卵を持ち、卵の大きさや動きなど僅かな変化も見逃さぬようじっと卵を見つめ続ける。

しかし、これまでの神殿守護神孵化時と違い、卵がなかなか大きくならない。

というか、これまでは巨大な卵が餌を与えるにつれて凝縮していったが、今回の卵はその逆パターンで極小の卵からのスタートだ。

これまでの前例とはスタート地点からして全く異なるので、特殊卵の孵化経験が最も多いライトですらこの先どうなるのか読めない。

とはいえ、僅かながらでもライトの手のひらの上で大きくなっていっているからには、栄養はきちんと摂れているのだろう。

ライトはもちろんのこと、レオニスもラウルも諦めることなくひたすら餅を卵に与え続ける。

卵に与えた餅が百個、二百個、五百個と個数はどんどん嵩んでいき……そして千個を超えた頃には、小指の爪の大きさだった卵はようやく小ぶりの鶏卵程度に成長していた。

「だいぶ大きくなったね!」

「ああ……しかし、もう千個くらいはやったよな?」

「千個超えてもこの大きさにしかならんか……」

一休みがてら、再びライトの手のひらの上の卵を覗き込むレオニスとラウル。

聖なる餅千個と言えば相当量だが、それでもまだ卵の殻に罅が入る様子はない。

レオニス達の会話を聞いていた氷の女王が、不安げな顔でぽつりと呟く。

『この卵は、ちゃんと孵化するのか……?』

これまでになく弱々しい氷の女王の口調に、ライトが明るい声で励ます。

「大丈夫ですよ!これまでの卵だって、今の餅の倍くらい与えないと孵化しなかったですもん!」

「そうだな、これでもまだ今までの量の半分だもんな」

「腹五分目じゃ、まだ腹が空いてて起きる気もしないのかもな」

『そ、そうなのか……?』

ライトに続き、レオニスもラウルも前向きに捉えている。

そんな三人の言葉に、沈みがちだった氷の女王の瞳に再び希望の光が灯る。

「そしたらこの卵が満腹になるまで、さらに餅をじゃんじゃん与え続けるとするか」

「だな。俺が去年ご近所の屋敷で散々拾いまくって貯め込んだ聖なる餅が、今こそ活躍する時だ」

「よーし、皆、頑張ろう!」

「「おう!」」

『おー!』

ライトの掛け声に、レオニスやラウルだけでなく氷の女王も拳を高く掲げて気勢を上げる。

そして再びライト達三人は、卵に餅を与える作業を再開していった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

そうして卵に与えた餅の数が千五百個を過ぎ、千八百個を過ぎた頃。

ライトの片手に収まる程の大きさになった卵に、一筋の罅が入った。

「「「『……おおッ!』」」」

目に見える新たな卵の変化に、四人がほぼ同時に歓声を上げる。

『も、もうすぐ卵が孵化するのか!?』

「ですね!でも、ここからまだまだたくさんの餌が必要なんです!レオ兄ちゃん、ラウル、もうちょっとだよ!」

「おう!ここからは少し慎重にいくか!」

「だな!」

氷の女王はもちろんのこと、ライトもレオニスも、そしていつもはクールなラウルでさえも興奮気味に意気込んでいる。

もうすぐこの世に生まれ出てくる新たな生命。しかもそれは、氷の洞窟の守護神という非常に稀有な存在。

その誕生の瞬間に立ち会える喜びを、四人ともひしひしと感じていた。

それから十個、五十個、百個と聖なる餅を与えていく度に、真っ白な卵の殻に罅が入り続ける。

そうして孵化の目安である二千個を超えた瞬間、卵の内側から何らかの生き物の手が殻を破った。

「「「『………………』」」」

ライト達は息を呑みつつ、卵から出てきた手をじっと見守る。

その手はくすんだ土色をしていて、小さいながらも青黒い鋭い爪が生えているのが分かる。

そのうち手が二本出てきて、白い殻が邪魔!とばかりに殻をパリパリと破っていく。

そうして殻のほぼ全てが割れ、卵の中から出てきたのは小さな亀のような生き物だった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「……これは……玄武か?」

生まれたばかりの小さな亀のような生き物。

それを見たレオニスが、ぽつりと呟く。

卵からひょこっ、と出してきた顔は、長い手足と同じく土色の肌をしていて、額の中央に深緑色の宝石のようなものが埋まっている。

背中は黒い甲羅に覆われていて、全体的な見た目はほぼ亀だ。

そしてその甲羅から腹側をぐるりと一周するように、一匹の蛇が巻きついている。

これらの外見的特徴は、レオニスが言ったように四神の一角である玄武の特徴と一致している。

レオニスも冒険者の端くれ、このサイサクス世界のどこかにいるという四神の姿絵は何度も見たことがある。それ故、目の前に現れた謎の生物が玄武であることを看破できたのだ。

そして何よりライトにも、その姿に見覚えがあった。

『この見た目、見覚えがあるぞ……これ、間違いなく玄武だ……』

『玄武は朱雀と同じく、BCOではレベル2のレイドボスだったよな……クレア嬢が討伐依頼を出していて、『ツェリザーク付近で四神の一角【玄武】が現れました。【玄武】の影響で風がビュービュー吹きまくって、 吹雪がえらいことになっています。これじゃあ雪かきが大変だし、雪合戦どころではないです。そもそもツェリザークの住民が家から出られないレベルですが』とか言ってた記憶がががが』

『玄武は四神の中では冬を司る神だし。炎の洞窟の朱雀同様、この氷の洞窟に最も相応しい守護神だな』

己の中に今も根付いているBCO、その記憶を懸命に手繰り寄せるライト。

見た目ほぼ亀で蛇が身体に巻きついているモンスターと言えば、四神の玄武を於いて他にない。

この小さな玄武も、今は卵から孵化したばかりだからライトの手のひらにすっぽりと収まるサイズだが、いずれレイドボスに相応しい大きさに成長するに違いない。

ライトが頭の中でそんなことを考えていると、氷の女王がライトにおずおずと話しかけてきた。

『ライト……その……我にも、その玄武様?を、抱っこさせてくれるか?』

「……あ、はい!もちろんです!」

ライトの手のひらの上にいる玄武をじっと見つめながら、もじもじしながら抱っこを申し出る氷の女王。

もちろんライトに否やはない。氷の女王の願いにすぐに気づかなかったことに慌てふためきながらも、玄武を持っている両手を氷の女王に向けてそっと手を差し出した。

初めて見る氷の洞窟守護神に、氷の女王はおっかなびっくりしながらライトから玄武を受け取る。

生まれたてほやほやのミニ玄武は、然程手が大きくない氷の女王の手のひらでもすっぽりと収まるサイズだった。

『これが……我が氷の洞窟に御座すべき、尊き御方……』

「?????」

ちんまりとした守護神を見つめる氷の女王。

その瞳は極限まで潤み、ついにはポロリ、ポロリと氷の涙の雫が落ちる。

感激に浸る氷の女王を、彼女の手のひらに乗っている玄武が不思議そうな顔で見つめている。

すると、玄武の胴体に巻きついていた蛇がニョロリ……と伸びたかと思うと、その長い舌で氷の女王の涙の雫を舐めとったではないか。

これは玄武なりの慰め方なのだろう。

『ああ……玄武様……我を慰めてくださっているのですね……何という心根のお優しい御方でしょう……』

『この氷の洞窟に、こうして玄武様をお迎えすることができて……我は本当に、本当に嬉しゅうございます』

『この氷の女王、これより身命を賭して貴方様をお守りいたします……』

玄武の取り巻きの蛇?の慰めに、ますます感激してさらに涙を零す氷の女王。

氷の洞窟に降臨した、新たなる守護神への溢れる思い。氷の女王自身が思っていた以上にそれは熱く滾るように胸に込み上げてきて、決して押し留めることなどできない。

氷の女王は目を閉じながら、愛おしそうに玄武の甲羅に頬擦りをする。

彼女の伏した目からとめどなく溢れる涙に、玄武の蛇がオロオロと慌てているのが何とも可愛らしい。

氷の洞窟の主である氷の女王と、氷の女王が奉るべき四神の一角玄武。

主従関係を超えた温かい親愛の交流を、ライト達もただただ微笑みながら見守っていた。