軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第179話 十数年に一度の謎

時は少し遡り、ライトが倒れた直後のラグーン学園理事長室での風景。

重苦しい中にもピリピリとした、ものすごく張り詰めた空気が漂っていた。

「……で、ライトは水晶の壇のところで気を失って倒れた、と」

「はい……学園を出た時は、いつも通り元気な様子だったんですが」

「いつから具合が悪くなったんです?」

「ライト君の周りにいた子達の話によると、庭園までは普通に話もしていたようですが……建物の中に入ってからどんどん口数が少なくなって、中央交差部に着く頃にはかなり具合が悪そうだった、と……」

理事長室の執務机に座る理事長オラシオンの前で、レオニスが担任のフレデリクに神殿訪問での出来事を聞いているところである。

レオニスは終始険しい顔つきで、フレデリクはその圧にビクビクしながら回答していた。

「……レオニス卿、少し落ち着いていただけますか?フレデリク先生が恐縮し過ぎて、今にも卒倒しそうですし」

二人の問答を静かに見守っていたオラシオンが、レオニスに向かって声をかける。

「……ああ、いや、別に先生方を取って食おうとしてる訳じゃないんだが」

「ええ、卿にそのつもりがないのは重々承知しておりますよ。ですが貴方のその無意識の内に発する圧は、普通の人間にはとても耐えられるものではないこともお分かりでしょう?」

「……すまん。あの子に異変が起きたとなると、どうしても冷静になりきれんでな」

レオニスは小さなため息をひとつつくと、改めてフレデリクの方に向かって頭を下げた。

「フレデリク先生、申し訳ありません。先生は何も悪くありませんし、きっと最善を尽くしてくれたでしょうから」

「あっ、いえ、そんな……僕の方こそ至らぬ教師で……もっと早いうちにライト君の異変に気づくべきでした。気づいてあげられなくて、本当にすみません」

今度は謝罪合戦になるレオニスとフレデリク。

オラシオンもひとつ小さなため息をつくと、フレデリクの方に向いて話しかけた。

「フレデリク先生、だいたいの事情は分かりました。後は私の方からレオニス卿にお話したいことがあるので、先生は教室に戻ってください」

「分かりました……では、失礼します」

フレデリクは扉の前で一礼してから、理事長室から退室した。

その後しばし沈黙が流れた後、先に口を開いたのはオラシオンの方だった。

「神殿訪問は、社会見学の一環として初等部一年生を対象に毎年行っている行事でしてね」

「子供達もいずれ、近いうちにジョブの適性判断を受けに神殿に行かねばなりませんし」

「その時の心構えや自分の将来を考える良い契機にもなるので、企画自体は概ね好評なんですよ。ですが……」

若干言い淀むオラシオン。そんなオラシオンの様子を、レオニスが見逃すはずもなかった。

「何か問題があるのか?」

「ええ……極稀に、ライト君と同じように神殿で体調を崩す子がいるんですよ」

「水晶の壇のところで倒れる子が、何人もいるのか?」

「いいえ、十年に一度あるかないかの本当に極稀なことらしいです。ただ、今日のライト君のようにその場で昏倒するほど酷い状態に陥ったのは、おそらく初めてのことだとは思いますが」

「私も理事長職に就くにあたり、前任者からの引継ぎ事項で聞かされただけでしてね。実際に学園生がそうなったのは、私の代になってからはライト君が初めてのことです」

レオニスは手を口元にあてながら、しばし考え込んでいる。

「なぁ、オラシオン。その倒れた子ってのはもしかして、魔力が高かったか?」

「ええ、そうです。かつてそのようになった子達は後年のジョブ適性判断で、総じて魔力が平均値以上にかなり高いとされました」

「やはりそうか……」

「このことは、学外には知られていないはずですが……レオニス卿、何かご存知なので?」

ラグーン学園の卒園生でもないレオニスが、ラグナ神殿で体調変化を来す要因を推察できたことにオラシオンは驚愕を隠せないようだ。

「いや、何。俺も昔ジョブの適性判断を受けた時に、少し具合が悪くなったことを今更ながらに思い出してな」

「レオニス卿も、適性判断時に水晶の壇のところで具合が悪くなったのですか?」

「ああ、俺の場合は夏なのにかなり寒気がしたんだが……前日に腹出したまま部屋の外の廊下で寝こけたから、そのせいで夏風邪引いたんだとばかり思ってたんだ」

「…………」

今回の件で、かつて自分がラグナ神殿でジョブの適性判断を受けた時のことを思い出したレオニス。

レオニスが当時の体調異変のことをすぐに思い出さなかったのは、その原因が夏風邪を引いたために具合が悪くなったんだと思い込んでいたせいのようだ。

だがしかし。レオニスよ、何故に廊下で腹を出して寝こけていたのだ。夏の夜の蒸し暑さに耐えかねて、涼を取るために廊下の床のひんやりとした冷たさを求めたのか?

とはいえ、よくよく考えてみればレオニスは当時十歳になったばかり。腕白盛りのやんちゃ坊主なら、パンイチで廊下で寝こけるという奇行も子供ならではの致し方ないことか。

「俺は当時ジョブの適性判断時に、かなり魔力量が多い方だと言われたんだ。それ故に【魔法剣闘士】なんて珍しいジョブを選ぶことができた訳だが」

「俺もあの日、確かに神殿に入るなり寒気がして奥に行けば行くほど気分が悪くなっていったんだ」

「今日のライトも俺と同じような状態だったようだし……そうなると、俺とライトにある共通点と言えばまず魔力の高さが挙げられるからな」

「だが……」

ここでレオニスの顔が曇る。

「ライトは赤ん坊の頃からカタポレンの森の中で育ったせいで、魔力量がとんでもない量になってるはずなんだ」

「それこそ昔の俺なんかより、何倍も多いだろう」

「昔の俺でさえ、かなりの寒気を感じたというのに……当時の俺より数倍以上は魔力の高い今のライトには、相当きつかっただろうと思う」

レオニスは歯噛みしながら呻くように呟く。

「なぁ、オラシオン。あんたを責める訳じゃないんだが、何で前もって魔力の高い子供は気をつけるように注意喚呼してくれなかったんだ?」

「学園から配られた、神殿訪問に関するプリントにはそんなこと一切書かれていなかったぞ?もし先に教えといてくれたら、こっちも何らかの対策したってのに」

レオニスからの問いに、オラシオンは静かに口を開いた。

「それについては、申し訳ないと思っています。ただ……魔力が高い子が、水晶の壇のところで必ず具合が悪くなるという訳でもないんですよ」

「そうなのか?」

「ええ。確かに魔力が高いことは具合が悪くなった子達の共通点なんですが、その子達よりも魔力が高くても何ともない子も大勢いるんです」

「それは……ますます訳が分からんな」

「でしょう?おそらくは魔力が高いことの他に、体調不良を引き起こす条件のような何かがあるのだとは思うのですが」

「それが全く分からないし頻度もかなり低いから、注意喚起のしようもない、ということか」

全てを言わずとも正答を導き出すレオニスに、オラシオンは静かに頷く。

「ええ、そういうことです。それに、体調不良になる子も毎年必ず出る訳でもなく、十数年に一人出るか出ないか程度の極稀な頻度なので行事を取り止めるには至らないのが現状でしてね」

「確かにな……子供達は自分のジョブを得るために、いずれは皆神殿に行かなければならないからな……」

レオニスとオラシオン、二人して小さなため息をつく。

「そういうことなら仕方ない。だが、今後の学園行事において神殿に関わるものがあったら、ライトは全て欠席にさせてもらう。また今日のような事態にならんとも限らんからな」

「そうですね。対処のしようがないうちはその方がいいと私も思います」

「今日が金曜日で良かったよ。土日ゆっくりと休ませて、月曜日の登校は当日の朝の様子を見てから判断する。もし休むとしたら使いの者を出すが、襟章なしで中には入れてもらえんだろうから門の衛兵に伝えればいいか?」

「ええ、そうしてください」

「じゃ、俺はそろそろ帰る。オラシオンもすまなかったな、理事長なんて多忙だろうに話に付き合わせてしまって申し訳ない」

「いいえ、学園の行事中に起きた出来事は理事長たる私も把握しておかねばなりませんからね。お気になさらず」

その後二三言葉を交わした後、レオニスは理事長室を出てラグナロッツァの屋敷に帰っていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ただいま。ライトの様子はどうだ?」

ラグナロッツァの屋敷に戻るなり、すぐにライトのいる寝室に向かったレオニス。

そこにはラウルとマキシがライトの眠るベッドの傍について見守ってくれていた。

「おかえり。まだ目を覚まさないが……」

「そうか……」

ベッドで寝ているライトの横で、レオニスが心配そうにライトの顔を覗き込む。静かに寝てはいるが、その顔色はかなり蒼白で表情も若干歪んで苦しそうにしている。

そこまで酷く魘されている訳ではないが、それでもいつもの元気なライトの寝顔とは全く違う様相だ。

「可哀想に……一体何があったんだ……」

こんな時に、何もしてやれないことが歯痒くてたまらないレオニス。

せめてライトが起きるまで横にいてやろう。目を覚ましたら誰もいなかった、なんて寂しい思いさせたくないからな。

そんなことを考えながら、ライトの横に椅子を置いて付き添うレオニス。

まさかそこから丸三日も目を覚まさないなどとは、夢にも思わずに―――

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ライトが神殿で倒れてから三日。

その日のレオニスは、朝からスレイド書肆にいた。

何か手がかりがないか、何でもいいから自分にできることはないか、そんな思いで書籍や文献を探しに行ったのだ。

目の下にクマができて憔悴していたレオニスの顔を見たグライフは驚いていたが、レオニスは何も語らず、ただ本を探しに来たとだけグライフに伝えて書籍探しに没頭していた。

レオニスとしてもライトが倒れたなどと言い広めて大事にするつもりは全くないし、グライフも元冒険者だけに余計な詮索は一切しない。

スレイド書肆は一階だけでなく二階と三階まで売り場があり、更に四階より上には禁書と呼ばれる代物も収められていると聞く。

もしこの先、倒れてから一週間以上経過してもライトの目を覚まさなかったら―――そんな最悪の事態が、レオニスの頭の中を過る。

いよいよどうにもならなくなったら、レオニスは禁書の領域にまで踏み込むつもりだった。

そんな決意を胸に、レオニスがスレイド書肆で文献探しをしを始めて半日ほど経過した頃。

ライトが目を覚ましたらすぐに知らせるように、ラウルに言っておいた緊急連絡用バッジからの知らせを受けたレオニスは、急いでラグナロッツァの屋敷に戻った。

「……ライト!」

少しだけ勢いよく開かれた扉から、レオニスがライトの寝るベッドに駆け寄った。

「ご主人様、おかえり。一度目を覚ましたが、まだかなり具合悪そうだったからもう少し寝るように言ってまた寝付いたところだ」

「……そうか」

ラウルから一度は目を覚ましたという報告を受け、少しだけ安堵するレオニス。

ベッドで寝ているライトの顔色は蒼白く、いつものような快活さの欠片も感じられない。

もしこれが目に見える外傷的な傷や風邪などの軽い病気なら、回復魔法のキュアやキュアラをかければ治る。だが、ライトの不調は回復魔法ですぐにどうこうできる類いのものではないことを、諸々の状況からレオニスも察していた。

蒼白な顔色のライトの頬を撫でようとしてそっと触れると、体温を失ったかように冷たい。

あまりのその冷たさに、レオニスは狼狽する。

「……!!ライト……しっかりしろ!!」

レオニスは思わずライトに向けて、回復中級魔法であるキュアラを数回連続でかけた。

咄嗟にかけたキュアラだったが、多少なりとも効果があったのかライトの頬に赤味が差し顔色も若干良くなる。そして、回復魔法の温かさに包まれたせいか、ライトがふと目を覚ました。

「…………レ、オ、兄、ちゃ……?」

「ライト、気がついたか?」

「……うん……レオ兄ちゃん、おかえりなさい……」

「ただいま。ライトもおかえり、まだ疲れてるだろう」

レオニスがライトの蒼白い頬をそっと撫でる。

ライトは薄目のまま、力のない弱々しい声で応える。

「うん……学園の皆や先生……ラウルやマキシ君……レオ兄ちゃんにも……たくさんの人に迷惑……かけちゃった……」

「気にするな。誰だってそういう時はある」

「……ごめん、なさい……」

「謝るな。今は休め。俺がずっと横についてるから、安心して寝な」

「……うん……ありが、とう……」

レオニスが横にいてくれる。その安心感からか、ライトは少しだけ微笑みながら再び眠りについた。