作品タイトル不明
第1602話 ニルのもう一つの異名
ライトのラグーン学園二学期が始まり、のんびりとした平日を過ごすライト。
しかし、ラグーン学園の初等部は三年生まで。
初等部最高学年ともなると、何かと忙しい日々が続く。
例えば秋の大運動会では、最高学年として気合いが入った出し物になって練習時間も増えるし、冬になって年が明ければ卒業式の準備にも取りかかるようになる。
しかし、ラグーン学園にいる間だけはライトはBCOのあれやこれやから解放される。
と言っても、休み時間の間に職業習熟度上げのためのSP消費作業は欠かさないのだが。
そんな風にライトがのんびりとした平日を過ごしている間、レオニスもまた忙しく動いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時は九月に入ってすぐのこと。
レオニスはラウル、ラーデとともに連日ユグドラツィのもとに通っていた。
それは、過日のライト&ユグドラツィの誕生日パーティーの折に、水の女王とアクアがユグドラツィのために泉を作るという約束をしたことが始まりだ。
水の女王達が泉を作るなら、これまで彼女達とともに二度も泉を作ってきたレオニス達の経験が活きるはず。
親友であるユグドラツィのために、レオニス達も一肌脱ごう!という訳だ。
そして今回の泉の作成には、ラキ達オーガ族も助力することが決まっている。
泉を作るための地面の掘削等の力仕事なら、彼らオーガ族以上の適任者はいないだろう。
誕生日パーティー以降、レオニス達は目覚めの湖の畔で何度も打ち合わせをした。
どこにどんな形の泉を作るか、大きさはどれくらいにするか等、主に設計面を決めるための話し合いである。
いくつか案が出る中で、最も壮大だったのは『ユグドラツィを囲む平地の一番外側を全周ぐるりと取り囲む』という案。
要は城の周りを囲む水堀である。
しかし、さすがにそれは大袈裟過ぎるということで無しになった。
最終的にはユグドラツィの北側に泉を作ることで皆の合意を得た。
北側に作る泉は、縦15メートル、横30メートル、深さ1.5メートルの楕円形。
これだけ大きければ、現在十六体いるハドリー達も全員で水遊びできるだろうし、将来的には五十体や百体くらいに増えても問題なく運用できるはずだ。
大きさ等が決まり、早速ラキ達オーガ族が掘削作業を開始する。
ラキ達オーガ族は基本的にラキとニルが毎回必ず参加、他に力仕事の担い手として里の若者を二人か三人連れてきている。
とはいえ実際に働くのはラキと若者だけで、ニルはいつもハドリー達に囲まれて談笑しているだけなのだが。
ハドリー達が泉作りの邪魔にならないよう、彼ら彼女らの子守りを務めるのもまた立派な仕事のうち、である。
ラキ達が地面を掘り、レオニスとラウルが作った岩でブロックの積み木のように外側を固めて水を貯める器を作る。
そうして泉作りを初めてから三日目に外側の器が完成し、四日目の午前中に水の女王とアクアを招いた。
出来上がった泉の器を見た水の女王とアクアが感嘆している。
『うわぁ、思ったより大きな泉にしたんだねー』
「ああ、ここにはたくさんのハドリーがいるからな。それに、ハドリーだけでなくツィちゃんにもたくさんの良質な水を毎日飲んでほしいし。……って、もしかしてこの大きさだとアクア達に負担がかかるか?」
『あらヤダ、レオニスってば誰に物を言っているのかしら? 私は水の女王で、アクア様は水神なのよ? 私達に作れない水なんてないんだから!ねー、アクア様?』
『うん、水の女王の言う通りだよ。僕達が本気を出せば、この大陸を海の底に沈めることだって可能さ。ただし、そこまでするには数日かかると思うけど』
「ぃゃ、二人ともそこまで本気を出してくれんでいいぞ……」
アクア達の負担になるか?と気遣ったレオニスだったが、逆に水の女王の気に障ってしまったようだ。
さすがに泉を一つ作る程度のことでサイサクス大陸を沈められては敵わないので、レオニスが必死にアクア達を宥める。
今日も水の女王の勝ち気さは絶好調なようである。
『さあ、そしたらこの器に永遠に枯れない泉を作ろうか』
『はい!レオニスもラウルも、私達の力をよーく見てなさい!』
常に沈着冷静でクールなアクアに、自信満々のドヤ顔でレオニス達に注視を促す水の女王。
二人は器の真上に浮き、器の中心に向けて魔力を注いだ。
その瞬間に水の女王とアクアの身体が光り輝き、あっという間に器の中は波々とした清水で満たされていった。
『うわぁ……すごーい!』
『こんなきれいなお水、初めて見た!』
『アクア君、水のお姉ちゃん、ありがとう!』
『私達やツィママのために、こんなに素敵なプレゼントをくれてありがとう!』
『『『ありがとう!』』』
それまでニルの周りで遊んでいたハドリー達が、泉の完成を見て一斉にアクアと水の女王のもとに駆け寄り口々に礼を言う。
わらわらと集まり、水の女王の顔に頬ずりしたりアクアの首っ玉に抱きつくハドリー達。
全身全霊で喜びを表す草木の精霊達に、水の女王やアクアだけでなくレオニスやラキ達の頬も思わず緩む。
そしてハドリー達の後に、ユグドラツィがアクア達に礼を言った。
『水の女王、アクア君、オーガ族の皆さん、レオニス、そしてラウル……こんな素敵な泉を作ってくれて、本当に……本当にありがとう』
『どういたしまして!ツィちゃんは私達のご近所さんで、お友達ですもの!お安い御用というか、むしろ遅すぎたくらいよ!』
『そうだね。僕達、こんなに近くに住んでいる者同士だもの。助け合うのは当然だよね』
ユグドラツィの礼に、水の女王が輝かんばかりの笑顔で頷いている。
アクアも彼女の言葉に全面同意していたが、ふと視線を落として何故か暗い顔になる。
『ていうか、去年のツィちゃんの危機に僕達は駆けつけてあげられなかったのが本当に悔やまれて……本当にごめんなさい。この程度の泉一つで、その時のお詫びになるとは思っていないけど……』
『そうね……私なんて、夜になるとぐっすり寝ちゃうから、そんな大事件が起きていたことすら知らなくて……本当にごめんなさい』
昨年のユグドラツィ襲撃事件について、アクア達がユグドラツィを助けに向かえなかったことを水の女王とともに真摯に謝る。
しかし、それは仕方がなかったということは皆分かっている。
アクアは生後半年を過ぎたばかりの頃だったし、水の女王は基本的に早寝早起きなので日が暮れたらすぐに寝てしまうことも多い。
それにあの時は皆必死で、近所にいる水の女王やアクアに援軍を頼むということすら思いつかなかったのだ。
それら諸々の事情を鑑みるに、アクア達を責める者など一人もいなかった。
「水の女王殿、アクア殿、それを言ったら我らも同罪になりましょう」
「うむ。確かにあの日の夜は、森の中の空気が尋常ではなかったことは儂らも覚えておる。だが、儂らはおかしい、おかしい、と感じていても何もしなかった。儂らもアクア殿達同様に、ツィちゃんに謝らねばならん」
「ツィちゃん、我らも貴女の力になれずすまなかった」
ラキとニル、そして三人のオーガの若者が全員同時に頭を下げて謝る。
ラキが言うように、アクア達が襲撃事件に駆けつけることができなかったことを謝るなら、ラキ達オーガ族もあの戦いに不参加だったのだからユグドラツィに謝罪しなければならない。
謝罪合戦の様相を呈してきたことに、ユグドラツィが懸命に言い募る。
『そんな!あれは夜中に起きたことで、貴方方が謝ることなど一つもありません!というか、アクア君も水の女王も、オーガの皆も悪くないです!……なのに、こんなに皆から謝られてしまったら……私まで悲しくなってきてしまいます……』
最後の方ではしょんぼりとしてしまったユグドラツィ。
ユグドラツィは、彼らを責めたり恨むことなど絶対にないというのに。
するとここで、ラキ達に物申す者がいた。
それは、他ならぬユグドラツィの大親友、ラウルだった。
「あんた達、ツィちゃんを悲しませるとはどういう了見だ? えぇ?」
「い、いや、それは……」
「あの時の我らの不義理を、今ここで謝りたかっただけであってですな……」
「なら、あんた達はもちろんのこと水の女王もアクアも皆これで懺悔は終わりだ。せっかくツィちゃんへの誕生日プレゼントが完成したってのに、これじゃ全部台無しになっちまう」
「「『『…………』』」」
ラウルの正論に、皆ぐうの音も出ない。
今日はユグドラツィへの誕生日プレゼントである新たな泉を完成させるために集まったというのに、最後の締めがこれでは空気が悪過ぎる。
ツィちゃんを悲しませる者は、誰であろうと許さない―――そんなラウルの決意を、レオニスがさらに後押しする。
「そうだぞ、ラキ、ニル爺。水の女王にアクアも、それくらいにしとけ。ツィちゃん自身が水に流してくれるって言ってんだ、素直に受けとけ」
「……そうだな。ここで 蟠(わだかま) りを残すことは、我らも本意ではない」
「うむ。では今日ここに新たに生まれた泉の水で、きれいサッパリ流してしまおうぞ!」
レオニスの言葉に、気を取り直したラキ達。
ここでニルが発した言葉に、レオニスが即座に反応した。
「お? 泉だけに水に流そうってか? ニル爺、上手いこと言うじゃねぇか!」
「うむ。実はな、儂は若かりし頃から『オーガの駄洒落王』の異名を持つのだ」
「ウヒャハハハハ!駄洒落かよ!つーか、何だその面白過ぎる二つ名は!」
「「ワーッハッハッハッハ!」」
「『『『………………』』』」
ニルの駄洒落に、レオニスが大ウケしている。
ニルが『オーガの韋駄天』という二つ名を持つことはレオニスも知っていたが、それ以外にも『オーガの駄洒落王』などという珍妙な異名まで持つとは驚きだ。
レオニスとニル、二人して高笑いしているが周囲は皆ぽかーん……としている。
特にラキに至っては、目を閉じ顰めっ面をしながら右手で額を押さえて項垂れている。
自分達一族の長老の奔放さに、頭を抱えているようだ。
しかし、脳筋族二人の高笑いは先程までの沈痛な空気をいとも簡単に吹き飛ばしてくれる。
その陽気な笑いはいつしか周囲に伝播し、自然とあちこちから笑い声が漏れ出てきた。
『プププ……オーガ族のおじいちゃんって、すっごく面白い人なのね』
「おお、我が 諧謔(かいぎゃく) を水の女王にもご理解いただけたか。これは誠に光栄なことぞ」
『フフフ……僕達が作った泉の水で、過ちを洗い流す……何とも素敵で洒落が利いているよね』
「それもこれも、全ては水神殿が新たな泉を完成させてくれたおかげ。改めて御礼申し上げる」
水の女王やアクアに絶賛されて、とてもご機嫌なニル。
そんなニルの横で、ラキがスーン……とした顔で「これではまたニル爺が調子に乗るではないか……」と呟いている。
自ら『オーガの駄洒落王』と名乗るくらいだ、きっとニルはプライベートなシーンではちょくちょく駄洒落を挟んでいるのだろう。
そうした場面をよく知るラキだからこそ、渋い顔をしていると見える。
そんなラキに、先程まで腹を抱えて笑っていたレオニスが、笑い過ぎて目尻に滲んだ涙を右手人差し指で擦りながら話しかけた。
「ラキ、今日くらいは許してやれ。ニル爺のおかげで、さっきまでの微妙な空気が一瞬で消えたんだからよ」
「ぬぅ……そう言われれば、確かにそうなのだがな」
ウヒャヒャヒャ、と未だに笑うレオニス。
どうやらニルの『オーガの駄洒落王』という妙ちきりんな異名がツボに入ってしまったようだ。
そんなレオニスに、ラキもつられて笑う。
その後もニルを絶賛する者が後を絶たない。
まずはラウルが大真面目な顔でニルに話しかけている。
「ニルさん、今度俺にも駄洒落のコツを教えてくれ」
「おお、ラウル先生、我が駄洒落道を学ぶために弟子入りなさるか?」
『ニルおじいちゃん、駄洒落とかよく分かんないけど楽しいー♪』
「うむうむ。駄洒落とは人生を潤してくれる、素晴らしくも奥深き言葉の綾なのだ」
『ニル、私も駄洒落道を学びたいのですが……ここを動けない神樹の私でも、弟子入りは可能ですか?』
「もちろん!駄洒落講座が必要ならば、いつでも儂がこちらに馳せ参じますぞ!」
ラウルにハドリー、ユグドラツィまでもがニルの駄洒落を褒め称える。
ラウルとユグドラツィに至っては、駄洒落を学ぶためにニルに弟子入りしたい!と本気で考えているようだ。
神樹の周辺に住む者達が、神樹を中心にして集い助け合い、そして笑い合う―――
この素晴らしい光景に、ユグドラツィの枝葉は大いに揺れ動き、喜びに満ちた葉擦れの音を響かせていた。