軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第365話 千載一遇の好機と対価

その後神樹の枝は、結局ユリウスに預けることになった。

ただしそれは杖工房である『至高の杖ユリウスの館』にオーダーメイドで発注するのではなく、ユリウスという一個人に依頼する、という形だ。

最初のうちこそレオニスも遠慮していたのだが、ユリウス側の強い要望に押し切られる形で決まってしまったのだ。

切りたてほやほやの立派な神樹の枝を目の当たりにし、その神気溢れる実物をその腕に抱きながらユリウスはレオニスに向かって提案した。

「……お客様。先程私の弟子を紹介すると申しましたが……こんなにも貴重で立派な神樹の枝を、まだまだ未熟な弟子に任せて万が一にも不出来な物を作らせる訳にはまいりません。ここはやはり、私にワンド作りをお任せいただけないでしょうか?」

「え?だってあんたにオーダーメイドで作ってもらうのに、少なくとも二年は待たなきゃならんのだろう?」

「一年……いえ、半年の猶予を私にください。必ずや神樹の枝に相応しいワンドを作ってみせます!」

何とユリウスは、神樹の枝を用いたワンド作りはやはり弟子ではなく、この私に!と言い出した。

神樹の枝は、あらゆる樹木系素材の中でも最高峰と言える素材だ。その枝の実物を前にして、ユリウスの持つ職人魂が疼き抑えられないとみえる。

実際のところ、神樹の枝などという貴重な品が市場に出回ることなどまずないと言っていい。そもそも神樹に近づくことのできる人族など、ほとんどいないのだから。

さらに言えば、杖業界自体が木材必須の業界だ。金属製の杖もあるが、それでもやはり杖といえば樹木製が主力である。

杖職人であるユリウスにとって、レオニスの依頼は千載一遇の好機にして何が何でも自らの手で成し遂げたいものなのだ。

頑として譲らない姿勢のユリウスに、レオニスは困惑する。

「ぃゃぃゃ、他の待ち客をすっ飛ばして作ってもらう訳にはいかんだろう?」

「もちろん工房のオーダーメイドは順番通りに、仕事として日々きちんとこなしていきますので、そこはご安心ください」

「??? だったら半年や一年で俺の依頼のワンドを作るなんて、ますます無理くね?」

ユリウスの言い分がさっぱり分からず、頭をひねるレオニス達。

「『至高の杖ユリウスの館』で受けるオーダーメイドは、あくまでも工房として受ける仕事です。ですが、貴方方の依頼は仕事ではなく私の趣味の一環、あくまでも私個人への依頼としてお受けしたいのです」

「……そんなことが可能なのか?」

「はい。神樹の枝の加工は、私が休日の時のみ行います。週に二日ある休みの日に、私がどのように過ごそうとそれは完全に私の自由ですからね」

「ああ……そういうことか」

ユリウスの説明に、ようやくレオニス達も理解する。

つまりユリウスは、神樹の枝の加工を工房の仕事として受けるのではなく、あくまでもユリウスという一個人が休暇を利用して引き受ける、と言っているのだ。

確かにそれならば、工房の仕事をユリウスが疎かにすることなく、ライト用のワンド作成も当初の予定通りに叶うだろう。

しかし、レオニスには大いに懸念する点がいくつかあった。

「ぃゃ、確かに一応理屈としては通るが……それだとあんたの休日がなくなるってことだろう?あんたの休日を犠牲にしてまで作ってもらおうとは思わn」

「犠牲!?何を仰いますか!!」

レオニスの懸念そのものよりも、会話の中の『犠牲』という言葉に反応してテーブルをバン!と両手で叩きながら血相を変えて立ち上がるユリウス。

そのあまりの剣幕に、レオニス達はビクンッ!と思わず飛び上がる。ライトなど「ヒョエッ」という小さな声が漏れてしまったくらいだ。

「休日中ずっと神樹の分枝に触れられて、尚且つワンドとして新しい姿に生まれ変わる手助けができる……ドライアドを祖に持つ杖職人として、これ以上の至福はございません!」

「偉大なる神樹の分身たる存在と、思う存分触れ合える機会……それが犠牲だなんて、とんでもない!それどころか、私のつまらぬ休日を愉悦に満ち足りたものに変えてくれることでしょう」

「いえ……むしろ私にとっては、神樹の枝に触れることによって日々の仕事で擦り減った心身を癒やし、疲れた身体を回復する絶好のチャンスなのです!」

ユリウスの力説ぶりに、レオニス達はただただ圧倒されながらおとなしく聞き入る他ない。

でもまぁ確かに、ユリウスの論も一理あるといえばある。

ライト達にとっては、仕事と趣味のどちらであっても『杖を作る』ということに変わりなく思えるが、当のユリウスにとっては全然違う。仕事で作るのと趣味嗜好で作るのとは、心の持ちようからして全く異なるのだ。

しかも今回レオニスが持ち込んだのは、神樹ユグドラツィの枝だ。木の精霊ドライアドの血を引くユリウスにとって、神にも等しい神樹の枝に触れることはまさに天にも昇る心地らしい。

さっきだって枝の香りを嗅いでうっとりとしていたくらいだ、リフレッシュ効果としてMPの1万や10万くらい本当に回復しているかもしれない。さすがにHPまでは回復しないだろうが。

「ぃゃ、だがしかし……それでも休日全てを潰させるのは忍びないというか、過労で倒れられても困るんだが……」

「それこそ心配御無用です。ここだけの話ですが、オーダーメイド外の仕事を私の休日で賄うことはこれが初めてではないし、そこまで珍しいことでもないのですよ」

「そうなのか?」

「ええ。当工房も、表向きは『オーダーメイドはどなたであろうとも等しくお待ちいただく』ということになってはいますが。それでもどうしても世の中には『こちらから斟酌せねばならない相手』というものが存在します」

「ああー……確かにいるわな」

ユリウスが若干ぼかしながら言うことに、レオニスが早々に察して渋い顔で同意する。ユリウスの言う『こちらから斟酌せねばならない相手』というのは、要は王族や国家のことを指しているのだ。

実際に『皇太子生誕記念』『外国の王族に贈る祝いの品』といった理由で、過去に何度かオーダーメイド外の緊急受注を請け負ったことがあるという。

その時のことを思い出しながら、ブチブチと小声で愚痴る陰鬱モードのユリウス。その姿にライト達は同情を禁じ得ない。

王侯貴族が苦手なレオニスだったら、相手側によほどの正当性がなければ絶対に『ヤダ』の一言で蹴散らすところだ。

「私自身は杖を作ること自体好きですし、それこそが天職ですから休日などなくても全然平気なのですがね。私の週二日の休日は、私自身の休息のためだけでなくそうした突発的な事態に備えて取っているという面もあるのです」

「あんたも大変だな……」

「お気遣い痛み入ります。それらのような案件に比べたら、貴方方の依頼は私にとっては完全にご褒美にも等しいものです。ですから―――」

ユリウスが改めてレオニスに向かって姿勢を正し、真っ直ぐに見据える。

「どうか、この神樹の枝を是非ともこの私めにお預けください。私の全財産や身命、今持てるもの全てを賭してでも挑む価値が、この神樹の枝にはある」

「何なら代金も要りません。何卒、何卒私のこの手で最高の一杖を生み出す機会をお与えください……!」

真剣な眼差しで訴えながら、頭を下げて 希(こいねが) うユリウス。

無償でもいいから、杖を作りたい―――超一流職人であるユリウスにそこまで言わしめるとは、ライトも内心驚くばかりだ。

レオニスも他の工房に行くつもりで何度かやんわりと断ったのに、ユリウス自身にここまで食い下がられるとは正直予想外の反応である。

ユリウスにとってそれ程に神樹の枝は魅力的で、何としても己の手で杖にしたい素材なのだろう。

だが、そんなユリウスの必死の懇願にレオニスは意外な答えを口にした。

「駄目だ」

「……!!」

レオニスのきっぱりとした無情な一言に、ユリウスの顔は瞬時に絶望の色に染まる。

だが、レオニスはユリウスの悲壮な表情などお構いなしに言葉を続ける。

「超一流職人の渾身の作を、対価も出さずに受け取れる訳ないだろう」

「……? それは、どういう……?」

「だからな?金でも物でも、とにかくどういった形でもいいから報酬として何らかの対価は取ってくれ。いくらあんたの趣味として、どーーーしても神樹の枝で杖作りしたいと望まれたからといって、出来上がった品をそのままタダでもらう訳にはいかん」

「……!!」

一度は絶望に染まったユリウスの顔が、レオニスの言葉の真意を理解していくにつれて次第に明るくなっていく。

レオニスが駄目だと断じたのは『代金は要らない』という部分であって、杖作りの依頼そのものを断るものではなかったのだ。

「一流の職人の仕事には、きちんと敬意を払わねばならん。もちろんそれは、敬意を払うに値する仕事であることが前提だが」

「もちろんです!決して失望はさせません!」

「だったらなおさら対価は取れ。それだけの価値がある品を作り上げて、俺達に見せてくれるんだろう?」

「……はい!」

目の前にいるユリウスに向かって、ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべるレオニスに、ユリウスもまた力強く答える。

「とりあえず、半年後にまたここに来ればいいんだな?」

「ええ。半年で最高のワンドを作り上げてみせますとも」

「対価は何がいいか、その時までに考えといてくれ。……あ。一応先に言っとくが、代金1000万Gです!とか言わんでくれよ?100万Gくらいなら即金で払えるが、さすがに1000万Gは予算オーバーだ」

「ふふっ、さすがにそこまで毟り取りはしませんよ」

「ま、とにかく金銭の場合は200万G程度までで頼む」

「 確(しか) と承りました」

対価が金銭だった場合のことを考えて、レオニスがはたと思い出したように予算のことを付け加える。

先程執事風の男性従業員が言っていた100万G程度なら問題ないが、現時点では具体的な金額を一切提示されていないので、それ以上桁が増える可能性も無きにしもあらずだからだ。

そんな心配をするレオニスに、ユリウスは相好を崩す。無償でやってもいいとまで言ったユリウスが、いくら対価を受け取るよう言われたからといってそんな大金を要求するはずがないというのに。

ただ、『職人の仕事には敬意を払うべき』というレオニスの言葉にユリウスは大いに共感したし、その言葉の裏にある『俺達を唸らせる程の品を作ってくれるんだろう?』という挑発にも似た期待感を寄せられていることも理解していた。

レオニスとユリウス、どちらからともなく手を差し出し握手を交わす。

その光景を眺めながら、ワンドが出来上がる半年後の再会を楽しみにするライトだった。