軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第576話 孤児院存続の危機

ラグナロッツァ孤児院の執務室の扉をノックしてから、レオニスは部屋の中に入るであろうマイラに声をかける。

「シスター、俺だ、レオニスだ。中に入るがいいか?」

「……どうぞ」

マイラの返事が聞こえてから入室するレオニス。

部屋の中では、レオニスを出迎えるべく執務机から立ち上がったばかりのマイラがいた。

「レオ坊、久しぶりだね。元気にしてたかい?」

「ああ、この通り俺は元気だぞ」

「そうかい、それは良かった。今お茶を入れてくるから、ちょっと待ってておくれね」

「いや、そんな気を遣わんでくれ」

「いいんだよ、私もちょうど一休みしようと思っていたところだからね」

レオニスが断るも、マイラはポットがあるワゴンの方に行きお茶を淹れようとする。

執務机からワゴンのところまで歩いていくマイラの足取りが、何だかかなり心許なく見える。

よく見るとマイラの顔色もあまり良くなく、声にもいつもの元気さや張りがない。どうやら今日のマイラは体調が優れず、かなり疲れているようだ。

そんなマイラを見たレオニスが、慌ててマイラのもとに駆け寄る。

「シスター、大丈夫か? かなり疲れているようだが」

「なぁに、ちょっと仕事が溜まっててね……心配いらないよ」

「いやいや、全然大丈夫じゃなさそうだぞ? お茶なんて要らんから、こっち来て座って休んでくれ」

レオニスがマイラの肩を抱きながら、半ば無理やり応接ソファまで連行して彼女を座らせた。

言葉こそ気丈に振る舞っているマイラだが、その目の下にはクマができていて疲労の色が濃いことを伺わせる。

歳の割にはいつも元気なマイラのこんな姿を見るのは、レオニスですら初めてのことだ。

ソファに座りながら、ふぅ……とため息をつくマイラに、レオニスが心配そうに声をかけた。

「シスター、何かあったのか? 心配事があるなら話してくれ、俺で力になれることなら何でも手伝うから」

「……ありがとうね、レオ坊。そう言ってくれるだけで嬉しいよ」

「本当にどうしたんだ、一体何があった?」

「…………」

レオニスの度重なる追及に、マイラが重い口を開きぽつりぽつりと語り始める。

「この一帯を再開発する計画が決定したそうでね。私達の孤児院も含めて、この辺の住民は年内に立ち退くように通告されたんだ」

「それはまた急な話だな……いつ決まったんだ?」

「前からそういう噂があることは知ってたんだ。それが本決まりとなった、とここに来たお役人から聞かされたのは、黄金週間に入る直前のことだったよ。半年以上の猶予があるんだから、移転先も余裕で見つけられるだろう、とも言われてね」

「…………」

マイラの話に、レオニスも黙り込む。

確かにここら辺一帯は貧困層の溜まり場で、スラム街一歩手前まできている。ラグナロッツァの中でもあまり治安も良くなく、防犯面においても行政主導で大きく手を入れていかなければならない案件の一つだろう。

だが、この孤児院は四十人以上の子供を抱える大所帯だ。三人五人程度の個人家庭ならともかく、何十人規模の移転先を見つけるのはかなり困難を極める。

そしてそのことは、話を聞いたレオニスにも容易に想像がついた。

「じゃあシスターは、来年から住める移転先を探すのに苦心している、てことか?」

「ああ、子供達何十人を連れてすぐに移り住めるところなんて、ほとんどないに等しいからね……」

「確かになぁ……」

「このままでは、ラグナロッツァ孤児院の存続すら危うくなってしまう……子供達を別々の施設に預けなきゃならなくなる……子供達を離れ離れにさせて、これ以上悲しい思いをさせたくないのに……」

マイラは悔しそうな表情で、精神的苦痛に顔を歪める。

シスターの話によると、黄金週間中はどこも休業中だったので今週からずっと移転先を探していたのだが、全く見つからないという。

普通の一軒家はもとより、多少大きめの家でも五十人弱なんて入りきらない。新たに借りるとしたら、それこそちょっとしたビルか最低でもレオニス邸程度の規模が要るだろう。

だが、この話はある意味レオニスにとって好都合かもしれない。

何故なら、レオニスが今日孤児院を訪ねた理由にも繋がっていたからだ。

「……なぁ、シスター。今日は俺、この孤児院の建物の建て直しの話をしに来たんだ」

「え? 一体何のことだい?」

「こないだまで黄金週間だったろう? その黄金週間の三大ビッグイベントの一つ、競売祭りでちょっとしたお宝を出品してな」

「ああ、あの名物イベントのことだね。あの祭りに出品者として出たのかい? あんな大きな祭りに出られるようになるなんて、レオ坊は本当に大したもんだね!」

レオニスが切り出した話を聞き、最初のうちは訝しがるマイラ。だが競売祭りの話に及ぶと、疲労を忘れて殊の外喜ぶ。

マイラも鑑競祭りのことは知っている。世界レベルで有名な祭りに出れることは、この上なく栄誉なことだ。

冒険者として大成したレオニスの出世ぶりを、マイラは我が事のように喜んでいた。

「でな、この俺が何でそんな祭りに出たかというとな。この孤児院の再建費用を得たかったんだ」

「……え?」

「俺を育ててくれた孤児院という大きな存在と、そして―――シスターマイラに恩返しがしたくてな」

「…………」

俯き加減で静かに語るレオニスに、マイラの目が次第に大きく見開かれていく。

「そんな、孤児院の再建費用だなんて……レオ坊の気持ちはとてもありがたいけど、それにはとんでもない費用がかかるし……」

「そのために、あんな大勢の人前で俺の名まで使って出品したんだ。おかげで5000万Gで落札されたよ」

「ご、5000万G!?」

「ああ。正確には出品手数料の5%を差し引かれた4750万Gだがな。落札価格を上げるための付加価値として、カイ姉達にも協力してもらったんだ」

「そう、カイちゃん達まで協力してくれたなんて……」

レオニスが稼いだという金額に、マイラはさらに驚きの表情になる。

5000万Gなんて大金、普通に生きる大多数の者には無縁の数字だ。それだけあれば、孤児院の建物も新しく作り直せるだろう。

そのためにレオニスが動いただけでなく、カイ達もまた協力してくれたことを知ったマイラの眦にうっすらと涙が浮かぶ。

かつてディーノ村という小さな村で育てた子供達が、大きくなって自分や孤児院のために力を貸してくれる―――そのことが、マイラにはとても嬉しかった。

「借りる土地のことも心配しなくていい。俺の伝手で何とか探してみる」

「レオ坊……」

「建物が年内に完成するかどうかまでは、さすがに確約できんが……例え年内に完成しなかったとしても、シスター達を路頭に迷わせるようなことには絶対にさせない。……シスター、俺を信じて待っててくれるか?」

「ああ、もちろんさ。こんなにも立派になったレオ坊の言うことを、信じない訳がないだろう? むしろ疑ったら罰が当たるってもんだよ」

うっすらと滲んでいた涙は、大粒の雫となってマイラの頬に零れ落ちる。

思わず両手で顔を覆うマイラに、レオニスがサッと一枚の綺麗なハンカチを差し出す。

「ほら、シスター。今日はっつーか、あれから綺麗なハンカチを持ち歩くようにしてんだぞ?」

ハンカチを差し出しながら、フフン☆とドヤ顔をキメるレオニス。

レオニスの言う「あれから」とは、先日の食糧支援その他の話をしたあの日。

立派になったレオニスの姿に感激し涙したマイラに、綺麗なハンカチをすぐに出せずに大恥をかいた時のことを指している。

そう、あの時に懲りたレオニスは、それ以来必ず一枚は洗濯済みの綺麗なハンカチを持つようになったのだ。

実際には「一枚一枚洗い替えすんのめんどくせー」という理由で、購入したばかりのハンカチを十枚以上空間魔法陣に放り込んでおいているだけなのだが。

レオニスから綺麗なハンカチを受け取ったマイラが、さらにその目を大きく見開いていく。

「あ、あのレオ坊が……『ハンカチなんて持ってなくたって、死にやしねぇよ!』とか言って、絶対にハンカチを持とうとしなかったレオ坊が……」

「……え? ちょ、待、シスター?」

「『ハンカチも雑巾も同じ布切れで変わんねぇだろ?』って言い張って、嫌々ながらポケットに雑巾突っ込んでたレオ坊が……」

「ぃゃぃゃ、ちょっと待って?」

「挙げ句の果てに『俺のハンカチが一番デカいんだぜー!』って叫びながら、唐草模様の風呂敷をブンブン振り回してたレオ坊が……」

「ぃゃぃゃぃゃぃゃ、ホント待って?」

「本当に……こんなに立派になって……」

幼い頃のレオニスの言動を思い出しながら、更に感動に浸るマイラ。彼女の身体はふるふると小刻みに震え、瞳はもうずっと潤みっぱなしである。

だがしかし。レオニスにしてみたらたまったものではない。

せっかくドヤ顔でキメたというのに、黒歴史を披露されては完全に台無しである。

もちろんマイラには、レオニスの黒歴史を暴露しているつもりなど毛頭ないのだが。

だが、マイラはレオニスの幼少期を知る数少ない人物のうちの一人だ。

今でこそレオニスは『伝説の金剛級冒険者』としてその名を世界中に轟かせているが、マイラにとってレオニスは手を焼くやんちゃ坊主であり、未だに幼少期の頃のイメージが強く残る。

マイラがかつてレオニスやグラン、レミ、カイ、セイ、メイなどのディーノ村の孤児達とともに過ごした時期は、彼女の人生の中でも最も輝く宝物のような日々だったのだ。

マイラの思わぬ黒歴史暴露に、がっくりと項垂れるレオニス。

だが、そんな些細でどうでもいいようなこっ恥ずかしい思い出を、マイラが昨日のことのように鮮明に覚えていてくれたことは少しだけ嬉しく思う。

「……シスター。今の話は、ライト達にはナイショな?」

「おや、それはどうしてだい? ……ああ、もしかして皆にレオ坊の昔話をされるのが恥ずかしいからってことかい?」

「ン、まぁな……そんなところだ」

「ふふふ、分かったよ。レオ坊だって、今ではあの子の育ての親をしてるんだものねぇ」

黒歴史の他言無用を求めるレオニスに、マイラはすぐに察して小さく笑う。

レオニスもライトの育ての親として、子の前では多少は威厳を保ちたいであろうことはマイラにも理解できる。

「でもライト君なら大丈夫、あの子はレオ坊のことをちゃんと尊敬してるよ」

「だといいがな……」

「それこそ、レオ坊がグラン坊のことを一生尊敬しているのと同じことさ」

「そうかな……うん、そうだな」

マイラの言葉に、レオニスは戸惑いつつも頷く。

レオニスはグランの大きな背を見て育ち、その生き様に憧れてずっと尊敬していた。その気持ちは今でも変わることはない。

そして今のライトも、育ての親であるレオニスの背を見ながら育った。

マイラの目には、ライトがかつての幼いレオニスに、そして今のレオニスがかつてのグランと重なって見える。

こうして彼らの縁が続いていくのだと思うと、マイラの眦にはとめどなく涙が溢れ続けるのだった。