軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1688話 絶望に染まるフェデリコ

「な……何だ、これは一体……??」

目の前の光景が突如真っ白な世界に変わったことに、戸惑い狼狽えるフェデリコ。

殺しを請け負う闇ギルドのトップの彼が、こんなにも顔に出して驚くのは実は珍しいことなのだ。

しかし、そこは腐っても闇ギルドの頭領。すぐに思考を切り替えて状況把握に努め始めた。

一体何がどうなってやがる……俺は今さっきまで、牢屋にいてベッドに寝転んでいたはずなのに……

もしかして、誰かに強制転移移動させられたのか?

……いや、それはあり得んな……ここはラグナロッツァ警備隊の拘置所だ、建物全体に部外者の魔法行使禁止の術がかけられている。

ならば、部外者が何らかの方法で俺の身柄を確保すべく無理矢理転移させた?

……それもないな、国の機関と正面切って戦ってまで俺を救出したい奴なんている訳がない。

となると……本当に訳が分からん、何がどうなってやがるんだ……?

フェデリコはあれこれ思案していたが、何をどう考えてもさっぱり意味が分からない。

しかし、無闇にキョロキョロと周囲を見回しているうちに、フェデリコは恐ろしいことに気づいた。

自分の身体が見えない(・・・・・・・・・・) のだ。

一番最初に感じた違和感は、自分の足が見えなかったこと。

ベッドから飛び起きて胡座で座っている今、普通なら周囲を見回しているうちにどこかで必ず視界に自分の足が映るはずだ。

しかし、フェデリコが首を真下を向けても自分の足が見えない。

暗い独房の中ならいざ知らず、この真っ白い世界で自分の身体が見えないなど絶対にあり得ないのに。

フェデリコは慌てて両手で自分の顔を触った。

両手で頬を触ると、確かに自分の顔に触れている感覚がある。

そのままペタペタと触り続けるフェデリコ。

鼻、口、瞼、額、顎、耳、頭部にある全てのパーツの触感が手のひらに感じられたことに、フェデリコは心底安堵した。

しかしフェデリコは、その後すぐに再び落胆と絶望に襲われることになる。

手のひらを見つめようとして、改めて己の顔の前に持ってきても全く見えなかったのだ。

それはまるで、自分が透明人間にでもなったかのような奇っ怪な事態。

一体何故、どうしてこんなことになっているのか。

フェデリコは全く分からず、半ばパニック状態でガバッ!と立ち上がりながら叫んだ。

「ここは何だ!誰か!誰かいないのか!?」

立ち上がって前に駆け出したフェデリコ。

しかし、二歩目でガクン!と態勢を崩して前のめりに倒れ込んだ。

ベッドから飛び出して、そのまま足を踏み外したのだ。

そしてフェデリコは、ベッドの足元から少し離れたところにある独房の柵に頭や顔を強かにぶつけた。

「ぐわっ!」

見えない柵におでこをぶつけ、その勢いのまま床に転げ落ちた衝撃でフェデリコが思わず叫んだ。

けたたましい音や叫び声を見張り兵が聞きつけて、バタバタと駆け込んできた。

「何だ、何をしてるんだ?」

「だ、誰かそこにいるのか!?」

「ったく、何を騒いでいるんだ。静かにしろ!」

「助けてくれ!突然目が見えなくなっちまったんだ!!」

「あァン? お前の方こそ、突然何を言い出してんだ?」

狼狽えながら縋るように訴えるフェデリコ。その額には、柵に頭をぶつけたせいで大きなたんこぶができていた。

その狼狽ぶりに、見張り兵が呆れたように返している。

見張り兵にしてみれば、独房に収容されている犯罪者の言うことなど真面目に聞くに値しないことのようだ。

見張り兵は、独房の中と柵の前を一通りジロジロと見回してからフェデリコに声をかけた。

「寝ぼけてないで、さっさと寝ろ」

「ち、違うんだ!俺は寝ぼけてなんていねぇ!」

「はいはい……とっ捕まってまで盲目の芝居を続けるとか、ご苦労さんなこって」

「信じてくれ!芝居なんかじゃねぇんだ!」

フェデリコの必死の訴えなど耳を貸すことなく、一笑に付す見張り兵。

フェデリコが騒いでいる以外に異常がないことを確認すると、そのまま戻っていってしまった。

独房に再び静寂が戻り、石造りの床にペタリと座り込んだまま呆然とするフェデリコ。

ふと座り込んだ床の感触に気づき、周囲に何かないかと手探りでゆっくりと手を動かすと、何かに手が当たった。

それをペタペタと触ってみると、四角くて大きなもの―――ベッドであることが分かった。

その後もしばらく手探りで動いていくと、独房の檻の柵やベッドの反対側の壁があるのも分かった。

どうやらここは自分が収監されている独房の中だ、ということをフェデリコは理解した。

やはりどこかに強制転移させられた訳ではなく、 自分(フェデリコ) の視力に問題が起きたらしい。

すると、静寂の中にクスクスと笑う声が微かに聞こえた。

「!?!?!? ま、また誰かいるのか!?」

フェデリコはガバッ!と後ろを振り返ったり、上下左右をキョロキョロと見回した。

しかし、やはり白だけの世界に見えるものは何一つないままだ。

そんな中、クスクスと笑う声だけが次第に大きくなっていった。

その声は若い女のもので、一人だけでなく三人とか五人以上の複数いるように聞こえる。

そしてその笑い声は、間違いなくフェデリコに向けられたもの。

自分が嘲笑われていることに気づいたフェデリコ。苛立ちを隠すことなく怒鳴り声を上げた。

「貴様ら!誰だか知らんが、よくもこのフェデリコ様を笑いやがったな!ここを出たら真っ先に殺してやる!首を洗って待ってることだな!」

『『『………………』』』

フェデリコの恫喝に、それまでクスクスと笑っていた何者かの声がピタリ、と止まった。

しかしそれは、フェデリコの脅しに屈したのではない。

目に見えない何者かの視線は嘲りから侮蔑に変わっていき、再び小さな笑い声が響き始めた。

『ププッ……コノ人間、オッカシーイ』

『プププ……オカシイノハ、ソノ、汚イ魂、ダケジャ、ナクテ、実ハ、頭ノ方、ダッタノネー』

『アハハハハ!笑エルーーー!』

『『『キャハハハハ!!』』』

小さな笑い声は次第に大きくなっていき、最終的には大爆笑の渦が巻き起こっていた。

フェデリコを嘲笑う声だけがフェデリコの耳に届き、頭の中で木霊のように無限に響き渡り続ける。

誰もいない白い世界で、たった一人取り残されたフェデリコ。

闇ギルドのトップにまで上り詰めた彼がこれまで生きてきた中で、こんなにも底知れない恐怖を感じたことはなかった。

狂気に満ちた笑い声の渦に、フェデリコは恐怖で蹲りながら呟いた。

「……も、もうやめてくれ……」

フェデリコが弱々しく呟いた瞬間、笑い声が再びピタリ、と止まった。

しかし、フェデリコには先程のように恫喝する気力など残っていなかった。

がっくりと項垂れるフェデリコ。しかしその目には、床も自分の手足も未だに何一つ映らない。

そしてフェデリコの耳に、再び何者かの小さな囁き声が聞こえてきた。

『女王様のお出ましよ』

『ア、ホントダ。女王様ー♪』

『まぁ、 あの御方(・・・・) もいらっしゃったのね』

『ココタマー♪』

フェデリコの目に映らない何者か達の声が弾み、それらとは違う強大な気配が新たに二つ現れた。

それは、闇の女王と暗黒神殿守護神クロエだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

突如現れた、強大な気配を漂わせる何者か。

しかし、フェデリコは項垂れたままピクリとも動かない。

頭を上げる気配が一切ないのは、その何者かを見ようとしても徒労に終わることが本能的に分かっている故か。

完全に無気力なフェデリコに、先に声をかけたのは闇の女王だった。

『……ふむ。貴様が我が姉妹を陥れようとした輩か』

「………………」

『何だ、この程度のことでもう心が折れたか。他愛のない奴だ』

「………………」

『もう少し仕置きが要るかと思ったが……これなら不要か』

「………………」

もはや言葉を発する気力もないフェデリコに、闇の女王が一方的に独りごちるような格好の会話となっている。

しかしここで、フェデリコが徐に口を開いた。

「……お前が、俺に、何かしたのか……?」

『ン? だとしたら何だと言うのだ?』

「ふざけるな!元に戻せ!……いや、そもそもお前は誰だ!!何故俺にこんなことをする!?」

闇の女王の声がする方向に向かって、突如フェデリコが大声で叫びながら飛びかかるように動いた。

それは、失った視力を取り戻そうとするフェデリコの無我夢中の足掻きか。

しかし闇の女王は、フェデリコの必死の抵抗をヒョイ、と難なく躱した。

目が見えない状態のフェデリコは、飛びかかった勢いで独房の壁に頭や肩を思いっきりぶつけた。

「ガッ!!」

石造りの壁に全力で体当たりしたフェデリコ。

たんこぶができていた額が切れて、切り傷や擦り傷から血が滲み出てきている。

なかなかに痛々しい図ではあるが、闇の女王がフェデリコに同情することなど一切ない。

ふわふわと宙に浮いたまま、まるで汚物でも見るかのような侮蔑の眼差しでフェデリコを見下ろす。

『何故こんなことをするか、だと? 貴様にそのようなことを口にする資格があるとでも思っておるのか?』

「……うるせぇ!資格がどうのとか、一体何の話だ!」

『……貴様は未だに己が立場を理解しておらんようだな』

フェデリコの不遜な態度に、苛立ちを隠そうともしない闇の女王。

そんな彼女に、クロエが小声でアドバイスをした。

『ねぇ、ママ。こいつ、ママが誰だか分かってないでしょ。だって今のこいつは、まともに目が見えてない状態なんだし』

『……ああ、それもそうですな』

フェデリコに聞こえない程度の小声でゴニョゴニョと会話するクロエと闇の女王。

クロエのありがたくも適切なアドバイスを受けて、闇の女王が改めて名乗りを上げた。

『仕方がない。愚かな貴様にも分かるよう、吾の方から名乗ってやろう。吾は闇の女王。全ての闇を司りし 精霊(もの) 』

「……ッ!!!!!」

目の前にいるであろう強大な者。

その正体が闇の女王と知ったフェデリコは全てを悟る。

そして全てを悟ったフェデリコの顔は、みるみるうちに絶望に染まっていった。