軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第849話 束の間の長閑なひと時

レオニスとクレエが待ち合わせ場所の崖に到着してから、二時間半ほど経過しただろうか。

太陽は空の真上まで昇り、時間的には昼の正午近いと思われる。

クレエはレオニスが昼寝を始めた直後に、ポシェットに入れて持ってきていたとあるものを取り出した。それは、小さなかぎ針と極細の毛糸である。

クレエはその二つを使って、彼女の趣味の一つであるレース編みをしながら崖での待ち時間をゆったりと過ごしていた。

鼻歌交じりでかぎ針を巧みに使い、スイスイとレースを編んでいくクレエは優雅そのものだ。

そうしていくつもの愛らしいレースが次々と出来上がっていき、五個目の作品が仕上がった頃。

彼女の横で未だにぐーすか寝ているレオニスの身体を、クレエがゆっさゆっさと揺さぶり始めた。

「レオニスさん。……レオニスさぁーん」

「……(スヤァ)……」

「レオニスさん、起きてくださいよぅーーー」

「……(すぴー)……」

「レーオーニースーさーーーん!」

緊急時以外では、一度寝たら滅多なことでは起きないレオニスのこと。多少揺さぶった程度ではなかなか起きない。

クレエの揺さぶりは次第に大きくなっていき、終いには手打ちうどんを延ばす麺棒のようにゴロゴロと転がされ始める。

そこまでされれば、如何にレオニスであってもさすがに目が覚めるというもの。

寝ぼけ眼のレオニス、目を擦りながら上半身を起こしてクレエに問いかける。

「……ンぁ……何だ、どうした……ディープシーサーペントがやっと来たか……?」

「いいえ、デッちゃんはまだ来てませんけどもー……」

「ふぁぁぁぁ……」

クレエに起こされたレオニス、のそのそと身体を起こして胡座に座り直す。

そして大欠伸をしながら、両腕を上に伸ばして背伸びをした。

クレエの横で、思う存分大自然下での昼寝を堪能できたようで何よりである。

「……ンで? どうした、何かあったか?」

「そろそろお昼ご飯の時間ですよぅ。お腹空きましたぁ><」

「……ああ、もうそんな時間か」

ほんのちょっとだけ居眠りしたつもりのレオニスだったが、確かにビーチパラソルの外の日差しは既に昼のそれだ。

寝転けていたレオニスと違い、ずっと崖の上で起きていたクレエのお腹が空くのも当然である。

「じゃ、昼飯にするか」

レオニスは一言そう言うと、空間魔法陣を開いて大きなランチボックスを取り出す。

ランチボックスの蓋を開けると、そこにはラウル特製のサンドイッチやハンバーガーなどのご馳走がぎっしりと詰まっていた。

「ンまぁぁぁぁ……何て美味しそうなんでしょう」

「これはうちの執事、ラウルが作ったんだ。ラウルが作る飯やスイーツは、どれも絶品なんだぞ?」

「ラウルさんの料理の腕前がスゴい!というのは、クレナから常々聞いてはいましたが……どれどれ、私もご相伴に与ってもよろしいですか?」

「もちろんだ。今まで見張りをしてもらったしな、好きなだけ食ってくれ」

「ありがとうございますぅ♪」

まるで黄金の如き煌めきを放つランチボックスの中身の数々に、クレエの目もキラッキラに輝く。

クレエはラウルのご馳走など一度も食べたことがないのに、ラウルの料理の腕前は知っているらしい。

それもそのはず、首都ラグナロッツァの受付嬢をしているクレナはクレエの妹である。

クレナはかつてアクシーディア公国生誕祭の際に、ラウルのご馳走を食べたことがある。それはライトの指示により、レオニスや詰め所にいる他の冒険者達、そして冒険者ギルド職員達にラウルの差し入れが届けられたのだ。

その時にクレナが味わった、ラウルの珠玉の料理の数々の味を他の姉妹達に度々語っていたと見える。

しかしこのランチボックス、壮絶にサイズがデカい。半畳分はあろうかという大きさで、しかも三段重ねのお重ときた。

もはやこれをランチボックスと呼んでいいものかすら怪しいが、何しろ豪華という言葉ではもはや言い尽くせないボリュームである。

レオニスがお重ランチボックスの次に出したおしぼりで、二人して手をよく拭いてから両手を合わせて唱和する。

「「いっただっきまーす!」」

早速ランチボックスの中身に手を付けるレオニスとクレエ。

一段目のサンドイッチやハンバーガー、二段目のおにぎりに俵型コロッケ、卵焼き、三段目のサラダや唐揚げ、フライドポテト等々、数多のご馳走がものすごい勢いで消えていく。

そして、レオニス達が昼食を開始してから十分もしないうちに、三段重ねのランチボックスの中身は一つ残らず完売していた。

「はー、食った食ったー」

「ごちそうさまでしたぁー」

お腹を擦りながら満足そうに呟くレオニスの真向かいで、両手を合わせて拝みつつごちそうさまの挨拶をちゃんと言うクレエ。

食べる勢いこそレオニスに負けず劣らずのスピードだったが、食べ物を口に運ぶときの所作はとても綺麗なものであった。

そして食べ終えた後もきちんと挨拶をするところなども、育ちの良さを感じさせる。

しかし、あの三段重ねのランチボックスは間違っても二人で完食する量ではない。一段につき五人前として三段分、十五人前は軽くあったはずなのだが。

しかも食べた料理の割合は、レオニスとクレエで半々くらい。

レオニスが十人前以上食べたとかではなく、クレエもレオニスとほぼ同量くらいは食べていた。

現役冒険者のレオニスはともかく、クレエの華奢な身体の一体どこにそんな大量のご馳走が収まっていったというのだろう。

長姉のクレアもかなりの大食漢だったが、やはり十二姉妹全員とも姉に倣った大食いレディーなのだろうか。

恐るべし、クレエの胃袋。

「ラウルさんの作るご馳走は、すーーーっ……ごく美味しくて、宮廷料理にも負けない程なんですよ!……と、クレナから聞いてはいましたが。それは紛うことなき真実だったのですねぇ」

「宮廷料理なんつーと、かなり大袈裟な話だが……ま、ラグナ宮殿の晩餐会で出る食いもんにも負けないくらい、ラウルの作る飯は美味いってのは同意だな」

食後のお茶よろしく、冷たいぬるぬるドリンク珈琲味を二人してのんびりと啜る。レオニスはブラック、クレエはミルク入りのカフェオレだ。

時折海から吹いてくる潮風が、レオニスとクレエの頬を撫でる。

心地良い風を受けつつ、しばらく食後の休憩を楽しんでいた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「さて、そろそろ片付けるか」

「そうですねぇ、もうそろそろデッちゃんも到着するかもしれませんし」

しっかりと腹拵えをし、一休みした後は食事の片付けに入る。

と言っても、お重の一番上の段に使用後のお箸や取り皿、飲み物用のカップを入れて、三段重ねのお重に戻してからレオニスの空間魔法陣に仕舞うだけなのだが。

後片付けを終えて、再び海に向かって座るレオニスとクレエ。

お腹いっぱい食べた後なので、ともすれば再びうたた寝してしまいそうだ。

心地良い潮風が子守唄にならぬよう、ぐぐぐ……と両手を組んで前に思いっきり突き出し身体を伸ばすレオニス。

すると、その伸びがピタッと止まった。

レオニスの背伸びが止まったと同時に、クレエも海側のとある方向に目を向ける。

二人して向ける視線の先には、雄大な大海原が広がっている。

その大海原の中に、何だか山菜の一種であるゼンマイのような謎の物体がニョキッと出ている。

海という畑からぜんまいが生えたように見えるそれは、二人が待っていたディープシーサーペントの遠影であった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「……来たな」

「……ええ、いらっしゃいましたね」

ディープシーサーペントの姿を視認したレオニスとクレエ。

それまでののんびりとした空気が一変し、一気に緊張状態になる。

遠くに見えるぜんまいもどきのそれは、ふらふら~と右に左に動きながら少しづつ崖に近づいてくる。何というか、酔っ払いの千鳥足のような動きだ。

レオニスとクレエがディープシーサーペントを発見してから、一分、三分、五分と過ぎていく。

そうして十分程過ぎた頃には、レオニス達がいる崖から10メートルくらい前にまでディープシーサーペントが近づいて来た。

ディープシーサーペントの背中には、海の女王が付き添うようにして乗っている。

そしてディープシーサーペントの斜め後方には、水の女王とライトとラウルを乗せたアクアが静かに控えていた。

「………………」

『………………』

崖の前に無言で佇み、じっとクレエを見据え続けるディープシーサーペント。

クレエもまた息を呑みながら、己の眼前に佇むディープシーサーペントをじっと見つめ続ける。

人族の一般人代表であるクレエと、海を統べる海の女王が御座す海底神殿を守る守護神ディープシーサーペント。

初めて二者が直近距離で対峙した瞬間だった。