軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第488話 解き放たれた魂

レオニスが空間魔法陣から取り出した浄化魔法の呪符『究極』。

まず一枚、足元の屍の上にそっと置いてみる。

すると呪符を置いた瞬間から、その周辺からパァッ……と淡い光が沸き起こり、光る範囲が広がっていった。

その細かい粒子のような光は次第に集まり、小さな塊となっていく。そうして出来上がった、数多のしゃぼん玉のような光の塊が、すぅっ……と空に向かってゆっくりと上っていく。

それはまるであたかも死者の魂が呪縛から解き放たれて、天に昇り召されていくかのような眩い光景だった。

「レオ兄ちゃん、効いたみたいだね……」

「ああ……死してなお四帝の捨て駒として使役されていた者達も、これでようやく救われることだろう」

『おお……妾の業火でも焼き尽くすことの適わなかった、あの手強き骸を……こうも容易く天に還すとは』

ライトとレオニスは、感慨の面持ちで天に昇っていく光の粒子を見上げる。

二人の後ろ斜め上で見守っていた火の女王も、浄化魔法の呪符の凄まじい効果を目の当たりにして感嘆している。

だがしかし、その効果も長くは続かない。

ものの十秒程度で呪符が真っ黒に染まり、淡い光も収束していく。

如何に当代の魔術師ギルドマスターが描いた最上級の呪符であろうと、たった一枚だけで広大な草原の如く積み重なる無数の屍を一気に祓いきれる訳がないのだ。

とはいえ、呪符を中心として発生した淡い光は結構広い範囲で起こっていた。一枚だけでもかなりの骸骨が消失したようだ。やはりピース特製の最上級呪符だけのことはあり、相変わらずその威力は凄まじい。

真っ黒になった呪符を取り除くべく、拾い上げようと手に取るレオニス。

その呪符はレオニスの手に掴まれることなく、軽く触れただけでさらさらと風に散ってしまった。

呪符としての役目を果たし、呪符自身もまた天に還るかのようだ。

「今の一枚でも結構減らせたとは思うが……ピース製の最上級呪符ですら、こんなに保たんとはな……」

「あの呪符、今回持ってきたのは三十枚だっけ? 三十枚で足りるかな……?」

「いや、多分というか絶対に足りんな……それでも三十枚あれば、この面積の半分くらい、いや、少なくとも三分の一は祓えると思うが」

くッそー、こんなことならピースに百枚くらい頼んどくんだった……と、眉間に皺を寄せつつぶつぶつと呟くレオニス。

そもそもこの浄化魔法の呪符は、万が一火の女王に異変が起きていた場合に備えて用意したものだ。

炎の女王の身の内に巣食っていた穢れを十枚で取り除けたので、その三倍の三十枚もあれば余裕だろ!とレオニスは考えていた。

その余裕なはずの三十枚では全く足りないことに、レオニスは己の見立ての甘さを悔いる。

しかし今回に限っては、レオニスに多大な非はないと言えよう。

炎の洞窟の時のような、穢れ祓いを前提とした用意ならばレオニスの見立ては完璧だった。

まさかその見込みをはるかに凌駕する事態に直面するとは、夢にも思わなかったのだ。

目を閉じ歯ぎしりしながらしかめっ面をしていたレオニス。

ふぅ、と小さくため息をついてから、顔を上げて背後にいる火の女王に身体を向き直す。

「すまんが、今手持ちの呪符だけでは一度に全部の骸を片付けることはできなさそうだ」

『というと……再び人里に戻り、その呪符とやらを新たに入手し直さねばならぬということか?』

「そういうことになる」

『そうか……』

火の女王が少しだけ残念そうな顔をする。

だが、これほど大量の骸を今すぐ一度に片付けることなど到底無理なことは、火の女王も理解しているようだ。

「呪符の入手もだが、エリトナ山は俺達の住む家からかなり遠いんだ。俺達の足でもここに来るだけで二日はかかる」

『ならば、五日もすればまたここに来れるのか?』

「いや、すまん、それは無理……」

何気にせっかちな火の女王。

だが彼女は精霊、人族の都合や道理など分かるはずもない。

そんな火の女王にも分かってもらえるように、レオニスは順序立ててゆっくりと説明していく。

自分達の住処からエリトナ山に来るまでに片道二日、往復四日はかかること、ここにある無数の屍を全て祓うには、新たに呪符百枚を入手するつもりであること。

この呪符は魔力を込めながら一枚一枚手描きで作ってもらっているものであること、そんな手間のかかる呪符を百枚分用意するには、最低でも二十日以上の期間は欲しいこと、などなど。

自分達二人がここに来るまでに、如何に苦労してきたかを切々と語るレオニス。

その様子に、火の女王も頷きながら聞き入っている。

『何と……妾のもとに来るだけで、其方らはそんなに苦労するものなのか……』

『思えば妾のもとに来たのも、炎の女王から頼まれたと言っておったな。まずは妾の姉妹の願いを聞き入れてくれたこと、心より感謝せねばな』

『そして姉妹のみならず、妾の願いも叶えようとしてくれる―――其方らの真摯な心意気を嬉しく思う。ありがとう』

何と、火の女王からレオニス達に向かって『ありがとう』という感謝の言葉をかけられたではないか。

若干幼めな印象で表情豊かな水の女王と全く違うのはもとより、気高い炎の女王よりもさらに威厳に満ちていてすごく気位も高そうに見える火の女王。

だがそう見えてしまうのは彼女の荘厳な姿のせいであり、ちゃんとしたお礼が言えるくらいに実は素直な心の持ち主なのだ。

『では、準備が整ったらまた後日ここに来てくれるか?』

「ああ、約束する。その前に今日できることは全てやっておこう。ライト、俺は今から呪符で死霊兵団の屍を浄化していくから、お前は鎧や盾、剣なんかの残骸を回収してくれ」

「うん、分かった!」

レオニスは改めて空間魔法陣を開き、残り二十九枚の浄化魔法の呪符『究極』を取り出す。

それらを一枚、また一枚と屍の上に置いていき、骸を浄化していくレオニス。

そのレオニスの後ろで、ライトもまたレオニスの指示に従いせっせと動いている。骸が消えた後に残った鎧や盾などの装備品類を、アイテムリュックに入れて回収していくのだ。

ちなみにそれらの装備品類も、呪符の浄化の効果を受けてか今は禍々しい感じは一切しない。これなら直接触れても安心だ。

赤錆は残ったままだが、これは金属が酸化してできた錆という物理現象なので、浄化魔法で消せないのは致し方ない。

そうして二十分ほど二人で働き続けただろうか。

レオニスの手持ちの呪符が尽きたようで、浄化済みの範囲でまだ回収しきれていない装備品類をレオニスも片付け始めた。

錆びついたそれらを、二人してアイテムリュックや空間魔法陣に放り込んでいく。

今回レオニスが浄化魔法の呪符三十枚を用いて浄化できたのは、屍の平原の約三割弱といったところか。

レオニスの見立ての三分の一には届かなかったが、これは骸が見た目の地表分だけではなかったことが原因だ。

火の女王へのしつこい侵略攻撃は、長年に渡り継続して行われてきている。それらを都度撃退して積み重ねられた骸は、レオニス達の予想以上に膨大な量だったのだ。

とはいえ、それでも今回だけでここまで綺麗に浄化できたのはかなり大きい成果だ。

まずまずの結果であり、上等と考えていいだろう。

「とりあえずこんなところか」

「そうだね。残りはまた次だね」

二人して背伸びしたり腰を軽く叩いたりしながら身体をほぐす。

そこに火の女王が近寄ってきて労いの言葉をかける。

『不浄の骸の片付け、大儀であった』

「まだ半分以上残ってるがな」

『それでもこれだけ骸が減れば御の字だ。だいぶさっぱりとしたわ』

火の女王は満足げな顔で周囲を見回している。

実際レオニスが三十枚もの浄化魔法の呪符を使っただけあって、レオニス達がいる辺りは骸骨も朽ち果てた装備もなくなってすっきりとした光景が広がる。

ただし、そのすっきりとした光景の先にはまだまだ無数の屍が控えているのだが。

堆(うずたか) く積み上げられた骸は、浄化魔法という救いの手を今か今かと待ち望んでいるようにも見える。

『此度の其方らの働きには、本当に感謝している。その働きに報いるために何か授けたいのだが、所望のものはあるか?』

「他の女王と同じく勲章があれば、ここを訪れた証として二人分もらいたいんだが」

『もちろんそれも授ける。それ以外で所望のものはないか?』

火の女王の言葉に、ライトもレオニスもしばし考え込む。

そしてライトが何か思いついたのか、火の女王の顔を見上げながら口を開いた。

「あのー、ぼく達水の女王様から【水の乙女の雫】という、涙の結晶をもらったんですが。火の女王様にも何か、そうした独自のアイテムのようなものはありますか?」

『【水の乙女の雫】、か? 乙女の雫ならば妾も出せるぞ』

ライトの問いかけを聞いた火の女王は、右手の人差し指をを前に差し出す。

すると、火の女王の指先から拳大の鮮烈な青白い火が現れて、凝縮するように小さくなっていく。

どんどん小さくなる青白い炎は、最終的に【水の乙女の雫】と同じくらいの極小の粒となって火の女王の手のひらに収まった。

『これのことであろう?』

「多分そうです!」

『こんなもので良ければ、今ここでいくらでも作ってしんぜよう』

火の女王は事も無げにそう言うと、人差し指だけでなく右手全体を広げて五本の指全てから青白い火を生み出しては次々と凝縮していく。

そうして出来上がった、たくさんの【火の乙女の雫】が彼女の小さな手のひらいっぱいに集められていく。

火の女王はその【火の乙女の雫】をライトに向けて差し出した。

『これくらいで良いか? 足りなければもっと作るが』

「い、いいえ!これだけいただければ十分です!ね、レオ兄ちゃん?」

「ああ。こんなにたくさんもらえるだけでありがたい」

『そうか、ならば良かった。それにしても欲のない者達よの』

欲しけりゃもっと作ると言う火の女王に、ライトが慌ててレオニスに話を振る。

レオニスもまたライトの言葉に同意し、感謝の意を表す。

そんな謙虚な二人を見て、火の女王が小さく笑う。

ライト達がこのエリトナ山で火の女王と出会ってから、初めて彼女が笑顔を浮かべた瞬間だった。