作品タイトル不明
第84話 学園生活二日目
転移門でラグナロッツァの屋敷に移動したライト。
転移門が設置されている元宝物庫は、すっかりライトの通学仕様部屋だ。
部屋の中にあるクローゼット、そこに掛けてあるラグーン学園の制服に着替えて、階下に降りていく。
一階に足を着けた瞬間に、執事のラウルが何処からともなく現れた。
「おはよう、小さなご主人様」
「おはよう、ラウル」
「何だ、今日はレオニスといっしょじゃないのか?」
ラグーン学園に通いだしてまだ二日目、最初のうちはレオニスがライトの通学に付き合うものだとラウルは思っていたようだ。
「うん、レオ兄ちゃんは今日は家のお片付けだよ」
「片付け?何だ、カタポレンの家はまさかゴミ屋敷なのか?」
「んな訳ないでしょ」
何気に失敬なラウルである。
軽くため息をつきながら、ライトはラウルに仕事の依頼というかおねだりをする。
「ねぇ、ラウル。今日もレオ兄ちゃんとぼくとラウル、三人分のおやつ作ってもらえる?」
「ああ、もちろんそれはいいが。三時のおやつを食いにレオニス来んのか?」
「うん、レオ兄ちゃんにもそう言ってあっちの家を出てきたから」
「そっか、まぁ何でもいいや、おやつ三人前な?」
「うん、メニューはラウルにお任せするから、よろしくね」
「了解」
口は失敬だが、料理の腕は超一流のラウル。
そのラウルの絶品おやつが今日も食べられる、そう考えただけで昨日の疲れもほんの少しだけ飛んだような気がするライト。
「じゃ、いってきまーす」
「おぅ、いってらっしゃいませ、小さなご主人様」
ライトはラウルにも挨拶をしてから、ラグーン学園に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昨日歩いた道を、今日も通る。昨日と違うのは、横にレオニスがいないことだ。
だが、こうしてラグーン学園に通う身となった今、これまでのようにレオニスにずっとおんぶにだっこという訳にはいかないのだ。もう8歳なんだから、通学くらい一人でできなければ。
気を引き締めつつも、一人のんびり登校するライト。
屋敷を出てから10分もしないうちに、ラグーン学園の貴族門に辿り着いた。
ライトは昨日と同様に、門番の衛兵にも声をかけながら門を潜る。
ああやって、毎日門の脇にずっと立ったまま警備するのって、本当に大変だよねー。いえね、俺もその昔、日本人してた頃に警備員の日雇いバイトしたことあるんだけどさ、半日以上立ちっぱってホントキツいよね!仕事終わりには産まれたての子鹿のように、足がプルプル震えたもんだったよ。
そうだ、今度門番の人達にもラウル特製バニラクッキーでも差し入れしよう。
つか、そういや門番の人って何人いるんだ?さすがに二人だけってことはなかろうし、他の門にも衛兵さんいるだろうし……
ま、そこら辺はいいや、門番さん達と仲良くなれば後からでも教えてもらえるっしょ。
ライトはそんなことを考えながら、1年A組の教室に向かう。
今日は昨日ほどの賑やかさはなく、傍にレオニスもいないからそれほど注目も集めない。
そう、ライト単体ならさほど目立ちもしないのだ。
1年A組の教室に到着し、昨日与えられた自分の席に早速着くライト。始業10分前に到着できて、鞄を所定の位置に置いたり教科書の用意をしたりと、まずはなかなか有意義なスタートを切れた、と内心独り言ちる。
そんなライトに、早速同級生が群がってきた。
古今東西世界を問わず、やはり学校における転入生とは物珍しい存在なのだな、とライトは思う。
「君、ライト君、だっけ?」
「よくこのラグーン学園に中途入学できたね、普通は滅多に受け入れないらしいのに」
「やっぱりお父さんやお母さんが貴族だったりするの?」
転入生への興味だけではなく、子供というのはあれこれ聞いたりズケズケとした物言いをする生き物だ、というのも古今東西世界を問わず同じようである。彼ら彼女らの前では、プライバシーなどという言葉など無力に等しい。
でもまぁ、そこにまた彼ら彼女らの良さがあることも確かだ。垣根の低さは、人と人との距離の近さでもあるのだから。
「うん、ぼくはライトっていうんだ。皆、これからよろしくね」
「えっとねぇ、親は別に普通の平民で貴族じゃないんだ」
「でも、ぼくといっしょに暮らしている親戚のお兄ちゃんは、多分爵位かそれと同じようなものを持ってるよ」
「でも、全然貴族らしくなくて普通の平民と変わらない人だけどね?」
わざわざレオニスのことを自ら吹聴しようとは思わないが、ずっと隠しだてできることでもないので当たり障りのない程度に受け答えする。
だがしかし。ひとつだけ言えることは、レオニスのことを普通の人扱いするのはおそらくこの世で唯一人、ライトだけである。
「へー、そうなんだー。貴族門から出入りしてたから、てっきり貴族なんだと思ってたわー」
「そうだよねー、貴族門の向こうのおうちって大貴族の住むおうちしかないもんねー」
まぁ、その疑問はごもっともである。
これも隠しだてしても致し方ないことなので、素直に答える。
「うん、その親戚のお兄ちゃんが貴族街におうち持っててね、そこからこの学園に通わせてもらうことになったんだ」
一瞬、教室の空気が停止した。
その後少しして、ヒソヒソこしょこしょと小声で話す声があちこちから発せられる。
「なぁ、貴族街に家持ってるって、ホンモノの貴族じゃね?」
「確かに、着ている制服や出してた教科書も全部新品っぽいし……」
「でも、そしたら姓も名乗るよねぇ?」
本人達はヒソヒソ話のつもりだろうが、普通にライトの耳まで聞こえてくる。いわゆる『ダダ漏れ』というやつである。
「あのぅ……みんなに聞きたいことがいくつかあるんだけどさ……いい?」
ライトがおずおずと話を切り出す。
近くにいた男の子が、何だ?と応答してくれたので、ライトも遠慮なく聞きたいことを口にした。
「ぼく、このラグナロッツァに来たのも本当につい最近のことだから、貴族のこととか全く分からないんだ」
「例えば、貴族と平民では扱いが違ったり、すごい差別とかあったりするの?」
「あと、ぼくのようにラグナロッツァの出身じゃない子は、田舎者とか馬鹿にされたりする?」
ライトも子供の特権スキル『 歯に衣着せぬ物言い(ダイレクトアタック) 』を遺憾なく発揮することにしたらしい。
だが、実際この質問、身分格差による差別の有無はライトの最も気になるところだ。
もしあるとするならば、平民であるライトは虐げられる側に回ることになるのだから。
ズバッと単刀直入に問われた同級生達は、一瞬何と答えていいものやら狼狽えたように見えた。
「あー、うーん、そこら辺は……まぁ、絶対に全くないとは言わない、かな」
「実際に、貴族と平民って住む場所からして違うしねー」
「着ている服や使っているもの、食べるものなんかも多分相当違うと思うし」
まぁそうだよね。そこら辺はライトでも分かる。
ただ、問題はそこではなく。いじめがあるかどうかなのだ。
「ただし、表向きはそこまで酷い差別はないよ」
「特にこのラグーン学園では、実力や実績が物を言うしね」
「そうそう。試験や実習で良い成績を出せれば、平民でも特待生になれるし」
「貴族でも優しくて気さくな人や、親切な人もいっぱいいるよ」
「ぼくも一応姓持ちで貴族の端くれだけど、学園の皆と仲良くしたいと思ってるし」
「昔は乱暴な貴族の先生や生徒もたくさんいたって聞くけど、今の理事長先生になってからはそんなこともなくなったんだって」
「私達、今の理事長先生の時代に入れて本当に良かったよねー」
「うん、ちょっと前だったら、平民ってだけでいじめられてたかもしれないもんねー」
ライトを囲む同級生達は口々に、自分の思いを伝えたり現状や過去の例を教えたりしてくれた。
皆とても良い子達のようで、ライトは嬉しくなった。
しかし、そうか。『表向き』と言ったり、昔は乱暴な生徒どころか先生までいたらしい、というあたり、根底では貴族の特権階級意識はまだまだ根強そうだ。
だが、たとえそれが学園内限定の表向きだけであろうとも、いじめや横暴さに歯止めがかかって鳴りを潜めているなら良いことだ。
しかもその環境を成したのは、昨日会った理事長先生のおかげだいう。何ともすごい話だ。
かなり知的な印象だったが、やはり相当な手腕を持っているようだ。
ライトは内心で学園の状況を冷静に観察していた。
「そうなんだ。じゃあ、ぼくも平民だってだけでいじめられたりはしないと思っていい?」
「うん。少なくともこの1年A組には、そんな意地悪な子はいないよ」
「あと、田舎者とかもないかなー。このラグーン学園には、ラグナロッツァ以外にも全国各地からたくさんの入学者が来ているから」
「田舎者とか言い出したら、それこそ大多数の生徒は田舎者だよwww」
「そうそう、だからライト君も安心してね!」
「みんな、ありがとう」
ここまで話したところで、担任のフレデリクが教室に入ってきた。
ライトの周囲に集まっていた子供達は、わらわらと蜘蛛の子を散らすように自分の席に戻っていく。
そこから、その日の授業は始まっていった。