軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第432話 万能執事の平穏な一日

翌日の月曜日。

ライトはいつも通りラグーン学園に登校し、レオニスやマキシもそれぞれ仕事のために家を出ていく。

ラグナロッツァの屋敷から全員を送り出したラウル。今日も彼の万能執事としての一日が始まる。

まず昨日食べた砂漠蟹の殻を水洗いして、風魔法で殻から水分を飛ばしていく。

洗った殻は外の日当たりの良い場所に置き、天日干しにする。

夕方前にライトがラグーン学園から帰る頃には乾燥するだろう。

次に、砂漠蟹の調理をしていく。

まずはライトが殻を所望していた爪二個と甲羅を含む胴体一式。それらを空間魔法陣から取り出して、ひとまず調理台に置く。

ラグナロッツァの屋敷の調理場はとても広く、割と新型の調理システムが取り入れられている。

加熱用の調理台は四台あり、そのどれもがIH調理台のような平らな鉄板だ。その鉄板には火魔法を応用した加熱用の魔法陣が刻まれており、所定の位置に魔石を置くことで魔法陣に魔力を流すことができる。

加熱魔法陣に魔力を流すことで鉄板に高温の熱を生み出し、その調理台の上に置いた鍋などを加熱するシステムだ。

まずは爪を茹でるために、ドラム缶サイズの寸胴にたっぷりと水を入れて湯を沸かす。

かなり巨大な寸胴なのだが、砂漠蟹の爪が大き過ぎて一番大きな寸胴でも一個しか入れられない。

爪だけでなく他の部位も茹でておきたいので、加熱用調理台四ヶ所全てに巨大な寸胴を置いて四台全て同時に湯を沸かしていく。

巨大な寸胴を用いて大量の湯を沸かすには、結構時間がかかる。

湯を沸かしている間に、ラウルは胴体部分の下拵えを進めることにする。

ネツァクのルド兄弟のところから持ち帰る際に、胴体部分は解体後に再び甲羅の中に全ての部位を収納した。その方が持ち運びするにも都合が良かったからだ。

それはまるで、隙間なくきっちりと埋められたブロックパズルのようである。

その完成したブロックパズルのような胴体から、解体で切り分けた各部位を順次取り出していくラウル。

可食部は後ほど調理するとして、不可食部であるエラや顔、口などの部分を捨てる。燃えるゴミは後でまとめて燃やすために、ゴミ置き場に集めておく。

胴体部は真ん中から縦二つに切り分けたが、そのままでは寸胴に入れられそうにないので分割して小分けにする。

砂漠蟹を捌く作業で、これまでに最も重宝しているのがミスリル製包丁だ。

昨晩の焼き蟹やボイル蟹も、食べやすくするために殻をカットしたラウル。その際に用いたのもミスリル製包丁だった。

サクサクーのスイスイー、と切れる訳ではないが、それでも何とか硬い殻を切ることができる。

なるべく膜の部分、薄い箇所を狙って包丁を入れるラウル。

だが、サンドキャンサーは巨躯だけに膜の厚さも結構あって、包丁だけでの作業は何気にしんどい。

「くっそー、俺の包丁コレクションの中でも最も切れ味抜群なミスリル製包丁ですら苦戦するとは……」

「早いとこオリハルコン包丁が欲しいが、出来上がるのはまだまだ先の話だし……夏にオリハルコン包丁を受け取ることができるまでは、ミスリル製包丁で我慢するしかないが……」

「こりゃ蟹を捌くための台所専用裁ち鋏でも使って膜を切った方が楽かもしれん。今度アイギスでオススメの裁ち鋏を聞いてみるか」

「それと、ネツァクのルド兄弟のところで解体用に使う刃物類の入手先も今度聞いてこよう。今後も氷蟹や砂漠蟹を料理する機会も増えるだろうし、この際蟹専用の道具一式を入手するか」

砂漠蟹相手に四苦八苦するラウル、呪詛のような独り言をぶつくさと垂れ流している。

ネツァクのルド兄弟の解体作業場でサンドキャンサーを解体した時には、ここまで苦戦しなかった。あの時の刃物類は砂漠蟹職人が普段使う道具だけあって、サンドキャンサーを捌くためだけに作られた特注品なのだ、と思い知るラウル。

こうなるとオリハルコン包丁を一日でも早く入手したいが、ファングでオーダーしたのはまだほんの一ヶ月前のこと。その完成に必要な期間は半年、今から五ヶ月先のことである。

さすがに今すぐ入手できないものの到着を希うても致し方ないので、まずは台所専用の裁ち鋏の入手を考え始めるラウル。台所専用の裁ち鋏、いわゆるキッチン鋏というヤツである。

こうして新たな行動予定がラウルの中で次々と生まれていく。この先も何かと忙しくなりそうな万能執事である。

それでも何とか頑張って胴体の身の部分を全部小分けにしたところで、加熱調理台の寸胴の湯が沸騰してきた。

まず二台に爪を一つづつ入れて、残りの二台には小分けした胴体の身を入れてボイルする。

小分けと言っても、一個につきライトの頭ほどもある結構な大きさの塊なのだが。下拵えで茹でておけばいつでも料理に使えるようになるので、胴体の身の部分は今ここで全部茹でることにする。

そうして午前中いっぱいかけて、砂漠蟹の爪二個と胴体部の身の全てをボイルしたラウル。

ライトから譲るよう頼まれていた爪と甲羅は、水魔法でよく水洗いしてから風魔法で乾燥させる。

水を継ぎ足しながら繰り返しボイルに使った茹で汁は、砂漠蟹の旨味がたっぷり出たスープなので捨てずにとっておく。

一度漉した後に他の保存用の鍋に入れ替えて、ボイル済みの身とともに空間魔法陣に仕舞い込んだ。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「さて、と。昼飯食った後に近所の貴族邸に聞き取り調査に行くか」

昼食を食べながら、メモ帳に何を質問するか書き出していくラウル。若干お行儀が悪いが、この場にラウル一人しかいないので誰から叱られることもない。

聞き取り調査とは、もちろんガラスハウスの温室についてである。

聞きたいことは主に大きさや価格、優良な業者、納期等。

さて、これらの質問を誰に聞けばいいかと考えた挙句、とりあえずは筆頭執事に聞けばいいかな、と適当に結論づけるラウル。

手土産はいつものアップルパイワンホールでいいよな、つーかそろそろアップルパイの在庫がなくなりそうだ。またアップルパイを焼いて作っておかなくちゃな、などとラウルがぶつくさと呟く。

聞きたい質問も書き出し、昼食を食べ終えたラウルは早速馴染みの貴族邸に出向く。

まずはレオニス邸の両隣の貴族邸、グレアム家とメレディス家から聞き取り開始だ。確かラウルの記憶だと、双方とも庭園に温室があったはずだ。

ひとまず左隣りのグレアム家から訪ねるラウル。正門の門扉を潜った後、正面玄関ではなく裏側の勝手口に回る。

中には馴染みの料理人達が仕事をしていた。

「よう、ニック。邪魔するぜ」

「お、ラウルさんじゃねーか、久しぶりだな!今日はどうした?」

「筆頭執事のギュンターさんがいたら呼んでもらえるか? ちょいと相談したいことがあるんだ」

「いいぜ、ギュンターさんな。多分政務室にいるだろうから呼んでくるわ、ちょっとここで待っててくれ」

「仕事中にすまんな」

「いいってことよ。俺とラウルさんの仲じゃねーか、気にすんな!」

ニックは仕事の手を休め、筆頭執事がいるであろう政務室に向かう。

厨房でそのまましばらく待っていると、ニックとともにギュンターが厨房に入ってきた。

老齢の筆頭執事ギュンターは、ラウルの姿を見るなり恭しい礼をする。

「これはこれは、お久しぶりです、ラウルさん」

「こちらこそご無沙汰してて申し訳ない。その上仕事の邪魔までして悪いな」

「いいえ、お気になさらず。して、私に聞きたいことがあるとか。何でございましょう?」

「ああ、実は温室についてなんだが……」

軽く挨拶を交わした後、ラウルは早速ギュンターに「レオニス邸でも温室を作りたいから、温室についていろいろと話を聞きたい」と率直に打ち明けた。

ラウルの話を聞いたギュンター、「では実際に当家の温室をご覧になってみますか?」という提案をした。

ラウルはギュンターからのありがたい申し出に甘えることにする。

早速二人は厨房から外に出て、温室のある場所に出向く。

グレアム家の温室の中には珍しい花を咲かせる高木などが多数あり、天井がかなり高い作りの温室だ。

温室の中に案内されたラウル。冬でも温かい温室の中の温度にまず驚き、その次に温室の中に生えている様々な木々の緑豊かさに感嘆した。

「立派な木がたくさんあるんだな」

「これらの木は、当家の若様やお嬢様がお生まれになられた際に、その都度旦那様が生誕を祝い記念として植えられたものです。南方から取り寄せた珍しい樹木ですので、温暖な気候を模すためにこうして温室で管理している訳です」

「なるほど。グレアム家にとって、とても大切な木なんだな」

「その通りです」

温室の中の木々の解説を聞きながら、ガラスハウスの値段や維持費、購入した業者などを聞いていく。

「当家の温室は約十五年前に建てられました。当時の価格や業者などは政務室に資料がございますので、よろしければ政務室に移動しましょう」

「手間を取らせてすまないが、よろしく頼む」

外の温室から邸宅の中に移動するギュンターとラウル。

移動中にラウルが空間魔法陣から手土産のアップルパイを取り出し、ひとまず政務室に入ってからギュンターに渡す。

「まずはこれを受け取ってくれ、ほんの挨拶代わりの手土産だ。御当主達にもよろしく伝えておいてくれ」

「これはこれは……いつも素晴らしい物をありがとうございます。当家のご主人様はラウルさんの作る甘味の大ファンですので、さぞお喜びになるでしょう」

「ま、いつもの代わり映えしないやつだがな。これとは別に、あんた達用の使用人達の分もある。後で厨房のニックに渡しておくから、よければ皆で食べてくれ」

「私達にまで同じものをくださるとは……お心遣い、痛み入ります」

ギュンターはラウル特製アップルパイが入った箱を受け取りつつ、自分を含む使用人達の分までくれるというラウルの気遣いに心から謝礼を述べる。

その後政務室の書類棚の前に行き、温室関連の資料を探すギュンター。

「温室に関する資料は…………ありました、これです」

ギュンターは取り出したファイルの中をパラパラと捲り、その中を確認しながら応接机まで戻ってきた。

早速ギュンターにあれこれと質問するラウル。

「先程お見せした当家の温室のサイズは……」

「十五年前の当時の価格は……」

「購入したのはラグナロッツァ東部にある業者でして、ご主人様の遠縁に当たる方が経営しており……」

ラウルが聞きたいことを要点にまとめたメモ帳に、ギュンターからの答えをペンで懸命に書き込んでいくラウル。その熱心な姿勢に、ギュンターも内心でとても感心する。

ラウルの温室での家庭菜園計画は未来の食材に繋がることなので、料理関連同様とても熱心で調査に力が入るようだ。

「ありがとう、とても参考になった。うちで温室を作る際にも検討させてもらう」

「お役に立てたなら幸いです」

「温室に関してまた話を聞きにくることもあるかもしれんが、その時はよろしく頼む」

「もちろんですとも。いつでもお越しください、ラウルさんなら大歓迎ですよ」

ラウルはギュンターに礼を言いながら、政務室を後にした。

その後先程の約束通り帰る直前に厨房に立ち寄り、使用人達用の手土産をニックに渡した。

箱の中身のアップルパイを見たニックが破顔する。

「おッ、ラウルさんのアップルパイか!これ、本当に美味いよなぁ。俺もたまにアップルパイを焼くんだが、ラウルさんのほど美味く仕上がらんのだよなぁ……何でだ?」

「俺様の作るアップルパイに並ぶには、相当修行しなきゃならんぞ?」

「望むところさ!今度アップルパイの作り方のコツを教えてくれ!」

「おう、いつでも教えてやるからニックも秘伝料理とかあったら俺に教えてくれ」

「承知した!」

料理人同士がその腕を高め合うために約束を交わす。何と素晴らしい光景だろう。

グレアム家を出たラウルは、その足でメレディス家の門を潜っていった。