軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第137話 歓笑と静寂

フェネセンが見つけた少し開けた場所に、そのテーブルと椅子はあった。

テーブルの周囲には、三人分の木製の椅子が置かれている。これは先程の小休憩時にも使われたものだ。

何しろここは、氷の洞窟周辺。普通の陽気や過ごしやすい季節なら地べたに座っても問題ないが、この凍てつく極寒の地で人間が地べたに直に座るのは、いくら防寒装備を整えていても無謀というものである。

また、銀碧狼の母シーナは自分だけ図体が大きいままなのも違和感があったようで、誰に言われるまでもなくシーナは自ら人化の術を使い、周囲に合わせてすっきりとした姿になった。

「おろん?お母ちゃん、人化なれるのねん。そしたらもうひとつ椅子が要るかな……って、人数分しか持ってきてないや」

『いいえ、お構いなく』

「そしたら吾輩、ライトきゅんの椅子に半分座らせてもらうから、お母ちゃんはこの椅子にどうぞ!」

フェネセンがシーナに席を譲り、自分はライトのもとに行き椅子の半分に腰掛けさせてもらう。

「あ、アルとシーナさんへのお土産はこれね。ラウル特製のから揚げとフルーツケーキだよ、はい、どうぞ!」

フェネセンから一際大きなバスケットを二つ、受け取ったライトがシーナ達への土産として渡した。

空間魔法陣に入れてあったバスケットなので、そこから出してもまだ熱々だ。ただし、この極寒の地にあってはすぐに冷めていくだろうが、アルやシーナにとってはより早く食べられる適温になって都合が良い。

『まぁ、相変わらずライトは気の利く賢い子ですね。ここはありがたく頂戴しておきましょう』

「ワォーン!」

アルだけでなくシーナもまた嬉しそうな顔で、ライトの手土産を歓迎した。

普段の森の中での生活では、人の食べ物を口にすることはほぼないだろう。実に美味しそうにから揚げを頬張るアルとシーナ。

何とも微笑ましい光景である。

そんな時に、フェネセンが不意に空間魔法陣を開けながら話し始める。

「あっ、そういえばねぇ、吾輩からもアルきゅんにお土産というかプレゼント?魔導具作って持ってきたんだぁ」

「ん?魔導具?それは一体どんなもの?」

そんな話は全く聞いていなかったライトが、思わずフェネセンに問うた。

「身につけておくだけで、その者の居場所が分かるというスグレモノさ。ほら、アルきゅん達はライトきゅんに会おうと思ったらカタポレンの家に行けばいいけど、ライトきゅんがアルきゅんに会おうと思っても特定の家や居場所ないから探すの大変でしょ?」

「うん、それは確かにそうなんだよね」

フェネセンの言う通り、アル達がライトの家に訪ねるのは容易でもその逆、ライトがアル達を訪ねるのは容易ではなかった。

「今回は吾輩が探索魔法かけて探したけど、毎回いつも誰かが探し出せるかと言えば多分無理だろうし」

「だから、ライトきゅんからもアルきゅんのいる場所が分かればね、会いたい時にあちこち探す手間を少なくできるよね、と」

「さすがに銀碧狼相手に首輪や足輪をつける訳にもいかないだろうし、とりあえず耳につけるカフに魔法付与してみたんだけど、どうかな?」

そう言いながら、フェネセンは空間魔法陣からひとつの小さなイヤーカフを取り出した。

それはとても小さく、キラキラと輝く綺麗な銀色をしていた。

「これなら耳のどこかにつけるだけだし、見た目も耳のふさふさな毛に隠れて目立たないから見えにくくできると思うよー」

「この場合、アルきゅんの保護者であるお母ちゃんの了承を得た方がいいかな?」

「お母ちゃん、どう?ライトきゅんとアルきゅんはとっても仲良しだし、会いたい時にどこにいても分かるようにするだけのものなんだけど。アルきゅんに着けてもいいかな?」

これはおそらく、以前ライトが級友と市場へお出かけの際にレオニスに作ってもらった位置追跡魔法と同類の付与魔法なのだろう。

確かにそれがあれば、アルを探す労力はかなり省けるはずだ。

フェネセンに問いかけられたシーナは、しばらく考えてから答えを出す。

『……いいでしょう。従属を強いるようなものや、首輪などの屈辱的な印象を与えるものでなければ構いません。それに、その魔導具を見たところ邪悪なものは感じませんし』

「お母ちゃん、ありがとーう!」

アルの保護者であるシーナの許可を得て、大喜びのフェネセンは早速イヤーカフをアルの左耳の付け根近くに着けた。

「シーナさん、ありがとうございます!」

『いいえ、どういたしまして。ライトも早く気軽にアルを訪ねてきてくれる日を、心より楽しみにしていますよ』

「はい、修行頑張ります……」

シーナの言葉で、以前レオニスが呟いた『氷の洞窟往復マラソン週一開催案』を思い出して、地味に凹むライト。

「あ、ライトきゅんにはこっちのイヤーカフ渡しとくねーぃ。これはアルきゅんに着けたイヤーカフとお対だからね」

「アルきゅんの居場所を探す時には、ライトきゅんもこれを耳に着けて『マップ』と念じてね。そうすれば、目の前に地図が開いて見えるようになるから」

「マップを閉じる時は『クローズ』と念じてね」

試しにライトがそのイヤーカフを着けて念じてみると、フェネセンの言ったように目の前にホログラムのような地図が開けた。

そしてその地図には、ライトとアルの二つの点が重なり合うようにして表示されていた。

「フェネぴょん、アルとぼくに素敵なプレゼントくれてありがとうね!」

「ワォーン!」

ライトだけでなくアルにもそのプレゼントの意味や意図が分かるのか、ライトと同時にお礼を言っているかのような嬉しそうな吠え声を上げた。

ライトとアルの双方から礼を言われたフェネセンは、ニコニコしながら満足気に頷いていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

アル母子がライトの手土産のから揚げとパウンドケーキを食べ終えた後は、ドラゴンの幼体クー太も交えて遊ぶことになった。遊ぶと言ってもこの極寒の地でできることなど、高が知れているのだが。

それでも皆、思い思いに楽しそうに過ごしていた。

アルとクー太はどちらとも人見知りしない性格のせいか、初めて会った者同士なのに雪原で仲良く追いかけっこしているし、ライトはカタポレンの家の周辺では見ることのない雪を相手に雪だるまや雪うさぎなどを作り、存分にクリエイター気分を満喫している。

そしてクレアは、その三者の実に楽しげに過ごす姿を永久に目に焼き付けるべく、悶えながらガン見している。

そんなライト達と少し離れたところで、フェネセンとシーナは皆の様子を椅子に座って眺めていた。

フェネセンは微笑ましそうに皆の遊ぶ様子を見ていたが、何故かシーナはそんなフェネセンの横顔を若干険しい目でじっと見つめている。

『時に、貴方……フェネセン、と言いましたね』

「ン?」

不意にシーナから声をかけられたことに、フェネセンは少しだけびっくりしながら視線をシーナに向ける。

「そうよー、吾輩フェネセンて名前の人間よー。アルきゅんのお母ちゃん、何か吾輩に質問でもあんの?」

『…………』

シーナの澄んだ青緑の双眸が、静かにフェネセンの姿を捉える。

しばし無言の間が続いた後、シーナが静かに口を開いた。

『貴方……只の人族、ではありませんね?』

「…………」

『貴方から感じるその魔力と質、人間のそれと似通ってはいますが……純粋な人間のものとは明らかに違う』

「…………」

『今そこにいるクレアという人族の女性に、ライトの養い親であるレオニス。彼らも人族としてはかなり規格外ではありますが、それでも彼らの持つ魔力や質は紛うことなき人間のそれです』

「…………」

『ですが、貴方からは彼らとは違うものを感じる。そう、何というか―――精霊に近しいものを感じます。それとて純粋な精霊のそれともまた異なるものですが』

「…………」

『単刀直入に聞きましょう。貴方、一体何者です?』

シーナからの問いかけに、終始無言で聞き続けるフェネセン。

シーナがこのタイミングで聞いてきたのは、偶然ではない。そのような、一見不躾かつ答えにくいであろう話をライトやクレアに聞かれないように、というシーナの配慮が窺える。

フェネセンは、目を伏せながら小さなため息をひとつつくと、シーナを見据えながら口を開いた。

「……吾輩は吾輩だよ。世界一の凄腕天才大魔導師にして、料理の達人……いや、達妖精?ラウルっち師匠の弟子フェネセン」

「そして、レオぽんやライトきゅんやクレアどんの友達フェネセン」

「それだけじゃ、ダメかい?」

シーナの双眸に負けず劣らず澄み切った浅葱色の瞳で、シーナを見つめながら静かに答えるフェネセン。

向こうで響くライト達の明るい笑い声とは対照に、凪いだ湖面のような静寂だけがフェネセンとシーナを再び包み込む。

『…………いいでしょう。貴方が彼ら人族とともにあり続ける、と言うのであれば、私はその言を信じる他ありません』

『貴方が何処の誰で、その本質は人族ではないとしても―――この世界に仇なす者でない限りは、生きる権利は等しくありましょう』

シーナはそう言うと、視線をアル達の方に向けた。

「……うん、ありがとう。吾輩、まだこの世界でもうちょっと生きていたいからね。仲間外れにしないでくれると嬉しいな」

フェネセンもシーナ同様ライト達の方を眺めながら、誰に言うともなく小さな声で呟いた。