作品タイトル不明
第406話 本来あるべき姿
「……これ、生きてるか? 死んでねぇよな?」
「うん……一応生きてるっぽい?」
浄化魔法の呪符の一番弱い初級クラス『梅』を、レオニスがマードンの額にペタリと貼り付けた後のこと。
その直後から全く動かなくなってしまったマードンを、おそるおそる覗き込むライトとレオニス。
一番弱い呪符のはずなのに、こいつにとっては呪符の効果が絶大過ぎて死んだか?とライトとレオニスは焦る。
だがよくよく見ると、呪符がマードンの寝息でふよふよとそよいでいるではないか。どうやらマードンは爆睡しているだけらしい。
前回のオーガの里の時と同様、敵陣の中にありながらスヤッスヤに寝入るマードン。コイツは別の意味で大物かもしれない。
「とりあえず、これでいいか」
レオニスが己の空間魔法陣の中に何かいいもんはないかと探して出てきたのが、釣り道具の一つである大きな 魚籠(びく) だった。
魚籠の中にマードンを入れて持ち運びしよう!という算段である。
ライト達にしてみれば、安易にマードンを触っていいものかどうか安全性がまだ確認できていないし、そもそも直接触れながら持ち運びしたくない。
かと言って、石ころのように蹴飛ばしながら連れていくというのも、さすがにそれは少々気が引ける。
魚籠の中に入れて持ち運ぶのは、そうした諸々の難題を何とかクリアする、唯一にして苦肉の策である。
ちなみに額の呪符だけでは不安なので、浄化魔法の呪符基本セットの『松』と『竹』もイモムシマードンの胴体部分の前後に貼り付けてある。
すっぽりと収まった魚籠の中で、未だにスヤァ……と寝こけているマードン。その図太さはどこまでも大物である。
「じゃあ行くか」
「うん!」
ライトとレオニスは再び炎の洞窟の最奥に向かっていった。
そこから軽い駆け足程度の速度で、最奥に急ぎ向かうライトとレオニス。
ところどころ下り坂の急勾配で足場も悪い洞窟内だけに、急ぎたくてもなかなか全力で走れないのがもどかしい。
そうしてようやく辿り着いた最奥。その手前でライト達は一旦足を止め、呼吸や身だしなみを整える。
「ライト、大丈夫か?」
「……うん、もう平気」
少しだけ上がっていたライトの息も、目を閉じながら深呼吸して落ち着きを取り戻す。
深呼吸している最中、ライトは前世のゲームBCOで見ていた炎の女王の絵柄を思い浮かべていた。
ライトがこのサイサクス世界に生まれて早数年。ライト自身がゲーム中のボスクラスのモンスターと直接相見えるのはこれが初めてのことだ。
弥が上にもライトの緊張は高まる。
「レオ兄ちゃん、行こう」
「おう」
炎の女王に会うべく、二人は力強く足を踏み出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最奥部に広がる大きな空間。
そこに足を踏み入れた途端、ライトとレオニスはゾワッ!とした悪寒に襲われた。
その広い空間には、ぱっと見では誰もいない。奥には玉座とその横に大きな籠のようなもの?があるだけだ。
だが、この空間には明らかに負の感情が渦巻いている。
怒り、憎しみ、悲しみ、それらが煮詰まって凝縮されたような、強烈な負の圧を感じる。
そのあまりの凄まじさに、入口すぐのところで思わず足が止まるライトとレオニス。
しかし、こんなところで怖気づく訳にはいかない。ライトは勇気を振り絞り一歩前に進みだした。
一歩一歩慎重に、周囲を伺いつつもゆっくりと前に歩いていく。
そして誰もいない、玉座の横の籠のようなものの前に辿り着いたライトとレオニスは、目を疑うような光景を目の当たりにする。
その籠の中には、息も絶え絶えの炎の女王が一人静かに横たわっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「「………………」」
炎が編み込まれた籠に横たわる、炎の女王。
そのあまりの凄惨さに、ライトとレオニスは絶句する。
艶やかな紅の肌のほとんどが 瘡蓋(かさぶた) のように黒ずんで罅割れ、炎でできた髪もとても弱々しい。
うっすらと開いた瞳は光なく虚ろで、目が見えているかどうかも怪しい。
本来なら炎の女王とは、炎の眷族を多数従える火属性の生物の頂点たる存在だ。その業火の如き燃え盛る炎の髪と艶やかな肢体は、見る者全てを魅了し畏怖の念を抱かせる。
そんな至高の存在が、今にもその生命の灯火が消えてしまいそうなほどに衰弱しきっていた。
「こんな……なんて酷い……」
ライトが涙ぐみながら小さな声で悲嘆を零す。
最奥部に入る手前で、いつもBCOで画面越しに眺めていた炎の女王の絵姿を思い浮かべていたライト。その生き生きとした快活な姿とはあまりにもかけ離れた、無惨な身体で力無く横たわる炎の女王を見てライトは涙を禁じ得なかった。
「レオ兄ちゃん、何とかならないの? このままじゃ炎の女王様が死んじゃうよ、そんなのあんまりだよ、可哀想過ぎるよぅ……」
「ああ……ピースからもらったこれが、何とか効いてくれるといいんだがな……」
涙ながらに訴えるライトに、レオニスも苦悶の表情を浮かべながら空間魔法陣から浄化魔法の呪符を取り出した。
レオニスはまず手始めに、上級の中でも下位の『特撰』を炎の女王の胸元に置いてみた。
するとその『特撰』の呪符は、ほぼ瞬時に黒ずんでボロボロになってしまった。
「「……!!」」
あまりの出来事に、ライトもレオニスも言葉を失う。
その『特撰』は最上級品ではないにしても、腐ってもピースが作成した呪符だ。そんじょそこらの魔導師が描いたものとは訳が違う。
そんな上位品ですら、炎の女王の中に巣食う穢れには手も足も出ない。ライトとレオニスは穢れという呪いの強さ、事態の深刻さを改めてまざまざと思い知る。
レオニスは見るも無残な『特撰』の呪符を取り除き、再び『極上』を炎の女王の胸元に乗せる。この『極上』も先程の『特撰』ほどではないが、すぐに黒ずんで使い物にならなくなってしまった。
『極上』でも駄目なら、残るは『究極』しかない。レオニスは真っ黒になった『極上』を取り除き、『究極』をそっと乗せる。
一枚目の『究極』は、それまでの『特撰』『極上』よりも目に見えてはるかに長持ちした。だがそれも長くは続かず、三十秒程度で真っ黒になる。
一枚目が駄目なら二枚目、ニ枚目が駄目でも三枚目、三枚目が駄目でも四枚目―――レオニスは手持ちの呪符を惜しみなく注ぎ込んでいく。
そうやって次々と浄化魔法の呪符『究極』を使っていくうちに、黒ずんで使い物にならなくなるまでの間隔がどんどん長くなっていった。
四枚目以降の後半は、全身を隈なく除毒できるように両手両足、額、胸元の六ヶ所に同時に置いて一気に浄化をかけた。
六枚分の『究極』の効力は凄まじく、それまでほぼ全身が瘡蓋状態だった肌がどんどん本来の艶やかな紅色に戻っていった。
髪も豊かな炎の輝きを増し、虚ろな目には揺らめく炎のような煌めきが灯りだす。
六枚の呪符が半分以上黒ずんだところで、炎の女王がその身をゆっくりと起こした。
『…………人の子よ。まずは礼を言う』
『妾に巣食う悍ましきものを取り除いてくれたこと、本当に感謝する』
炎の女王は、起きて早々にライト達に向かって礼を述べた。
レオニス達の今までの治療?の様子を、炎の女王も横たわりながら朧げに見ていたのだろう。
『その上で改めて問おう。汝らは何用でここに来た? ただの人の子の身では、この炎の洞窟を歩くことすらままならぬはずだが』
「あー、俺達はもともとこの炎の洞窟に近年ずっと大きな異変が起き続けている、と聞いてな。その調査に派遣されたんだ」
『異変……それは、妾の中に巣食っていたもののことか?』
「多分大本はそれのせいだろうが、俺達が最初に聞いたのは禍精霊【炎】が異常増殖しているって話でな」
炎の女王からの問いに、レオニスは正直に答えていく。
炎の女王自身も、己の身の内に穢れが埋め込まれていたことを知っていたようだ。
『禍精霊【炎】……炎の精霊達が妾の身に起きた異変を嘆き悲しみ、あのような姿に成り果ててしまったのだ……』
『ああ、可愛い我が子達よ……不甲斐ない母ですまぬ』
炎の女王は、いつの間にか傍にいた炎の精霊達を涙ながらにそっと腕の中に手繰り寄せ抱きしめる。
すると、どこからか現れたたくさんの炎の精霊達が炎の女王の周りに集まり、嬉しそうに微笑みながら母たる炎の女王を取り囲んだ。
まるで親子のような温かい絆に、ライトもレオニスも温かい笑顔で見守る。
ふとライトが周囲を見ると、炎の精霊だけでなくクイーンホーネットや極炎茸、レッドスライム、マンティコアといった炎の洞窟を住処とする魔物達が炎の女王を静かに見つめていた。
その様子はこれまでの狂乱状態とは違い、ごく普通というか落ち着いているように見える。
ライトが試しにクイーンホーネットをアナザーステータスで鑑定してみた。
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【名前】クイーンホーネット
【レベル】33
【属性】火
【状態】通常
【HP】218
【MP】134
【力】91
【体力】73
【速度】21
【知力】68
【精神力】70
【運】40
【回避】11
【命中】41
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良かった、状態異常の狂乱がなくなって通常になってる……ライトは内心ほっとした。
クイーンホーネットのステータスは、かつてライトが見た狂乱状態の1/10になっていた。これが本来のクイーンホーネットのステータスである。
怒り狂い、血走った目で目に映るもの全てに憎悪していた姿はもうない。それは他の魔物だけでなく炎の精霊も同じで、あの禍々しい狂気に満ちた禍精霊【炎】の不気味な笑顔は消えて、本来の姿であるほよほよとした幼児体型の愛らしい精霊に戻っている。
長年に渡り洞窟全体を支配していた、穢れという邪な罠から解放された炎の女王とその眷族達。
炎の洞窟の本来あるべき姿を取り戻した瞬間だった。