軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第705話 人知れず零れ落ちる雫

その後レオニスは八咫烏達にヴィゾーヴニルのところでの話を伝え、夜明けまでの時間稼ぎをしていくことになった。

時刻は深夜の一時を少し回った頃。夜が開けるまで三時間半といったところか。

浄化魔法の担い手は、レオニスとラウル、八咫烏八羽の総計十者。この十者で四時間弱を乗り切らねばならない。

二つのグループに分かれて、二十分毎に交代して休憩を取ることにする。ただし、休憩を取るのはマキシとアラエル以外の八咫烏達のみだ。

アラエルは再び八咫烏達の回復サポートに回り、レオニスとラウル、マキシ、この三者は休憩を一切取ることなくエクスポーションやアークエーテルなどの回復剤で最後まで乗り切るつもりである。

ちなみにライトもまたアラエルとともに、回復サポートに回っている。

回復剤の補充をしたり、合間を見ては職業システムの回復スキル『フルキュア』をユグドラツィにかけ続けていた。

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【フルキュア】

聖なる癒しの力で、傷ついた身体を治す。HP全回復。

使用SP:1 使用MP:40

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『フルキュア』とは、今ライトが就いている職業【僧侶】の光系三次職【阿闍梨】の★8で習得できる回復スキルだ。

黄金週間終了直後に、第三の職業【僧侶】に転職してから早二ヶ月半。ライトは順調に職業習熟度を上げていて、既に【僧侶】の四次職【聖祈祷師】まで進んでいた。

この『フルキュア』は、BCOでは『キャラクターのHPを完全回復する』という、HP回復系の中で最も強力なスキルだ。

レオニスが普段よく使う中級魔法『キュアラ』よりも二段階上、上級魔法の『キュアヒール』よりもさらに上の最上級スキルに相当する。

だが、所詮それは人を相手にした通常の場合での話。樹木相手にどこまで効果があるかは全く分からない。

しかもユグドラツィはただの樹木ではない、神樹だ。彼女のHPを数値として可視化したら、少なくとも五桁以上はあるだろう。いや、もしかしたら六桁いってるかもしれない。

ゲームでは完全回復を謳うスキルであっても、HP五桁や六桁突破の者に対してまで完全回復できるかどうかは甚だ疑問である。

しかし、もし全く効果がなかったとしても、神樹相手の回復スキルなら害を及ぼす逆効果のようなことにはならないだろう。

そして何よりも、ライトもユグドラツィのために何かしたかった。

例えほんの僅かであっても、傷だらけのユグドラツィの身体に癒しの効果があるならば何でもしてあげたかったのだ。

ライトはレオニスやラウル、マキシのように、直接蟲退治に参加したり浄化の力を振るうことはできない。それらBCO由来で得た 力(スキル) は、表立って堂々と使う訳にはいかないからだ。

だが、幸いにもレオニスやラウルは忙しく飛び回っていてライトのいる場所にはほとんど来ない。そして傍目から見ても、ライトがユグドラツィの身体を労って撫でているようにしか見えない。

そうしてアラエルとともに回復サポート役として控えている間、ずっとライトはユグドラツィの根元の幹を優しく擦りながら『フルキュア』をかけ続けていた。

「ツィちゃん、見えてる? 皆ツィちゃんを助けるために、一生懸命頑張ってくれてるよ……」

「レオ兄ちゃんもラウルも、マキシ君にマキシ君の家族の皆も駆けつけてきてくれて……本当にありがたいよね」

「ツィちゃんの上にはほら、雷光神殿の守護神ヴィゾーヴニルまで来てくれてるよ。あれはきっと、天空樹のエルちゃんが遣わしてくれたんだろうね」

自分達だけじゃない、これまでにユグドラツィのもとに駆けつけてきてくれた、とても心強い援軍の数々。

それらは本来ユグドラツィの兄姉を守る者達だ。それが彼ら彼女らの妹であるユグドラツィを救うために、今こうしてこの場に駆けつけて力を貸してくれている。ライトはそのことがとても嬉しかった。

そして、ライトですらこんなに嬉しく思うのだ。ユグドラツィがそれを知れば、きっとライト以上に感激するに違いない。

「八咫烏の里にいるシアちゃんも、きっと今頃ものすごく心配してるだろうね……エルちゃんやシアちゃんだけじゃない、竜王樹のラグスさんや海樹のイアさんだって絶対に……すっごく心配してると思うよ」

ライトは真上を見上げながら、ユグドラツィの根をその両手で優しく擦る。

ユグドラツィの樹体はあちこち切り刻まれていて、見るも無惨な様相を呈している。

地面から見上げるだけでもそれはよく見えて、その痛々しさはライトの心をより一層深く抉る。

「だから、ツィちゃん……早く元気になって、またいつものように皆でお茶会しよう?」

「ツィちゃんのために、いつもよりもっともっと美味しいブレンド水を、たくさん用意するからさ……だから…………だから…………」

俯きながら、静かな声でユグドラツィに語りかけるライト。

そんなライトの目から、ポロポロと涙が零れ落ちる。

途切れがちに話しかけるライトの言葉に、ユグドラツィから返事が来ることはない。

いつものユグドラツィなら、フフフ、と小さく笑いながら優しく答えてくれるのに―――今はただ黙したままで、彼女の優しい声音を聞くことは叶わない。

だが、ユグドラツィと過ごした平和な日々を必ず取り戻す。その決意の強さは、レオニスやラウルにだって絶対に負けない自信がある。

ライトはキッ!と顔を上げて、手で顔や目元をぐしぐしと擦り涙を拭い取る。

そしてユグドラツィの根を優しく撫でながら、ライトはSPとMPの続く限りフルキュアを唱え続けていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

交代制でユグドラツィに浄化魔法をかけ続け始めてから、小一時間ほど経過した頃。レオニスのもとにピースが戻ってきた。

どうやらパラスとの打ち合わせがほぼ完了したようだ。

「レオちーん!そっちの方はどうだーい!?」

「おう、ピースか!こっちは何とかギリギリ抑えられていると思うが……ヴィゾーヴニルの方はどうだ?」

「うん、あのヴィーちゃんって、ホントすげーね。さすが雷光神殿の守護神を務めるという神鶏だけのことはあるよ。今でも十分余力があるっぽい」

「おお、そりゃ頼もしいな!」

しばらくヴィゾーヴニル達のもとに滞在していたピースの話によると、夜明けまで今の浄化の光を余裕で維持できるらしい。

これは、ヴィゾーヴニルがただそこにいるだけで浄化の発光が出続けるおかげか。

「ヴィゾーヴニルが夜明けを告げる鳴き声を発する時に、俺達はそのままツィちゃんの周りにいていいのか?」

「その時には離れていた方がいいだろうって、天使ちゃんが言ってた。浄化の光だから人族や八咫烏に害はないけど、それでもかなり強力な威力だから万が一のことも考えておこうってことになってね」

「そうか……間違っても直接ヴィゾーヴニルを見ないようにしとくか……」

ヴィゾーヴニルの鳴き声をユグドラツィに浴びせるその時まで、レオニス達はずっと浄化魔法で瘴気を抑え続けなければならない。

その浄化の一鳴きの際に、レオニス達まで浄化のダメージを受けるとは考え難いが、あまりにも強力な力はそれだけで周囲に大きな影響を及ぼすことは間違いない。

そのため、レオニス達も決戦の時はユグドラツィから少し離れておいた方がいい、ということのようだ。

「そしたら、ヴィゾーヴニルが鳴き声を発するタイミングはどうなんだ? 下にいる俺達にもひと目でそれと分かるとありがたいんだが」

「あ、それはね、大丈夫。ヴィーちゃんが鳴く前に、小生がヴィーちゃんの真ん前に魔法陣を展開するから」

「そうなのか? ヴィゾーヴニルに向けて能力強化の魔法陣を展開するだけじゃなくてか?」

ピースの話に、レオニスが驚きながら聞き返している。

ピースが呪符に描く図式を魔法陣として展開できる、という話は一時間ほど前に聞かされて知ってはいたが、レオニスが考えていたのとはまた違う使い方をするようだ。

「えーっとねぇ、まずは夜明け直前にヴィーちゃんに魔法攻撃力200%上昇のの魔法陣をかけるのね」

「うん、それは分かる」

「で、そのすぐ後にヴィーちゃんと神樹の間に、同じく200%威力増大の魔法陣を空中展開するんだ」

「……え? 二倍の威力増大の魔法陣??」

「そそそ、ヴィーちゃんの鳴き声をね、その魔法陣に向けて発してもらうのよ。そうすることで、身体強化に加えてさらにその鳴き声自体の威力を増幅さすの。要は能力強化の呪符を、ヴィーちゃんと鳴き声の両方にかけるってことね!」

「……マジ?」

ピースの作戦概要を聞き、レオニスの顔は今まで以上に驚愕に染まる。

ヴィゾーヴニルの浄化能力を高めるために、ヴィゾーヴニル本体に能力強化の魔法陣をかけるだけでなく、何と鳴き声そのものにまで能力強化をかけるというのだ。

このサイサクス世界における身体強化の呪符の効果は、200%アップが最大級となっている。

それをヴィゾーヴニル本体と鳴き声の両方にかけるということは、二の二乗で四倍ということになる。

果たしてそれは、一体どれ程の威力になるのだろう。

レオニスはヴィゾーヴニルの浄化能力の威力を知らないので、その四倍に増幅すると言われても今一つピンとこない。

しかし、ヴィゾーヴニルは雷光神殿の守護神。もとより強い浄化能力を持つであろう神鶏の鳴き声に、四倍ものバフをかけたらかなり強化な威力になりそうだ。

こりゃ念の為に離れておけ、と言うのも道理だわな……とレオニスは内心で納得する。

思わずレオニスがはぁー……と感嘆のため息を洩らす横で、ピースが話を続けていく。

「その魔法陣は結構大掛かりなものでね、地上からでもよく見えるはず。それが出たら、撤退の合図と思ってくれていいよ」

「分かった。ライトやラウル、八咫烏達にもそう伝えておこう」

「よろぴくね!そしたら小生は、夜明け前まで魔法陣の構成の確認や準備をしてるから、レオちんは引き続き夜明けまでの浄化担当をお願いね!」

「了解」

レオニスとピースの作戦会議は、これで全て完了した。

後は各々がなすべきことを全力で尽くすだけだ。

再び地上に戻ろうとしたレオニスが、一旦動きを止めて振り返り再びピースに声をかける。

「ピース!」

「ン? どしたの、レオちん。何か言い忘れたことでもあんの?」

レオニスを見送るつもりでそのままそこにいたピース、レオニスの呼びかける声にきょとんとしている。

そんなピースに向けて、レオニスは空中に浮いたまま深く頭を下げた。

「……ツィちゃんを救えるかどうかは、ヴィゾーヴニルとピースにかかっている。どうか……どうかよろしく頼む」

改めて頼み込んできたレオニスに、ピースは少しだけ驚きながらもすぐに微笑みながら応える。

「チッチッチ。レオちん、小生を誰だと思っておんのだね? 小生こそ稀代の天才大魔導師の一番弟子、ピース・ネザンだよ? 万事小生に 任(まッか) せなさーい!」

「……よろしくな」

右手人差し指を垂直に立てて左右に振りながら、不敵な笑みを浮かべるピース。

底抜けに明るい声で、自分自身に太鼓判を押すーーーその自信に満ち溢れた姿は、彼が敬愛して止まない師匠フェネセンを彷彿とさせる。

師匠譲りの明るさと頼もしさに、レオニスは心底救われた気持ちになる。

夜明けが来るまで、あと二時間少し。

決戦の時は刻一刻と近づいていた。