軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1559話 取り戻した希望

ベスの劇的な回復を喜び合うマクシミリアーノ達。

大の男二人が一切我慢することなく涙を流し続ける様を、嘲笑ったりする者など一人もいない。

ベスは幼子をあやすように夫や息子を撫でているし、レオニスも『エリクシルが病気にも効いて、本当に良かった』と心から安堵している。

するとここで、ふとベスがレオニスの方に顔を向けた。

「ああ、そこの真っ赤な貴方……貴方が、お父様のお友達ね? 先程はろくに挨拶もできなくて、本当にごめんなさい」

「いやいや、気にしないでくれ。あんたはさっきまで床に臥せっていたんだから」

「いいえ、そうはいかないわ。東の里の前族長の妻として、これ以上無様な姿を晒す訳にはいかないの」

ベスが改めてレオニスに挨拶をしたかと思うと、椅子から身体を起こして立ち上がろうとした。

しかし、まだ身体が思うように動かせないのか、苦痛に顔を歪ませながら椅子の手摺に手をついたまま、小刻みに震えている。

そんなベスに、マクシミリアーノが慌てて止めようとした。

「ベス、無理をしないでくれ!君は今までずっと寝たきりだったんだ、そんな急に身体を動かしてはいけない!」

「……貴方、止めないで。私は貴方の妻、貴方の隣に常に並び立つに相応しくありたいの」

「ベス……君って人は……」

歯を食いしばりながら、必死に立ち上がろうとするベスの直向きな姿に、マクシミリアーノはそれ以上何も言えなくなる。

おろおろとしながらも、何かあったらすぐにベスの身体を支えられるように決して傍を離れずに見守っている。

一方でレオニスも、心配そうな顔でベスを見ている。

マクシミリアーノの言うことは尤もで、半年近くも病に冒されて全く歩けなかったベスが今すぐ歩くなど不可能に等しい。

如何にエリクシルが万能薬であろうとも、寝たきりで弱った筋力まで即時回復させる訳ではないのだ。

しかし、旦那でも止められんもんが俺に止められるはずもない……さて、どうしたもんか……

そんなことをレオニスが考えていると、ふいにベスがニヤリ……と笑った。

「フフフ……オーガの女の底力を舐めないでね? これしきのことを乗り越えられないほど、私は弱くはないわ。……見てらっしゃい、私は韋駄天の娘でマクシの妻なのだから!」

ベスがクワッ!と目を見開いたかと思うと、手と足に一気に力を入れて椅子からすくっ!と立ち上がった。

そして一歩、二歩と足を前に出してゆっくりと歩き出す。

しかし、三歩目で身体のバランスが崩れてベスが蹌踉けた。

倒れそうになったベスの身体を、マクシミリアーノとフェルディナンドが慌てて手を出し二人で支えた。

「母上!これ以上ご無理をなさってはいけません!」

「そうだぞ、ベス。君はよく頑張った、病み上がりの身でこんなにしっかりと歩けるなんて本当にすごいことだ」

「ハァ、ハァ……歳は取りたくないものね。ただ歩くだけのことなのに、足を動かすことすら満足にできないなんて」

夫と息子に両脇を抱えられながら、ベスががっくりと項垂れる。

エリクシルのおかげで病はすっかり取り払われ、気力も十分に復活したというのに。身体が言うことを聞かないのが、ベスにはとてももどかしいようだ。

そんなベスに、レオニスが拍手をしながら声をかけた。

「いやいや、ここで今すぐ歩けるとは大したもんだ。さすがはニル爺の娘だ。つーか、その頑固さもニル爺譲りと見た」

「ニル爺……フフフ、お父様がその呼び方を許すなんて。余程貴方のことを信頼して、心を許しているのね」

「ああ、そうだとも。何せ俺はニル爺の親友だからな」

ベスを褒め称えるレオニスの言葉は、本心から出たものだ。

特に先程の不敵な笑みは、本当にニルにそっくりだった。

母親譲りの上品な顔立ちだと思っていたのに、勝ち気さや頑固さまで父親からしっかり受け継いでいるではないか。

ベスの中にニルの面影が感じられたことに、レオニスは何故だか嬉しかった。

そしてレオニスに絶賛されたことに、ベスもまた気を良くしながら微笑む。

ベスが最もよく知るニルは、厳格で公明正大な中央の里の偉大なる族長。

間違っても他者に『ニル爺』などと呼ばせるような人ではなかった。

それがどうだ、今目の前にいる紅い出で立ちの 人族(レオニス) は臆することなくニル爺、ニル爺と連呼しているではないか。

それ程にレオニスはニルと親交があるのだ、ということがベスにも手に取るように分かる。

しかし、レオニスの話はベスの絶賛だけに留まらない。

日頃の鬱憤が溜まっているのか、ニルへの愚痴が飛び出した。

「つーか、ニル爺なんていっつも俺のことを名前じゃなく『角なしの鬼』と呼んでるからな? 全く、こんなか弱い人族をとっ捕まえて酷ぇもんだぜ……それに比べたら、俺のニル爺呼びなんて可愛いもんだ」

「……角なしの鬼……ププッ」

しかめっ面でニルへの愚痴を零すレオニスに、ベスが一瞬だけポカーン……としている。

しかしそれはすぐに笑いに変わった。

「アハハハハ!貴方、本当に面白い人族ね!貴方のことは、以前から中央の子達に話で聞いていたわ。お父様だけでなく、ラキ君やリーネちゃん達ともとても仲良しなんですってね?」

「ああ、ラキもリーネも俺の親友だし、何なら中央のオーガのやつらは全員俺の友達だ」

「私がこの東の里に嫁いで、中央の里を離れてから久しいけど……私の知らない間に、中央の里は随分と面白いことになっているのね」

ベスは一頻り大笑いした後、故郷に思いを馳せる。

ベスが東の里に嫁いだのは百年以上前のことなので、当然のことながら彼女はレオニスのことを全く知らない。

しかし、中央の里の者達は皆陽気な性格なので、例え異種族相手でも一度友と認めればそれ以降は仲間として受け入れる寛容さがある。

きっとこのレオニスという人族は、中央の里の者達全員が認める程の傑物なのだろうことはベスにも容易に想像できた。

「まぁな。ラキ達もいろいろとあって、今は里の防衛訓練と畑作りと料理教室に忙しそうだ」

「里の防衛訓練はともかく、畑作りとか料理教室って……何がどうなっているのかしら? 私には、もはや想像がつかないのだけど……」

レオニスが繰り出す謎のパワーワード『畑作り』や『料理教室』に、ベスはひたすら首を傾げる。

オーガ族は基本的に狩猟民族で、農作物を育てるなどといった農作業とは無縁な種族だ。

その上料理教室とは、四百歳を超えたベスですら全く意味が分からない。

そんなベスに、今度はレオニスがニヤリ……と不敵な笑みを浮かべながら提案した。

「そこら辺は次に里帰りした時にでも、その目で直に見てくればいいさ。あんたも病気が治ったんだ、またニル爺やルネさんの顔を見に行けるだろう?」

「!!!!!」

「つーか、ニル爺もあんたやあんたの孫、曾孫達に会いたがっていたぞ」

「……そうね……私もお父様とお母様に会いたいわ……」

ふいにベスの目に涙が滲む。

普段は決して弱音など吐かない彼女だが、心の奥底では諦めかけていた。この身体では、もう二度と里帰りなど叶わないだろう……と。

しかし、病が消えた今ならば再び里帰りすることができる。

孫や曾孫、玄孫の顔を父母に見せてあげることもできる―――そう思うと、ベスの新緑色の瞳からとめどなく涙が溢れ続けた。

「……そしたら、私も早く体力や筋力を取り戻さないといけないわね」

「そうだな。中央におられる岳父殿達にも、アルベルティーナの顔を見せて差し上げなければな」

「ええ!そしたら貴方、今日から私の食事はお肉をたくさんちょうだいね!」

「もちろんいいとも。ただし、ここ最近の君はほとんど食事を摂れていなかったからな……急に肉を食べると胃がびっくりしてしまうだろうから、慌てずゆっくりと取り戻していこう」

気ばかり逸る妻に、マクシミリアーノが微笑みながら玄孫の名を出すなどして優しく諭す。

実際のところ、ここ最近のベスは食事らしい食事など全く摂れなかった。

肉などの重たい固形物はほぼ食べられず、無理に食べようとしても結局嘔吐してしまうので、木の実をすり潰して長時間煮込んだお粥なようなものしか食べさせてやれなかったのだ。

そうした父の気遣いに、息子のフェルディナンドも頷きながら同意する。

「そうですよ、母上。ここでまたご無理をなさってはいけません。少しづつ体力を取り戻していきましょう」

「ンもー、フェルまで私を病人扱いして……って、さっきまで病人だったんだから仕方ないけど」

「何、母上ならきっと二日か三日もすれば、里の中を歩き回れるくらいに回復なさいますよ」

「……そうよね!そしたら東の里の皆もきっとびっくりするでしょうね!」

フェルディナンドの説得に、渋々としていたベス。

しかしそれもほんの数瞬のことで、すぐに満面の笑みに変わる。

このコロコロと変わる表情や根っからの明るさは、やはり彼女が中央のオーガの血を引く者であることを強く思わせる。

マクシミリアーノ達家族の笑顔。

それは、絶望しかなかった彼らが再び手にした希望の証。

彼らの心からの笑顔を取り戻せたことに、レオニスもまた心から喜んでいた。