軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第323話 イグニスの父母

土曜日の昼下がり。ライトとラウルは昼食を済ませた後、ともにペレ鍛冶屋に向かっていた。

ライトがペレ鍛冶屋を訪れるのはこれが三度目だが、ラウルは水曜日と土曜日の週二で通っているらしい。ライトを介した縁だが、もはやラウルの方がよほどペレ鍛冶屋と親しいであろう。

二人はペレ鍛冶屋に到着し、まずはラウルが先に入店していく。

「ペレのおやっさん、いるかー?」

「あっ、ラウルの兄ちゃん、いらっしゃーい!」

「おう、イグニス。新年になってから初めて会うな。あけましておめでとうございます、今年もよろしくな」

「そうだねー、さすがに正月三が日はおいら達もお店休んでたからねー。あ、あけましておめでとうございます、おいら達こそ今年もよろしくご贔屓にしてねっ」

店番をしていたイグニスが、入店してきたラウルを歓迎する。ラウルとイグニス、互いに名を呼び合うくらいに仲が良いようだ。

そして遅ればせの新年の挨拶を交わしながら、互いにペコリと頭を下げる二人。前の水曜日は正月三が日の三日目だったため、さすがにペレ鍛冶屋も休業していたらしい。

「イグニス君、こんにちは!」

「おっ、ライトも来たのか、いらっしゃい!でもって、あけましておめでとうございます!」

「うん、ぼくもちょっとペレ鍛冶屋さんに聞きたいことあって来たんだ。でもって、あけましておめでとうございます」

ライトもいることに気づいたイグニス、先程と同様に新年の挨拶をライトと交わす。どうしてなかなか律儀な破壊神である。

「聞きたいことって何だい? じいちゃん呼んだ方がいいか?」

「うん、できれば呼んでくれるとありがたいかな」

「じゃあ今呼んでくるから、ちょっと待っててくれな。おーい、じいちゃーん!じいちゃんにお客さんだよー!」

ライトの要望に応え、奥に向かっていくイグニス。

しばらく待っていると、イグニスのじいちゃんであるペレがのっそりと出てきた。

「二人ともいらっしゃい。今年もよろしゅうな」

「おう、ペレのおやっさんも新年はゆっくり過ごしたか? 俺の方こそ今年も包丁研ぎよろしくな」

「ペレさん、お久しぶりです!」

「何かライトがな、ペレのおやっさんに聞きたいことがあるそうだから、聞いてやってくれ。俺はその間に、研ぎに出した包丁をイグニスから受け取ってくるわ」

「うん、ラウルもいってらっしゃーい」

ラウルがライトから離れてイグニスの方に向かう。

「して、わしに聞きたいこととは何だね?」

「あ、それなんですが。鍛冶屋さんには全然関係ないことなんですが……腕の良い杖職人さんってご存知ですか?」

「杖職人、か?」

「はい。ペレさんも凄腕の職人さんだから、他の職人さんのことも知ってるかな?と思いまして」

木の良い素材を手に入れたから、自分用のワンドを作ることなどをペレに話していくライト。

ライトの話をふむふむと聞きながら、ペレは間を置かず即答する。

「腕利きの杖職人を探したいなら、ファングの街に行くがよかろう」

「ファング、ですか?」

「そう。ファングは職人の街にして、ありとあらゆる武具の聖地とも言われる街じゃ。わしもかつてはあの街で、剣職人や槍職人などのもとで鍛冶修行をしたもんじゃ」

「へー、ペレさんにとっても思い出のある街なんですね!」

「そうだな。今はわしの倅、イグニスの父親のスヴァロがファングの街に修行に出ておる」

「おお、イグニス君のお父さんもファングで修行してるんですね!」

このペレ鍛冶屋に今いるペレとその孫イグニスは、ライトもかつて遊んでいたゲームBCOの中にいたNPCだった。だがその中間にいるはずのイグニスの父親については、全く何の記述もなされていなかったのだ。

その存在すらいるのかいないのか不明だったイグニスの父親が、このサイサクス世界ではスヴァロという名を持って実在している。ライトはまるで未知の領域に足を踏み入れたような、何とも心躍るワクワクとした気分になる。

「じゃあ、ファングの街に行ったらイグニス君のお父さんにもどこかで会うかもしれませんね!」

「えっ、何ナニ。ライト、ファングの街に行くの?」

ラウルが研ぎに出した包丁の受け渡しが終わったイグニスが、ラウルとともにライト達のもとにやってきた。

「うん。レオ兄ちゃんが今度ぼくにワンドを作ってくれるから、そのためにファングに行くと思うー。いつ出かけるかはまだ分かんないけど」

「そうなんだー、いいなー。向こうには俺のとーちゃんが修行に行ってるんだぜー。かーちゃんもとーちゃんの世話するためにあっち行ってるんだ」

「お母さんもファングに行ってるの? そしたらラグナロッツァには、イグニス君とペレさんしかいないの?」

「んにゃ、ばーちゃんもいる。だから特に不自由はないし、寂しくもないぜ!」

イグニスの父スヴァロは、どうやら妻とともにファングにいるらしい。単身赴任では身の回りの家事までこなしきれないのだろう。

所在不明だったイグニスの父親どころか、母親や祖母まで出てきたことにライトは内心びっくりする。

そしてその傍ら、父母がいなくても祖父母がいるから寂しくない、そう答える健気なイグニスにライトは少し感動していた。

「そうなんだ……イグニス君も頑張ってるんだね!」

「い、いやぁ、それほどでも……」

「そしたら、イグニス君のお父さんは今どの職人さんのところで修行してるの?」

「こないだ帰ってきた時の話だと、斧職人のところにいるとか言ってたな」

「斧職人かー、そんな職人さんもいるんだね」

「そりゃそうさ、全ての武具の数だけ超一流の職人もいるんだぜ!」

ファングには剣や槍や杖だけでなく、斧の職人までいるらしい。

イグニスの言葉通り、ありとあらゆる武具全てに超一流の職人も存在するとしたら、戟や鎌、鞭、鎚矛や戦鎚などのマニアックな超一流職人もいるのかもしれない。

「武具とか鍛冶って、奥が深いよねぇ」

「うんうん、鍛冶って本当に奥深いんだぜー。全ての武具の知識が必要だからなー」

「いっちょ前のこと言いやがって。だが、イグニスの言う通り、わしら鍛冶屋は武具の構造や特性を一通り知っておかねば務まらん」

「 痛(イテ) ッ、じいちゃんめ、何すんだよー」

話を聞いていたペレに、後頭部をコツン!と叩かれたイグニス。口を尖らせながら抗議する。

そんな孫の抗議などどこ吹く風で、ペレが言葉を続ける。

「イグニスも、わしやスヴァロの跡を継ぐつもりなら、学園でたくさん勉強せにゃならんぞ。分かっとるか?」

「あー、うん、それは、一応、ね? 分かっては、いる、よ?」

「お前は本当に『勉強』という言葉が出た途端に挙動不審になるのぅ……」

確かに知識を蓄えるには勉強が必要だ。ラグーン学園で直接鍛冶仕事を習うことは絶対にないが、それでも学園という場で学ぶことはたくさんある。

そして学園で培って得た経験は、その後の人生において大いに役立つ場面も多々あるに違いないのだ。

だが、イグニス自身はやんちゃ坊主の見た目に反することなく勉強が苦手らしい。

でもまぁ子供のうちは、普通は勉強なんて嫌いなもんだよな。俺だって前世でアラサーな大人になったからこそ『あー、学生時代のうちにもっと真面目に勉強しときゃ良かった』としみじみ思うのであって、子供の頃は宿題とか塾とか嫌いだったもんなぁ……

ライトは内心で我が身を振り返りつつ、イグニスの挙動不審ぶりからくる勉強嫌いな様子にも納得していた。

「あ、ライト!おいら、とーちゃんとかーちゃんに手紙書くからさ!ファングの街に行く時に届けてくれるか?」

「あ、うん、それくらいならお安い御用だよ!」

「本当か!? そしたら三学期始まる日に渡すから、よろしくな!」

「うん!イグニス君のお父さんのいる、斧職人のお店の名前は何ていうの?」

「えーと、確かガラルドって職人さんだったと思う……そうだよね、じいちゃん?」

「ああ、スヴァロは今戦斧の達人ガラルドの工房で修行しておる」

ライトが近いうちにファングの街に行く、という話を聞いたイグニスが、手紙を父母に渡してほしいと頼んできた。

ちなみにこのサイサクス世界には、現代日本のような郵便網などはないが、転移門などの魔法を使っての街同士の通達方法ならある。だがそれは、庶民が気軽に使えるような代物ではなかった。

故に平民は街を移動する商隊や、冒険者ギルドでその街に行く予定の冒険者に依頼して手紙を託すというのが一般的な方法なのだ。

「ガラルドさんですね、ファングの街を訪ねた時には必ず行きますね!」

「でさ、とーちゃんとかーちゃんに手紙渡したらさ、できればその場で返事書いてくれるように頼んでくれないか? そんな長い返事じゃなくていいんだ、一言だけでもいいから何か返事が欲しいんだ」

「うん、分かった。そうだね、そしたらファングに行ったら一番最初にガラルドさんのところを訪ねるよ。そこでスヴァロさんに手紙を渡して、帰る前にまた立ち寄れば返事を書く時間も取れるだろうからさ」

「本当に!?ありがとう、ライト!」

「うわっ!?」

返事が欲しいイグニスのためにライトが提案した話に、パァッ!と顔を輝かせて喜ぶ。

あまりの嬉しさに、イグニスはライトに勢いよく抱きついた。

「これこれイグニス、お客さんを困らせるんじゃない」

「あっ、ごめんよライト。嬉し過ぎて、つい……」

「ううん、気にしないで!全然大丈夫だから!ぼくもイグニス君のために何かしてあげられることがあって、とっても嬉しいんだ!」

「そっか、本当にありがとうな!」

イグニスがライトの手を両手で握りしめながら、激しく上下にブンブン振りまくる。

前世のゲーム内では、強化のために預けた装備品を壊しまくる極悪最凶破壊神として、蛇蝎の如く忌み嫌われていたNPC鍛冶屋イグニス。

そんなイグニスと、こうして仲良く握手し合うようになるなんてなぁ……と内心で感慨深い思いに浸るライト。

両手を握りながらニコニコと互いを見つめ合う子供達に、ラウルやペレも微笑みながらその光景を眺めていた。