軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1770話 晴れやかな笑顔

「私達がシャルと出会ったのは、六年くらい前のことです。とある地方巡業で公演が終わってから、ささやかな打ち上げをするために立ち寄った酒場の店裏から大声が聞こえてきたんです。何事かと思って皆で見に行ったら、シャルが大勢の男に囲まれて手や腕を掴まれていて……見かねて助けたのがきっかけでした」

「後で聞いた話によると、シャルに一目惚れした大店の息子が彼女を手篭めにしようとして、無法者を雇って無理矢理拉致しようとしていたところに出食わしたそうで。そこでシャルを保護してしばらく匿ったことで皆と仲良くなり、その半月後にシャルは『暁紅の明星』に正式に加入しました」

「それから六年の間、私達はシャルとともに過ごしてきました。無名だった『暁紅の明星』は、シャルというスターを迎えたことでみるみるうちに人気が出て知名度も上がっていきました。ですが……そんなことはどうでもいいのです」

シャーリィとの出会い、そしてこれまでの出来事を掻い摘んで話していくクレール。

シャーリィは明るく快活な性格で、他者には暗いところなど微塵も見せない。

だがその裏では、絶世の美女ならではの苦労を多数経験してきたようだ。

「私達はシャルが人族ではなく、プーリアという妖精であることも知っています。そして私達と出会う前の彼女は、慣れない人里でものすごく苦労してきたこともシャルから聞いています」

「今の私達は稼ぎや取り分が増えて、護衛を複数雇う余裕もできました。今でも時折シャルのストーカーが発生しますが、護衛がいてくれるおかげで大事に至る前に処理できています」

「しかし、シャルが私達と離れてしまったら……もう私達では彼女を守ってやることができません。ましてやそれが全く畑違いの冒険者業界に飛び込むなど……」

クレールの眉間の皺がますます深くなっていく。

彼女はただ単に、自分達の一座の利益を手放したくないという利己的な理由でシャーリィの冒険者業界入りを反対しているのではない。

本当にシャーリィの身の安全を一番に案じていた。

「私は冒険者ではないので、専門的な知識は持ち合わせていません。ですが全国津々浦々を旅する仕事柄、ある程度のことは分かります。興行をよく見に来てくださるお客様の中にも、冒険者の方々が多数おられますから」

「冒険者の皆さんは、良く言えば常に全力、悪く言えば享楽的な方々が多いです。それは、彼らがよく口にする『何が起きても自分の責任』という観点からくるのでしょう。その日暮らし、行く場所によっては明日をも知れぬ身……『宵越しの銭は持たぬ』が信条の冒険者達を何人も知っています」

「……いえ、レオニスさんやラウルさんのようなちゃんとした方々もおられることはもちろん分かってはいるのですが。それでもやはり心配になってしまうのです。この先シャルがそうした冒険者達に囲まれて、本当にちゃんとやっていけるのかどうか……」

シャーリィの将来を危惧するクレール。

眉間に深い皺を寄せながら切々と語る様子は、本当にシャーリィのことを心配していることがよく分かる。

「そういった話、あんた達の懸念をシャル相手にもきちんと話をしたのか?」

「もちろんです。一年前にシャルが『冒険者になりたい!』と言い出した時から、何度も何度も話し合いをしてきました。ですが……あの子はこうと決めたら梃子でも動かないところがあって。冒険者になるという決心は未だ揺らいでいません」

「だろうなぁ。さっきまでのシャルの話からすると、冒険者になる気満々だったもんなぁ」

「はい……思い留まらせるどころか、毎回シャルからマスターパレンの素晴らしさを聞かされる始末です……」

「おお、そうか……そりゃまたご愁傷さまだな」

レオニスの問いかけに、クレールががっくりと項垂れる。

シャーリィが去年決意した『冒険者に、私は絶対になる!』という意思はとても固く、クレール達の幾度にも渡る説得は功を奏していないらしい。

それどころかシャーリィは、逆にクレール達にマスターパレンが如何に素晴らしい人物であるかを説くのだという。

うっとりとしながら愛しい人の高潔さを熱く語るシャーリィの様子が、ライトやレオニスの頭の中に浮かぶ。

シャーリィがマスターパレンのことをどのように語っているかまでは分からないが、説得しようとしては毎回毎度返り討ちに遭うクレールにとってはまさに『ご愁傷さま』である。

「まぁなぁ、あんた達の心配も分からんでもないが……一年経っても決心が変わらんのなら、もはやシャルに何を言っても無駄なんじゃねぇの? あんただってそれを薄々理解してるからこそ、俺にこんな話をしてるんだろう?」

「………………」

レオニスの鋭い指摘に、クレールは俯いたまま黙り込む。

クレールは、できることならレオニスにもシャーリィを説得して諦めさせる側についてほしい、と考えていた。

当代随一の金剛級冒険者であるレオニスが反対の意を示せば、シャーリィとて思い留まってくれるかもしれない……そうした一縷の望みを賭けるつもりだったのだ。

「俺にはシャルの決意を止める権利なんぞないし、俺が『やめとけ「」』って言ったところで『ハイ、ソウデスカ』『ジャア、ソウシマス』ってシャルが素直に従うとはとても思えんのだが」

「ですよね……でも、冒険者でもない私達が言うよりレオニスさんが話す方が説得力は段違いですから」

「そりゃまぁそうだろうが……」

なおも食い下がるクレールに、レオニスが渋い顔でガリガリと頭を掻く。

クレールとて自分達『暁紅の明星』の利益のためだけにシャーリィを引き留めたい訳ではない。

本当にシャーリィの身を案じているからこそなのだ、ということがレオニスにも分かる。

だがそれでも、レオニスはクレールの側に立つことはない。

そしてシャーリィの肩を持つのでもない。あくまでも中立的な立場を貫いた。

「去年シャルが『五年後に冒険者になる!』と言ってたが、それは今でも変わらんのだよな?」

「はい。五年の間に自分の後継者を育てて、『暁紅の明星』を今よりもっともっと素晴らしい一団にしてみせる!と意気込んでおります」

「だったらまだ四年もあるんだ、気長に地道に説得し続けるしかないだろう。その間にシャルの気が変わって『やっぱり踊り子を続ける!』ってなるかもしれんし、もしそうならずに旅立ってもあんた達の団は安泰だろ」

「それは、そうなのですが……」

レオニスの説得に、クレールはまだ言い淀んでいる。

彼女には他の観点からの心配もあった。

「でも、シャルは本当に冒険者としてやっていけるんでしょうか? 単独行動ならともかく、いや、単独でも心配は心配ですけど……男性がいるパーティーに入ったら最後、絶対にシャルを巡っての色恋沙汰になるのは必至なんで……」

「ぁー、そっち方面の心配もあんのか……」

クレールのもう一つの懸念、それはシャーリィが果たして他の冒険者と上手くやっていけるかどうか?ということ。

シャーリィは絶世の美女なので、彼女を一目見ただけで惚れ込んでしまう男が実に多い。

そんなシャーリィが、他の冒険者とパーティーを組んだ場合どうなるか―――いわゆるパーティークラッシャー、オタサーの姫になることは火を見るより明らかだった。

しかしここでレオニスに疑問が浮かぶ。

それなら今の『暁紅の明星』はどうなのか。

去年のパレードを見た限りでは、あの一座は女性だけでなく男性も普通にいたはずだからだ。

「つーか、そしたらあんた達の団はどうなんだ。『暁紅の明星』でだって上手くやれているんだから、冒険者相手にだってできんこともないだろ?」

「うちにいる男達は全員、心は女の子なんです。だから、シャルのことは大好きだけどそれは同性に対する好意であって、異性に向ける欲情は全くないんです」

「ぁー、そうなのか……それならしゃあないな……」

レオニスの素朴な疑問をはるかに凌駕するクレールの答えに、レオニスが脱力しながらも納得している。

レオニスが見た、パレードで活躍しているムキムキマッチョの男達は皆オネエだったのだ。

しかし、それならシャーリィがこれまで『暁紅の明星』で上手くやってこれたのも頷ける。

ムキムキマッチョの男達は、見た目こそゴツいが心は乙女なのでシャーリィを異性として見たり変に意識することがない。だからこそ、彼女達の仲が壊れることはなかったのである。

「……ま、ひとまずはしばらく様子見するしかないんじゃないか? それに、四年後にシャルが念願叶って冒険者になったとしてもそんなに心配は要らんさ」

「どうしてですか?」

「ラウルが言ってたんだ。シャルが冒険者になったら、しばらくは自分を頼りにするつもりらしいってな」

「ラウルさんを頼るんですか……確かにそれなら、シャルを巡っての刃傷沙汰の心配は要りませんね」

レオニスの思いがけない話に、クレールが意外そうな顔をしつつも得心している。

ラウルがシャーリィと同じプーリア族であることは、クレールもシャーリィから聞いて知っている。

実際に今日初めて会ったが、ラウルがシャーリィに恋愛感情を全く抱いていないことがクレールの目から見ても分かる。

もしシャーリィがラウルとパーティーを組めば、他の冒険者達と変わらない冒険者活動が可能になるだろう。

「うちの執事は万能だからな。冒険者としての活動はまだ浅いが、後輩一人の面倒も見れん程柔でもない。それに、ラウルとともに活動するってんなら俺だって力を貸してやるさ!」

「………………」

レオニスのダメ押し支援に、クレールがしばし呆然としたままレオニスを見つめる。

シャーリィが冒険者になる!と聞いてから、クレールはずっと不安で仕方がなかった。

どう転んだってオタサーの姫になる以外のビジョンが全く浮かばなかったからだ。

しかし、シャーリィの同族であるラウルに加えて、世界最強の冒険者であるレオニスまで後ろ楯となってくれるならば、これ以上の安堵はない。

クレールの最大の懸念、シャーリィの身の安全は完全に払拭されたも同然となった。

「……その時は、くれぐれもシャルのことをよろしくお願いいたします」

「ま、それも今から四年も先のことだがな。俺としては、有能な冒険者が増えるのは大歓迎だ」

「ええ、シャルならきっと冒険者としても大成できるでしょう。何より、私達がいなくなった後のことをお任せできる―――これはとても心強いことです」

「……そうだな。俺達人族は、何をどうしたってラウルやシャルより長生きしてやることはできんからな」

クレールが思わず漏らした本音。

それは四年後のみならず、何十年後の永久の別れをも含んでいた。

しかしそれも心配する必要はなくなった。彼女の同族であるラウルがついていてくれるなら、シャーリィは孤独になることなど決してないのだから。

するとここで、ラウルが諸々の支度や手筈を終えたラウルが客間に戻ってきた。

それを見たクレールが、徐にソファから立ち上がった。

「……では、私はそろそろラグナ宮殿に戻るとします」

「ン? シャルはまだ風呂から帰ってきてないが、いいのか?」

「ええ。ここに泊めさせていただく限りはどこに居るよりも安全ですし。私もこれ以上団の皆をラグナ宮殿に放置しておく訳にはいきませんからね」

「……そっか。そしたらラウルに送らせよう。如何にここら辺が貴族街と言えど、夜道の独り歩きは危ないからな。ラウル、クレールがラグナ宮殿に戻るから送っていってやってくれ」

「はいよー」

シャーリィの風呂上がりを待たずに帰宅すると言うクレールに、レオニスが配慮してラウルに送るよう指示を出す。

これは、クレールがラウルと改めて二人きりで話せるように、というレオニスなりの配慮だ。

ライトとレオニス、ラウルとクレールの四人で玄関に向かう。

外に出て一旦歩を止めた一同。レオニスがクレールに声をかけた。

「シャルに何か伝言はあるか? あるなら俺が伝えておこう」

「そうですね……明日明後日とのんびり過ごして、三日後にまた頑張りましょう、とだけお伝えください」

「了解。じゃ、またな」

「はい。シャルのことを、くれぐれもよろしくお願いいたします」

クレールがレオニスに向けて深々と頭を下げる。

その顔は、苦悩に満ちた先程までとは打って変わって晴れやかだった。

そうしてクレールはラウルとともにレオニス邸を後にした。