軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第848話 勝負の行方と勝利の報酬

レオニスとクレエ、二人がエンデアンから出てどちらが先に崖に着くかの競争を始めて約十分後のこと。

その崖の先端には、クレエが立っていた。

「イエーーーィ!私の勝ッちーーー♪」

すらりとした美脚を横に開き、両手を高らかに上げて勝利のガッツポーズを取るクレエ。崖から海に向かって勝利のポーズを取るその様は、実に勇ましくも美しい輝きに満ちている。

基本常に完璧なる淑女であるクレエが、これ程豪胆かつ解放的な動作を取ることなどほとんどない。

正真正銘激レアな光景が展開される中、しばし遅れてレオニスが崖に到着した。

「ハァ、ハァ…………」

「あら、レオニスさん、もう到着したんですか? 思っていたよりお早い到着ですねぇ?」

「ク、クレエ……お、お前……何でそんな足早いの?」

「あらヤダ、先程の私の話を聞いてなかったんですか? 酷いですねぇ。私はどんなに日々忙しくて疲れていようとも、毎日10kmのジョギングを欠かしたことは一度もないんですよ?……と、お話ししましたでしょうに」

「そ、それだけじゃ……説明、つかんだろ……」

クレエのもとに到着するや否や、レオニスが地面の上に大の字になり半ば倒れ込むようにして寝転がる。

すっかり息が上がり、思いっきりへばっているレオニス。その横で、しゃがみ込んだクレエがレオニスの頬をツン、ツン、と人差し指で突っついている。

頬を突っつきながら「人の話はちゃんと聞いてくださいねぇー?」と文句を言うクレエ。

頬を膨らませながら抗議する姿は、へばるレオニスと違ってまだまだ走る余力があるようだ。

もちろんレオニスとて、決して手を抜いた訳ではない。

特に勝負事に関しては、誰が相手であろうと―――例えそれが女子供であっても絶対に容赦せず、全力を尽くして挑む。それがレオニスという男だ。

そのレオニスが負けた。息が上がる程本気の全力で走ったのに、とうとうクレエに追いつき追い越すことができなかつたのだ。

クレエの健脚、恐るべし。

ハァ、ハァ、と息が荒いレオニスの足元に移動したクレエが、るんたった♪るんたった♪とご機嫌な様子で勝利のダンスを踊る。

クルクルと回る度に、クレエのふんわりスカートがひらひらと舞う。

それはまるで可憐な妖精のような愛らしさだ。

そうして五分程経過しただろうか。

レオニスの荒かった息もだんだんと整い、のっそりと起き出して空間魔法陣から二本のエクスポーションを取り出す。

そして瓶の栓を開け、二本連続でグビグビと一気に飲み干した。

「ぷはーーーッ……体力を使った勝負事で負けたのなんて、久々だぜ」

「あら、そうなんですか? それは光栄なことですねぇ。では今度は頭脳系での勝負は如何です?」

「そんなん受ける訳ねぇだろ……つーか、俺に頭脳戦を求めるんじゃねぇよ。そういうのを『無茶振り』って言うんだぞ?」

「あら残念」

エクスポーションの二連チャンがぶ飲みで、何とか体力を回復したレオニス。

クレエの無茶振りを素気無く断る。

あら残念、と言いつつ、この程度のことですごすごと引っ込むクレエではない。

何かを思いついたかのように、ピコーン☆という顔をしながらレオニスに話しかける。

「そういえば、勝負に勝った褒美は何にしましょうね?」

「何ッ!? 褒美って何の話だ!?」

「何の話って、そりゃ先程の『崖にどちらが先に着くか』の勝負の話ですよ? 曲がりなりにも『勝負』なんですから、勝った方に何らかの褒美がもたらされるのは当然のことでは?」

「ぐぬぬ……」

「というか、勝負をしようと言い出したのは、レオニスさんの方ですからね?」

「ぐぬぬぬ……」

「まさかとは思いますが、勝利の褒賞無しに勝負を挑んだとか言いませんよねぇ?」

「ぐぬぬぬぬ……」

立て板に水の如き怒涛の正論ラッシュに、レオニスはぐうの音も出ない。

クレエの言う通りで、勝負というからにはその勝者には何らかの利益がもたらされるべきである。

レオニスにもその理論は理解できるので、なかなか反論できずにいるのだ。

しかし、だからといってレオニスもただ唯々諾々とクレエの言い分に従う訳にはいかない。

ハイソウデスカ、と従った途端にとんでもない要求をされたらたまったものではない。

それは白紙の小切手を切るようなものであり、返ってきた小切手に万が一にも『100億G』とか書かれたら洒落にならないのだ。

「し、しかしだな……賭けるものを事前に決めておかなかったんだから、それは無効じゃないか? そもそもお前、勝負を開始する前にとっとと飛び出してったじゃないか……あれはフライングだろ?」

「ぇー? そりゃ確かに、さっきのスタートは少ーーーしだけフライング 気味(・・) だったかもしれませんけどー……でもでもー、少しくらい褒美があってもいいとは思いませんかぁー?」

「…………」

レオニスの主張を少しだけ受け入れつつ、でも勝利の褒賞を諦めないクレエ。

実にあざとい主張ではあるが、確かにあのレオニスを振り切った健脚には目を見張るものがあった。

ズドドドド……という轟音と砂塵を背後に棚引かせつつ、猛烈な勢いで走るレオニスのはるか前を走るクレエ。

薄手のカーディガンにコルセット、フレアスカートにショートブーツという可愛い系の出で立ちで、間違っても運動に適した服装ではない。

なのにその駆け抜ける姿は実に軽やかで、涼しい顔で弾丸の如き走りを見せるクレエは優美ですらあった。

中でも特筆すべきはベレー帽。手で押さえたりなどしてもいないのに、どれだけ高速で走っていても決して後方に飛んだりしないのだ。

もしかしたらあのベレー帽は、もはやクレエの身体の一部なのではなかろうか。

レオニスも、クレア十二姉妹の身体能力の高さは知っていた。

だが、こうして実際に目の当たりにするのは久しぶりのことだ。

いくらフライングで不意打ちを食らったとはいえ、その後のレオニスの猛追をも振り切り続けたのは見事と言う他ない。

金剛級冒険者と追いかけっこをして、果たしてどれだけの者が逃げ切れるだろうか?

そう考えると、レオニス相手に勝利を手にしたクレエに対して何らかの褒賞があっても良いだろう。

むーーーん……と渋い顔をしていたレオニス。

がっくりと項垂れたかと思うと、はぁぁぁぁ……と大きなため息をつき右手で頭をガリガリと掻き毟る。

「しゃあねぇなぁ……俺ができる範囲内でなら、一つだけクレエの望みを叶えよう」

「まぁ、ホントですか?」

「ああ。ただし、俺が受け入れられんと思ったやつは却下な? あくまでも俺ができる範囲内だからな?」

「分かりましたぁ!」

渋々ながらも褒賞を与えることに賛同したレオニス。

レオニスに認められたことに、クレエの顔は歓喜の色に染まっていく。

レオニスがダメ!無理!と判断した望みは却下という条件つきだが、それでも十分だ、とクレエは判断したらしい。

世界最強の冒険者に、何でも一つだけ望みを叶えてもらえる―――それはまさしくプライスレスで超貴重な権利である。

「で? 何が望みだ?」

「えーとですねぇ、ンーとですねぇ……うーーーん……」

早速何が望みかを尋ねたレオニスに、クレエはしばし考え込む。

真剣な表情で悩むクレエに、レオニスも静かに次の言葉を待つ。

上下左右に首を捻りつつ、ずっと考え込んでいたクレエ。

そうしてようやく己の中で出た結論を、花咲くような笑顔でレオニスに伝える。

「すぐには思いつかないので、しばらく保留にさせてください!」

「……ッ……何だそりゃ」

「だってぇー、何が欲しいとか何をしてもらいたいとか、全然!全く!これっぽっちも!考えてなかったんですものー」

「……まぁな、そりゃそうか」

ご褒美をねだった挙句の保留という肩透かしな答えに、思いっきりズッコケるレオニス。

しかしクレエの主張も尤もで、今回の勝負自体が突発的に発生したもので、しかも勝負を提案したのは他ならぬレオニスだ。

レオニス自身も何も考えずに勝負を口にしたが、クレエだってレオニス以上に何も考えていなかったのだから、今すぐに欲しいものを言え!と言ってもすぐには思いつかないのは当然のことだ。

「じゃあ、次に俺がエンデアンに来る時までに決めといてくれよ。あんまり間が空くと、俺も勝負云々なんて忘れちまうからな?」

「分かりましたぁー。次にレオニスさんにお会いするまでには、何がいいか考えておきますねぇー」

クレエへの褒美の保留に同意したレオニス。

人知れず行われた世紀の対決、レオニスとクレエの勝負は無事円満に解決しそうで何よりである。

するとここで、クレエがふと何かを思いついたらしく、レオニスに向かって改めて声をかけた。

「……あ、レオニスさん。先程の勝負の褒美とは別件で、一つお願いがあるのですがー」

「ン? 何だ?」

「テントか日傘をお持ちでしたら、出していただけませんか? ここには日陰が全くないので、このままだと真っ黒に日焼けしてしまいますぅー」

「ぁー、確かにな……分かった、何か出すか」

クレエのお願いに、レオニスも頷きながら立ち上がる。

この崖には本当に何もなく、剥き出しの地面以外には果てしなく広がる空と海しかない。

季節的に真夏の照りつけるような暑さや日差しではないが、それでもうら若き女性にとって紫外線は大敵である。

もしこのままずっとここで、何時間も日光を浴び続けながらディープシーサーペントを待っていたらどうなるか。

その答えは『こんがりと日焼けしたクレエの出来上がり』である。

レオニスにもそれは容易に想像できたし、さすがにそれはクレエが可哀想なので早々に空間魔法陣を開いて巨大な傘を取り出した。

それは3メートルはあろうかという大きさで、いわゆるビーチパラソルというやつである。

レオニスは傘を閉じたまま、ビーチパラソルを持ち上げて大きく振りかぶる。

そして勢いよく腕を振り下ろし、先端が尖った柄を地面にグサッ!と刺した。

レオニスの馬鹿力でグッサリと刺さったところで傘を開けば、大きな日陰の出来上がりである。

「レオニスさん、ありがとうございますぅー♪」

「礼には及ばんさ。俺も日向に居続けて煮えるよりは、日陰で過ごしたいしな」

早速クレエがパラソルの下に潜り込み、出来たばかりの日陰の恩恵に与る。

クレエの願いで作った日陰だが、それはレオニスにとっても有益だ。

海に向かって右側にクレエ、左側にレオニスが座り、日陰で涼を取る。

レオニスは両腕を頭の後ろに回し、そのまま地面にごろん、と寝そべった。

「ライト達がディープシーサーペントを連れてくるまで、しばらく時間がかかるだろうから、俺はしばらく寝る。つーか、さっきの全力疾走で疲れた」

「分かりましたぁー。では、デッちゃんが現れたらすぐに起こしますねぇー」

「そうしてくれ。頼んだぞ」

己の両手を枕にし、足を組んで寝転ぶレオニス。

目を閉じてしばらくすると、すぐにスゥー……スゥー……と寝息を立て始めた。

本当にさっきの追いかけっこで心底疲れたのか、あるいは時間を持て余しそうだからとっとと寝たのか、レオニスの真意は分からない。

だが、外壁に囲まれた街以外の場所で、退魔の聖水を撒くなどの対策も無しに寝るのは無謀としか言いようがない。

しかし、その無謀を無謀でなくしてくれるのが、レオニスの横にいるクレエである。

クレエがいれば、多少の雑魚魔物など敵にもならない。だから俺は安心して寝る、よろしくな!

それはレオニスからクレエに向けた言外の信頼であり、当然クレエもレオニスの信頼に気づいていた。

安心しきったレオニスの寝顔を、クレエが微笑みながら眺める。

「ふふふ……仕方ない人ですねぇ」

レオニスの無防備な寝顔を存分に眺めた後、クレエは眼前に広がる海をじっと見つめる。

海の方から吹いてくる潮風を受けて、クレエのラベンダー色のストレートヘアが後方に靡く。

さらさらと流れるように長い髪を靡かせながら、物思いに耽るクレエの姿は壮絶なまでに美しかった。