軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第847話 エンデアンの葛藤とクレエの不安

時は少し遡り、ライトとラウルと分かれた後のレオニス。

冒険者ギルド総本部の転移門を使用し、エンデアンに移動していた。

クレエとの待ち合わせ場所に向かうレオニス。

冒険者ギルドエンデアン支部から近いところにある公園、その入口に付近にあるベンチにクレエが座っていた。

「よう、クレエ、おはようさん」

「あ、レオニスさん、おはようございますぅ」

「待たせてすまんな」

「いえいえ、私も先程着いたばかりですので。お気になさらず」

レオニスに背後から挨拶をされたクレエ、振り返りながらすくっとベンチから立ち上がる。

ラベンダー色のふんわりとしたスカートに薄手のカーディガン、縞々ソックス、ベレー帽に薄い楕円の眼鏡。それは、冒険者ギルドで受付嬢をしている時とほぼ同じ服装に見える。

「何だクレエ、今日は休みを取ったんじゃなかったのか?」

「??? もちろん今日は、丸一日の有給休暇をちゃんと取ってきましたよ?」

「なら、何でギルドの制服を着てんだよ?」

「………………」

クレエの服装に疑問を呈するレオニスに、クレエの顔がスーン……となる。

表情が抜け落ちたクレエは、間を置かずに反撃を開始する。

「またまたぁ、金剛級冒険者ともあろうお人が何を寝言吐いてるんです? 寝言は寝て言うものですよ? 私のこれはギルドの制服ではありません、れっきとした私服です。これだけ壮絶な寝言を吐くということは、もしかしてまだ起きてないんですか? 寝ながらエンデアンに移動するとは、随分と器用ですねぇ?」

こめかみに血管をピキピキと浮かせつつ、右手でレオニスの左頬を思いっきり 抓(つね) って横に引っ張るクレエ。

これはクレエの『寝呆けてないで、とっとと起きなさい!』というジェスチャーである。

しかもこの抓り方はかなり本気のようで、抓られているレオニスが思わず小さな悲鳴を上げている。

「イテッ、痛てててッ!ま、待て、俺は普通に起きてる!」

「いーえ、そんなはずはありません。しゃんと起きていたら、ギルドの制服と私の私服が同じに見えるなんて、絶!対!に!あり得ませんから」

「ぃゃ、だって同j……イテテテッ」

「さぁほら、よく見てくださいよ。いつもの制服とは全然違うでしょう?」

クレエは抓っていた指を離し、少し離れてからくるりと軽くその場で一周してレオニスに見せる。

クレエの『服装全然違うでしょ!』アピールは何とも愛らしく、もしこの場にライトがいたら絶対に「クレエさん、可愛い!」と絶叫しつつ大絶賛しているところだ。

だが、全力で頬を抓られたレオニスにとってはそれどころではない。ヒリヒリと痛んで赤くなった頬を手で擦りながら、渋々とクレエの私服を観察する。

クレエが言うように、ギルドの制服と違う点がいくつかある。

それは以下の通りである。

1.ベレー帽のフリルが二重になっている(制服の方は一重)

2.コルセットの紐の交差が三回(制服は四回)

3.縞々ソックスの縞幅が太め(制服より2mm太い)

4.ベレー帽正面にあるワッペンが花柄(制服はギルド紋章)

5.スカート丈が短い(制服は私服より5cm長い)

6.靴がショートブーツ(制服はロングブーツ)

他にもいくつか普段と違う箇所があるようだが、それは履いている下着等の目に見えない部分なのでカウント外とする。

しかし、ざっと挙げただけでこれだけ違う点があるというのに、どれ一つとして気づかないレオニス。これではクレエが不満に思うのも当然である。

クレエに促され、レオニスはクレエの上から下まで繁繁と眺める。

それこそ頭の天辺から足の爪先まで、隅から隅まで満遍なく真剣な眼差しでじーっ……と見つめている。

だが悲しいかな、どれだけ眺め続けても普段のギルド制服との違いが全く分からない。何度上下を往復しながら凝視しようとも、レオニスの目にはさっぱり区別がつかなかった。

もともとレオニスはファッション自体に疎い方だが、そこへきて女性のファッションの微妙な違いなど分かろうはずもなかった。

というか、そもそもレオニスにファッションセンスなど求めてはいけない。レオニスが出来るのは、せいぜいマスターパレンのファッションレビューくらいまでなのだから。

しかし、レオニスよ。クレア十二姉妹の顔のmm単位の違いはしっかりと区別できるのに、何故にクレエの私服の差異は気づかないのだ。

特に今日のスカート丈なんて、mm単位どころじゃなくて5cmも違うというのに。

もしここにライトがいたら「レオ兄ちゃん……クレアさん達の顔の違いは全部分かるのに、何で服の区別がつかないの!?」と激しく詰問するところであろう。

だがレオニスとしても、これ以上クレエの前で『うん、どこがどう違うかさっぱり分からん!』などとは口が裂けても言えない。

そんなことを面と向かって言おうものなら、ただ単に頬を抓るだけでは済まされない。今度は右側の頬を千切られる勢いで抓られてしまう。

それだけは何としても避けたいレオニス、苦し紛れにゴニョゴニョと呟く。

「……ぁー、うん、確かに? よく見たら、いつもと違う服だな……」

「でしょう? 寝坊助のレオニスさんの目も、ようやく覚めてきたようですね?」

「ぁ、ぁぁ……俺、普段からあまり寝起きが良い方じゃないからな……寝呆けててすまんかった」

「違いが分かっていただければいいんです。さ、行きましょうか」

「ぉ、ぉぅ、早いとこ行くか」

レオニスから『いつもと違う服』という言葉を引き出せたクレエ、満足そうな笑顔でうんうんと頷いている。

しかし実は、レオニスは彼女の制服と私服の違いが未だに分かっていない。先程のレオニスの言葉の中に、具体的な違いが一切挙げられていないのがその証拠である。

果たしてクレエの方は、そこまで分かっているのかどうかは定かではない。

もし分かっていたら『いーえ、レオニスさんってば絶対に分かってないでしょう!』と更なる糾弾を招きそうなものだが、クレエが深く追及してくる様子はない。

それはクレエなりの優しさか、あるいは本当にレオニスの誤魔化しに気づかず騙されているだけなのか。

レオニスもこれ以上失態を重ねるのは御免なので、とっとと今日の目的地に向かうことに賛同する。

二人はゆったりとした歩調で、公園から出ていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

エンデアンの外壁門を出て、海沿いの道を歩いていくレオニスとクレエ。

のんびりと歩きながら、他愛もない話をしている。

「ここ最近のエンデアンはどうだ?」

「はい、おかげ様で最近はそこそこ平和な日が続いておりますよ」

「そうか、そりゃ良かったな」

「これまでのエンデアンにおける重大な事案は、ディープシーサーペント……もとい、デッちゃんが関わる案件が多数を占めてましたからね」

「だろうなぁ。ディープシーサーペントが来なくなりゃ、エンデアンにも平和な日が訪れるってもんだ」

エンデアンに平和な日々が続いていると聞き、レオニスも安堵したように頷く。

クレエが言うように、エンデアンにおける最大の脅威はディープシーサーペントだった。

死傷者こそ滅多に出ないものの、それでもディープシーサーペントが陸に上がってくれば建物などの被害は甚大だし、建物が倒壊すれば死者が出ることだってある。

壊された建物や施設の瓦礫の撤去、その後の復興にだって金がかかるし人手も要る。

エンデアンはサイサクス大陸屈指の港湾都市であり、観光客や税収もかなりあるからまだ耐えられたが、それでも財政を逼迫する最大要因であることに変わりはなかった。

そして何より深刻なのは、エンデアンという都市に対する評価への影響だ。

海から巨大な魔物が度々やってきては、大暴れしていく―――これが年に一回二回くらいの頻度ならまだいいが、先だってのように週に何回も襲来されたらたまったものではない。

そんな危険極まりない土地に、誰が住みたいと思うだろう。住むどころか旅行や観光にだっておちおち来れやしない。

かつてクレエが、別件で偶然エンデアンに立ち寄ったレオニスに泣きついた時にもそう訴えかけていた程だ。

「でも……デッちゃんが全く来なければ来ないで、それはまた別の問題が出てくるんですよねぇ」

「別の問題?」

クレエがため息混じりの憂い顔になる。

クレエの言う別の問題とは、いくつかあった。

まず一つ目は、冒険者の質の低下。

冒険者ギルドエンデアン支部に所属する冒険者達は、皆ディープシーサーペントと戦うことで修練し経験を積んできた。

そうした経験の場がなくなることで、エンデアンを拠点とする冒険者達の質の低下が懸念されているらしい。

二つ目は、ディープシーサーペント由来の素材が取れなくなること。

ディープシーサーペントは、肉こそ何をしても不味くて食えたものではないが、他の素材はそこそこ使えるものが多かった。

鱗は加工すれば頑丈な盾や鎧になるし、鰭や脱皮した皮は魔導具の材料になる。

骨ともなるとさすがに滅多に採取できないが(理由:骨を絶つまでの戦闘に至らない=大怪我を負う前にディープシーサーペントの方から逃げてしまうため)、それでも数年前にレオニスが尻尾を切り取った時に採取できた骨は、魔術師ギルドがかなりの高値を出して買い取ったらしい。

いや、いくらディープシーサーペントの素材がたくさん採れたところで、建物が破壊された場合の被害額には到底及ばない。

だが、採取できる素材に有用性があることは間違いない事実だった。

「あー……ディープシーサーペントの問題ってのは、なかなか難しいもんなんだな。来りゃ大迷惑だが、来なきゃ来ないで別の問題が起きるとはなぁ」

「そうなんですよねぇ……まぁ、デッちゃんに脅かされない平和な日々が一番良いということは、間違いないんですがねぇ……」

悩ましげにため息をつくクレエに、レオニスは頭の後ろで両手を組みながら空を見上げる。

ディープシーサーペントの存在は、エンデアンにとって思っていた以上に痛し痒しなのだ。

だが、やはり人間平和が一番だ。

いつエンデアンに襲来するか分からない魔物相手に、日々ビクビクと怯えながら暮らすよりも、襲来がなくなって安心しながら過ごせる方がいいに決まっている。

「……ま、そこら辺も含めてな、今日はとことんディープシーサーペントと話し合うといい。そのためにディープシーサーペントに会いに行くんだからな」

「そうですね……私としても、デッちゃんと直接話し合いをする日が来るなどとは、正直夢にも思っていませんでしたが……」

ふぅ……と軽くため息をつくクレエ。今日の彼女は、ずっとため息をついてばかりだ。

それだけディープシーサーペントに会うことに戸惑っているのだろう。

だが今日のこの話し合いは、今後のエンデアンの命運を大きく左右する可能性を秘めている。

ディープシーサーペントが穏便に応じてくれれば、今後もエンデアンの安泰は続くし、もし怒りを買えば因縁の対決関係に逆戻りだ。

ぱっと見は細くて華奢な身体つきのクレエの双肩に、港湾都市エンデアンの未来がかかっている。

その重圧は如何ばかりか―――レオニスは心配そうにクレエの顔を覗き込む。

「クレエ、大丈夫か?」

「……ええ、大丈夫です。エンデアンの未来が私の言葉一つで変わるかと思うと、生きた心地がしませんが……それでも、こんな機会は滅多にありませんからね」

「そうだな。……ま、クレエなら何とかできるさ」

「またまたぁ、レオニスさんってば他人事だと思って軽く言ってくれますねぇ……」

レオニスの軽い物言いに、クレエははぁぁぁぁ……と今日一番の大きなため息をつく。

それはレオニスなりに気を遣っての励ましだったのだが、少々言葉が足りなかったようだ。

足りなかった部分を補うべく、レオニスは更に言葉を付け加える。

「クレエならできるってのはお世辞じゃないし、適当なことを言ってるだけのつもりでもないぞ? 俺は、クレエならやり遂げられる、心からそう信じているんだ」

「………………」

「それに、ディープシーサーペントのやつは、クレエのことをかなり気に入ってたようだからな。もしかしたら交渉次第では、やつと友達になれるかもしれん」

「デッちゃんと、友達に……ですか?」

「ああ。実際に話してみれば分かるが、あいつは思ったほど悪いやつじゃなかったぞ? ただ、少しだけ考え無しなところがあるのは否めんがな」

「……友達……」

レオニスの思いがけない言葉に、クレエがしばし考え込む。

長年に渡り対決し続けてきた蛇龍神、ディープシーサーペントと友誼を結ぶ―――それは、エンデアンに住む者にとっては本当にあり得ないことだった。

普通ならば「何を世迷い言を」と切り捨てられるか、一笑に付されて終わるところである。

だが、その世迷い言を臆することなく発したのは、誰あろうレオニス。クレエが最も信頼する、世界最強の現役金剛級冒険者だ。

そのレオニスがそう言うのならば、それは決して不可能なことではない。むしろ、そうなるのが当然のことであるかのように思えてくるから不思議だ。

ふと歩みを止めて、口に手を当ててずっと考え込むクレエ。

レオニスはクレエが立ち止まったことにすぐには気づかず、数歩先に進んだところで気づいて振り返った。

「ン? クレエ、どうした?」

「レオニスさん……私、デッちゃんと友達になれますかね……?」

「…………」

いつものクレエらしからぬ、不安と戸惑いに満ちた声でレオニスに問いかける。

レオニスが知るクレエは、常に自信に満ちていた。

天職である冒険者ギルド受付嬢という仕事に誇りを持ち、テキパキと仕事をこなす姿はまさに受付嬢の鑑そのものだった。

そんな彼女が見せた、不安と戸惑い。これから話し合いに挑む相手が誰であるかを考えれば、そうなるのも致し方ない。

だが、クレエの珍しく気弱な姿を見ても、レオニスの彼女に対する信頼は微塵も揺らがない。

レオニスはクレエに向かって、小さく微笑みながら話しかけた。

「もちろんなれるさ。クレエほど真面目で気立ての良い人間はそうそういないからな」

「そうですかね……?」

「ああ、俺が太鼓判を押すんだから間違いない」

レオニスの力強い言葉に、俯き加減だったクレエの顔がだんだんと上を向いていく。

「……そうですね。まずはデッちゃんと話をしてみなければ、何事も進みませんよね」

「そうそう。クレエ、お前は冒険者ギルドエンデアン支部きっての受付嬢なんだ。いつもみたいに胸を張って、もっと自信を持て」

「分かりました。何とかやってみます。……いえ、何が何でもやってみせましょう!」

レオニスの励ましに、クレエの顔はどんどん明るくなり自信を取り戻していく。

終いには天高く掲げた拳にグッと力を込めて握りしめながら、高らかに宣言するクレエ。その姿はまるで、どこぞの覇王もしくは拳王を彷彿とさせる世紀末的オーラを感じさせる。

ここまで復活できればもう大丈夫だろう。見事に復活を遂げたクレエに、レオニスも明るい声で発破をかける。

「その調子だ。何とかやる気が出てきたようだな」

「ええ。先程までは、私如きが神を相手に一体何ができるのだろう……と、柄にもなく怯んでしまいましたが。今ならば、デッちゃん相手に腕相撲しても勝てそうな気がします!」

「ぃゃ、蛇龍神のディープシーサーペントに腕相撲する腕なんて生えてねぇぞ……?」

「腕がないなら、尻相撲でも手押し相撲でも引き相撲でも、何でもドンと来ーい!ですぅ!」

「蛇の尻って一体どこだよ……それに、腕がねぇのに手押しも引きもねぇだろう……つーか、何が何でも相撲じゃなきゃいけんの?」

華麗なる復活を遂げたクレエの、何と勇ましきことよ。

その勇ましさは、全身全霊全力で空回りしている気がしないでもないが、多分気のせいだろう。キニシナイ!

「さ、そうと決まれば一刻も早く待ち合わせ場所に向かいましょう。万が一にもデッちゃん達の方が先に来てて、長く待たせてしまったー、なんてことになってはいけませんからね!」

「ぃゃ、多分あいつらが来る方が絶対に遅いと思うが……まぁいい、相手を待たせるのはよろしくないってのには同感だ」

レオニスが答えている間に、クレエが屈伸運動をして脚や足首を軽く解している。

可愛らしい私服に身を包んでいるクレエだが、待ち合わせ場所の崖まで走っていくつもりのようだ。

「待ち合わせ場所の崖っぷちまでは、結構な距離があるが……そこまで走り続けられるのか?」

「あら、レオニスさんってば私のことを侮ってますね? 一介の受付嬢だからって舐めてもらっては困りますねぇ。こう見えて私、10kmのジョギングが毎日の日課なんですよ?」

「お、言ったな? じゃあどっちが先に崖につくか、勝負しようじゃねぇか」

レオニスの心配を他所に、自信満々の笑顔で応えるクレエ。

自信を取り戻したクレエに、もはや敵はない。

レオニスが『勝負』という言葉を口にした瞬間に、クレエが崖のある方向に向かってダッシュした。

「あッ、おい、待て!ずりーぞ!」

「勝負にずりーもゼリーもプリンもありませんよぅー!」

「くッそー、クレエ相手だろうが負けんからな!」

スタートダッシュに遅れたレオニスがクレエを非難するも、後ろを振り返りながら笑い飛ばすクレエに効く様子はない。

レオニスも慌てて追いかけるが、バビューン!とロケットスタートをかましたクレエはもう豆粒サイズだ。

レオニスとクレエ、どちらが先に崖につくかはまだ分からないが、まずはディープシーサーペントとの待ち合わせ場所に全力で向かう二人だった。