軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1689話 精霊達の逆襲

今のフェデリコは全く目が見えない状態で、突如現れた何者かの姿を目視することもできない。

しかし、自分の目の前にいる何者かが途轍もない力を持っていることだけは分かる。

全身の肌を無数の針先で刺すような、チリチリとした痛み。それを感じさせる膨大な気は、殺気と呼ぶのも生温い苛烈さを放っていた。

フェデリコの全身から、冷や汗とも脂汗ともつかない汗が噴き出す。

これ程の恐ろしい圧を出せるのは、神仏や上位の精霊といった高位の存在しか考えられない。

しかもそれは、自ら闇の女王と名乗った。

こんな壮絶な圧を放てるのだから、それは嘘偽りではなく本当に闇の女王なのだということをフェデリコも認める他なかった。

「闇の女王様が、俺のような者に一体何の用だ?」

『貴様、本当に何も分からぬと申すか?』

「…………氷の洞窟と、炎の洞窟の件か」

『何だ、分かっておるではないか。無駄にしらばっくれおってからに』

「………………」

闇の女王の目的を探るため、一度は何も知らぬふりをして問いかけたフェデリコ。

だがしかし、闇の女王のさらなる冷酷な目と凄まじい圧に観念した。

この圧倒的な存在を前に、嘘を貫き通せることなど不可能だ―――フェデリコは本能的に察知していた。

「……で? 闇の女王様が直々に俺を裁きに来たってのか? そりゃ光栄なことだ」

『貴様を裁く? そのようなことはせぬ。貴様を裁く権利があるとしたら、それは貴様と同じ人族であろうからな。ただし……人族が用いる法とやらでは、貴様を裁くことは難しいそうだな?』

「へへっ……何だ、闇の女王様も分かっていらっしゃるじゃねぇか」

闇の女王の問いかけに、フェデリコが下卑た笑いを浮かべる。

今闇の女王が言ったことは全て事実だ。

先日レオニスがプロステス領主のアレクシスにあって炎の洞窟での事件を報告した時に、アレクシスは『闇ギルドへの依頼が明らかになったとしても、ダリオ個人を罪に問えるかどうかも微妙』『そもそも現状では、精霊捕縛に関する刑罰自体がない』と、それは悔しそうに語っていた。

そしてそれはフェデリコも十分承知していたことであり、今回の事件に関しては厳しい処罰を受けることなど絶対にないと確信していた。

だからこそフェデリコは、己の勝ちを確信して下卑た笑いで闇の女王を嘲ったのである。

しかし、フェデリコは大きな過ちを犯していた。

そのことを闇の女王が薄ら笑いとともに指摘する。

『だが、それは吾ら精霊にとっても同じこと。むしろ好都合とすら言えよう』

「……?? 何のことだ??」

『吾らがここで貴様に何かをしたとて、人族にそれを咎める資格などあると思うか? そもそも吾らに人族の法を強いることなど、できるはずもなかろう』

「ッ!!!!!」

闇の女王の至極真っ当な指摘に、フェデリコの顔が瞬時に青褪めた。

フェデリコが精霊捕縛に関する法律がないことを盾に罪を逃れるならば、闇の女王だってフェデリコに危害を加えたとしても無罪になって当然だ。

というか、そもそも精霊が人族の法律に付き合ってやる義理などない。

極端な話、精霊側が『こいつが犯人だ』と推定有罪で勝手に断罪し、逆襲されてもおかしくはないのだ。

フェデリコが気づかなかった盲点にして誤算、それは『逆もまた真なり』であった。

事ここに至り、ようやくそのことに気づいたフェデリコ。

身体がガタガタと震え、再び冷や汗とも脂汗ともつかない汗がダラダラと全身に流れる。

「……お、俺が悪かった。あんな奴の依頼を受けたばっかりに、あんた達精霊に迷惑をかけちまった……許してくれ!この通りだ!」

フェデリコがいきなりガバッ!と土下座し、闇の女王に許しを乞うた。

しかし、精霊にとって人族の土下座など何の意味も価値もない。

闇の女王が心底呆れた声で、吐き捨てるように呟いた。

『何とまぁ、見苦しい命乞いよの。貴様のような輩の命など、道端に落ちる路傍の石よりも不要だというに』

「な、なら……俺を殺さないでくれるのか?」

『フン、貴様には死すら温情になるからな』

「…………???」

闇の女王の言っていることが、フェデリコには今一つ理解できない。

怪訝そうな顔をしているフェデリコに、闇の女王が耳元でそっと囁いた。

『貴様は今、白だけが見えているだろう? それはな、吾が貴様の目から 闇を取り上げた(・・・・・・・) からだ』

「……!?!?!?」

『生きとし生けるもの、全てに昼と夜がある。そして大抵の生き物は闇を恐れるが、闇とは何も恐怖をもたらすばかりではない。眠りとともに安らぎを得るためのものでもあるのだ』

「………………」

闇の女王が囁く妖艶な声は、フェデリコを絶望のどん底に突き落とした。

フェデリコの視界が突然真昼の太陽のように白い世界になったのは、闇の女王がフェデリコから闇を奪い取ったからだった。

人族は基本的に昼行性の生き物であり、昼間に活動して夜は睡眠を取り休息するものだ。

だがフェデリコは、闇の女王の怒りを買ったことで闇を得ることができなくなった。

つまりフェデリコは、生きている間永久に夜を過ごすことが叶わなくなったということだった。

『吾の姉妹に手を出すような輩に、吾の領分である夜をのうのうと過ごす権利など絶対に与えぬ。未来永劫、夜という安寧の来ぬ日々を味わうがよい』

「……ま、待て……待ってくれ……」

『ああ、あともう一つ。今から光の女王がここに来て、貴様の目から昼を奪う予定だ。喜べ、貴様が演じていた盲目を真に得られるぞ』

「頼む……後生だから、勘弁してくれ……」

『もっとも? 夜と昼を奪われた目に、一体どのような世界が映るのかは……さすがに吾でも全く想像がつかんがな!』

残酷な真実を告げながら、実に愉快そうにきゃらきゃらと笑う闇の女王。

その後闇の女王は、すぐにクロエの胸元にあるブローチの黒水晶の中にシュルン!と入っていった。

そしてそれと入れ替わるようにして、独房の外側にある廊下の薄暗い灯りから光の女王が現れた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

『あ、光の女王さんだ。こっちよ、こっちー!』

『ああ、こちらにいらっしゃいましたか。お二方とも、お久しゅうございます』

『うむ、このような時間にわざわざ来てもらってすまぬな』

『お気遣いは無用です。もとより闇の姉様の頼みとあらば、何でも聞きますが……特に此度の件は、我ら姉妹全員の問題でもありますから』

クロエの呼びかけに、光の女王がスススー……とフェデリコの独房に入ってきた。

全身が光り輝いて、眩いばかりの光を放つ光の女王。

クロエと闇の女王との再会を喜びつつも、その顔は非常に険しい。

そしてその険しい表情のまま、石造りの床の上で呆然と座り込んだままのフェデリコをちろり、と見遣る。

『これが、此度我ら姉妹に仇なした愚物ですね?』

『うむ。こいつが実行犯を差し向けた奴で、さらにそれを指示した者が背後にいる、とのことだ』

『闇の姉様の仕置きはもうお済みなのですか?』

『ああ、吾からの仕置きは先程完了した』

『では、お次は私の出番ですね』

『うむ、頼んだぞ』

『お任せください』

クロエのブローチの中にいる闇の女王と打ち合わせのような会話をする光の女王。

その後すぐにフェデリコの前に立ち、右手をフェデリコの顔の前に翳した。

「ッ!?!?!?」

もはや事態の理解に追いつけないフェデリコに、さらなる異変が起こった。

先程まで白だけの世界だった視界が、突如モノクロの砂嵐に変化したのだ。

これは、光の女王が闇の女王と同じようにフェデリコの目から昼、つまりは光を奪い取ったことによって起きたものだった。

闇の女王から夜を、光の女王から昼を奪われたフェデリコ。

もはやその目は全ての色を失い、何一つ形作ることはなかった。

しかし彼の絶望は、これだけでは終わらなかった。

『さて、そしたら最後の仕上げはワタシの出番ねー♪』

この場に似合わぬウキウキとした弾む声で張り切るクロエ。

光の女王がフェデリコの前をクロエに譲る形で、檻の柵がある廊下側の方に移動した。

そしてクロエがフェデリコの前に立ち、右手の人差し指をフェデリコの額のど真ん中に突き立てた。

『お前、私の大事な仲間である朱雀君を虐めたんですってね? しかも、ママの姉妹である氷の女王さんに迷惑をかけただけでなく、炎の女王さんにまで大怪我を負わせるなんて……絶対に許さない』

「………………」

『しかも、パパのお仕事の邪魔までしてるなんて……ホンット、許せない!』

「…………???」

闇の女王、光の女王に続き、またも 自分(フェデリコ) の前に現れた何者か。

全ての視力を失ったフェデリコには、クロエが何者かなどもはや分かる術もないし、抗う気力もとうに尽き果てていた。

だがそれでも、二人の女王とはまた違う圧倒的な存在感だけはひしひしと伝わってくる。

こいつは一体、何者だ?

……いや、そんなこと、今更どうでもいいか……

精霊の女王達の怒りに触れて目が見えなくなった俺に、これ以上の不幸などもう起こりようもないんだからな……

半ば自嘲気味に考えていたフェデリコ。

しかしその考えは甘かったことを、この後すぐに思い知ることになる。

クロエがフェデリコの額に突き立てた人差し指が、何とフェデリコの頭の中にそのままズブズブと入っていくではないか。

人の額に指が埋もれていくというのは、なかなかにホラーな図である。

しかし不思議なことに、額の皮膚が破けたり穴が開いて血や脳ミソが噴き出すなどの異変は全くない。どうやら出血や頭蓋骨破壊といった肉体的損傷は全く起きていないようだ。

だが次の瞬間、それまで無気力だったフェデリコの身体がビクン!と跳ね上がった。

そしてすぐに大声で絶叫し始めた。

「うがああああぁぁぁぁッ!!!!!」

まるで陸に揚げられた魚のように、七転八倒で転げ回るフェデリコ。

ベッドの側面や独房の壁に何度も身体を強く打ち付けているが、全くお構いなしで転げ回り続けている。

『上手くいきましたか?』

『もちろんよ♪ これでこいつは一生嘘がつけないし、人から聞かれたことには全て答えることしかできない身体にしてやったわ!』

『さすがです』

『♪♪♪』

闇の女王の問いかけや光の女王の絶賛に、クロエが得意げな顔で応えている。

クロエがフェデリコに施したのは、彼女の固有能力である洗脳を少しアレンジしたもの。

その内容は『嘘がつけなくなる』『聞かれた質問には全て嘘偽りなく答える』というものである。

何故クロエがそんなことをしたかと言うと、この後人族の間で開かれるという裁判でフェデリコに真実を吐かせるため。

そしてそれは、ひとえにクロエがパパと慕うレオニスの役に立ちたい一心での行動であった。

『ねぇ、ママ、これでパパも喜んでくれるかなぁ?』

『もちろんですとも。あの者は世界一、いや、宇宙一親孝行な娘を持つ果報者です』

『ウフフ♪ 今度パパに会ったら、いーっぱい褒めて貰おうっと♪』

終始ご機嫌な様子で会話するクロエと闇の女王。

そんな仲睦まじい二人を、光の女王も嬉しそうにニコニコ笑顔で見守っている。

そうした和やかな空気とは裏腹に、フェデリコだけはずっと床の上をもんどり打ち続けていた。

…………

………………

……………………

先程闇の女王とともに現れた、謎の誰か。

その誰かの指が額に触れ、フェデリコの中に容赦なく入っていった数瞬後。

フェデリコの失われた視界に、降って湧いたようにそれは現れた。

砂嵐だけの世界に現れたもの、それは『目』。

赤と紫のマーブル模様の虹彩と金色の瞳孔、白目の部分が漆黒の大きな瞳がフェデリコを見つめていた。

「ッ!?!?!?」

明らかに人間のものではない、異形の目が現れたことにフェデリコは心底度肝を抜かれる。

しかもそれは一つ二つだけではなく、次から次と湧き続けていった。

赤紫と金色の黒い目が、フェデリコを真っ直ぐ捉える。

見るからに禍々しい目は際限なく増え続けていき、それまでフェデリコの視界を占めていた砂嵐が完全に消え失せて、今度は異形の目で埋め尽くされた。

十や二十では到底きかない、百とも千とも思える無数の目。

異形の目の全ての視線がフェデリコに注がれ続けていった。

そのあまりにも悍ましい光景に、フェデリコの精神はついに限界を超えた。

……………………

………………

…………

「ぎゃーーーッ!や、やめろーーー!」

「来るな!あっちに行けーーー!」

「こっちを見るな!やめてくれーーーーーーッ!!」

「誰か、誰か助けてくれーーーーーーッ!!!!!」

何もない空中に向かって、フェデリコが必死に両手を振り回して払い除けようとしている。

彼の目にはクロエの瞳と同じ目が無数に見えているのだが、そんなことは普通の人間には全く分からない。

あまりにも大騒ぎし続けるフェデリコに、さすがに見張り兵も無視はできず再び廊下の向こうから複数の見張り兵が駆け寄ってきた。

バタバタと足音を立てて独房に近づいてくる様子に、光の女王が足音のする方向を見ながら呟く。

『あら、何人かの人族がこっちに来てますわね』

『やるべきことは成したし、もはやここに用はない。ココ様、とっとと帰りましょうぞ』

『うん!光の女王さんもお疲れさまでした!』

『闇の姉様、ココ様、また夜明けか夕暮れ時にお茶会しましょうね』

『うん!』『うむ』

人族に囲まれて面倒なことになる前に、とっとと退散を決め込んだ闇の女王達。

言葉少なながらも再会の約束を交わし、瞬時にその場から姿を消していった。

その後入れ替わりで現れた見張り兵達が目にしたのは、失神して床に仰向けで倒れたフェデリコ。

独房の中で全力でもんどり打ち続け、あちこち傷だらけになったフェデリコの顔は想像を絶する恐怖で歪みきっていた。