軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1413話 受付嬢クレネ

ライト達がシグニスとプテラナが運ぶ翼竜籠で、空の旅を存分に堪能している頃。

冒険者ギルドの転移門でティファレトに移動するために、ラーデとともに冒険者ギルド総本部に向かっていた。

邪皇竜メシェ・イラーザに身体を乗っ取られていたラーデが、自身の身体を取り戻して以降初めて訪れる人里。

時は折しも黄金週間初日、ラグナロッツァは朝からあちこちで賑わっていた。

『おお……人が群れを成して住む街とやらは、こんなにも賑わっておるのだな』

「まぁなー。ここは俺が住むアクシーディア公国の中でも最も大きな街だし、何より今は黄金週間っつー大型連休が始まったからな。ちょうど人の出も多い時期なんだ」

『大型連休とは何ぞ?』

「連休ってのは、仕事を休める日が二日以上続く時のことで―――」

人族の営みにまだまだ不慣れたなラーデ、ちょっとした言葉にも理解できないものが多く、その都度レオニスに聞いている。

そしてレオニスの方も、それを厭うことなくちゃんと教えてあげている。

ここら辺は、ライトの子育てで得た育児経験の賜物か。

そして今日のレオニスは、いつもの深紅のロングジャケット他フル装備ではなく、普通の私服で出かけている。

これは、旅行先のティファレトで騒がれないようにするためだ。

あの深紅のロングジャケットは、冒険者ギルドのみならず街中でも非常に目立つ。特にそれがレオニスが普段出かけない場所ならば、尚のこと目立ちまくるのだ。

せっかくの温泉旅行なのに、悪目立ちしたくはない。

そのためレオニスは、いつもの正装=深紅のロングジャケットは封印して、今日から四日間は普段着で過ごすと決めたのである。

もっとも、下に穿いている黒の革パンツやロングブーツは普段着としても違和感がないので着用しているが。

上着を白のシャツと冬物の黒いコートに変えるだけで、パッと見でレオニスとは分からなくなっていた。

そんな話をのんびりとしているうちに、冒険者ギルド総本部に辿り着いたレオニス達。

周辺の建物より一際大きい総本部に、ラーデが『ほう……』と感嘆しながら建物を見上げている。

一方レオニスはさっさと中に入り、受付窓口に向かった。

ライト達とともにラグナロッツァの屋敷を出たので、時刻は午前九時半を少し回った頃。

朝イチの喧騒は既に過ぎ、窓口も然程混雑はしていない。

レオニスはクレナのいる窓口に行き、声をかけた。

「よう、クレナ。おはよう」

「あらー、レオニスさんじゃないですかー。おはようございますぅー、朝からお一人でのお越しとは珍しいですねぇ」

「昨日話した通り、今日から三日ほどティファレトに出かけるんでな」

「あー、そういえば昨日そんなことを言ってましたねぇ。アイギスの皆さん方の温泉旅行に、レオニスさん達も誘われたんでしたっけ?」

「そうそう、それそれ」

朝の挨拶をするレオニスに、クレナも和やかに応じる。

レオニスは昨晩アイギス三姉妹を家に送り届けた後、冒険者ギルド総本部にも寄り道し、今回の旅行でしばらくラグナロッツァを離れる旨を伝えてある。

その時にもクレナを通して用件を伝えていた。

ちなみに今ラーデはレオニスの左肩に乗っかっているが、クレナの目にラーデの姿は映っていない。

ラーデ自身が透明になった訳ではないのだが、今ラーデが両腕に着けているアクセサリーに隠密魔法を幾重にも重ねているおかげで、クレナの認識からラーデの姿が完全に外れているのだ。

ラーデの右腕にはライト特製の銀碧狼毛糸ミサンガブレスレット、左腕には金鷲獅子アウルムの金糸刺繍糸の飾り付きリボン、そして首には何故か非モテお守りを三つもぶら下げている。

非モテお守りに果たして隠密魔法と同等の効果があるかは不明だが、人目を引くオーラを抑制するという点では活躍しているかもしれない。

レオニスの左肩にいるラーデの存在に全く気づかないクレナが、改めてレオニスに話しかける。

「レオニスさんが三泊四日の旅行に出かけるなんて、これが初めてのことじゃないですか?」

「まぁな、俺もカイ姉達には世話になってるし、いつも心配かけてばかりいるからな。たまには姉孝行してやらなきゃならん」

「いいことじゃないですかー。レオニスさんだって、先日のビースリー事件ではかなり働いてくださいましたし。レオニスさん自身にも、そろそろまとまった休養が必要だと思いますよ?」

「そうだなぁ……ま、たまにはこういうのもいいかもな」

「ええ、命の洗濯をしてきてくださいな♪」

ニッコリと微笑みながらレオニスの働きを労うクレナに、レオニスが小さく笑いながら頷く。

レオニスは世界最強冒険者として、常日頃から冒険者ギルドに所在を明かしておかなければならないなどの制約もあるが、こうして冒険者ギルドの看板受付嬢から労われるのも悪くない。

「じゃ、そういう訳で転移門を借りるぞ。もし何かあったら、ティファレト支部に伝えてくれ。一応向こうでも、ティファレト支部に毎日顔を出すつもりではいるから」

「はーい。お気をつけてお出かけしてきてくださいねぇー」

「ありがとよ」

伝えたいことを伝え終えたレオニスが、奥の事務室に向かって移動していく。

クレナの声かけに、お礼代わりに右手をひらひらとさせながら歩いていくレオニス。

いつもの紅い背中とは違う、極々普通の黒いコートを着たレオニスの後ろ姿。

レオニスの骨休めの旅行に幸あれ、とクレナは心の中で願いながら見送っていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

冒険者ギルドの転移門で、ラグナロッツァからティファレトに移動したレオニスとラーデ。

事務室からすぐに広間に移動し、受付に向かった。

ティファレトという街は、温泉と遺跡という二つの観光資源に恵まれている。

そのため街の規模もそこそこ大きく、冒険者ギルドも結構な数の冒険者で賑わっていた。

だが、レオニスの出現は全く注目されない。

レオニスが普段あまり行かない街に彼が現れれば、それがレオニスだと分かる人達はすぐに驚きに目を見張り、かなり騒然とするのだが。

冒険者ギルド内でたむろしている冒険者達は、まるでレオニスの存在に気づかないかのように完全スルーしている。

これは、レオニスの正装封印に加えて、ラーデが今着けている各種アクセサリー&非モテお守りのおかげか。

有名人の宿命である人集りの憂き目に遭うことなく、受付窓口まで真っ直ぐにスイスイと歩けたレオニス。

そこにはお約束のように、頭の天辺から爪先までラベンダー色に染まった、楚々とした美人受付嬢がいた。

「よう、クレネ。久しぶりだな」

「???…………あ、レオニスさんですか!? ヤダー、私としたことが全く気づきませんでしたー。ご無沙汰しておりますぅー!」

「そりゃ仕方ないな。今日はいつもの格好じゃねぇし」

「ですよねぇー。レオニスさんと言えば、あの深紅のロングジャケットがトレードマークな訳ですし」

ラベンダー色に染まる受付嬢の前に立ち、親しげに声をかけるレオニス。

彼女の名はクレネ。クレア十二姉妹の六番目、六女である。

一瞬誰が声をかけてきたのか分からず、しばしきょとんとしていたクレネ。

だが、金髪碧眼の顔をまじまじと見れば、それがレオニスであることにクレネもすぐに気づいたようだ。

レオニスの見慣れない普段着姿に、クレネがつぶらな瞳をさらに大きくして驚いている。

「普段着でのお越しとは、これまた珍しいこともあるものですねぇ。このティファレトに、何か御用があっていらしたのですか?」

「ああ、今日は知人の温泉旅行に誘われてな。訳あって俺だけ別行動だが、今日から三泊四日でこのティファレトに滞在することになったんだ」

「まぁ、お仕事ではなく旅行にいらしてくださったんですね!それはとても嬉しいですぅー」

レオニスの来訪目的を訪ねたクレネが、何らかの依頼ではなく個人旅行で来たと知り破顔する。

金剛級冒険者が仕事でこの街に来たとなると『一体何の用事で来たんだ!?』『もしかして、何か大事件でも起きたのか!?』等々、クレネだけでなくティファレト支部全体に激震が走ることになる。

しかし、個人的な理由で来たのならば然程問題ではない。

それどころか、プライベートな旅行での来訪ならば大歓迎である。

「お泊まりの宿は、もうお決まりなんですか? もしまだお決まりでなければ、オススメの宿をお教えすることもできますが」

「いや、この温泉旅行に誘ってくれた知人達が貸し切りコテージを手配しててな。そのコテージに泊まらせてもらう予定なんだ」

「ああ、それなら心配は要りませんね。貸し切りコテージというと、このティファレト内にいくつか該当する場所がありますが……どちらにお泊まりになるんです?」

「そこまで詳しくは聞いてないんだよな。十人は泊まれるコテージだってのは聞いたんだが」

「あー、ならきっとあの辺りですねぇ」

レオニスの宿泊を気にかけるクレネに、レオニスが貸し切りコテージ泊てあることを伝える。

普段ならともかく、この黄金週間中に予約無しでいきなり泊まれる宿泊施設があるのか?という疑問はさて置き。レオニスのことを心配するクレネ、その心優しさが窺えるというものだ。

「そんな訳で、俺はしばらくこの街にいる。一応ラグナロッツァの総本部にも伝えてはあるが、もし総本部から何か連絡が来たらすぐに教えてくれ。滞在先のコテージがどこにあるかは、また後で伝えることにする」

「分かりましたぁー。今のティファレトには、レオニスさんのお手を煩わせるような難易度の高い案件はあまりありませんが……もし万が一、レオニスさんの滞在中に何事か起きましたら、その時は遠慮なく頼らせていただきますねー」

「おう、そうしてくれ。もっとも、四日間は何事もなく過ごせるのが一番ありがたいんだがな。俺も旅行なんて久しぶりだから、ゆっくりと温泉に浸かって日頃の疲れを癒やしたいし」

「ですねぇー。私としても、是非ともそうなることを願っておきますぅー」

のんびり温泉に浸かりたい、というレオニスの言葉に、クレネもニコニコ笑顔で頷く。

ティファレトの温泉は、遺跡以上にこの街の観光の目玉だ。

冒険者ギルドティファレト支部の受付嬢であるクレネもそれは重々承知しており、時折他の街から来た冒険者相手にどの温泉宿がいいか、などの相談をされることもある。

クレネの日頃の業務知識がレオニス相手に炸裂する。

「ちなみにこのティファレトの温泉は、美肌効果があることで最も有名な訳ですが。それ以外にも、不眠や冷え性、うつ病、手足の痺れ、腰痛、リウマチ、便秘、痛風、さらには縁結びに出世、商売繁盛なんかにもよく効くんですよ!」

「不眠や冷え性はともかく、最後の三つはおかしくね?」

「いえいえ、これはティファレト温泉協会が公認している効果効能ですから!安心してご利用ください!」

「俺はもうこれ以上出世のしようがねぇし、縁結びや商売繁盛も今のところ要らねぇんだがな……」

ティファレトの温泉の万能さを謳うクレネに、レオニスが速攻でツッコミを入れている。

温泉に浸かることで、何をどうしたら縁結びやら出世、商売繁盛に効くというのか。レオニスにはさっぱり分からない。

しかし、おらが街の温泉の有能さをアピールしまするクレネの顔は自信に満ちており、とても嘘を言っているとは思えない。

そもそもクレネは、あの何でもできるスーパーウルトラファンタスティックパーフェクトレディー!であるクレアの妹であり、このティファレト支部でも超有能な看板受付嬢として名を馳せている。

そんなクレネが自身を持ってオススメしているのだ。きっとティファレトの温泉には、恋愛運や金運、商売運をも向上させる途轍もないパワーを秘めているのだろう。多分。

「……ま、そこら辺の効果効能はさて置き。旅行をともにする知人達は、翼竜籠でこっちに来ることになってる。到着は今日の夕方で、このティファレト支部で合流する予定なんだが、それまでしばらく時間があるから依頼掲示板や売店なんかでも見てくるわ」

「あー、でしたらお手隙の間に高難易度の依頼をちゃちゃっとこなしてくださってもいいんですよ?」

時間が余っているというレオニスに、クレネがシレッと高難易度の依頼をこなすよう頼んできた。

先程高難易度の依頼はあまりない、とクレネは言っていたが、それでも全くない訳ではない。

そしてそうした難易度の高い案件は滞りがちなので、これを解消したいというクレネの気持ちも分からないではない。

しかし、レオニスにも都合というものがある。

レオニスは間髪置かずにクレネの要求に返答した。

「夕方までにこなせるような依頼ならな。そうでないなら却下だ、せっかくの温泉旅行を台無しにする訳にはいかんからな」

「それもそうですねぇ。……では、私からの依頼を一つだけ受けていただけませんか?」

「ン? クレネからの直々の依頼って何だ?」

ティファレト支部にある高難易度依頼の引き受けは、早々に断念したクレネ。

だが、クレネはこの程度のことでは諦めない。

なおも彼女個人の依頼を出してきたことに、レオニスが一瞬だけ顔を顰めた。

しかし、レオニスの警戒心はすぐに解かれることになる。

「それはですね。この四日間で、ティファレトの温泉を思う存分楽しむことに専念してください!ということです」

「!!…………それはありがたい、是非とも引き受けさせてもらおう」

「ウフフ、レオニスさんならそう仰ってくださると思っていましたー♪」

クレネの心遣いに、レオニスのしかめっ面は瞬時に消え去り笑顔になる。

悪戯っぽく笑う受付嬢に、さしもの金剛級冒険者もしてやられた、といったところか。

「じゃ、俺は売店でも見てから適当に昼飯食ってくるわ。また後でな」

「はーい。お気をつけてお出かけしてきてくださいねぇー」

すぐ上の姉であるクレナと奇しくも同じ言葉でレオニスを送り出すクレネ。

そんな彼女の見送りに、レオニスも右手をひらひらとさせながら応えていた。