作品タイトル不明
第1284話 墓参りと思い出をなぞるレオニス
レオニスはグランとレミの借家だった家の裏山に入り、獣道を掻き分けて登っていく。
しばらく進むと少し開けた小高い丘に出た。そこはレオニスが建てたグランとレミの墓標がある場所だ。
一年半ぶりに訪れるこの場所は、いつ来ても変わらない。
皆の故郷であるディーノ村が一望できて、見晴らしが良く長閑で穏やかな時間を過ごせる。
久しぶりにこの丘から眺める故郷を前に、レオニスはしばし無言のまま佇む。
故郷の変わらぬ姿を一頻り堪能したレオニスは、改めてグランとレミの墓標の前にしゃがみ込み、地べたに胡座で座った。
空間魔法陣を開き、お供え物としてグランには貰い物のワインを開けてコップに注ぎ、レミにはラウル特製のアップルパイを皿の上に置いてそれぞれ供える。
「グラン兄、レミ姉、久しぶり。なかなか会いに来れなくてすまんな」
「今更だが、ライトは本当にいろんな意味ですげぇよなぁ。将来はきっと、いや、間違いなく俺より凄腕の冒険者になれるぜ? さすがはグラン兄とレミ姉の子だよなぁ」
「ラグーン学園の秋の大運動会の時なんか、すんげー活躍してたぞ。最後のリレーなんて、ぶっちぎりの速さで走ってたし!ライトの運動神経の良さは、絶対にグラン兄似だな!」
「でもって、ライトは頭も良いんだぞ? 学期末にもらうアレ、何だっけ、えーと……通信簿? 勉強の成績表のことな。去年の暮れに持って帰ってきたヤツなんて、全部最高の『優』だったんだぜ!? あの頭の良さは、きっとレミ姉に似たんだな!」
久しぶりに訪ねた兄姉の墓前で、供え物をあげながらライトの長所を羅列していくレオニス。
その顔は笑顔に満ちていて、実に嬉しそうだ。
グランもレミも、きっと草葉の陰でニコニコしながら大きく頷き喜んでいることだろう。
レミがうんうん!と誇らしげに頷く横で、破顔するグランの『やっぱ俺らの子は天才だな!』という大喜びの声が今にも聞こえてくるようだ。
そしてレオニスは、ライトの功績を我がことのように自慢した後今度はしかめっ面になり、目を閉じ腕組みしながら唸り始めた。
「……ただし、ライトは俺どころかグラン兄以上に無鉄砲なところも結構あるんだよなぁ。 つーか、青龍の鱗を飲み込んで自力で飛行できるようにまでなっちまってなぁ、あれには心底驚かされたわ……全く、一体誰に似たんだかなぁ? なぁ、グラン兄?」
「でもって、各地の名水に回復剤を混ぜてブレンド水?なんてもんを作って、各地で出会った神樹達に振る舞ってな? いとも簡単に神樹達と仲良くなっちまうんだぜ? レミ姉譲りの抜群の社交性のおかげで、俺も何度も助けられているが……いくらレミ姉だって、あんな面白おかしい発想なんてしねぇよなぁ?」
長所自慢の次は、ライトの独自の発想の奇抜さに振り回される愚痴が出てきた。
子供特有の奇想天外さと言ってしまえばそうなのだが、実際ライトの場合『子供特有』という言葉一つだけでは到底収まりきるものではないことが多い。
しかし、グランもレミも子供の奇抜さの責任の所在を求められてもさぞ困ることだろう。
二人とも、きっと草葉の陰でオロオロしながら困惑しているに違いない。
レミが困ったように苦笑する横で、グランの『え、ちょ、待、何? それも全部俺らのせいなんか?』という戸惑いの声が今にも聞こえてきそうだ。
その後もしばらくはライトの長所自慢と短所愚痴を繰り返したレオニス。
一通り話し終えて満足したのか、はぁ……という深いため息を一つついた後、しばし黙り込む。
次第にレオニスの頭は項垂れていき、完全に真下を向いたところでぽつりぽつりと再び話し始めた。
「そんな、何もかもに優れ秀でていたライトが、まさか勇者候補生だなんて……何かの間違いだよなぁ?」
「でも……あいつは自分が勇者候補生だということを知っていて……ラグナロッツァを救うために、自らコヨルシャウキのもとを訪ねて……異空間に連れ去られちまった……」
「あんな小さな子供が、この国の首都を救うなんてとんでもない偉業だよなぁ。なのに……俺は子供一人すら、満足に守り抜くことができなかった……こんなんで金剛級冒険者を名乗るなんて、烏滸がましいにも程がある」
「本当に……自分で自分があまりにも無様で情けなさ過ぎて、気が狂いそうだ。もういっそのこと、死んで詫びたいとすら思う……」
己の不甲斐なさに、レオニスが弱音を吐く。
レオニスが本気で『死にたい』などと言ったことは、これまでの彼の人生の中で今まで一度もない。
レオニスの人生は、孤児院出身という出自からも分かる通り、決して順風満帆なだけの日々ではなかった。
しかし、そんな苦難の多かった道のりの中であろうとも、レオニスがこんな弱音を吐くことなどただの一度もなかったのだ。
「グラン兄、レミ姉……ライトを守り切ることができなくてすまない……本当なら、腹かっ捌いて死んで詫びなきゃならんところだが……俺はまだ、グラン兄達のもとに行く訳にはいかないんだ」
「もっと生きて、ライトが立派に成長していく姿を……グラン兄とレミ姉の代わりに見届けるために……もっともっとライトといっしょに生きていきたいんだ」
「そのために……グラン兄、レミ姉、どうか……ライトがこっちの世界に帰ってこれるよう、力を貸してくれ……頼む……」
レオニスは俯いたまま、右手の甲で己の目元をグシグシと擦る。
レオニスは特定の宗教を信仰していないので、普段から神仏に祈ることは滅多にない。
だが、今は目に見えない神仏に縋ってでもライトの帰還を願っている。
いや、正確に言えばレオニスが頼りたいのは神仏ではない。
他ならぬライトの肉親であるグランとレミ、故人である二人の力を借りてでもライトを窮地から救い出したいのだ。
誰にも言えない本音を吐き出したことでスッキリしたのか、レオニスがつい、と顔を上げて二本の墓標を真っ直ぐ見つめながら呟く。
「……さ、そろそろカタポレンの家に帰らないとな。でないとラウルのやつにしこたま怒られて、飯抜き宣言されかねんからな」
「グラン兄、レミ姉、これからはもうちょいこまめに墓参りに来ることにする。次はライトを連れていっしょに来るから待っててな」
グランとレミに話しかけながら、レオニスはゆっくりと立ち上がる。
そしてもう一度ディーノ村の景色を目に焼き付けるべく、しばし前を見つめ続ける。
前にライトといっしょにここに来たのは、ライトがまだラグーン学園入学の前だったか。
父さんと母さんにラグーン学園に通うことを報告したい、と言われて二人で墓参りに来たんだよな。
……そういやあの時、墓参りの後に勉強のために旧教神殿跡地を二人で見に行ったっけ……
レオニスがふと思い出したのは、前回の墓参りの時のこと。
二人で墓参りを済ませた後、ライトのリクエストでディーノ村の観光になりそうな場所の一つ『旧教神殿跡地』を訪ねた。
その時にライトを小脇に抱えて空を飛んでいき、到着後にライトから特大の雷を落とされたのは良い思い出だ。
「ここに来たついでに、せっかくだから旧教神殿跡地にも寄っていってみるか……」
誰に言うともなく呟くレオニス。
それはまるでライトとの思い出をなぞるように、レオニスはふわり、と宙に浮き、旧教神殿跡地がある場所に向かって飛んでいった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
程なくして、グランとレミの墓標がある丘から旧教神殿跡地に到着したレオニス。
空中からストッ、と降り立ち、キョロキョロと周囲を見回す。
ここも前回訪ねた時と全く変わらず、柱の根元と広間らしき床、そして祭壇の残骸だけが残る、破壊され尽くした無惨な神殿跡があった。
「ここも相変わらずだな……ま、こんなところに観光に来たがるのなんて、ライトくらいのもんだろうけど」
「つーか、ライトは何でここに来たがったんだろう……もしかして、勇者候補生であることと何か関係があるんだろうか?」
ブツブツと独り言を呟きながら、神殿跡地をゆっくりと歩き見て回るレオニス。
するとその時、レオニスの目の前に砂嵐のようなノイズが一瞬走った。
それは昔のテレビでたまに見られた『スノーノイズ』と呼ばれる黒と白の斑模様に似ていて、ザザッ……という雑音とともに起こった。
「…………???」
突如起きた違和感に、レオニスが首を傾げる。
だが、レオニスの冒険者としての勘が『これは単なる目眩などではない』『ここには何かがある』と告げていた。
その冒険者の勘に従い、今度は意識を集中して周囲の風や空気を身体全体で捉える。
すると、レオニスの目の前に先程のノイズが再び走る。
そのノイズを何度か目撃しているうちに、次第にノイズの解像度が上がっていき、モノクロの世界に誰かがいるのが見えた。
それは二人の人物が会話しているような光景で、その二人の会話らしき言葉が途切れ途切れで聞こえてくる。
『…………ロッツァで…………』
『…………シャウキ…………』
『…………者候補…………』
それらの言葉を聞いたレオニスが、思わずその場で叫んだ。
「おい!誰かいるのか!!」
レオニスの声が神殿跡地内に響いた後、静寂の中に周囲の木々の葉擦れの音だけが小さく聞こえてくる。
ここにはレオニス以外に誰もいないので、大声で呼びかけたところで返事が返ってくるはずもない。
しかし、次の瞬間、レオニスは我が目を疑った。
誰もいないはずの神殿跡の床地に、殷紅色のローブを着た若い女性と淡緑色の神官服を着たエルフのような顔立ちの女性が立っていた。