軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第399話 生け簀と水魔法

ルド兄弟の家の中、客間と思しき部屋に通されたライトとラウル。

質素だがしっかりとした作りの頑丈そうなテーブルと四脚の椅子があり、そこに座るよう案内されたライト達は素直に従う。

ラウルの向かいに男性が座り、早速商談に入る。

「まずは互いの自己紹介といこうか。俺はリカルド、ルド兄弟の弟の方で砂抜き他サンドキャンサーの下処理担当をしている」

「俺はラウル。とある屋敷の執事をしている」

「ぼくはライトっていいます。よろしくお願いします」

三者ともに簡単な自己紹介から始めていく。

家の中に上がるように勧めてくれた男性は、やはりルド兄弟その人で弟のリカルドだった。

鉄紺色の瞳に鈍色の髪をさっぱりとした刈り上げにしていて、肌はほんのりと小麦色に日焼けしている。砂漠蟹の処理は外での作業が主だからだろうか。

「とある屋敷の執事、ねぇ。どこかの貴族様が珍味として砂漠蟹をご所望、ということか?」

「まぁそんなところだ。今日ここに来たのは、俺の勤め先の坊っちゃんであるこの子―――ライトが砂漠蟹を所望したからというのもあるんだが、俺自身砂漠蟹という世にも珍しい逸品を一度食してみたくてな」

「ほう、この坊っちゃんのご希望か。……つーか、あんた、お屋敷勤めの執事にしちゃ口調がだいぶ杜撰だな?」

「おう、もともと俺のご主人様もバリバリの平民だからな」

「??? 召使いを大量に雇える大店の商人とかか?」

「ま、それと似たようなもんだ」

リカルドが執事を自称するラウルの口調に疑問を投げかける。

砂漠蟹は高級珍味としても需要が高く、貴族が買い求めることも多い。それ故リカルドも貴族に仕える執事とのやり取りはかなりある方だ。

それだけに、自称執事のラウルの砕け散った口調がかなり異質なものに映ったようだ。

本来ならば執事というものは、その立ち居振る舞いや口調など全てにおいて礼儀正しく模範的でなければならないとされている。

だが、ラウルに品行方正な言動や口調を求めてはいけない。炊事掃除洗濯などの家事全般は完璧にこなせても、マナー方面はからっきしなのだ。

というか、そもそもラウルの仕えるご主人様はレオニスなので、今後ともラウルに貴族マナーの知識が身につくことは未来永劫ないだろう。

「……で。俺達は砂漠蟹が欲しいんだが、ここで買えるか? できれば一匹丸ごと買いたいんだが」

「一匹丸ごと!? そりゃ豪勢なことでありがたいが、今はどの部位も二週間先まで予約がいっぱいでな。その次でよければ予約として入れておくが」

「二週間後か、了解した。予約を頼む。で、値段の方はいくらになる?」

やはりルド兄弟の扱う砂漠蟹は大人気で、既にたくさんの予約が入っているらしい。

人気店の人気商品というものは予約待ちが当然だが、ここサイサクス世界にもそういった品々存在するのだ。アイギスのドレス然り、【Love the Palen】のバレンタインギフトセット然り。本当に良い物を手に入れるには、長期間待つ辛抱強さも必要なのである。

「一匹丸ごと、の内容にもよる。部位毎の解体作業込みでの引き渡しだよな?」

「いや、解体は俺がするからあんた達に手間はかけない。砂漠蟹を受け取りに来た時に蟹を締めてくれりゃいい」

「あんた、蟹を捌けるのか?」

「水産物系は一応一通り捌ける。砂漠蟹は砂漠のもんだから、水産物とはちと勝手が違うかもしれんがな。でもまぁ海の蟹と姿形が同じなら大丈夫だろ」

「……今時の執事ってのは、水産物を捌けるのが当たり前、なのか?」

ラウルが問うた値段に対し、解体処置のあるなしで変わるとリカルドが答える。確かに解体処置も手間のかかる作業であり、より効率的かつ美味しさを損なわないプロの腕も値段に上乗せされて然るべき技術料である。

しかし、料理が生き甲斐のラウルにとっては蟹を捌くことなど朝飯前のちょちょいのちょいだ。食材の下拵えこそ料理の基本中の基本、これこそがラウルのモットーなのだから。

「つか、普通の蟹とは大きさが全然違うが、大丈夫か? 持ち運びにしたって、ある程度バラした方が持って帰るのに楽だぞ?」

「どれほど大きかろうと全く問題ない。俺の空間魔法陣に入れて持ち帰るからな」

「え? 空間魔法陣持ち? ……今時の執事って、蟹を捌くだけでなく空間魔法陣も使えて当たり前、なのか?」

リカルドが先程のクレノ同様に持ち帰りの問題を心配するも、ラウルの手の内である空間魔法陣で持ち帰ることを宣言するラウル。

リカルドとしては、顧客の利便性や安全性を気遣ってあれこれ提案するのだが、その尽くを上回る回答がラウルから返ってくる。

常識的にかなり逸脱したラウルの答えに、リカルドの中の執事という職業のイメージがかなりおかしな方向にねじ曲がりそうだ。

「それより、俺達はこのネツァクに来たのも初めてだし、生きた砂漠蟹の実物は見たこともないんだが。もしかして、この家より大きいもんなのか?」

「いや、そこまで巨大じゃない。せいぜいこの部屋いっぱい程度だ」

「なら問題ないな。というか、もし良ければ今ここで砂漠蟹を見せてもらえるとありがたいんだが。今も砂抜き処理中の砂漠蟹とかあるんだろ?」

「それはもちろん構わんが……遠くから見るだけでいいか? あれでもまだ一応生きた魔物なんでな、お客さん方を危険に晒す訳にはいかん」

「ああ、もちろんそれでいい。ライトもそれでいいよな?」

「うん!」

砂漠蟹の実物を見たい、というラウルに対し、遠目ならOKとリカルドが返す。

これまでのラウルとの数々の会話から、リカルドという職人が顧客のことを第一に考えることのできる善良な人間であることがよく分かる。

「じゃあ今から少しだけ外に出て砂漠蟹を見てみるか?」

「ああ、よろしく頼む」

「よろしくお願いします!」

案内役のリカルドを先頭に、ライトとラウルはリカルドの後をついていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

家から外に出て、玄関入口とは反対側の広大な庭?のような場所に出るリカルドとライト達。遠目からはただの庭か牧場のように見えたそれは、ところどころに池のような水溜まりがあった。

その水溜まりの一つ一つに、サンドキャンサーが浸かっているようだ。要するに生け簀のようなものか。

リカルドの家から一番近い生け簀を、少し離れた場所から観察するライトとラウル。生け簀の水にどっぷりと浸かっているサンドキャンサー、何やらうっとりとしているようにも見える。

とても野に生きる魔物とは思えない、完全にリラックスしたその姿は何だか温泉や露天風呂に浸かる人間のようである。

「それにしてもサンドキャンサーって、水の中にいるととてもおとなしいんですねぇ」

「あいつらもともと砂漠に住む魔物だが、真水に浸かるのがすごく好きでな。一度生け簀に入れると梃子でも動かなくなるくらいにおとなしくなるから、本当はもうちょい近くで見てもいいんだが。まぁ万が一のことが起きても困るから、今日のところはここら辺から見る程度で勘弁してくれ」

「それはもちろん大丈夫です!」

「おう、俺もここから見られるだけでも十分ありがたい」

申し訳なさそうに解説するリカルドに、ライトもラウルも十分だと答える。

サンドキャンサーは、ライトの目から見ると前世でいうところの大きめのミニバン自動車サイズくらいか。それをゆったりとした広さの生け簀に三日三晩浸けるというのだから、場所を食うだけでなく何よりその手間暇が半端ではない。

「あの浸けている水は、真水なんですよね?」

「ああ、他にも肉質を落とさないためにポーションやエーテルなんかも水の中に混ぜているが、そこら辺は秘伝だから秘密な」

「へー、餌にも気をつけてる感じなんですねー」

「そういうこと。だからこそうちの砂漠蟹は、ネツァクでも最も美味しいと評判なんだぜ?」

一番近くにある生け簀を見ていると、サンドキャンサーが泡を噴く代わりに砂混じりの水をオロロロロ……と吐き出している。今まさに砂漠蟹の砂抜き処理がなされている、滅多にお目にかかれない貴重な瞬間をライト達は目撃しているのだ。

「でも、ネツァクはノーヴェ砂漠に一番近い街だし、真水はとても貴重なものですよね?」

「まぁな。ノーヴェ砂漠を越えてサイサクス大陸全土を回る隊商なんかは、必ず一人は水魔法の使い手を雇う。それくらい真水が貴重なことは間違いない」

「そしたら、こんなにたくさんの真水をここで使うのって大丈夫なんですか? 他の人に怒られたり妬まれたりとかしないんですか?」

ライトの疑問は尤もで、砂漠に近い地ほど真水の価値も需要も高まる。

このサイサクス世界には魔法があり、もちろん水魔法を使える魔法使いもいるが、それでもここネツァクにおいて真水が貴重であることに変わりはないはずだ。

もしかしたら、貴重な水を砂漠蟹のために使うことを良しとしない人達がいるかもしれない。嫌がらせとか中傷とか受けていないのだろうか?

この砂漠蟹の生け簀に大量の真水が使われているのを見て、ライトがそう危惧するのも無理はなかった。

「それは問題ない。俺も兄貴も水魔法が使えるから」

「そうなんですか? じゃあ誰も文句は言えないですね!」

「ああ。だが、水魔法が使えるおかげで『砂漠蟹職人なんか辞めて、うちで働け』とか『水魔法だけで兄弟二人食っていけるだろう』とはよく言われるがな」

リカルドが少しだけ苦々しい顔で呟く。

確かにこのネツァクという土地柄を考えれば、水魔法の使い手というだけで引く手数多だろう。特に人を雇えるだけの財力がある大店や貴族なら、高給を出してでもルド兄弟を雇いたいに違いない。

なのに、それでもルド兄弟が砂漠蟹職人を続けているのは、何か理由があるのだろうか。

「そうしないのは、砂漠蟹職人という仕事が好きだから、ですか?」

「ああ。店こそ構えていないが、俺達兄弟の一族は代々砂漠蟹職人の一族でな。俺の親父も、爺さんも、爺さんの父親やその爺さんも、ずっとこの地で砂漠蟹職人として生きてきた。先祖代々受け継いできたものを、俺達の代で放棄する気はない」

「砂漠蟹って、そんな昔からある伝統的な食材なんですね」

「そうだとも。このネツァクが世界に誇れる唯一の自慢の逸品だからな!それに……」

それまで饒舌だったリカルドの言葉が、ふと止まる。

しばしの静寂に、思わずライトはリカルドの顔を覗き込む。

「俺達も今の仕事が気に入ってるんだ。兄弟二人だけでも十二分に食っていけるくらいの稼ぎはあるし、食い扶持だけでなく蓄えに回すこともできてるし」

「それより何より、今更他人の下で扱き使われたかねぇからな!兄貴と俺の二人だけなら互いに気を使わずに済むし」

「先祖代々受け継がれてきたというだけで、今の仕事に縛られることはない。もっと自由に生きていいんだぞ?……なーんて口説いてくる連中も中にはいるがな。そんなもん大きなお世話だ!」

リカルドがキッ!と顔を上げ、拳を握りしめながら語る。

今までいろんな人間から繰り返し繰り返し、他業種への転職を誘われては口説かれてきたのだろう。それ程にこのネツァクという、ノーヴェ砂漠に最も近い街において水魔法の使い手は貴重で魅力的なのだ。

「ま、余計な世話を勝手に焼く連中ばかりじゃないがな。砂漠蟹のファンはたくさんいるし、代々我が家の砂漠蟹をご贔屓にしてくれるお客さんもいる」

「それに、お客さん方のようにわざわざ俺達をご指名で買いに来てくれる人もいる。これほどありがたく嬉しいことはない」

小麦色に日焼けした肌から、キラリと輝く白い歯を覗かせてニカッ!と笑うリカルド。何と眩しく爽やかな笑顔だろう。

こんなに真っ直ぐで誠実な人が手がける食材ならば、絶対に間違いなく美味しいものに違いない。是非とも今日ここで買い付けの予約を入れていかなければ!

ライトは改めてそう思うのだった。