作品タイトル不明
第481話 澄み渡る青い空
翌日の木曜日。
この日ライトはレオニスとともにラグナロッツァで買い物する予定だ。
明日から火の女王がいるというエリトナ山に遠征するためだ。
「明日の朝イチに、魔術師ギルドでピースに頼んでおいた浄化魔法の呪符『究極』三十枚受け取ったその足で出発する」
「そっかぁ、いよいよ遠征だね!」
「ああ、ライトも楽しみにしてた遠征だぞ。今日は野営に必要な退魔の聖水なんかを買い足しに行こう。必ず使うと分かっているものは多めに持っておいた方がいいからな」
「そうだね!」
退魔の聖水ならライトもレシピ生成で作成して持っているのだが、ライトがそんなものを作れるというのは極秘なので普通に市販品を買う案に賛成するしかない。
それに、ライトが作った退魔の聖水が市販品と全く同じものとは限らない。
ここは薬効がはっきりしている市販品を買って使った方が無難である。
魔術師ギルドに向かう道すがら、ライトとレオニスはのんびりと会話している。
「……あ、今日は時間に余裕もあるし、何ならついでに薬師ギルドにも寄るか。前にお前から預かったいくつかの謎の回復剤、まだ薬師ギルドに見せてないんだよな」
「そうなの? ていうか、あれは薬師ギルドに見せる予定だったの?」
「ああ。クレア曰く、あの謎の回復剤類は薬師ギルドが研究用に欲しがって高値で買い取るんじゃないか、って言われてな。だが薬師ギルドに持ち込む前に、ラウルのポイズンスライム変異体事件が起きたりしてずっとバタバタしてたからな。まだ薬師ギルドに行ってないんだ」
レオニスの言う『謎の回復剤』とは、濃縮エクスポーション他ライトがイベントクエスト中に作成した濃縮系アイテム類のことである。
思い返せば件の回復剤類は、目覚めの湖で水の女王達とピクニックした時にライトがレオニスに預けたものだった。
時期的にはもう一ヶ月くらい過ぎているが、ライト自身もレオニスに濃縮回復剤を渡したことをすっかり忘れていた。
それだけ二人とも多忙だったので、ライトにレオニスを責める気は毛頭ない。
「クレアさんって、いろんなアイテム類に詳しいんだね。それくらい有能でないと、冒険者ギルドの受付嬢は務まらないってことなんだね」
「あー、まぁクレアが有能な受付嬢ってことは俺も認めるところではあるが……あいつの場合、ジョブが鑑定士系だからな。見たことのないアイテムや謎の発見物なんかを入手したら、とりあえずあいつに真っ先に見てもらうのが一番早いんだ」
「えッ!? クレアさんのジョブって、鑑定士なの!?」
「そ。しかも鑑定士系の最上級。【全てを識る者】だったかな、確かそんな名前のジョブだ」
ライトも知らなかった新事実に、目を丸くしながら驚愕する。
ライトが知るクレア、それはBCOのNPCであり看板受付嬢であったということだけだ。だが、このサイサクス世界に生きるクレアはそれだけではなかったらしい。
彼女のジョブのことは今まで一度も聞いたことはなかったが、まさか鑑定士系の最上級ジョブだとは思いもしなかったライト。漠然と【受付嬢】というジョブなのだと思っていた。
改めて本人からはっきりそう聞いた訳でもないのに、何故かそう思い込んでいたのだ。
そういえば、クレアさんが十二人の姉妹の長女だなんてのもBCOでは聞いたこともなかったしな……ジョブシステムや昨日のディープシーサーペントもそうだけど、BCOと同じ世界に見えて違うところも結構あるよな。
このサイサクス世界には、俺の知らないことがまだまだたくさんあるんだな……
そんなことを考えながら、思わずライトが呟く。
「ぼく、てっきりクレアさん達は【受付嬢】っていうジョブなんだと思ってた……」
「ハハハ、そりゃ無理もないかもな!ま、ジョブなんてのは当人に聞いてみなきゃ案外分からんもんだしな。そもそもジョブはあくまでもその人が持つ最強の特技ってだけだからな」
「……そうなの? 自分で選んだジョブは絶対じゃないの?」
レオニスの言葉に、ライトが不思議そうな顔で問うた。
「ほとんどの人間は、ジョブ適性判断で示されたジョブに沿った仕事を選ぶけどな。でも、それが絶対って訳じゃない」
「だいたい、そんなことを言ったらそれこそクレア達の受付嬢という仕事だって【受付嬢】とか【接客業クイーン】を持つ人間でないと就けないってことになるだろ?」
「ジョブってのは将来就くべき職に対して大きな指針を指し示してくれる。だが絶対にそれを選ばなきゃならん訳じゃない」
「それは『適性判断』という言葉が示す通りで、最後に決めるのは自分自身だ」
「結局は自分が何になりたいか、何をして生きていきたいか。それに尽きる」
レオニスの言葉を聞きながら、ライトは初めてこの世界のジョブシステムを知った日のことを思い出していた。
ライトがまだラグーン学園に入学する前。冒険者ギルド総本部で、偶然会ったレオニスの後輩達のパーティー『龍虎双星』と食事をともにした時のクルトの言葉が蘇る。
『例えばほら、HPや攻撃力が高くてMPや魔力が少ない人が、魔法使いにはなれないだろう?』
『逆に、HPや攻撃力が低くてMPや魔力が高い人は、剣士にはなれない』
『いや、なろうとしてなれないこともないよ?適性の合わないジョブでも、無理矢理なろうと思えばなれるはず』
『だけど、それはあまりにも効率が悪過ぎて、非現実的なんだ』
まだサイサクス世界のことを全く知らなかった頃に知らされた、驚愕の事実。
ライトが知らない『ジョブシステム』なるものが、将来の仕事をほぼ決めてしまうのだと知ったあの日。
その時からライトはその運命に抗うべく、必死にBCOの職業システムを探し今日まで我武者羅に突き進んできた。
だが、レオニスの言葉やクレアの持つ意外なジョブの話を聞き、ライトは改めて思う。ああ、何も完全にジョブシステムに付き従わなくてもいいんだ―――と。
おそらくジョブシステムが提示したものと全く違う道を選ぶことは、このサイサクス世界ではかなり異端で奇異に映ることだろう。もしかしたら好奇の目に晒されるかもしれない。
しかし、そんなことは気にしなければいいのだ。
そもそも育ての親のレオニスからしてキニシナイ!大魔神の申し子なのだ、今更世間体など気にして一体何になるというのか。
ふとレオニスの顔を見たくなり、顔を上げるライト。
ライトの視線に気づいたレオニスが「ン? どうした?」と言いながら、柔らかな笑みを浮かべる。
微笑むレオニスの頭上には、澄み渡る青い空が広がっている。
ライトが前世の記憶を持ったまま、このサイサクス世界に生まれついて約九年。
それまでずっとライトの中で張り詰めていた何かが、スッ……と解けていくような気がした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本日の二人のお目当て、魔術師ギルド総本部に到着したライト達。
早速二人は建物の中に入り、売店に進む。
呪符に魔導具に魔力回復剤等々、様々なアイテムがずらりと並ぶ。
エーテル類などの魔力回復剤や魔導具類なら、先日のジョージ商会や薬屋でも売っている。だが、呪符だけは魔術師ギルドの専売品だ。
呪符の類いは他に一切卸していないそうなので、呪符が欲しければこの魔術師ギルドに買いに来るしかない。
ギルド売店に並ぶ呪符類は、いわゆる中級品まで。
上級品や最上級品は個別にオーダーしなければならないらしい。呪符自体かなり種類が豊富なので、全種類を常時揃える訳にもいかないのだろう。
また、上級品以上となると価格もそれなりに高くなるので、そこまで頻繁に売れるものでもないという事情もある。
だが、ラグナロッツァ内で普通に暮らしていく分には中級品までで十分である。
もっともライト達は普通に暮らす範疇外の人間だが、特殊品のオーダーも魔術師ギルドマスターのピースに直接発注するので問題ない。
売店の棚に数多並ぶ商品の中から、お目当ての退魔の聖水を十個籠に放り込むレオニス。
他にもいくつかの品を籠に入れ、会計に向かう。
会計を済ませた後、レオニスは魔術師ギルドの受付窓口に立ち寄った。
「すまんが、ちょっといいか?」
「はい、何でしょう?」
「ピースに依頼しておいた呪符を、明日受け取る予定なんだが。明日の朝イチに受け取りに来るんで、この窓口で受け取れるようにしておいてくれるか?」
「分かりました。マスターピースにお伝えしてそのように手配しておきます」
「よろしく頼む」
受付嬢はレオニスの要望を快く受け入れる。
魔術師ギルドの受付嬢も、なかなかに有能そうな女史である。
「さ、ここでの用事は済んだし次は薬師ギルド回るか」
「うん!」
ライトは冒険者引退後の第二の職として薬師を希望しているが、このサイサクス世界の薬師の総元締めである薬師ギルドにはまだ行ったことがない。
これは将来の勉強になるぞ!と内心ワクテカするライト。
二人は魔術師ギルドを出て、薬師ギルドに向かっていった。