作品タイトル不明
第1744話 初めて知る感情
洞窟の中に入っていくと、奥に進むにつれてキャッキャとした話し声が聞こえてきた。
それは明らかにリンドブルムの声で、他にもいくつか混ざっているようだ。
そうして最奥まで行くと、そこには案の定リンドブルムがいた。
入口手前で控えていたファフニールが、ライト達を出迎えた。
この洞窟はファフニール夫妻の縄張りなので、ライト達がラーデとともに入ってきた時点でファフニールは感知していたのだ。
ファフニールがラーデに向けて恭しく頭を下げる。
『父上、ようこそいらっしゃいました。人族の供達も歓迎する』
「ファフニールさん、こんにちは!今日はラーデといっしょに、ヨトゥンちゃんに会いに来ました!」
「よ、ファフニール。久しぶりだな」
『うむ。林檎と桃の木を植えてもらって以来か』
「ここの林檎や桃もちゃんと育っているようで何よりだ」
『ファフニールも息災そうで何よりだ』
ファフニールの歓迎に、ライトが先陣を切って挨拶をする。
ライトはラグーン学園があるのであまり来れていないが、レオニスとラウルは果樹植樹のために何度もここを訪れている。
そのためファフニールやフレア・ジャバウォックともそこそこ親交を深めていて、気安く会話できる程度には仲良くなっていた。
『……というか、リンドブルムが毎日のようにここに来ているらしいが』
『ええ。それこそリンは本当に、毎日ここに押しかけてきておりますよ。ほら、今も私などそっちのけで我が妻子と戯れておりますでしょう』
『困った娘だ』
その向こうには、ヨトゥンガルズを抱っこしてご機嫌のリンドブルムがいる。
そしてリンドブルムの向かいにいたフレア・ジャバウォックがライト達の訪問に気づき、慌ててすっ飛んできた。
『まぁまぁ、お義父様!ご無沙汰しております!』
『良い良い、我のことは気にするな。それより、リンドブルムが迷惑をかけているようですまぬ』
『いいえー、リンリンちゃんはヨトゥンのことをとても可愛がってくれますし、私の話し相手にもなってくれるので大歓迎ですのー』
『そうか……其方がそう言ってくれるのであれば、我も少しだけ気が楽になる』
とても出来た嫁のフレア・ジャバウォックに、ラーデが改めて詫びている。
そして義理の娘に続き、今度は実の娘がヨトゥンガルズを抱っこしながらラーデに声をかけてきた。
『あらー、パパンではないですか。こんなところでお会いするなんて、奇遇ですわねぇ』
『リンドブルム、其方な……兄夫婦の家に毎日入り浸っておるとは何事だ』
『あらヤダ、私はヨトゥンちゃんの成長を見に来てるだけですよ? フレジャちゃんを労うためでもありますし。正直ファフ兄のことはどうでもいいですけど』
『『………………』』
小姑(リンドブルム) の何気に酷い言い草に、ラーデとファフニールがスーン……とした顔になっている。
一方でフレア・ジャバウォックがニコニコ笑顔で『リンリンちゃん、いつもありがとうねぇ』と感謝の言葉をかけていた。
兄嫁と小姑は微妙な関係に陥りがちなのだが、リンドブルムとフレア・ジャバウォックの両者にはそういう柵や蟠りなど一切ないようで何よりだ。
『……とりあえずだな。我も初孫のヨトゥンに会いに来たのだ』
『ほーら、ヨトゥンちゃん、あなたのじぃじが会いに来てくれましたよー♪』
『♪♪♪』
リンドブルムの腕の中に抱っこされているヨトゥンガルズが、ラーデの顔を見て嬉しそうに四本の腕を伸ばしている。
生まれたばかりの頃は、体長約2メートルだったヨトゥンガルズ。
今目の前にいるヨトゥンガルズはその倍以上、5メートルくらいに成長していた。
ただし、まだ言葉をきちんと発することはできないようだが。
しかし、このままではラーデがヨトゥンガルズを抱っこすることはできない。今リンドブルムからヨトゥンガルズを渡されたら、ぬいぐるみサイズのラーデなど即座に潰されてしまう。
可愛い初孫を抱くために、ラーデは背中に背負っているアイテムリュックを一旦ライトに預けた。
ラーデが身体の縮小化を解き、グワッ!と大きな身体になった。
そしてリンドブルムに向けてそっと手を伸ばし、ヨトゥンガルズを受け取った。
初めてその腕に抱く孫の顔を、ラーデは感動の面持ちでしばし見つめていた。
『初孫とは……斯くも可愛いものなのだな』
『ホントにねぇ、私も甥姪がこんなにも可愛く思えるものだとは思いもしませんでしたわぁ』
赤子特有のぷくぷくとした手に、つぶらな黄金色の瞳。
父親譲りの赤紫の髪、母親譲りの薄桃色の角、叔母譲りの青紫の肌、叔父譲りの鏃型の尾。
そして一際目を引く黄金色の瞳と、同じく黄金色に輝く額の宝石はラーデ譲り。
ラーデ達一族の特徴を、これでもか!というくらい凝縮して詰め込んだような初孫の愛らしさに、ラーデは心から感動していた。
『ファフニール、フレア、礼を言う。この子のおかげで、我はこれまで知ることのなかった新しい感情を得ることができた』
『父上に斯様に褒めていただき、光栄の極みに存じます。私も長き時を生きてきましたが、我が子を得て初めて経験することが多く……日々驚きと感動に満ちております』
『お義父様、私もお義父様やファフと同じですわ。ヨトゥンは私の命以上に大切な存在……こんなにも素晴らしい子を私にお与えくださったのも、全てはファフやお義父様がいてくださったからこそ。私こそお義父様に感謝しなければなりません』
息子夫婦を労うラーデに、ファフニールとフレア・ジャバウォックもラーデに感謝の意を示す。
その間ヨトゥンガルズはラーデの腕の中でふにゃふにゃと動いていたのだが、そのうち愚図りだした。どうやらお腹が空いてきたようだ。
『ふぇぇぇぇ……』
『あらあら、ヨトゥン、お腹が空いたの?』
『父上、すみませんがヨトゥンをフレアにお渡しください。魔力を分け与えてやらねばなりませんので』
『うむ、分かった』
愚図るヨトゥンガルズを、ラーデがフレア・ジャバウォックにそっと渡す。
後で聞いた話によると、ご飯代わりの魔力譲渡は誰がやっても良いというものではないらしい。
一番良いのは両親で、その次に二親等の祖父母や兄弟姉妹。
叔母のリンドブルムや叔父のサマエルは三等親なので、祖父のラーデよりも血縁的に遠くてNGなのだとか。
特に幼少期、生まれたばかりの今は最も身近な両親の魔力が一番消化に良く、順調な成長のために欠かせないという。
そのため、リンドブルムが非常に残念がっていた。
『ちぇー、私もヨトゥンちゃんに魔力をあげたいのにー』
『そんなに幼子に魔力をあげたいのなら、リンも番を見つけて子を成せばよかろう』
『ファフ兄、簡単に言ってくれるわね? 私に見合う良い男がいるなら、今すぐ紹介してほしいわよ』
『そこは自力で見つけよ。私とてこうしてフレアと結ばれたのだ、リンにだってきっとどこかに運命の相手がいるであろう』
『だといいけどねー』
可愛い甥姪に魔力をあげられないことを愚痴るリンドブルム。
それに対するファフニールの受け答えがなかなかに厳しい気がするが、多分気のせいであろう。キニシナイ!
するとここで、フレア・ジャバウォックがリンドブルムに話しかけた。
『リンリンちゃんはすっごく可愛いし、お出かけしてもモテるじゃない。今まで誰かとお付き合いしたことはないの?』
『ぬーーーん……そりゃ確かに、不思議の街に出かければひっきりなしに声をかけられるけどー。そういうので良いと思えたことは、今のところ一度もないわー』
『そうなの……』
リンドブルムとフレア・ジャバウォック、二人のちょっとした女子トークに、ライト達は平静を装いつつも内心で驚いている。
高位の竜族の美観は、正直ライト達にはよく分からない。
しかし、フレア・ジャバウォックに言わせれば『リンリンちゃんは美形で可愛いから、どこに行ってもモテモテ!』らしい。
かつてともに不思議の街に遊びに出かけた際、いつもリンドブルムはひっきりなしにナンパされていたのだとか。
俄には信じがたい話だが、フレア・ジャバウォックの大真面目な表情を見るにそれは真実なのだろう。
するとここで、フレア・ジャバウォックがパッ!と顔を上げてリンドブルムに提案をし始めた。
『じゃあ、今から皆で不思議の街にお出かけしてみない? ヨトゥンの布団の交換とかしなくちゃならなくて、そろそろ街にお買い物をしに行こうと思っていたところなの』
『あら、不思議の街でお買い物? それはいいわねー。私も久しぶりに不思議の街に行きたいわ!』
ナンパの話の流れから、不思議の街に出かける案が浮上した。
実際に街に出かけてみればリンドブルムのモテ具合が分かるし、そのついで?に自分達の買い物の用事もこなしちゃおう!という一石二鳥の案である。
『ファフ兄、フレジャちゃんと不思議の街にお買い物しに出かけてもいいわよね?』
『うむ。ヨトゥンのためのものを買いに行きたいという話は、前から出ていたしな。そしたら私と父上も護衛についていこう。父上、よろしいですか?』
『もちろん。ただ、ヨトゥンはどうするのだ? まさかヨトゥンも不思議の街に連れて行くのか? ここで留守番させるにも、誰かがついていてやらねばなるまい』
『むぅ……幼いヨトゥンを不思議の街に連れて行くのは、さすがに早計ですな……』
リンドブルムの確認に、一度は快諾したファフニール。
その直後のラーデの問いかけに、一転して渋い顔になった。
まだ生後二ヶ月にも満たないヨトゥンガルズ、不思議の街に連れて行くのは不安が募る。
かと言って、ここで一人置き去りにして留守番というのはもっとあり得ない。
その後ラーデとファフニールが散々話し合って、ファフニールがヨトゥンガルズの子守りをしつつここで留守番、ということになった。
それは『育児に励む妻に、ひと時の息抜きをさせてやりたい』と同時に『ライト達客人に留守番をさせるのも申し訳ないし、せっかくならラーデとともに不思議の街を観光したい』という理由であった。
そのおかげで、ライト達も不思議の街に連れていってもらえることになったのだ。
『レオニス、ラウル、父上と我が妻の護衛をくれぐれも頼む』
「ああ、任せとけ」
『正直我が妹のことはどうでもいいが、一応気にかけてやってくれるとありがたい』
「ぉ、ぉぅ……」
父と妻を案じるファフニールに、護衛を託されたレオニスが力強く頷く。
その案じる者の中に妹のリンドブルムが含まれていないのは、ご愛嬌というもの。
『じゃ、いってきまーす!』
最も張り切るリンドブルムを先頭に、ライト達は洞窟を出ていった。