軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第455話 胸に込み上げる思い

ラウルが目を覚ました後、傍にいたマキシからラウルの救出に至るまでの様々な話を聞いていた。

「ラウルを連れ帰った後、この家で留守番してたライト君もそれはもう心配してね。ラウルの身体をお風呂場で洗い流したり着替えさせたり、いろんなお手伝いをしてくれたんだ」

「そうか……ライトにも心配かけて可哀想なことをしたな」

「本当は僕といっしょに看病したいけど、平日はラグーン学園に通わなくちゃいけないからって……昨日も今朝も、泣く泣く登校していったよ」

土日休みならともかく、平日はラグーン学園に通わなければならないライト。

レオニスにも「生死の境を彷徨ってる訳じゃないから大丈夫だ」と言われ、いつも通りの時間にラグーン学園に登校していったという。

ライトの登校話を聞いたラウルが、はたとした顔でマキシに問うた。

「そういやマキシ、お前は仕事に行かなくていいのか?」

「カイさん達にはちゃんと連絡してあるよ。ラウルが大怪我して寝込んでるって伝えたら、皆とても心配してくれてね。日曜日まで休んでいいって言ってもらえたんだ」

「そうか……アイギスにもまた礼を言いに行かなくちゃな」

「ちなみに今カイさん達には、フォルちゃんを預かってもらってるんだ。僕もライト君もずっとラウルにかかりっきりで、フォルちゃんのお世話まできちんとできなさそうだったから」

マキシの勤め先であるアイギス。その経営者であるカイ、セイ、メイの三姉妹とラウルは親交がある。

彼女達はマキシがラウルの親友であり、レオニス邸の執事ということも知っている。そして何より三人ともが、ラウルの作るスイーツの大ファンである。

そうした諸々により、マキシがラウルの看病のために数日の休暇を取ることを快く承諾してくれたのだ。

その上でフォルの世話まで頼むなど、一見とても図々しいように見えるかもしれない。

だが、アイギス三姉妹もフォルの愛らしさにメロメロなので全く問題ない。むしろカイ達にはご褒美ですらあるかもしれない。

「それとね、ラウルの怪我や傷痕を治すために、レオニスさんがエリクシルを使ってくれたんだ」

「何ッ!? エリクシルって、前に見せてもらったやつか!?」

「うん。フォルちゃんが拾ってきて、オーガの里で屍鬼化の呪いを解くために使われたっていう、アレ。それを今回ラウルにも使ってくれたんだよ」

「あんな貴重なものを、俺のために使ってくれたのか……」

マキシの言葉を受けて、ラウルは確かに己の手が爛れていないことに気づく。手だけではない、首や頬などあちこちを手で触ってみても引き攣れた感覚や痛みなどが一切ない。

あれだけの酷い怪我を負ったのに、ラウルの身体は完全に元通りになっていたのだ。

「ラウルは全身に深い傷をたくさん負ってたのに、エリクシルを一滴飲ませただけで全部治っちゃうんだもん。僕もその場で見てたけど、あれは本当にすごかった。エリクシルが【神の恩寵】と呼ばれるのも当然だってことがよく分かったよ」

「確かにな……俺もあの粘液体に飲み込まれて、その後溶かされかけて火傷のような傷を負わされたことは覚えている」

肌が爛れていないことを確認するかのように、自分で自分の手を擦りながら話すラウル。

ポイズンスライム変異体の粘液に、じわじわと皮膚を溶かされていく痛みや感覚は今でもはっきりと覚えている。

「皮膚だけでなく、目の方もかなり危なかったみたいだよ。それも治ってるでしょ? さすがに髪の毛までは元通りにはいかないようだけど」

「……ああ、ちゃんと目も見えている。髪なんざまたそのうち伸びるから問題ない」

「全部エリクシルのおかげだよ。逆に言えば、エリクシルでなければ完全に治すのは難しかったかもね。それくらい、ラウルが負った怪我は酷かったから」

マキシの言葉に、ラウルも小さく頷く。

意識のないラウルに、他のポーション類をがぶ飲みさせるのは不可能だ。それに、手当てが遅れれば遅れるほど何らかの後遺症が残る可能性も高くなる。

もしラウルが生き残れたとしても、その視力を完全に失ったり手足が思うように動かせなくなってしまったら―――ラウルは絶望に包まれていたことだろう。

だからこそレオニスは、以前から預かっていたままだったエリクシルをラウルの治療に使ったのだ。

ただし、マキシが言うように髪の毛だけは元通りにはならなかった。

肩より少し下くらいまであった、流れるような艶やかで美しい巻き毛は毛先が焦げついたままで、黒髪全体の艶も失われていた。

だが、ラウルはそのことを気にしてはいないようだ。

生きてさえいれば、髪の毛はまた生えて伸びるものなのだから。

そんな話をしているところに、誰かがラウルの部屋に近づいてくる気配がする。

二人ともそれに気づき、部屋の入口を静かに見ている。するとしばらくして扉が開き、レオニスが入ってきた。

ベッドに座り起きているラウルの姿を見て、レオニスが破顔する。

「……おお、ラウル、起きたか!」

「ああ。今マキシからいろいろ聞いていたところだ。ご主人様に助けてもらったようだな。……ありがとう、この恩はいつか必ず返す」

「俺の力だけでお前を助けた訳じゃないさ。それに、ラウルだって俺の大事な家族だ。家族を助けるのは当たり前のことだろう?」

「……そうだな。俺だってもし皆に何かあったら、すぐに駆けつけて何が何でも助けるもんな」

助けたことを恩に着せるでもなく、家族だから、というだけで当たり前のことのように言うレオニス。

軽々と言ってのけるレオニスに、ラウルは救われる思いがした。

家族の愛に飢えていたのは、何も孤児院育ちのレオニスだけではない。ラウルもまた生まれ故郷のプーリアの里では理解者に恵まれず、ずっと孤独な日々を過ごしていたから。

「そうそう、それと同じだ。だからラウル、お前もそんなに気にしなくていい」

「…………ありがとう」

「レオニスさん、僕からも改めて御礼を言わせてください。ラウルを助けてくれて、本当にありがとうございました!」

マキシが座っていた席から立ち上がり、頭を下げながら改めてレオニスに礼を言う。

マキシにとってもラウルは家族同然の存在だからだ。

そんなマキシに、レオニスもまた声をかける。

「いや、俺の方こそ礼を言わねばならない。今度のことは、マキシがすぐに俺に教えてくれたからこそ、早いうちにラウルを助けることができた。もし発見が遅れていたら、如何にラウルでもどうなっていたか分からない」

「そんな……でも、僕が皆の助けになれたならとても嬉しいです……」

レオニスに礼を言ったつもりが、逆にレオニスから礼を言われるマキシ。思いがけない返しにマキシは戸惑いつつも、はにかみながら喜びを噛みしめる。

「マキシ、お前ももう俺達にとって大事な家族だ。ラウルだけでなく、マキシにも何かあれば必ず助ける。だから、もし何か困ったことがあったら遠慮などせずに、すぐにラウルや俺に言うんだぞ」

「……はい!」

マキシが嬉しそうな笑顔で元気良く返事をする。

マキシは家族にこそ恵まれたが、かつては誰も知らぬうちに四帝の贄となり、八咫烏のくせに魔力が低い無能者として他者から蔑まれてきた。

親友のラウルを求めて八咫烏の里を飛び出し、人里で得た数々の 縁(えにし) はマキシにとってもかけがえのない大切なものとなっていた。

そして、レオニスとマキシのやり取りを傍で見ていたラウルも微笑んでいた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ところでラウルよ。一昨日の昼以降ろくに飯を食ってねぇと思うが、腹は減ってないか? 大丈夫か?」

「そうだな、特に腹が空いたという感覚はまだないな……何か食おうと思えば食える程度か」

「ならエクスポ十本ほど飲んどくか?」

「要らん。ご主人様じゃねぇんだ、そんなに飲めるか」

レオニスとラウルがそんなやり取りをしていると、廊下からパタパタ……という足音が聞こえてきた。

三人全員が部屋の入口をじっと見つめている。その軽やかな足音の主に、部屋にいる三人全員心当たりがあるからだ。

部屋の前まで来た足音が、一旦ピタリと止まる。

数瞬の後、扉をそーっと開けながら部屋の中の様子を伺うライトの顔が見えてきた。

まだラグーン学園の制服を着ていて、鞄も肩からかけたままだ。帰宅してから真っ直ぐこの部屋に向かってきたのだろう。

「おかえり、ライト」

ラウルの穏やかな、だけどしっかりとした出迎えの声にライトの目が大きく開かれる。

次の瞬間、ライトはパァッ!と明るい顔になり、扉を大きく開けて一目散に三人のもとに駆け寄った。

「ラウル!目を覚ましたんだね!」

「おう、小さなご主人様にも心配かけてすまなかったな」

「本当だよ!すっごく心配したんだから!」

「ああ、皆に迷惑かけてしまって本当にすまない」

明るい笑顔から一転、涙目になりラウルの膝下あたりにすがりつくライト。

その目は涙目どころか、あっという間に滂沱の涙に変わる。

ボロボロに泣き出したライトの頭を、ラウルが優しく撫でながら謝っていた。

そんなラウルに、ライトがガバッ!と顔を上げてフォローをし始めた。

「迷惑なんかじゃないよ!お仕事中の事故だったんだから、ラウルは悪くないよ!……でも……このままずっと、ラウルの目が覚めなかったらと思うと……不安で……ぅぅぅ」

「……そうだな。俺達もライトが神殿で倒れて三日も目覚めなかった時には、そりゃもう不安で不安でしょうがなかったもんなぁ」

「ぅぐッ」

かつての己の事例を引き合いに出されて、思わず言葉に詰まるライト。

そういやそんなこともあったな……と思いつつ、今のラウルよりも丸三日も寝込んだ自分の事例の方がもっと酷かったことを思い出して冷や汗が出る。

「そ、それはひとまず置いといてだね……良かった、ラウルの目が覚めてくれて、本当に良かった……」

「俺が皆を置いて、どこか遠くに行くとでも思ってたのか? この俺がそんなことする訳ないだろう?」

「そ、それはそうだけど……」

「でもまぁな、今回ばかりはさすがに厳しかったけどな……」

ラウルの右手首に着けられている木製のバングル。左手でそっと撫でながらしみじみとラウルが呟く。

そんなラウルの仕草を見て、ライトが不思議そうに問うた。

「……それ、ツィちゃんの枝で作ってもらった、分体入りのバングルだよね?」

「ああ。下水道でスライムもどきに全身取り込まれて、どうにも身動きが取れなくてな。浄化魔法や他の魔法も効かないし、殴る蹴るもできないし、打つ手が全くなくてもうほとんど詰んでたんだ。さすがの俺も『もう駄目だ』と思ったよ。そんな時に、どこからか俺の名を呼ぶ声が聞こえたんだ」

「声??」

「あれは……ツィちゃんの声だった」

「「「!!!!!」」」

ラウルが語る真実に、ライト達が絶句する。

レオニスもマキシも、てっきりラウルが自力で危機を脱したのだと思っていた。今のラウルには、それだけの力があるのだから。

だが、そうではなかった。抗う術のないラウルの薄れゆく意識を繋ぎ止め、生への執着心を呼び起こしたのは紛れもなくユグドラツィが飛ばした檄だった。

「そうだったんだ……きっとツィちゃんは、ラウルが危険だったところをそのバングルを通してずっと見ていたんだろうね」

「だろうな。あの時のツィちゃんの声がなかったら―――今頃俺は、ここに戻ってこられなかったかもしれん」

静かな声で語るラウル。その声音に嘘偽りは微塵もない。

ラウルが今こうして皆に囲まれていられるのも、カタポレンの森にいるユグドラツィが必死に声をかけ続けてくれたおかげなのだ。

「じゃあ、今度皆でツィちゃんに御礼を言いに行かなきゃな」

「そうだな、まずは何をさて置いてもツィちゃんに会いに行かなきゃならん」

「ぼくもいっしょに行く!ぼくもたくさんツィちゃんに御礼を言いたい!」

「その時は、是非僕もお供させてください!僕からもツィちゃんに直接御礼を言いたいです!」

レオニスの提案に、ラウルだけでなくライトもマキシも同行すると言う。

顔を紅潮させながら、フンスフンスと鼻息荒く同行宣言をする二人の顔を眺めながらレオニスもラウルも小さく笑う。

「そしたら近いうちに、皆でいっしょにツィちゃんに会いに行くか」

「うん!」「はい!」「おう」

三人ともほぼ同時の返事で声が重なる。

その声はとても喜びに満ちていた。

ライトが鞄につけていたタイピンを外し、両の手のひらに乗せてから嬉しそうに話しかける。

「ツィちゃん、ありがとう!今度皆で会いに行くからね!」

ライトがユグドラツィの分体入りのタイピンに話しかけたのを見たマキシやレオニスも、己が身に着けている分体入りアクセサリーにそれぞれ話しかけ始める。

「ツィちゃん、僕もライト君といっしょに行きます!ツィちゃんにお会いできるのを、心より楽しみにしてますね!」

「ツィちゃん、俺も行くぞ。お土産たくさん持っていくからな、ツィちゃんも楽しみに待っててな」

分体入りのアクセサリーを通して、ユグドラツィに語りかけるライト達。

ライト達のその声がユグドラツィに届いているかは分からない。

だが、今もユグドラツィはラウルの容態を気にかけて心配しているに違いない。

ユグドラツィに声が届くのを願いつつ、嬉しそうにアクセサリーに語りかけるライト達。

きゃいきゃいと楽しげにはしゃぐ光景を、穏やかな笑顔で眺めていたラウル。その胸には熱く込み上げてくるものがあった。

生きて再び皆の元に帰ることができた喜びを、ラウルは一人静かに噛みしめていた。