軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第288話 二人の聖職者の退位後の夢

オラシオンと拳で誓い合ったレオニスに、エンディが司祭杖を差し出した。

「兄上も仰っておられた通り、この司祭杖はレオニス卿にお渡しします。然るべき日が来るその時まで、どうぞレオニス卿がお持ちください」

「ああ、ありがたく受け取っておこう」

エンディから手渡された司祭杖を、初めてその手に持つレオニス。聖気に包まれた黄金色の杖は、見た目や想像以上に軽い。羽毛一枚とまでは言わないが、箸かスプーンフォークかと思うくらいに重量というものを感じさせない軽さだ。

そして黄金色の杖からほんのりと漂う、炎の揺らめきのような薄っすらと赤く色づくオーラ。

おそらくはヒヒイロカネで出来ているんだろう、とレオニスは内心で推察する。

まだ銘も分からぬこの杖状の聖遺物が、この先一体どのような役割を果たすのかは誰にも知る由はない。

だが、来たるべき時に果たすべき使命を完遂するのだろう。

その日がいつ来るかはまだ分からないが、レオニスは司祭杖を受け取り空間魔法陣に大事そうに仕舞い込んだ。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

聖具室から出た三人は、部屋の外で待っていた魔の者達と合流し、最後に司祭の執務室があるという別棟の建物に向かう。

これはラグナロッツァの神殿にある大教皇専用の執務室と同様で、各支部全てに別棟で建てられておりその支部で最も高位の最高責任者が日頃から使う場所だ。

日々の執務をこなす場であるとともに、非信者との対談や重要人物との会話、面談などが必要な際にも執務室が使われるのだという。

「あの日はなー、こないだも話したけどすんげーバタバタと慌ただしかったよなー」

「そうそう。外から手紙が来たと思ったら、今度は中央からの召集チョクレイ?が来たもんだから、そりゃもうえりぃと様達ゃ右往左往の大騒ぎよ」

「執務室に集まってあーだこーだ何だかんだした後、あれやこれやそれやどれやを掻き集めて全部暖炉で燃し始めてさー」

「終いにゃ火炎魔法まで使って盛大に始末してたのぅ」

魔の者達が、移動の道中でわいわいがやがやと会話しながら当時のことを証言する。

「ま、わしらはその後いつも通り留守番っつか放置?でのんびり過ごしてた訳だけど」

「珍しいことに次の日になっても誰も帰っちゃこねぇもんだから」

「試しに門の外出てみたら。苦しくねぇでやがんの!」

「あん時ゃ皆飛び上がって喜んだよなぁー!」

「「「なぁー!」」」

魔の者達の話によると、幹部以外の下っ端連中はプロステス支部の敷地外に出ると身体が鉛のように重たくなり、動けなくなるのだという。

確かに以前の事情聴取時に、下っ端の者は自由に外に出ることを許されていなかった、と言っていた。

小間使いとして確保した下っ端連中が勝手に逃げ出したり反逆しないように、奴隷契約のような強制的に従属する魔法でもかけられていたのだろうか?そしてその悪魔幹部連中が死んだことにより、下っ端達にかけられた呪縛も解除されたのだろう。

話をしているうちに、司祭執務室のある別棟の前に辿り着いたレオニス達。

この建物には封印魔法や施錠はされていなかったので、普通に扉を開けて入っていく。

執務室一室しかない建物なので、扉を開ければそこはもう執務室だ。結構広い空間に、執務机やら応接用のソファにテーブルなど一通りのものが用意されている。

レオニス達は改めて執務室や家具類などを捜索するが、特にこれといっためぼしいものは見つからない。

そして、三人の目は自然と暖炉に向けられる。

暖炉の前に集まり、その中を覗き込むレオニス達。

確かに魔の者達の言う通り、暖炉内には暖房用の薪の上に何かを燃やした灰がかなり高く積み重なっている。

そしてそれらは紙片ひとつ残すことなく、完全に燃焼しきっていた。

「うーん……全く何も残されていませんね」

「燃え残りでもあれば、と思ったのですがねぇ……」

「…………」

残念がるオラシオンとエンディに対し、レオニスだけは何かを考えているようだ。

レオニスは魔の者達の方に振り返ると、ホロ総主教に向かって話しかけた。

「総主教。ここの捜索はだいたい終わったから、先に魔の者達を連れて馬車に乗って帰る支度をしててくれるか?俺達もすぐに向かう」

「承知いたしました」

ホロ総主教はレオニス達に向かって深々と一礼すると、魔の者達をまとめるべく動き始めた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「さ、皆さん、馬車に乗ってラグナロッツァの神殿に戻りますよ」

「えー、もう帰っちゃうのー?」

「そうですよ。ここには戻ってきた訳ではありませんからね」

「そりゃまぁそうなんだけどさー。ちぇー、もうちょい懐かしの我が家でのんびりしたかったなー」

「はいはい、それもいつか叶う日が来ますよ、いつになるかは分かりませんが」

人数の多い魔の者達を、一ヶ所に集めるホロ総主教。

手をパンパン、と軽く叩き魔の者達を集めるその様は、まるで生徒を集める担任教師のようだ。

「ホロっち、割とそこら辺返事が適当っつかいい加減よねー」

「仕方ありませんよ、貴方方の行く末を決めるのは私ではありませんし」

「ねぇねぇホロっち、一回自分の部屋戻っていい?木彫りの黒闘拳熊を持ち帰りたいんだけど」

「ダメですよ。ここはまだ調査中ですからね。この支部内にあるものは、石ころひとつ持ち出せません」

「ちぇー、ケチぃー……」

自分の部屋に飾っていた、信徒のおばちゃんからもらったお気に入りの木彫りの熊を持ち帰りたい―――そんなささやかな願いすらも叶わず、即座に却下されたお化けキノコのマッシュが軽く口を尖らせてしょんぼりと俯く。

そんなマッシュに、ホロ総主教はしゃがみ込んで目線を合わせながら話しかける。

「ここの品物を持って帰ることはできませんが……ラグナロッツァの神殿に帰ったら、私が彫った木彫りの白黒大熊猫を差し上げますよ」

「……本当?」

「ええ。こう見えて私、彫刻が得意で大好きなんですよ。聖職者になる前の将来の夢は『様々な動植物の木彫りの置物を売る土産物屋を開くこと』でしたからね」

何と、エンディ以上に真面目一直線なこのホロ総主教の意外な一面が見える。ホロ総主教の特技が彫刻で、将来の夢が『木彫りの置物土産店』だったとは!

エンディどころかラグナ教関係者でも、これまで誰一人として知らなかったトップシークレット情報に違いない。

「そしたらさぁ、あっち戻ったら木彫り教室開いて皆で何か彫り彫りしようよ!」

「いいですねぇ。『お店の中で木彫り教室を開く』というのも私の夢のひとつでした」

「よーし、じゃあ明日から木彫り教室開催決定ね!」

「そうとなったら、早く帰ろうぜ!」

「オイラ、熊じゃなくて別のもの彫りたいな!」

「彫るものは何でもいいですよ。自分の好きなものを、好きなように、心の思うままに彫ればいいんです」

「「「ヤッター!」」」

元気を取り戻した魔の者達を、ホロ総主教が上手にまとめて連れて行く。

彼らの賑やかで楽しげなその様は、完全に幼稚園児か小学生の遠足の引率風景そのものだ。

「さ、そしたらあっちで馬車の乗り位置決めしますよ。勝負はじゃんけんで決めましょうね」

「「「うぇーい!!」」」

「……ふふふ。総主教の座を退いた後に、ゆっくりと木彫りの置物を作ろうと思っていましたが―――思わぬところで前倒しになって、良い予行演習になりそうですね」

いつも生真面目で冷静沈着なホロ総主教の、小さな微笑みとともに洩れ出た言葉。

その満ち足りた表情は、彼のこれまでの聖職者としての歩みが悔いのないものであることの証でもあった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ホロ総主教が魔の者達を連れて別棟から退出し、再びレオニスとオラシオン、エンディの三人だけの空間となる。

三人だけになったことを確認したレオニスは、オラシオン達に向かって話し始めた。

「この燃やされたもののことなんだがな……実は打つ手がない訳じゃないんだ」

「打つ手、と言いますと……?」

「俺は復元魔法が使えるんだ」

「……!!」

「二人とも、ここだけの話で頼むぞ。そんなもん使えることが広く知られたら、俺の命がいくつあっても足らん」

そう、レオニスは悪魔幹部達が燃やした資料や手紙の類いを復元魔法で元通りに戻すことも可能なのだ。

だが、この手段を用いるのにはいくつかの難点があった。

「ただなぁ、以前ページがくっついて読めなかった古い本を復元魔法で戻したことがあるんだが」

「復元魔法の実行中に、台風並みのものすごい風が起こってなぁ……」

「その時はまだきちんとした製本状態だったから、復元できたんだが。今回のこの完全に灰と化した燃え滓状態でそれが起こると、復元前にバラバラの木っ端微塵に散っちまいそうでなぁ」

以前表題のない本を復元した時のことを語るレオニス。

確かにあの時、本に手を当てて魔力を注ぎ込んでいるレオニスを中心に部屋中凄まじい嵐が吹き荒び、その嵐は復元魔法が完了するまで止むことはなかった。

そんなとんでもない強風の中を、燃え尽きて灰状態のものがまともに耐えられるとは到底思えなかった。

「まぁ、そこら辺は復元魔法での魔力注入量を俺が抑制できるようになりゃ対処可能だとは思うんだが」

「それ以前に、魔界文字を解読できる当てもないのに復元させたところで、何かの役に立つのか?という疑問もある」

「「…………」」

レオニスの話を聞きながら、オラシオンとエンディは未だに固まったまま絶句している。

だが、ようやくオラシオンがエンディより先に我に返ったようだ。

「え、ええ……確かに魔界文字を読める人間は今のところいないでしょうね……魔の者達も読めないと言っていましたし」

「だろう?ただ、今すぐには読めなくともこの先いずれ必要になる時が来るかもしれない、とも思うんだよなぁ」

「……でしたら、この司教執務室は今後も厳重な封印のもとで現状を維持したまま管理しましょう。そうすれば、この燃え尽きた資料類もこのまま保存できます」

オラシオンの声を聞いてエンディも我に返ったのか、司教執務室の取り扱いをさらに厳重に封印して現状保存することを提案してきた。

「……そうだな。そうしてもらえるとありがたい。大教皇には手間をかけさせるが、すまんな」

「いいえ、どういたしまして。ただ、私が大教皇として事件の調査に携われるのも長くて一年です。その先まで現状維持を保てるかどうかまでは保証できませんが……」

「もちろん分かっている。一年の猶予をもらえるだけでもありがたい、感謝する」

「そうですね。先のことはその時に考えるとして、今できることを一つづつこなしていきましょう」

「そうだな。俺も一年の間に復元魔法の制御訓練しとくわ」

「「…………」」

話が一通りまとまったところで、何故かオラシオンとエンディがレオニスをじぃーーーッ……と凝視する。

二人からの半目凝視の視線に気づいたレオニスが、何事か全く理解できない様子で問うた。

「……ン?二人とも、どうした?俺の顔に何かついてるか?」

「……いえ。よもや復元魔法までお使いになるとは、レオニス卿は私よりもよほど賢者の素質がおありだと思いましてね……」

「全くです。私は大神官という稀少なジョブを得て聖職者になりましたが、魔法でレオニス卿に敵う気が微塵もしませんよ……」

「「……はぁぁぁぁ……」」

オラシオンとエンディ、二人して頭を真下に向けて力無く項垂れる。

「いや、あの、俺の魔法は討伐や遺跡の出土品なんかで得たものが多いだけでな? 割と邪道だと思うぞ?」

「つか、ジョブを極めた賢者や大神官の繰り出す本気の魔法には絶対に敵わんからな?」

二人の言い分に、レオニスが慌ててフォローするも大した効果はなさそうだ。

オラシオンはレオニスの顔をジロリンチョ、と見遣りながらエンディに語りかける。

「いいですか、エンディ。こうなったら私達もさらなる精進を続け、賢者と大神官を極めてやりましょう。そしてレオニス卿をあっと言わせてやるのです!」

「そうですね、兄上。私も大教皇の座を退いた暁には、世界中を巡礼しながら遺跡巡りをして世にも珍しい治癒魔法を会得してみせます!」

「……あー、うん、二人とも頑張ってくれな……ハハハ……」

謎の対抗意識に燃え盛る、オラシオンとエンディ。

兄弟二人の突然の変化に、レオニスはただただ苦笑するしかなかった。