軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第316話 聖魔の泉と神樹の願望

暗黒の洞窟を出発してから約三十分後。

ライトは次の目的地、聖魔の泉に到着した。

「やーっと見つけたぁ……泉ってくらいだから、そんなに大きくないだろうとは思ってたけど」

「やっぱり思ってた以上に小さな泉だな。おかげで見つけるの苦労したわ」

聖魔の泉の規模は、現代日本で言うところのテニスコート一面あるかないか程度。

岩山のように大きくもなければ、目覚めの湖のようにだだっ広くもない、本当にこじんまりとした泉である。

そんな小さな泉を、目立つ目印も無しに見つけるのは至難の業だ。現にライトもこの泉を見つけるまでに、相当あちこち駆け回った。

ちなみにこの泉の水質は、そこそこ綺麗、といった感じに見受けられる。名前に『聖魔』とつくだけあって完璧な清浄さではないが、それでも何か不思議な力を感じる佇まいの泉だ。

「まずは水汲み済ませちゃおう」

ライトは巌流滝の時と同様に、アイテムリュックから木製バケツを三十個取り出して次から次へと聖魔の泉の水を汲んではアイテムリュックに収納していく。

ちなみに今回のバケツは聖魔の泉の湧水用に新調したものだ。その調達資金はもちろんライトのポケットマネーであり、資金源はアイギスへ紐を納めた売上金である。

「さて、後は……一応ここも水場だし、場所も見つけにくいからウィカを呼んで覚えてもらおう」

バケツ三十杯分の水を採取し終えると、ライトは目を閉じ心の中でウィカの名を呼びかける。

しばらくすると、聖魔の泉の水面に気泡が一つ二つポコポコ、と浮いてきた。ウィカが現れる前兆だ。

「うなぁぁぁぁん♪」

「ウィカ、久しぶり!巌流滝以来だね!」

聖魔の泉の水面にちょこなんとお座りした姿勢で現れたウィカ、ライトの姿を認めると嬉しそうにライトの胸元に飛び込んでいく。

ライトもウィカのダイブを受け止めて、にこやかにウィカの頭や背中を撫でる。

「ウィカ、ここはね、聖魔の泉っていう場所なんだ。ウィカがいつも住んでいる目覚めの湖から近いというか、そんなに遠くでもない場所にあるんだけど」

「一応水場だから、ウィカもこの場所覚えといてね」

「うにゃぁん♪」

ライトの要望に、目を細めながら満面の笑みで応えるウィカ。尻尾もパタパタと振る姿は、どこからどう見ても黒猫そのものだ。

「でさ、いつも呼び出してお願いしてばかりじゃ悪いからさ。今日はぼくといっしょにお出かけしよう」

「うにゃっ!?うにゃぁぁぁぁん♪」

ライトの思わぬ申し出に、ウィカは目を丸くして驚いた後とても嬉しそうに返事をした。

ウィカはライトの腕をすり抜け、右肩に移動する。

「よし、じゃあ今から神樹ツィちゃんのところに寄って行こーぅ!」

「にゃーーーん!」

ライトとウィカは元気良く気勢を上げながら、聖魔の泉を後にした。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

聖魔の泉から、岩山とは反対方向に駆けること約十五分。

ライトの三つ目の目的地である神樹ユグドラツィのもとに到着した。

ユグドラツィは遠くからでも見える巨木なので、今度は道に迷うことなく一直線に来れた。

「ツィちゃん、こんにちはー!」

「うなぁん♪」

ライトが神樹ユグドラツィに向かって元気良く挨拶をする。ウィカもそれに倣い、可愛らしい鳴き声で挨拶をしている。

『いらっしゃい、ライト』

「ツィちゃん、お元気そうで何よりです!」

『ええ、おかげさまで。ライトも風邪をひいたりしてはいませんか?冬の寒さは人族の体調を崩しやすくする、と聞いたことがあります』

「ぼくも元気に過ごしてます!ツィちゃんの祝福やシアちゃんの加護をいただきましたしね!」

『まぁ、そう言ってもらえると私も嬉しいです』

ライトはいつものようにユグドラツィと語り合う。

いや、実際にユグドラツィと言葉を交わせるようになったのはつい最近のことなのだが。もはや『ツィちゃん』と呼ぶことにも抵抗がなくなってきたようだ。

いや、そこは抵抗がなくなってきたというよりはツィちゃんと呼ばないと毎回毎度必ずツッコミを食らうので、もはやちゃん付け以外の敬称呼びを諦めた、と言うべきか。

「今日はぼくの友達も連れてきました!」

『ライトの肩にいるその子のことですか?』

「はい!この子は水の精霊ウィカチャで、名前はウィカっていいます!」

「うなぁん♪」

ライトに紹介されたウィカが、ユグドラツィに向かって愛想良く挨拶をする。

『水の精霊とは、また珍しい者との知己をライトは得ているのですね』

「普段は目覚めの湖に住んでいるんですけど、さっき聖魔の泉に来てもらいまして。そこからツィちゃんのところにもいっしょに遊びに来たんですよー」

『聖魔の泉ですか。確かにここからさほど遠くない場所にある泉ですね』

「聖魔の泉の湧水が必要だったんで、水を汲みに来たんです……って、ツィちゃんも聖魔の泉の湧水、飲みます?」

ライトは先程汲んできた聖魔の泉の湧水を、ユグドラツィが飲むかどうかを試しに尋ねてみた。

『んー、聖魔の泉の湧水、ですか……飲めないこともないとは思いますが、聖成分はともかく魔成分が受け付けられるかどうか……』

「あー、そうですよねぇ。ツィちゃんやシアちゃん達神樹族は基本的に光属性ですもんねぇ」

『ええ。私も生を受けてから長いことここにいますし、我が樹生の間には瘴気の雨が降り注いだことも一度や二度ではないのですが……そういう時には広域防御結界を張るなどして対抗策を打ってましたし』

言われてみれば確かにそうだ、とライトも納得する。

神樹ユグドラツィほど長い悠久の時を経てきた者となれば、多少の魔成分くらい何ともないだろう。だが、光属性のユグドラツィにとって正反対の闇属性である魔成分がどういう作用を起こすかは分からない。

雨風などの避けられない自然現象ならともかく、己の意思で自ら毒と分かっているものを摂取するような危険を犯すこともあるまい。そんな愚を犯すようなことを好んで行うのは、人族くらいのものである。

「そうですねー。ツィちゃんがぽんぽん壊したら困るので、聖魔の泉の湧水はやめときますか」

『すみませんね、ライトの好意を無碍に断るようで私も心苦しいのですが』

「いいえ、ツィちゃんは悪くないです!ぼくが勝手に言ったことなので、気にしないでください!」

申し訳なさそうな声音で謝るユグドラツィに、ライトが慌ててフォローする。

というか、神樹も腹を下すなんてこと、あるのだろうか?そもそも神樹の腹とは一体どこを指すのだろう。太い幹の中腹あたりだろうか?

「そしたら、巌流滝の清水はどうです?こないだここにお邪魔したマキシ君の故郷、八咫烏の里の近くにある滝なんですけど。とても綺麗で清浄な空気の滝でしたよ!」

『巌流滝ですか。名前は聞いたことがありますが、ほとんど知らないに等しいですね』

「そこの水も汲んできてあるので、良ければ飲んでみますか?」

『ええ、是非とも』

聖魔の泉のは湧水がダメならば、次はコレ!とばかりに、今度は巌流滝の清水を勧めるライト。

ライトの提案に、ユグドラツィも同意する。

ユグドラツィの同意を得たライトは、早速アイテムリュックから巌流滝の清水が波々と入った木製バケツを一つ取り出した。

「これが巌流滝の清水です。根元に掛けますねー」

ライトはユグドラツィに向かってそう言うと、幹にたっぷりと注ぐようにして巌流滝の清水をゆっくりと掛けていった。

清水がユグドラツィの根元の表皮を潤しながら、地面に染み込んでいく。水が完全に地表に吸い込まれた頃、ユグドラツィの声が聞こえてきた。

『ライト、もしまだあるならその清水をもう一杯いただけますか?今度はあまり地面に溢れないように、なるべく表皮にかけるようにお願いしたいのですが』

「分かりましたー。そしたら靴を脱ぐので、少し登ってもいいですか?」

『ええ、いいですよ。何なら靴も履いたままでも構いません』

「ぃゃぃゃそれはさすがに罰当たりというか、申し訳ないんで……」

『ふふふ、ライトは本当に礼儀正しい子ですね』

ユグドラツィが巌流滝の清水のおかわりをおねだりしてきた。

ライトは靴を脱ぎ、ユグドラツィの根元に登り始める。

そしてユグドラツィのリクエスト通りに二杯目の巌流滝の清水を表皮に少しづた掛けていく。

「ツィちゃん、どうです?」

『ええ、とても美味しいお水ですね。ここら辺の水と違う味がします』

「それは良かった!ぼく、最近あちこち出かけることが多いんだけど、今までツィちゃんに何もお土産あげられないのが気がかりだったんです」

ライトはにこやかにユグドラツィに話しかけた。

そう、ラウルやマキシ、アイギス三姉妹、ラグーン学園の同級生達などには出かけた先で度々土産を購入しているライトだが、神樹という樹木相手に食べ物やら衣類やらの土産はさすがに買えなかったのだ。

「これからはいろんな水場の水を汲んできますね!……あ、もちろん綺麗な水だけにしますけど」

『そうですね、楽しみにしてますよ。でも……』

「ん?ツィちゃん、どうしたの?」

ここでユグドラツィが何やら言い淀んだ。

『私自身ここから一歩も動けないのが、何とも口惜しくて……』

『悠久の時を生きてきたこの私が、今更こんなことを感じるというのもおかしな話ですが』

『貴方のいろんな話を聞かせてもらっているうちに、私も広い世界を見てみたい―――そう思うようになりました』

『樹木の分際でおかしなことを考える、と笑われるかもしれませんね』

ユグドラツィが自嘲と悲しみの入り混じったような声音で、その本音を吐露する。

ファンタジー世界には自立して歩き回る樹木型モンスターなんてものもあるが、少なくとも今ここにいる神樹ユグドラツィはそういうタイプではない。大地に根を下ろし何百年何千年と生きる、まさに神にも等しい大樹だ。

こうして自我も高い知性もあるのに、そこから一歩も動けない。それは樹木という種族だから当然のことだし、ユグドラツィ自身も重々承知している。

そこに疑問や不満を持たないうちは良かった。だが、外の世界の話を聞き、それらに興味を持った時に己の置かれている環境が途端に重荷になる。

ユグドラツィの悲しみに触れたライトは、己のことのように悲しくなった。

「ぼくのせいで、ツィちゃんに悲しい思いをさせてしまったんですね……ごめんなさい」

『ああ、いいえ、貴方が謝ることはありません。貴方の話は本当に面白くて、私も聞いててとても楽しいですし』

「ツィちゃんも、旅に出る方法があればいいのに……そしたら、ぼくやレオ兄ちゃんがいろんなところに連れていってあげられるのに」

『私を、連れていく……』

ライトが悲しげに呟いた言葉に、ユグドラツィが反応した。

『ライト、それです。良いことを思いつきました』

「良いこと、ですか?それは何ですか?」

『私の枝を貴方に持ってもらえばいいのです』

「ツィちゃんの枝を、ですか?」

ユグドラツィの提案に、ライトは『???』となる。

『私の枝を杖なり装飾品に加工して、貴方方に身に着けてもらえば私もともに旅をすることができるかと』

「えっ!?そんなことが可能なんですか!?」

『私を本体として、枝の方は分体と考えてもらえば分かりやすいですか?』

「分体……それならイケる、のかも?」

ユグドラツィの解説に、ライトも何となくユグドラツィのしたいことや言いたいことが分かってきた気がする。

「でも、やれることは何でも試してみた方がいいですよね!」

『ええ。もし駄目でも、私の枝から作った杖や装飾品はライトの身を守る道具となるでしょう』

「そしたら、ツィちゃんの枝を一本もらっていってもいいですか?」

『……はて、枝をどうやって折りましょうか?葉の数枚なら私自身のみでも落とせるのですが、さすがに枝までは折れません……』

確かに以前、ライトはユグドラツィから葉を十枚もらって使い魔の卵を孵化させたことがある。

だが、葉っぱくらいなら他者の力を借りずとも落とせても、枝となるとそうはいかないようだ。

「そしたら今度、レオ兄ちゃんをここに連れてきます!レオ兄ちゃんなら空も飛べるし、ツィちゃんとお話したいって言ってたので!」

『そうですか?……というか、人族って空飛べましたっけ?』

「普通は飛べません!でも、レオ兄ちゃんは普通じゃないですから!」

『そ、そうですか……人族もだいぶ進化したのですね……』

ユグドラツィのもっともな疑問に、ライトがシレッとレオニスを人外扱いする。

『では、彼の森の番人をここに連れてきてください。そうすれば、私はいつでも貴方方のために枝葉を分け与える所存です』

「分かりました!近いうちに必ず連れてきます!」

ライトは力強い言葉でユグドラツィと約束を交わす。

ユグドラツィの願いを叶えるために、明日にでもレオニスとまたここに来よう!と心の中で思うライトだった。