作品タイトル不明
【投稿開始四周年記念SS】第1419話 正義の人(中編)
その後パレンは二ヶ月ほどギボール村に滞在し、外壁の再建やら村人達の家の修理など復興支援をし続けた。
ギボール村ではパレンの滞在を皆心から歓迎し、人々は一日も早い復興を望みパレンとともに奮闘した。
ギボール村の復興を見届けたパレンが旅立つ時など、それはもう村人達全員が号泣しながらいつまでもいつまでも見送ってくれたくらいだ。
そうして月日は瞬く間に経ち、パレンが三十二歳の時。
その後もパレンは冒険者として、様々な冒険や世界各地の救援活動に勤しみ続けた。
その結果、パレンの階級は三十歳の時には既に聖銀級となり『金剛級に最も近い男』として世に名を馳せるようになった。
そんなとある日のこと。
パレンは久しぶりにラグナロッツァに帰ってきていた。
季節は秋で、ラグナロッツァの街がハロウィンカラーに染まり始めた頃。
その日のパレンは、シュマルリ山脈遠征からラグナロッツァに帰ってきたばかりで、実家に帰るのも二ヶ月半ぶりのことだった。
パレンがタイン家の門を潜り玄関に入ると、まず真っ先にタイン家の執事が出迎えてくれた。
「パレン坊っちゃま、おかえりなさいませ」
「ンッフォゥ!ただいま、モーリス!父上や母上、兄上や義姉上、甥っ子に姪っ子は皆元気にしておるか?」
「もちろんでございます。皆様パレン坊っちゃまの御身をそれはもう心配なされて、おかえりを今か今かとお待ちし続けておりましたよ。もちろんこの私めも心配しておりました」
「そうか、皆に心配をかけてすまないな」
出迎えてくれた執事とともに、二階にある自室に向かうパレン。
二階に上がる階段を上りながら、パレンがモーリスに文句をつける。
「……というか、モーリスよ、いい加減その坊っちゃん呼びは何とかならんのかね? 私ももう齢三十を超えた、良い歳をした大の男なのだが」
「こればかりはどうにもなりませんな。パレン坊っちゃまがご結婚なされて、妻子とともに立派なご家庭を築いてくだされば、私も認識を改めるのですが」
「うぬぅ……それを言われたら、何一つ反論できぬではないか」
文句をつけたはずのモーリスに、完璧なまでに論破されたパレン。
ぐうの音も出ないとはこのことか。
そんなパレンに、モーリスがとても残念そうに呟く。
「パレン坊っちゃまほど、ご立派な御方はおられませんのに……本当に残念でなりません」
「言うな、モーリス。私は生涯独身を貫く。これは常日頃から申しておろう?」
「はい……私も頭では理解しているのです。ですが……心の方は、どうにもなりません」
自室に入り、ひとまず私服に着替えるパレン。
モーリスはその着替えのサポートをしながら、パレンとの会話を交わしている。
パレンは三十二歳の今でも独身で、交際中の恋人などもいない。
それは、決してパレンがモテないという訳ではない。むしろパレンは昔も今も老若男女問わず大人気で、あちこちで黄色い声が飛び交いまくる程の人気者ぶりだ。
ならば何故、そんな彼がずっと独身なのかというと。それはひとえにモテ過ぎる故の決断だった。
パレンが誰かとお付き合いしている、という噂が出れば、パレンのことを愛するファン達が躍起になってそのお相手を探し出そうとする。
その噂は大抵が勝手な憶測や根も葉もない噂で、実際には交際している人がいないにも拘わらず、そういった騒動ばかりが巻き起こるのだ。
こうした騒動が日常茶飯事となり、パレンは常に心を痛めていた。
そしてある日、パレンは高らかに宣言したのだ。
『私は一生独身を貫く。この身は私を愛してくれる全ての人達のものであり、特定の誰か一人と結ばれることは決してない』と。
この独身宣言により、パレンは全人類が共有する、いわば『世界の至宝』となったのである。
世のパレンファンはこれに熱狂したが、全ての人達が納得した訳ではない。
今パレンの着替えを手伝うモーリスもそうだが、何よりパレンの父母と兄が悲しんだ。
父アインシュは「何もそんな、若いうちから一生独身なんて決めなくても……」と言い、母ホルスは「パレン、そんな悲しいことを言わないで……」と嘆き悲しみ、兄バレンも「もしこの先、運命の人と出会ったらどうするんだい? 今からでも考え直してくれないか?」と嘆願した。
しかし、パレンの決意が変わることはなかった。
父には「タイン家には兄上がおられるから大丈夫!」と言い、母には「こんな親不孝者の私のために泣かないでください」と肩を抱き寄せ、兄には「私にとっては、私を愛してくれる全ての人々が運命の人なのです。決して誰か一人には決められないのです」と諭した。
パレンがこんな極論を出せたのは、タイン家次男であるという立場的な身軽さがあったのも一つの理由だ。
これがもし嫡男、跡取り息子だったらこうはいかないだろう。貴族の家の後継者ともなれば、次代に繋ぐためにどうしたって結婚して子供を儲けることが責務となる。
しかし、次男という立場ならその重責を担う必要はない。
もちろんそれは長兄バレンが健在であることが大前提だが、現時点では長兄の健康や家庭的問題は一切ない。
パレンの双子の兄バレンは二十三歳で結婚し、その後一女一男を儲けた。
バレンと結婚したのはナタリー・メリング。由緒正しいメリング伯爵家の令嬢で、いわゆる政略結婚的な要素も全くない訳ではなかった。
だがそれでも、二人はお見合いの場で互いに一目惚れし、瞬時に恋に落ちて大恋愛の末に結ばれた。
故にバレンの家庭は完璧に円満で、家族仲もとても良く父母の覚えも目出度い。
タイン家の未来は安泰かつ盤石故に、パレンも一生独身を貫くという無謀な願望を堂々と掲げることができたのだ。
そうしてパレンが着替えを終えて風呂で湯浴みをし、旅先の埃や汗を綺麗さっぱり流してリビングに行こうとした、その時。
風呂場から出てすぐのこところに、姪のコレットと甥のルーシェが待ち構えていた。
「パレン叔父様、おかえりなさい!」
「おかえりなさーい!」
「ンッフォゥ!コレットにルーシェではないか!しばらく見ないうちに、二人とも大きくなったなぁ!」
「えへへへへ♪そういうパレン叔父様も、頭の輝きがさらに増してもっと素敵になったわね!」
「パレン叔父様ー、抱っこしてー♪」
パレンの帰還を心より喜び、満面の笑みで出迎えてくれる姪っ子コレットと甥っ子ルーシェ。
コレットは八歳でルーシェは五歳。ただでさえ姪っ子甥っ子は可愛いというのに、年齢的にも愛らしい盛りの二人の子供達。
そんな彼ら彼女らの可愛らしいお出迎えに、パレンの顔もいつも以上に垂れ目が下がりまくる。
両手を伸ばして抱っこをねだるルーシェを、パレンが早速左腕一本で抱き抱える。
そして空いている右手でコレットと手を繋ぎ、廊下を三人で歩く。
「ねぇねぇ、パレン叔父様、今回はどこにお出かけしてたんだっけ?」
「シュマルリ山脈というところで、竜族に会うためにお出かけしてたんだ」
「その、リューゾク?には会えたの?」
「もちろんだとも。それはそれは大きくて強い竜がたくさんいたぞ」
「シュマルリとリューゾクのお話を聞かせてー!」
「ああ、いいとも。その前に、まずは父上と母上、そして兄上と義姉上にご挨拶をせねばな」
「「はーい!」」
二人の幼子と手を繋いだパレンが、リビングではなく父母がいるであろう執務室に向かう。
そこにはタイン家の穏やかで平和な時間が流れていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうして時は過ぎ、パレンが三十三歳の夏のとある日のこと。
その日のパレンは、ラグナロッツァの冒険者ギルド総本部で依頼掲示板を眺めていた。何か新しい依頼を引き受けるためだ。
所狭しと貼られた依頼書を、じっくりと吟味するパレン。
そんな彼に、冒険者仲間達がひっきりなしに声をかけてくる。
「お、パレンさんじゃねぇか、久しぶりだな!」
「前はどこに出かけてたんだっけ、コクマーだったか?」
「パレンの兄貴、今度俺といっしょに遺跡巡りしようぜ!」
パレンと交友のある冒険者達が、掲示板を見ているパレンを見つけて気軽に話しかける。
話しかけられた方のパレンも「ああ、久しぶりだな」「うむ、コクマーは良いところだったぞ」「時間がある時にな」等々、律儀に返事をしている。
その間にもパレンはちゃんと依頼書の吟味を続けていて、一枚の依頼書を剥がした。
「お、パレンの兄貴、これから何か依頼を引き受けるのか?」
「ああ。この『孤児院の修繕』を引き受けようと思ってな」
「ぁー……それ、だいぶ前から貼られてたヤツだな」
「あまりに報酬が安過ぎて、誰も見向きもしなくてずっと放置されてたヤツだよな……」
「雨漏りの屋根やら抜けそうな床板の修繕やら、めんどくせぇ仕事ばかりなのに報酬が300Gとか、正直やってらんねぇって」
「しかもこれ、一日じゃ絶対に終わらんやつだし……」
パレンが手に取ったのは、ラグナロッツァ孤児院の依頼書。
その内容は『建物の修繕(屋根、床、壁の補修)』となっていて、報酬額は300G。
ここで注意しなければならないのは、この報酬は日当ではない。依頼内容を完了した時点で得られる報酬ということだ。
つまり、一日で完了できずに二日、三日と日数がかかっても得られる報酬は300Gのまま。
これでは誰もやりたがらないのも当然であり、その依頼書に関して他の冒険者達がひそひそ声で文句をつけるのも致し方ない。
しかし、パレンだけは周囲の声に惑わされることはない。
いつもと変わらぬ涼しげな顔で冒険者達に話しかけた。
「それでも誰かがやらねばな。特に孤児院という施設なら、そこには助けを求める幼子達がたくさんいるはずだ。未来を背負う幼子達のためにも、ここは一つ私が行くべきだろう」
「パレンさん……アンタって人は、本当に 漢(おとこ) の中の漢だ!」
「本当だぜ!兄貴ほどのお人なら、今更地域貢献点なんて稼がなくてもいいだろうになぁ」
「なのに、ボランティア活動にも積極的に取り組む……俺達も見習わなきゃな!」
「つーか、兄貴の身体であのオンボロ床に乗っかって大丈夫なんか?」
パレンの決断に、周囲の冒険者達は皆感じ入りながら彼の高潔さを大絶賛している。
極一部、最後の方でパレンの重量と孤児院の床の脆さを心配する声が出ているが、そこら辺は全く問題ない。何故ならパレンには、体重を軽くする『ウェイトコントロール』という秘策があるのだから。
「では、私は早速この依頼を引き受けてくる。皆もそれぞれ仕事に励めよ」
「ああ、パレンさんも気をつけてな!」
「さーて、俺も何か仕事を探すかー」
パレンが受付窓口に向かい始めたのをきっかけに、他の冒険者達もそれぞれ散らばっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
パレンがラグナロッツァ孤児院の修繕依頼を引き受けてから二日後のこと。
孤児院の修繕が一通り終わり、依頼達成のサインをもらったパレンは再び総本部を訪れていた。
受付窓口にいたクレナが、パレンを見て満面の笑みで出迎える。
「まぁ、パレンさん!孤児院の修繕依頼、もう完了なさったんですかー?」
「ああ。修繕が必要な箇所はかなり多かったが、全て直してきた」
「ありがとうございますぅー!パレンさんには本当に、いつも助けられておりますぅー」
「いやいや、何の、これも冒険者たる者の務め。助けを求める子供達のためなら、一肌でも二肌でも脱ごうじゃないか」
クレナの心からの労いと礼に、パレンも破顔しつつ応える。
真夏の雲のような真っ白い歯がキラリ☆と輝くパレンの眩しい笑顔。
普通の女性なら、あまりの眩さにその場で卒倒してしまうところなのだが。
クレナがパレンの笑顔にやられることは決してない。
「ウフフ、一肌も二肌も脱いでくださるのは嬉しいですが……パレンさんの逞しい肉体を見たら、そのあまりの美しさに気絶してしまう人が続出してしまいそうですねぇ」
「ンフォ? ……そうかもしれんな。では本当に脱ぐのはやめておくか」
「ええ、是非ともそうしてください。パレンさんのその、温かくて大きな手を差し伸べてくださるだけで十分ですぅ」
嫋かな笑顔で微笑むクレナに、パレンも楽しそうに受け答えしている。
世界の至宝相手に一歩も怯むことなく、対等に渡り合えるクレナ。さすがは何でもできるスーパーウルトラファンタスティックパーフェクトレディー!な受付嬢である。
するとここで、男性職員が大慌てで大広間に飛び込んできた。
「大変だ!ゲブラーの街から緊急救援要請が来た!」
「!!何があったんですか!?」
「近隣の村にスカベンジャーが出た!」
「スカベンジャーが!?」
男性職員の叫び声に、大広間にいた冒険者達が一気にどよめいた。