作品タイトル不明
第1615話 ダリオの苦難・その二
その後ダリオは、一ヶ月程待った。
これは、己の欲望に忠実な彼にしては相当おとなしくしていた方である。
というのも、家の者に『冒険者ギルドで依頼を出した際に、たくさんの冒険者に依頼を見てもらうためには最低でも一ヶ月以上は様子見するべき、と言われた』と伝えられたからだ。
そしてダリオは冒険者ギルドのアドバイスや家の者の進言に従い、きっちり一月待った。
だが、それでも自分が出した依頼を引き受ける者は出てこなかった。
他の街ならともかく、ラグナロッツァを拠点とする冒険者達は皆乙女の雫の相場を知っていたからだ。
ダリオは常に冒険者のことを見下していたが、冒険者達の情報網を侮ってはいけない。
特に乙女の雫に関しては、その出処は金剛級現役冒険者のレオニスである。
他の街ならともかく、ラグナロッツァを拠点とする冒険者達は【水の乙女の雫】が2000万G、【火の乙女の雫】は3000万Gで落札されたことをレオニスから聞いていた。
そのため、ダリオや他の者が挙って出していた乙女の雫の採取に関する依頼は冒険者達に鼻で笑われて終わりだった。
自分が出した依頼が一向に見向きもされないことに、ダリオが怒り狂ったのは言うまでもない。
「どいつもこいつも 巫山戯(ふざけ) おって!貴様らは私を謀るばかりだ!」
「全く……冒険者ギルドなどとデカい面をしておっても、何の役にも立たないではないか!」
「あのような役立たずども、金輪際使ってなどやるものか!」
萎縮しながら報告する家令に対し、八つ当たりをしまくるダリオ。
しかし、ダリオがどれほど怒り狂ったところでどうしようもない。
そもそも普通の人間では、精霊の女王に直接会うどころかその住処に到達することさえ到底できないのだから。
それが可能なのは、実力のある高位の冒険者や魔術師のみ。彼らの協力なくしては、世にも貴重な品々を入手することなど絶対に不可能なのだ。
そのことを家令が懸命に説くも、ダリオは聞く耳を持たず癇癪を起こすばかり。
家令は深いため息をつきながらも、主人の望みを叶えるべく冒険者ギルド総本部での依頼を出し続けた。
報酬額も主人が機嫌の良さそうな時に伺いを立てて、500万Gまで引き上げた。
しかし、その健気な行動が成果を出すことはついぞなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうして時は過ぎ、ラグナ歴が進み一年の月日が経った。
ダリオは黄金週間の鑑競祭り第二部に参加することを早々に決めた。彼の手の者に集めさせた情報によると、今年も乙女の雫が出品されると噂されていたからだ。
そしてその情報の通り、レオニスの出品で【雷の乙女の雫】と【光の乙女の雫】がオークションの目玉の品として出てきた。
それらは彼が前の年に一目惚れした【水の乙女の雫】ではないので、ダリオは少しだけ残念に思った。
だがそれでも、属性の女王の雫ならば【水の乙女の雫】に負けないくらいの煌めきを持っているに違いない―――ダリオは兎にも角にも乙女の雫を手に入れたい一心で、オークションに入札する資金を掻き集めた。
鑑競祭りでのオークションの支払いは、ニコニコ現金払いが鉄則。鑑競祭り第二部終了直後に、オークションの主催者である事務局に落札額全額をその場で納めなければならない。
これは王侯貴族であろうと例外なく適用される。
そのため、ダリオはあらん限りの現金を集めておかなければならなかった。
そうしてダリオが用意できたのが4000万G。
前年出品された【水の乙女の雫】が2000万G、【火の乙女の雫】が3000万Gでの落札。
それを基準に考えたら、これだけあれば十分だ。
できれば乙女の雫を二つとも買い占めたいところだが、さすがに4000万Gでは叶わないだろう。
しかし、最低でも一つは落札できるはずだ―――ダリオはそうほくそ笑んでいた。
そうして迎えた黄金週間の鑑競祭り第二部。
生まれて初めて参加するオークション会場は、たくさんの人でごった返していた。
参加者の半数以上は、ダリオと同じく乙女の雫狙いなのだろう。
ダリオは前の日の夜から召使いを並ばせて、会場の最前列の席を取った。
サンチェス家の流れを汲む高貴な生まれの自分が、他の平民達と並んだり、ましてや人の後ろについて会場入りするなど絶対にあり得ない!という理論である。
そうして陣取った最前列は、舞台にある出品物がホログラムに頼らずとも肉眼でよく見える位置だ。
会場の扉が開放されてから約三十分後に、オークションがスタートした。
鑑競祭り第二部の出だしを飾るに相応しい、一番バッターの【雷の乙女の雫】が煌びやかなワゴンに載せられて、舞台袖から中央に恭しく運ばれてくる。
ダリオが己の目で直に見る【雷の乙女の雫】は、まさに息を呑む程に美しかった。
それはアクセサリーに加工する前の、言わば原石で素の状態の雫。
しかし、かつてダリオが一目惚れした大公妃のティアラにあった【水の乙女の雫】よりもずっとずっと煌めいて見えた。
舞台上では【雷の乙女の雫】の由来や付属品、出品者情報などを解説するアナウンスが流れているが、もはやそんなことはどうでもいい。
ダリオの目は【雷の乙女の雫】に釘付けで、他人の言葉など全く耳に入らない。
欲しい!
何としてもあの乙女の雫が欲しい!
今度こそ……今度こそ絶対に我が手中に収めるのだ!
【水の乙女の雫】に一目惚れしてから約一年が経過した今、ダリオの頭の中は乙女の雫のことしか考えられない。
そうして【雷の乙女の雫】の入札が始まっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
オークションの出品物が全て出終えて、鑑競祭り第二部が無事終了した。
参加者達の大半は出口に向かって歩き、出品物を落札した者は落札金額を事務局に納めるために会場の出入口とは違う方向に向かう。
大半の参加者が会場を出た後も、最前列にいたダリオは動けなかった。4000万Gという大金を用意したのに、目当ての乙女の雫のどちらも落札できなかったからだ。
最大の誤算は、最初に出た【雷の乙女の雫】が4500万Gにまで跳ね上がったことだ。
ダリオは歯噛みしながら手持ちの全額4000万Gまで入札したが、そのすぐ後に4200万Gの入札が入り、最後は4500万Gで決着した。
落札者は、どこぞの豪商らしい。
最初の乙女の雫がこうなってしまえば、大トリに控える【光の乙女の雫】がそれより安く済むことなどほぼあり得ない。
実際【光の乙女の雫】のオークションはものすごい盛り上がりを見せて、落札価格は6000万Gになった。
それでもダリオも4000万Gまで入札したのだが、あっという間に追い越されてしまった。
オークションでの入札が叶わなくなったダリオは、怒りに打ち震えていた。
ここはラグナ宮殿内の施設なので、さすがにこの場で荒れ狂う真似はしなかった。というか、傍についていた護衛が必死に「ここはラグナ宮殿です!」「ここで問題を起こせば、必ずやラグナ大公のお耳にも入りますぞ!」と必死にダリオを宥め続けたおかげでもある。
ともすれば大絶叫して大暴れしたい衝動を懸命に抑え、会場を出て馬車に乗り込むダリオ。
彼の憤怒の形相を見たラグナ宮殿の衛兵や、たまたますれ違った鑑競祭りの事務員など「ヒッ!」と小さく飛び上がるくらいに慄いていた。
そうして自宅の屋敷に戻ったダリオ。
屋敷の中に入った途端、それまでずっと張り詰めた糸がプツリ……と切れたかのように、アーッハッハッハッハ!と大きな声で笑いだした。
その声は次第に狂気を帯びていき、最後には前のめりになり腹を抱えながらヒーッヒッヒッヒッヒ!という気狂いじみた空気を撒き散らしていた。
玄関ホールに迎えに出ていた執事やメイドの顔が、みるみるうちに青褪めて怯えている。
そうして一頻り笑い続けたダリオ。その動きをピタッ!と止めたかと思うと、顔面蒼白で虚ろな目のままふらり……と棒立ちになった。
そして後ろに控えていた家令に、後ろを振り向くことなく命令を下した。
「……『黒』を使うぞ」
「ッ!!だ、旦那様、それは……」
「黒の一を呼べ」
「いけません!大旦那様の許可も無しに あれら(・・・) を動かすのはなりません!それだけは、それだけはどうか思い留m」
「煩い」
ダリオが後ろを振り返り、落ち窪んだ目でギョロリ!と家令を睨みつけて一喝する。
ダリオの一喝の声は理不尽な内容に反して凛としていて、何かを吹っ切ったような清々しささえ感じさせるものだった。
「これ以上煩く囀り続けるなら、その首を切り落としてでも黙らせるが……お前はどうしたい?」
「…………分かりました。黒の一に伝令を出しますので、お部屋にてしばらくお待ちくださいませ」
「分かればよろしい」
家令が命令に従ったことに満足したのか、先程までフラフラとしていたダリオの足取りがしゃんとしてスタスタと歩いていく。
欲しいものを正当な方法で手に入れられないならば、邪道を用いるのみ。
そうだ、最初からそうしていればよかったのだ。
こんな回りくどいことをせずとも、月日を無為に過ごすこともなく済んだのに……
どんな手を使ってでも、乙女の雫を手に入れてみせる―――
ダリオ・サンチェスが底無しの闇に堕ちた瞬間だった。