軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第490話 ラウルの悩み

ライトがレオニスとともに『エリトナ山に行って火の女王と会う』という重大なミッションを達成し、ゲブラーから帰還した翌日。

ライトはラグナロッツァの屋敷のベッドで目が覚めた。

「んーーー……よく寝たぁ……」

ベッドから起き上がり、両腕を真上に上げて背伸びをするライト。

窓の方を見ると、燦々とした明るい日差しが差し込んでいる。昼とまではいかないが、朝の時間はとっくに過ぎているようだ。

「ぃゃー、いくら平地でもやっぱあの距離を三時間も走り続けるのはキッツいわー……そもそも走る前に山をいくつも越えて歩き続けたし」

「こんなん前世の俺じゃ絶対無理だわー……ハイポ飲んでなきゃ今世でも無理無理無理ゲーだけどさ。サイサクスの回復剤って本当にすげーよね!」

「つーか、いつこの家に帰ってきたかも思い出せん……ゲブラーの冒険者ギルドの売店で、クレアさんやクレナさんへのお土産を選んで買ったことまでは覚えてるんだが」

「……はて。俺どうやってここまで帰ってきたんだ?」

首を左右に傾けたり己の拳で腰を叩いたり等々、身体を解すライト。半日以上睡眠を取ったが、身体の疲れがまだ完全には抜けきらないようだ。

ライトがベッドでのんびりとしていると、ベッドの横にラウルが音もなく現れた。

「おはよう、小さなご主人様」

「あっ、ラウル!おはよう!」

「あんまり長いこと寝たままでちょっと心配だったんだが、起きて良かった。よほど疲れてたんだな」

「まぁね、山の中で寝泊まりとか初めてだったしね……ラウルに心配させちゃってごめんね」

ラウルはライトが一向に起きてこないことを心配していたらしい。半日以上も寝たまま起きてこないとなれば、心配しだすのも無理はない。

思わぬところでラウルに心配させてしまったことを詫びるライト。

ラウルは小さく笑いながら、謝るライトの頭をくしゃくしゃと撫でる。

「気にすんな。遠征楽しかったか?」

「うん!!とっても疲れたけど、それ以上にすっごく楽しかった!」

「そうか、そりゃ良かったな。じゃあ今から遅い朝飯にするか」

「そうだね、起きたらお腹空いてきちゃった」

「ゆっくりでいいから、顔を洗って着替えてから下に来な。その間に俺は食堂で支度しているから」

「ありがとう、よろしくね!」

ラウルはそう言うと、再び音もなく消える。

ライトはラウルの言ったことに従い、ベッドから起き上がり顔を洗うなどの支度をし始めた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ンーーー、やっぱりおうちで食べるラウルの朝ご飯は美味しい!」

「お褒めに与り光栄だ」

「このクロワッサンはお店で買ったの? それともラウルの手作り?」

「そりゃもちろん俺の手作りだぞ? パン生地にバターを包んで、常に冷やしながら何度も生地を伸ばしては折り畳んで、を繰り返すんだ。温度管理だけじゃなく生地のガス抜きだの打粉だの、結構面倒くさくて手間もかかるがな。……ま、美味いものを作るには手間暇もかかるってことだ」

「パン一つ作るにも、そんなにたくさんの作業があるんだね……いつも美味しいものを作って、ぼく達に食べさせてくれてありがとう!」

外はサクサク中はふんわりのクロワッサンを頬張るライトに、ライトを見守るラウル。

時間が時間なので、ラウルはもう朝食は済ませてしまっている。

今ライトが食べている、お店で売っていてもおかしくなさそうなクロワッサン。それもラウルが作ったと聞き、ただただ感謝するばかりである。

「ところで、ラウルはぼく達がいない間は何してたの? お料理の在庫作り?」

「いや、昨日はエンデアン、一昨日はネツァクでホタテや砂漠蟹の殻処理依頼をこなしてきた」

「そうなんだー。どれくらい稼いできたの?」

「エンデアンのホタテは五百枚で50000G、ネツァクの砂漠蟹は八十匹で64000Gになったか」

「二日で10万G以上稼いできたんだ……すごいね」

ライト達がエリトナ山に遠征している間、ラウルは殻処理依頼をこなして荒稼ぎしていたようだ。

アイテムバッグがまだ普及していない今なら、空間魔法陣持ちのラウルが一歩どころか百歩も千歩も先を行っている。稼ぐなら今のうち!である。

それと同時に、殻が溜まって困っている人達の助けにもなり、冒険者ギルドにも依頼完了時の手数料が入り収益が上がる。

しかも殻処理依頼を引き受けるラウルの方は、依頼をこなすことでお金が稼げて、その殻は家庭菜園の肥料に使えて、冒険者としての貢献度も上がる。

何と一石五鳥という、完璧なる全者Win-Winである。

「そしたら、ラウルが作りたい家庭菜園のガラス温室もそろそろ建てられるんじゃない?」

「ああ、もうガラス温室の手配は済んでてな。四月中旬から工事が始まる予定なんだ」

「そうなんだ!えーと、全部で四つ建てるんだっけ? 完成するのはいつ?」

「一個一個のサイズは小さいほうだから、建設自体はそこまで日数かからないんだ。土台作りと骨組みに一日、板ガラスを嵌め込む工程に一日。これを四つ分だから、工事が始まって八日もすれば完成する」

ラウルが荒稼ぎに勤しむ最たる理由である、家庭菜園のためのガラス温室建設計画。

その計画がどこまで進んでいるのかライトが問うと、結構話が進んでいるらしい。

着々と進む家庭菜園計画に、ライトも嬉しくなってくる。ラウルの夢が叶うということは、ラウルのことが大好きなライトの喜びでもあるからだ。

「じゃあ、もうすぐラウルの夢が叶うんだね!」

「ああ、皆のおかげでありがたいことにかなり早く実現できそうだ。ただ……今、一つだけ悩んでいることがあるんだよな」

「ン? 悩み? ラウルが悩むなんて珍しいね、どうしたの?」

悩ましげな顔で溢すラウルに、ライトがきょとんとした顔で何を悩んでいるのかを尋ねる。

ラウルに悩み事があるなんて珍しい、などとシレッと宣うライトも何気に失敬だが。実際ラウルが何事かを悩むこと自体滅多にないことなので、ライトが思わずそう言ってしまうのも無理はない。

「俺がネツァクやエンデアンで殻処理依頼をこなすのは、ガラス温室の資金稼ぎもあるが。もともとは家庭菜園の土作り、肥料のためから始まったのはライトも知ってるだろう?」

「うん。ラウルが冒険者になったのも、ネツァクの殻処理依頼を引き受ければ肥料になる砂漠蟹の殻が確保できて、さらにはお金も稼げるから!だもんね」

「そう、肥料も金も稼げて一石二鳥なんだ。だが……その肥料にするための殻の粉砕処理が未だに出来てないんだよな」

「……ぁー……」

ラウルの言葉に、ライトもラウルが何を悩んでいるのかを即時理解した。

甲殻類や貝殻を肥料として利用するには、殻を細かく粉砕する必要がある。

粉砕とはとにかく叩いて割り砕き、細かくしていく作業だ。その作業には当然大きな音も伴う。特にかなり硬いことで知られる砂漠蟹の殻を叩いて割るとなると、どれほどの大きい音が発生することやら想像もつかない。

そしてそれらの作業を、このラグナロッツァの屋敷で行うことは不可能だ。

もしそれを強行したら、間違いなく騒音問題に発展するであろう。

そうなれば、ラウルが今まで築き上げてきたご近所さんとの信頼関係が一気に失われてしまう。

ライトの理念である『円満なご近所さん付き合い』も崩壊必至となってしまうのだ。

だが、それを解決する術がない訳ではない。

ライトはラウルの悩みを察した後、すぐに思いついた解決策をラウルに提案してみる。

「そしたらさ、カタポレンの森の中で粉砕処理すればいいんじゃない?」

「カタポレンの森で、か?」

「うん。カタポレンの森にはぼくとレオ兄ちゃん以外は人族住んでないし。騒音で近所迷惑になるなんてことは絶対にないよ?」

「ふむ……それもそうだな」

ライトの提案に、ラウルも頷いている。

ラウル自身カタポレンの森に帰るという概念が全くなかったので、カタポレンの森で粉砕処理をするという案は考えもしなかったようだ。

完全に盲点だったが、言われてみれば確かにカタポレンの森ほど粉砕作業に適した場所はないことにラウルも気づいたようだ。

「このラグナロッツァの家とカタポレンの家は転移門で繋がってるからね、ラウルが行こうと思えばいつでも行けるし」

「俺が転移門を使って、あっちとこっちを行ったり来たりしてもいいのか?」

「もちろんいいんじゃない? ただ転移門は魔石を消耗するから、一応先にレオ兄ちゃんに確認というか許可をもらうべきだとは思うけど。それでもレオ兄ちゃんなら、別に反対はしないと思うよ?」

「そうか、そしたら今日早速ご主人様が帰ってきたら聞いてみるか」

転移門を使用するには、その動力源である魔石のエネルギーを都度消費する。

そのためもしラウルが使うにしても、転移門と魔石の所有者であるレオニスの許可を得ることが絶対条件だ。

そうしたライトのアドバイスに、ラウルも素直に納得している。

「それに、カタポレンの家の周りは少し切り開いてあるから、大きな砂漠蟹の殻を広げて作業するのも余裕だよー」

「そうなのか。俺はカタポレンのご主人様達の家に行ったことは一度もないから知らなんだが、外もそんなに広いのか」

「うん。万が一竜騎士とかが訪問してきてもいいように、てことらしいよー。レオ兄ちゃんもああ見えて結構偉い人だからね、立場とか考えるといろんな想定しなくちゃいけないらしくて。本当に大変だよねー」

「本当になぁ。一見気の良い兄ちゃんにしか見えんご主人様だってのになぁ。いろんな柵があるってのは大変なことだ」

ライトとレオニスが普段住んでいるカタポレンの森の家。家屋こそこぢんまりとしたものだが、その周囲はかなり広く切り開いてある。

現代日本で例えれば、家屋の前後左右すべてにヘリポートを余裕で設置できるくらいに空き地がある。

そんなに広々とした空き地で囲んであるのは、ライトが言及した通り飛竜や翼竜などの大型飛行生物が来訪してもいいように、という理由からである。

そしてライトもラウルも『ああ見えて』とか『気の良い兄ちゃん』など、レオニスに対する評価が何気にぞんざいである。

だがそれは、レオニスが持つ肩書の重さや立場の高さ以上に彼の親しみやすさ、気の良さがはるかに上回っていることの表れでもあるのだ。

「ところでラウル。殻を砕くための大鎚、ハンマーとかは持ってるの?」

「ン?……それも新調しなきゃならんか。そこら辺の金槌じゃ歯が立たんだろうし」

「そしたらそれもレオ兄ちゃんに聞いてみればいいよー。カタポレンの森の家にはいろんな武器が置いてあるから、ウォーハンマーとかの戦鎚もあるんじゃないかな」

「おおそうか、そしたらそれも転移門許可の話とともに聞いておこう」

ラウルに対し、適切なアドバイスを次々と繰り出すライト。

まるでラウルの家庭菜園アドバイザーのようである。

「あ、あと、もしカタポレンの森の家で殻を砕くなら、ぼくがラグーン学園に行っている間にしてね? さすがにぼくやレオ兄ちゃんが家にいる時だと困るから」

「おう、それはもちろんだ。春休みが終わってからの平日午前中にやるようにするわ」

殻の粉砕作業の時間帯についても、事前注意を欠かさないライト。

騒音対策のためにカタポレンの森の家での粉砕作業を勧めたはいいが、自分達がカタポレンの森の家にいる時に粉砕作業されては敵わない。

自分自身が騒音に晒されないよう、ちゃんとラウルにも言い含めておかねばならないのだ。

「いろいろ教えてくれてありがとうな。俺はそういう知識は足りないから、ライトが教えてくれることはすごく助かる」

「どういたしまして。ラウルの家庭菜園が実現したら、ぼくやレオ兄ちゃんも今よりもっと美味しい野菜や料理を食べれるもんね!」

「ああ、ただでさえ美味しい俺様の料理がますます絶品になるぞ?」

ライトの数々のアドバイスに、ラウルが礼を言う。

料理以外のことは不得手なことが多いことを、ラウル自身よく理解していた。もっともラウルは妖精なので、人族の中で住まうのにまだまだ常識が覚束ないのは致し方ないことなのだが。

そんなラウルを応援し導いてくれるライトやレオニスは、ラウルにとってもはや欠かせない存在だった。

ラウルから礼を言われたライトは、とびっきりの笑顔でラウルを励ます。

「ぼくもラウルの家庭菜園にはすっごく期待してるからね!ラウルも頑張ってね!」

「おう、任せとけ」

ライトの笑顔の応援に、ラウルもまた自信に満ちた表情で応える。

言葉こそ短い一言だが、ラウルのそれは確たる自信に基づいた実に頼もしい返事だ。

この日ラウルの夢の家庭菜園計画は大いに前進したのだった。