軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第167話 思考の海

ブレイブクライムオンラインのNPCである『鮮緑と紅緋の渾沌魔女ヴァレリア』。彼女は冒険ストーリーのかなり後半部分に出てくる。

彼女と初めて出会った場所は、廃都の魔城の入口付近。

殷紅色のローブのフードを深く被っており、名前も顔も伏せられた状態での登場だった。その時の彼女の発言は

『君、この城に入るの?とても危険だよ』

それしか喋らなかったが。

そして、次にヴァレリアに会うのは魔城の最深部。ライトが夢で見たシーンである。

四帝のいる各部屋に行けるようになるフラグを全て整え終えると、突入する前に彼女が現れるのだ。

あの時、ヴァレリアは何を語ったんだっけか……思い出そうにもなかなか思い出せないライト。

今から二度寝すれば、夢の続きが見られるかな?とも思ったが、残念なことに今日の出来事を書き綴るうちにすっかり眠気は飛んでしまっていた。

『……ダメだ、どうにも思い出せん』

『そもそもあのゲーム、冒険ストーリー更新は年単位で放置され続けてたからな……』

『今じゃもう大まかな流れしか思い出せん……いや、大昔の小さな頃に書き溜めておいた覚書に何か書いた、かも』

『一応読み返してみるか……』

生後半年にも満たない頃に、この世界が自分の愛したドマイナーソシャゲの世界であることに気づいたライト。月日の流れに伴い薄れゆくであろうゲームでの様々な記憶や思い出を、少しでもこの世界に繋ぎ留めておくために幼少時に懸命に書き留めていたのだ。

何十枚も書き溜めたその覚書は、誰にも見つからないように複数の本に密かに挟ませてある。

ライトは自室の本棚の前に立ち、それらの本を手に取りかつての自分が書き記した数々の覚書を取り出した。

一通り目を通してみたが、季節限定イベントや職業のルート、スキルの詳細、限定スキルの入手方法等が主に書かれてあり、冒険ストーリーに関してはストーリーを進行させるためのフラグ成立条件や迷宮のような魔城の正解ルートくらいしか書かれていなかった。

だが、その中にはストーリー上で出てくるキャラクターの名前が書き留めてあった。

廃都の魔城の四帝【賢帝】【愚帝】【武帝】【女帝】の他、ヴァルシーニ、シェリカ、ピスティス、ソフィア、ルフタ等々。冒険ストーリーの様々なシーンを彩るキャラクター達の名前が、冒険ストーリーでの出現場所の横に添えるようにして書いてある。

そしてその中には、ヴァレリアの名もあった。

『はぁー……さすがに冒険ストーリーでの細かい台詞までは書いてなかったか……』

『そもそもスキルや職業のように、この世界で生きていく上で直接深く関わりそうな重要な要素ならともかく、ゲーム内の冒険ストーリー知識がこの世界でどれだけ役に立つか全く分からんかったからなぁ……』

『だが……こうして改めて読み返してみると、思い浮かぶ情景も結構ある……何にせよ、書き留めておいて良かった』

かつてそれらの記憶を懸命に書き綴り続けた、幼き日の自分に感謝するライト。

一通り読み終えた後、覚書を再び複数の本に分けて仕舞うために書類をいくつかの束に分けてから、本に順次挟んで収めていく。

最後の数枚を仕舞おうとしたところで、一枚の紙が手からこぼれ落ちて床に落としてしまった。

おっとっと、と言いつつライトは慌ててその紙を拾い上げる。その時に、紙の記述にあったとある単語が目に飛び込んできた。

幼いライトの拙い字で書かれた『無限の手』と『無限の氣』という言葉。

それを目にしたライトはしばらく時が停止したかのように固まり、その顔はじわじわと驚愕の色に染まっていく。

『無限スキル……その手があったか!!』

その紙を震える思いでライトが見つめていると、部屋の扉からコンコン、とノックする音が聞こえてきた。

ライトは慌てて最後の覚書の束を再び本の間に挟み、その本を素早く本棚に戻す。

本棚に本を押し込んだ瞬間、レオニスが部屋に入ってきた。

「お、ライト、起きてたか?」

「あっ、レオ兄ちゃん。おかえりなさい、ぼく何だか疲れて寝ちゃってたみたい」

「そうだな、ここ最近ずっと忙しかったもんな。昼寝したら少しは疲れ取れたか?」

「うん、寝て起きたらお腹空いてきちゃった」

「そうか、そりゃ良かった。ちょうど晩飯できたところだから様子を見にきたんだ、じゃあ早速晩飯食うか?」

「うん!」

二人は揃ってライトの部屋を出た。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

夜になり、いつものように寝る準備を済ませてベッドの中に潜るライト。

だが、昼から夕方にかけて寝てしまったので目はギンギンに冴えたままで、眠気も一向にこない。

故に、ライトは布団の中で思考の海に沈むことにする。

一人潜る思考の海で、今宵取り上げるべき議題は唯一つ。

『【無限の手】と【無限の氣】、どちらかひとつでもあれば職業習熟度上げがかなり捗るよなぁ』

『できれば【無限の氣】の方がいいが……というか、今の俺じゃ多分氣の方しか使えんな』

『何としてでも【無限の氣】を入手したいが……さて、どうするべきか』

ライトが夕方に読み返した、ブレイブクライムオンラインでのあれやこれやを書き記した中にあった【無限の手】と【無限の氣】。

これは『SP消費ゼロ』という、かなり特殊なスキルである。

本来ならば、スキルとはHPやMPの他にもSPを1なり2なり消費して発動させる技である。

だが、SPは初期値で20しかなく、SP1のスキルでも一度に使えるのは20回分しかない。しかもスタミナ制であるSPの回復は、自然回復することはするが1分間に1しかなく1時間で使えるのは最大でも60回分。

とにかく非常に効率がよろしくないのだ。

だが、職業をマスターするには職業習熟度を上げていかなければならない。そしてその職業習熟度を上げていくには、戦闘で入る通常の経験値ではなく『SPを行使すること』が絶対条件なのだ。

つまり職業をクラスアップさせるには、兎にも角にもスキルを使い続けることが必要なのである。

そこで最も役に立つのが、今日ライトが目にして思い出した【無限の手】【無限の氣】という、SPを一切消費しない特殊スキルだ。

この二つの違いはどこにあるかというと、攻撃手段の属性にある。

【無限の手】は物理系で、【無限の氣】は魔法系なのだ。

物理系の【無限の手】はSP消費ゼロの代わりにHP50を消費し、魔法系の【無限の氣】はMP50を消費する。

そして、ここで悲報と朗報の両方が同時に発生する。

ライトはまだ狩りや冒険ができる年齢ではないので、戦闘による経験値はほとんど入らない。故にレベルは常時一桁でHPが低く3桁もないのだ。

故に、HP消費型の物理系【無限の手】は頻繁に使うことは不可能に近い。これが悲報。

だが、その悲報を覆すのが【無限の氣】の存在だ。

MP消費型の魔法系【無限の氣】ならば、戦闘経験もなく各種ステータスもまだ低い現時点でも100回以上は打てるのである。

何しろライトは赤子の頃からカタポレンの森の濃い魔力に日々晒され、鍛えられ続けてきた。以前マイページ発見時に見たステータスデータでは、その時点で既にMP数値が5000を超えていたのだ。

カタポレンの森に育まれた魔法防御力の影響により、8歳児のライトはMPお化けとなっていた。

しかもMPならば、エーテル等の比較的入手しやすい回復剤に頼ることができる。

スタミナ制のSPのように、自然回復を待つ必要もないのだ!

そうなれば、俄然【無限の氣】を入手したいところである。

ライトはイベントの詳細を記憶の底から手繰り寄せ、策を練り始めた。