作品タイトル不明
第63話 朝のひと時
レオニスの家の寝室の、キングサイズ以上の大きなベッドに人間二人と銀碧狼二匹の川の字+1本で眠りについた翌朝。
シーナが目覚めた時、ライトとアルはまだぐっすり寝ていた。
だが、アルとライトの向こうにいたレオニスの姿はない。
既に起きたのだろう。
シーナはゆっくりと起き、寝室の外の廊下に出る。すると、何やら良い香りが漂ってくる。
その良い香りのする方に向かって歩いていくと、そこは食堂でレオニスが朝食の支度をしていた。
「お、アルのかーちゃん、起きたか。おはようさん。早起きだな」
『……おはようございます』
「もうそろそろ朝食の支度が出来上がるから、すまんがライトとアルを起こしてきてくれるか?」
『分かりました』
何気に銀碧狼母をこき使うレオニス。
だが、当人にそんなつもりは毛頭なく、またシーナも一宿一飯の恩を感じるのか素直にレオニスのお願いに応じる。
シーナは寝室に戻り、アルとライトに声をかけた。
『アル、ライト、朝ですよ。起きなさい』
「んむぅー……レオ兄ちゃん、もうちょっと寝たいー……」
「クキュゥゥゥン……」
『ほら、レオニスが朝食を作って待ってますよ、二人とも起きなさい』
「んにゅぅぅぅ……」
「キュピィィィ……」
『………………』
なかなか起きようとしない、ライトとアル。
よろしい、ならば実力行使あるのみ。
未だに寝こけるアルにため息とともにちろりと視線を向けた後、シーナの眼光が鋭く光る。
突如アルの尻尾をむんず!と鷲掴みして、アルを逆さ吊りにする。
「……キャウッ!?」
突然のことにアルは飛び起きるも、抵抗する間もなく母シーナの脇に胴体を抱えられる。
そしてそのまま、高速手動によるお尻ペンペンの刑が執行された。
Σペンペンペンペンペン!!
「キャンキャン!」
Σパンパンパンパンパン!!
「キャゥゥゥゥン!」
Σペシペシペシペシペシ!!
「キュゥゥゥゥン!」
Σバシバシバシバシバシ!!
「キュゥ…………」
20回ほど高速ペンペンして、ようやく手を止めるシーナ。
『アル、起きましたか?』
「キュゥゥゥゥン……」
『全く……寝起き如きで母の手を煩わせるものではありません』
「クゥゥゥゥン……」
本気で涙目のアル、ようやく目が覚め母の恐ろしさを存分に堪能したようだ。
そしてライトはというと、高速お尻ペンペンの叩く音とアルの甲高い叫び声ですっかり起きていた。
「アルのお母さん……おはようございます……」
今己の目の前で起きたあまりの惨劇の光景に、ライトは身震いを抑えることができない。
ぷるぷると震えるライトに向かって、シーナは極上の笑みを浮かべる。
『あら、ライト。おはようございます。貴方は自分で起きることができて、偉いわねぇ』
「い、いえ、そそそんなことは、ない、です……ハハハ……」
『アルみたいなお寝坊さんだったら、私が優しく起こしてあげるところでしたよ?』
「も、もう起きました!」
『あらそう、では二人とも顔を洗ってから食堂へいらっしゃい。レオニスが朝食を作って待ってますよ』
「はい!さ、アル、顔洗いに行こう?」
「クゥゥゥゥン……」
ライトは涙目で凹むアルを急かして、洗顔をしに行く。
そんな二人の姿をシーナは見送ってから、先に食堂に向かう。
食堂では、レオニスが既に4人分の朝食を作り終えて、席について待っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「アルのかーちゃん、おかえり。すまんね、叩き起こす役目を押しつけちまって」
『いいえ、普通ならばもうとっくに起きてていい時間ですからね』
「あいつら、寝起き悪いだろう?」
レオニスはくつくつと笑いながら、シーナに問う。
『ええ……言葉で言っても動かないので、実力行使あるのみです』
「こらこら、アルのかーちゃん、暴力はいかんよ?暴力は」
『いいえ、これは暴力などではありません。十分に躾の範疇です』
「うん、まぁね、怪我さえさせなきゃある程度は致し方ないが……」
そんな会話をしていると、ライトとアルが食堂に入ってきた。
テーブルの上には、バターを塗ったトーストに目玉焼き、から揚げ、牛乳、サラダ、果物などが並んでいる。
二人はそれぞれ適当に空いている席に座る。
「レオ兄ちゃん、おはよう」
「キュゥゥゥゥン」
「ライト、アル、おはよう。よく眠れたか?」
「うん、昨夜は久しぶりにアルといっしょのお布団で寝れて、すっごく気持ち良く寝ちゃった!」
「ワォンワォン!」
「そっか、そりゃ良かったな。次はもうちょい寝起き良くなれよ?でないとまた、アルのかーちゃんにしこたま怒られるぞ?」
「「…………!!」」
レオニスがくつくつと笑いながら、ライトとアルを揶揄う。おそらく寝室の方からこの食堂まで、高速お尻ペンペン音とアルの叫び声が響き聞こえていたのだろう。
その横で、シーナが少し不服そうな顔をしている。
『朝から母を怒らせるものではありませんよ?』
「そうそう、かーちゃんてのはな、古今東西種族を問わず世界一強くて怖ぁーい生き物なんだぞ?」
『……!!レオニス、子供に変なこと吹き込むものではありません!』
「いやいや、かーちゃんてそういうもんなんだろ?俺は孤児だったから、本当のかーちゃんの思い出なんて良いもんはひとつもないが」
レオニスは事も無げに言う。
「だがな、冒険者仲間からよくそういう話を聞くんだ。うちのかーちゃんは怖ぇ、怒らせちゃなんねぇ、怒らせたら最後、血の雨が降る!!ってな、連中よく震えてたわ」
「でも、かーちゃんて怖いばかりじゃなくて、世界一優しかったり、自分の子供のことを一番に思い、愛してもくれるんだってな」
「俺の場合は孤児院のシスターがかーちゃん代わりだったが、確かにシスターは厳しくて優しい人だった」
「でな、仲間の連中の言うかーちゃんてのは生みの母親と嫁さん、二種類あるらしいぞ?」
「俺にはもう生んでくれたかーちゃんはいないから、嫁さんの方のかーちゃんしか家族になれんが」
「俺もいつか家庭を持てたら、嫁さんの方のかーちゃんで『かーちゃんの尻に敷かれる』ってやつを体験してみたいもんだ」
「そんで、たくさんの子供に囲まれて過ごすの。息子と森で狩りをして、娘のおままごとに付き合って、嫁さんのかーちゃんとずーっと仲良しイチャコラするんだ」
冒険者仲間との会話を思い出しているのか、時折笑いながら自分の夢を滔々と語るレオニス。
だが、イチャコラあたりでふと我に返ったのか、真顔になり言葉が止まる。
「……って、俺、朝っぱらから何をこんなつまらん話してんだ」
「いや、今のは忘れてくれ。どこぞの誰かじゃないが、まさしく寝言は寝て言え、だ」
「そう、今のは寝言だ!……いや、寝言にしたって聞かれたらこっ恥ずかしいことに変わりねぇじゃねぇか、ちくしょう……」
レオニスは今更恥ずかしくなったのか、手で口を隠しながら真っ赤にした顔を横向きに背けている。
そんなレオニスの珍しい姿は、ライトですら今まで一度も見たことがなかった。
なので、ライトとしてはレオニスのそんな可愛らしい一面を見れたことがとても嬉しかった。
「レオ兄ちゃん、良かった……本当に良かった……ッ……」
何故か突然涙ぐむライト。
ライトが泣き出すのを見て、レオニスは慌てふためく。
「え?ちょ、待、ど、どうした、ライト、何で泣くんだ?何か嫌なことでもあったのか?」
「ううん、違うの、ぼく、嬉しいの」
「う、嬉しい?一体何が嬉しいんだ?」
「レオ兄ちゃんにも、ちゃんと人並みの夢があったんだなぁ、と思って……」
ぐすぐすと涙ぐむライトに、レオニスはがっくりと項垂れる。
「ライト、お前ね……今まで俺のこと、なんだと思ってたの?」
「だって……レオ兄ちゃん、お嫁さんとか子供たくさんとか家庭を持ったらとか、今までそういう話、全然したことないじゃん……」
「だからぼく、レオ兄ちゃんて一生独身でいたいのかなって……それってもしかして、ぼくを引き取って育ててるせいなのかなって……」
「レオ兄ちゃん、すっごく強くて、格好良くて、優しくて、頼もしくて、すごい人なのに……ぼくのせいで、ずっと一人だなんて……」
言葉に出せば出すほど、それまで溜め込んできた感情も溢れ出るのか、顔をくしゃくしゃにして涙を流し続けるライト。
図らずもライトの心の内を知ったレオニスは、ライトの席の横に移動し、席に座っていたライトを椅子からスポッ、と引っこ抜いたかと思うと、そのまま抱っこした。
「ライト、俺はそんなこと一度も考えたことはないぞ?」
「お前のせいなんてことはひとつもない、むしろ俺はお前がいてくれて救われたんだ」
「だって、俺にはお前がいる。絶対にひとりぼっちなんかじゃない」
「お前がいるせいで俺が結婚できないだとか、独身のままだとか、誰がそんなことを言った?」
「もし万が一、お前にそんなくだらんことを言う奴がいたら絶対に俺に言え。俺がそいつをぶっ飛ばしてやる」
レオニスが本気でぶっ飛ばしたら、そいつは無傷ではいられないであろう。
「……レオ兄ちゃんがそれやったら、ホントに殺人罪なっちゃいそうだから、やめといてね?」
「ぐぬぅ……だが、ライトをいじめる奴は俺は絶対に許さんぞ?」
「その気持ちだけ、ありがたく受け取っておくよ……レオ兄ちゃん、ありがとうね」
「おう……とにかく、俺のことでお前がそんなつまらん心配する必要はない。俺はお前がいてくれれば、それだけで十分なんだから」
「うん……」
「さ、朝食冷めちまう前に食べるぞ」
レオニスは抱っこしていたライトを席に戻し、自分も席に戻った。
「アルのかーちゃんもアルも、朝からこんなつまらん話に付き合わせて悪かったな。さ、何の変哲もない朝食だが食べてくれ」
『……いいえ。人の子の絆の深さを垣間見ることができたことは、私にとっても良き経験です』
「いや、そんないいもんじゃないと思うぞ……」
レオニスは再び顔を真っ赤にして、照れくさそうにそっぽを向いた。