軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第508話 世界を救う御方

『これは……何ですか?』

ライトの手のひらに乗せられた、うずらの卵よりも若干小さい焦茶色の卵。ミーアはそれを不思議そうな顔で眺めている。

「これは『使い魔の卵』というアイテムでして。一応BCO世界のシステムの一つなんですが」

『まぁ、そうなんですね。私、世俗に疎くて転職神殿に関すること以外はよく分からなくて……でも、卵というからには孵化したら何らかの生き物が生まれる、ということですよね?』

「そうです、この卵にたくさんの餌を与えると『使い魔』という何かが生まれるんです。何が生まれるかはまだ分からなくて、与える餌によってある程度変わってくるんですが」

ライトの話を聞き、ますます興味深そうに使い魔の卵を見ているミーア。

BCOのシステム実装で言えば、ミーアがいる転職神殿はゲームのサービス開始直後、初日から存在するゲームの根幹システムだ。

一方使い魔システムは、ゲーム開始から二年後くらいに実装された後発のコンテンツである。

そして転職神殿と使い魔は直接関わりを持つコンテンツではないので、ミーアが使い魔のことを全く知らないのも無理はない。

『餌とは、どんなものを与えるんですか?』

「肉や魚、野菜、何でもいいです。食べさせたいものを殻に触れさせると何でも吸収します。人間が普通に食べられるものは吸収しますが、石や金属など食べられないものは吸収しません。食べても木の枝や葉っぱくらいまでですね」

『好き嫌いなく何でも食べるんですか、それは良いことですねぇ』

使い魔の卵の餌に関して、実はライトはちょこちょこ実験していた。

フォルのお使いのアイテム持ち帰りにより、新品の使い魔の卵が十個以上溜まっていたからだ。

最初の頃こそ、与える餌は吟味して慎重に与えていたライト。

だがアイテムとしての卵が十個以上も溜まれば、一つくらいは実験してみたくなるのがゲーマーの性というもの。

使い魔の卵の一つに、マイページのショップで買える安い武器やカタポレンの森で拾った石ころなどを餌として与えてみたことがあるのだ。

ライトとしては『石を与えたら、石系のゴーレムとか生まれるかも?』『金属食べさせたら、変形ロボットになったりしないかな?』などの予想及び純粋な興味からやってみたことだった。男の子なら如何にも一度は考えそうなことである。

だが、結果としてはそれらは全て失敗に終わった。どれ一つとして吸収されなかったのだ。

つまりそれらは餌として判断されず、卵の方から食べることを拒否されたということだった。

『でも、どうしてここで卵を孵化させるんですか? 普通の家では飼えないような、とても大きな生き物が生まれたりするのですか?』

「えーとですね、種族によってはかなり大きなものが生まれてくる可能性もあるんですが。それより何より、ぼくはまだ子供で、レオ兄ちゃんに育ててもらってる身でして。ゲームのようにたくさんの生き物を従えるのは、今はちょっと無理なんですよねぇ」

『ああ、そうですねぇ……ご家族とともに暮らしておられるなら、確かにそれはちょっと厳しいでしょうねぇ』

「はい……しかもぼく学校にも通っているので、あまりこまめに世話もできないし」

ミーアがライトに尋ねた素朴な疑問に、ゲームという単語を交えつつ素直に現状を話して聞かせるライト。

実際今のライトが家でともに過ごせるのは、一番最初に孵化させた幻獣カーバンクルのフォルくらいだ。

孵化二体目のウィカは『水の精霊だから』という理由で目覚めの湖で過ごしてもらってるし、それ以降は使い魔の卵を新たに得ても一度も孵化させていない。

本当ならライトもいろんな使い魔を得たいところなのだが、レオニスとともに日々暮らしている現状ではそれは叶わない。

使い魔から生まれてくるものは、ペットと称して飼ったり森で拾ってきたと誤魔化すにはどれも厳しく難しいものばかりなのだ。如何にライトが言い訳の達人であっても、さすがに限度というものがある。

もしこの先ライトが使い魔パラダイスを作るとしたら、それはライトが大人になって独り立ちしてからの話になるだろう。

いつかはそれも叶えたい夢ではあるが、今は我慢の時である。

「それに、ここで孵化させるのはもう一つ理由がありまして」

『もう一つの理由、ですか?』

「はい。使い魔の卵から孵化した子をここに置いてもらえれば、ミーアさんも寂しくなくなるかな、と。……あッ、もしミーアさんさえ良ければの話ですが」

ライトが言う『もう一つの理由』を聞いたミーアの目が、次第に大きく見開かれていく。

転職神殿の専属巫女であるミーアには、他者と交流する機会はほとんどない。転職神殿に関係するNPCはミーア一人だけだし、この転職神殿自体も山奥にあり普段から人が立ち入る場所でもない。

そもそもこの転職神殿は『旧教神殿跡地』と呼ばれ、忌まわしい地という認識が強いという。そんな場所に好き好んで来るのはライトくらいのものだった。

『つまりそれは……ここで一人暮らす私が寂しくないように、というご配慮なのですか?』

「ぁ、ぃぇ、配慮なんてそんなご大層なものでもないですけど……でもやっぱり、ずっとここで一人で過ごすのは寂しいと感じたりするんじゃないかなぁ、と思いまして……」

ミーアからの問いかけに、ライトは照れ臭そうにしている。

実際ライトとしても使い魔の卵を持て余している状況だし、そしたら転職神殿で孵化してミーアといっしょに暮らしてもらえば寂しさも紛れるんじゃないかな?と考えただけなのだ。

そしてこれは、二体目の使い魔ウィカチャを目覚めの湖に住まわせた経験から得た考えでもある。

ウィカチャは水の精霊ということで、孵化後はフォルのように自分の手元には置かず目覚めの湖に住んでもらうことにした。

その後ウィカチャはイードやアクア、水の女王など目覚めの湖の住人達の友となり、今では湖の立派な一員として彼らを支えともに生きている。

使い魔という本来の使い方は全くできてはいないが、このサイサクス世界の一員として地域に根差した生き方ができるなら、使い魔達にとってそれもいいことかもしれないな……今のウィカの姿を見たライトはそう考えたのである。

そんなライトの言葉に、ミーアは震える声で礼を言う。

『……ありがとうございます。勇者様のご高配、心より感謝申し上げます』

「えッ!? そそそそんな、また勇者様だなんて……」

『私のような末端の者にまで、その慈悲深き御手を差し伸べてくださる……やはり勇者様は、この世界を救う御方なのですね』

「ええッ!? ちょ、待、ぃゃぃゃ、ぼくはこの世界では就活に喘ぐことなく、まったりと過ごしたいだけで……世界を救うとか、そんなん無理無理無理無理ぃぃぃぃッ!」

ライトの前で両手を組んで跪き、まるで神に捧げるかのような祈りをライトに向けるミーア。頭を垂れた彼女の瞳からは一粒、また一粒と澄んだ雫が零れ落ちる。

その一方で、ミーアの敬虔な礼を受けたライトは大いに慌てまくる。ミーアの勇者様呼びが復活しただけでなく『世界を救う御方』とまで言われてしまったのだ。

就職難という苦行を回避し、その生涯をただただのんびり気楽に過ごしたいだけのライトに、世界の救済とかとんでもない無茶振りである。

だがしかし。悲しいかな、ライトの懸命の言葉はミーアには届かない。

己の孤独な境遇を憂い、心を寄せてくれた 勇者候補生(ライト) への感謝にただただ咽び泣くのみである。

「え、えーとですね、ミーアさん、ぼくは勇者なんて大層なもんじゃなくて……そ、そうだ!この使い魔の卵だって、ぼくが飼いきれないのをミーアさんに押し付けるだけで、本当はすごく悪い子なんです!だからそんな感謝してくれなくていいです!」

『……そうなんですか?』

「はい!むしろ『自分で飼えないペットを押し付けるなんて、ライトってのは何て悪い奴だ!』とか罵ってくれてもいいくらいなんですよ!?」

慌てふためきながら言い募るライトに、ミーアはきょとんとした顔でライトを見る。

もちろんライトにはミーアに罵られたい!といったマニアックな趣味など全くない。本当に、微塵も、天地神明に誓ってこれっぽっちもない。

だが『世界を救う勇者』などという激重たい重責を担うくらいなら、ミーアから罵られる方が億倍マシというものである。

ミーアからの途轍もない感謝と勇者認定、そこから全力で回避し逃げようとするライト。その滑稽な慌てぶりが、ミーアの目には『勇者であることを決して自慢しない、とても控えめで誠実な勇者様』という謙虚な姿に映る。

『ふふふ……勇者様は本当に謙虚であらせられますね』

「け、謙虚!? 何でそうなる!? ……あ、あの、そうではなくて、ぼくはただの子供で、勇者なんかじゃ全然なくてですね……」

『……そうですね。胸を張り堂々と勇者を名乗るには、まずは全ての職業を極めてからでないといけませんね』

「そ、そうですよ!ぼくなんてほら、まだ一つしか四次職マスターしてませんし!まだ何もできない、何も成していない、全ッ然未熟な青二才のヒヨッコですからね!」

勇者となるには、全ての職を極めなければ―――ミーアのこの言葉に、全力で乗っかるライト。

BCOの職業システムにおける六種の職業、それらを全てをマスターしたところでライトは勇者を名乗る気はさらさらないのだが。

今ライトの目の前に迫る勇者扱い、そこから言い逃れる猶予を得るためならば、ライトは己への讒言など惜しむことなくいくらでも語れるであろう。

未熟で結構、青二才上等、ヒヨッコ呼ばわりだってドンと来ーい!である。

ライトの慌てっぷりにクスクスと笑うミーアに、ライトはここぞとばかりに話を戻す。

「そ、そんな訳で。ミーアさん、ぼくは本当にすっごく悪い子なので。家では飼いきれない使い魔達を、全部ミーアさんに押し付けちゃいますからね!是非とも有効活用してくださいね!」

『はい。勇者様に代わり、ありがたくお世話させていただきますね』

眦に溜まった涙を、己の人差し指で拭いながら微笑むミーア。

それは野に咲く一輪の花のような、素朴で可憐な笑顔だった。