作品タイトル不明
第612話 竜の聖地
その背にレオニスを乗せ、ラグスの泉に向かう白銀の君。
ゆっくりと優雅に飛ぶ白銀の君の背から、シュマルリ山脈が一望できる。どこまでも険しく雄大な峰々は、人族が気軽に立ち入ることを許さない荘厳さに満ちている。
その峰々の上空を飛ぶ白銀の君の鱗に、夕暮れ時の茜色の日差しが映える。その燃え盛るような煌めく輝きは、まるでヒヒイロカネを思わせる美しさだ。
こんな贅沢な眺めは、一生に一度あるかないかだろうな……レオニスはしばし感慨に耽った後、白銀の君に話しかけた。
「泉まで送ってもらうなんて、手間かけさせて悪いな」
『いいえ。我が君が貴方を泉まで送っていけと仰せになったのです、お送りするのは当然のことですのでお気になさらず』
「そうか、ありがとう」
『…………』
しばし無言に包まれる、レオニスと白銀の君。
何となく居心地の悪い空気を払拭するかのように、レオニスが白銀の君に問いかけた。
「なぁ、あんたと竜王樹はどういう関係なんだ? 傍から見てると主君と家臣のような、主従関係のようにしか見えんが……人族にも崇め奉る王族とかいるが、竜族にもそうした慣わしがあるのか?」
『私と我が君の関係、ですか…………特別な契約や主従関係など一切ありません。強いて言うなら『幼馴染』というのが一番近いですかね』
「へぇ……幼馴染なんだ」
白銀の君から幼馴染という意外な単語が出てきたことに、レオニスは少し驚く。
『あの山には、私の父母が眠っています。私の父母だけでなく、この一帯を治めた歴代の竜の王が眠る地でもあります』
『父母の話では、父母が互いに契りを交わし番になった頃に、あの山に一本の木が生えてどんどん大きく成長していったそうで』
『父母はよく私に語ってくれました。自分達が番になったことを、その木が喜んで祝福してくれているように思えて、とても嬉しかった、と……』
白銀の君の話によると、ユグドラグスがいるあの山は竜の支配者が住まう山だという。
生涯をそこで過ごし、亡くなった後も亡骸はそこに埋められて一帯を見守っているのだそうだ。
言ってみれば、竜達の聖地のようなものか。
『あの山には、それまで木など一本も生えたことはなかったそうです。それは今も変わらず、我が君以外の植物は一切生えてきません』
「あー、確かにな。もともとこのシュマルリ山脈には険しい岩山が多いが、中でもあの山は一際目立つもんな」
『それ故父母は、尚更我が君の成長が自分達への祝福のように感じたのかもしれません』
「じゃああんたもあの山で、竜王樹とともにずっと暮らしながら育ってきたんだな」
『ええ。私にとって我が君は……兄であり、友であり、掛け替えのない……家族にも等しい、大切な存在です』
白銀の君が、懐かしそうな眼差しで空を見る。
白銀の君が生まれた時には、ユグドラグスはまだ神樹には至っていなかった。それが約百年くらい前に、ユグドラグスが言葉を話せるようになったという。
それまでも、話しかければ風もないのに枝葉が揺れたり、温かいオーラに包まれたりしていたそうで、この木にはどことなく高い知性を持っているように感じていた白銀の君。
それが会話という意思疎通ができるようになり、それはもう大喜びしたそうだ。
『ちょうどその頃、父母が相次いでこの世を去り、私は天涯孤独の身になったばかりでした。しかし、父母が続けて亡くなったというのに、私には悲嘆に暮れる間も与えられませんでした。新しい竜の王座を狙う者達が、ひっきりなしに訪れては襲いかかってくるのですから……』
「ああ、そうか……王が亡くなれば、その空席を巡って争いが起きるわな……」
『そんな時に―――我が君が神樹として目覚め、覚醒なされたのです』
白銀の君の声が一段と弾む。
その時の嬉しさや喜びを思い出しているのだろう。
『我が君は神樹として目覚められたその日に、こう仰ってくださいました。君のお父さん、お母さんの力になってあげられなくてごめんね。これからは、僕が君のことを守るからね。君のお父さん、お母さんの代わりになんてならないだろうけど、君が立派に成長するまで絶対に僕が守るよ―――と』
『その言葉通り、我が君は私に大いなる力を与えてくださいました。私はその日を境に、父母に守られるだけのか弱い存在ではなく、他者と渡り合えるだけの力を持てるようになったのです』
神樹の覚醒の瞬間に立ち合った白銀の君。
サイサクス世界に六本しかない神樹、その覚醒の瞬間をその目で直に目撃するとは、何という幸運だろう。
現代日本で言うならば、きっと宝くじ一等賞を三回連続で当てる以上の幸運に違いない。
その幸運の恩恵は、白銀の君が得た大いなる力となって現れた。おそらくはライトやレオニスの称号のような形で、白銀の君にも強力なステータス補正が授けられたと思われる。
その力により、白銀の君は今の地位を得たのだ。
白銀の君と呼ばれる偉大な存在が、『我が君』と呼ぶほどに慕うのは、そうした理由があったからであった。
それまでずっと静かに話を聞いていたレオニスが、白銀の君に話しかけた。
「そうか……神樹と竜、そうやって互いに手を取り合えるようになっていったんだな」
『ええ。私と我が君の間には、何者にも断つことの出来ぬ深い絆、親愛と信頼があるのです』
誇らしげにそう語る白銀の君に、思わずレオニスも微笑む。
そんな話をしているうちに、白銀の君が降下し始めた。どうやら目的地の泉に到着したようだ。
ゆっくりと下に降りていく白銀の君。レオニスが下の方を覗くと、岩場の中にぽつんと水場が見える。
白銀の君が泉の際の手前に降り立った後、レオニスはヒョイ、と下に降りる。
レオニスの眼前には、とても澄んだ綺麗な湧き水溢れる泉が広がっていた。
「おお、これがラグスの泉か……綺麗な泉だな」
『ええ、そうです。ここがラグスの泉です。……ああ、その新たな名は何度聞いても心地良い響きですね……』
「ここならウィカも移動に使えそうだ。何ならアクアも来れるんじゃね?」
「うにゃにゃーん♪」
レオニスの肩に乗っているウィカも、ご機嫌そうな声で応える。その表情は『うん、OK!位置は覚えたよ』という肯定の意を表しているようだ。
レオニスは水に濡れないように、空間魔法陣から水の勲章を取り出して深紅のロングジャケットの内ポケットに入れる。
それからレオニスは改めて白銀の君の方に向き直り、別れの挨拶を切り出した。
「じゃ、俺はここからウィカといっしょにカタポレンの森、目覚めの湖に戻る。ここまで送ってくれてありがとう」
『どういたしまして』
「なかなかに楽しかったよ、竜王樹や鋼鉄竜達にもよろしく言っておいてくれな」
『分かりました。私も……我が君があんなにも楽しそうに、喜んでおられるのを見たのは初めてのことです』
レオニスの言葉に、白銀の君が静かに微笑む。
確かに今日のユグドラグスは、レオニスがいる間中終始楽しそうに話をしていた。
外部からの来訪自体が壮絶に珍しいということもあるが、それ以上に他の神樹の話を聞けたことが最も大きかったのだろう。
『姉君からの贈り物も、我が君は殊の外喜んでおられました。この地を動けぬ我が君が、長い間ずっと望み、願ってやまなかった、兄姉達との触れ合い―――それは決して手の届かぬ夢物語ではなく、実現できるものなのだということを、貴方は私達に教えてくれました。本当に感謝しています』
「いや何、俺は俺の友達のためにしただけのことだ。引いてはそれが、竜王樹にとっての願いも叶えることに繋がったのなら、俺にとってもこれ程嬉しいことはない」
白銀の君からの礼に、レオニスも礼節を以て応える。
神樹同士の仲を取り持つことは、神樹を友に持つレオニスにとっては当たり前のことだ。
しかも今回のメインの目的は『野良ドラゴンと友達になろう!大作戦』であり、そちらも目的は十二分に果たすことができた。
レオニスにしてみれば、一石二鳥の作戦が大成功して万々歳!というところである。
レオニスはふわりと宙に浮き、泉の中央に向かって移動する。
泉の水深はかなり深そうだが、その澄んだ水はかなりの透明度で底の岩の色まで見える。
振り返ったレオニスに、白銀の君は再び声をかけた。
『人の子よ。我が君との約束、必ず守ってくださいね』
「ああ、夏になったらまた来るよ」
『その言葉、 努努(ゆめゆめ) 忘れることの無きように。我が君だけでなく、私もまた其方達との再会を心待ちにしておりますよ』
「竜の女王にそう言ってもらえるなんて、光栄の極みだ。俺もまた皆と会える日を楽しみにしているよ。……じゃ、またな!」
「うなぁーん♪」
白銀の君との再会の約束に、レオニスはとびっきりの笑顔を見せながら、ウィカとともに泉の水の中に沈んでいった。