軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1279話 不退転の決意

立入禁止の旧ラグナロッツァ孤児院に誰かが入り込んでいて、それはきっと間違いなくライトに違いない!と思い込んでいたレオニス。

だが、その子供は背丈こそライトくらいの身長だったが、髪型どころか髪の色や瞳の色、果ては顔立ちまでライトとは似ても似つかぬ姿をしているではないか。

ライトは父親譲りの真っ赤なマッシュショートに母親譲りの鶯色の瞳だが、ここにいる少年は後ろに流れるような金髪のショートヘアで、目は透き通るような碧眼。

目の形も少々垂れ目気味のつぶらな瞳ではなくキリッとした釣り目で、ふっくらとした唇のはずが薄くて口角が下がっている。

あまりにも予想外のことに、レオニスは全身が石のように固まってしまっている。

「……ぇ? ぁ、ちょ、待……え? ライト、じゃ、ない……?」

「………………」

呆然としながら呟くレオニスに、ライトは黙ったまま一切口を開かない。

一言でも話せば、その声でやはりライトだということがレオニスにバレてしまうからだ。

そして、ライトがここまで全く別人の姿に成り 果(おお) せたのは、BCOのシステムのおかげだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ライトはラグナロッツァの屋敷に移動した直後、旧宝物庫内でマイページを開きCPショップでとあるアイテムを購入、即使用した。

そのアイテムとは『髪型変更チケット』『髪色変更チケット』『アバター変更チケット(目)』『アバター変更チケット(瞳)』『アバター変更チケット(口)』の合計五個。

これは、BCOで自分のキャラクターの見た目を変更できるアイテムで、マイページのCPショップで一枚につき50CPでの購入が可能だ。

まず髪型を『ワイルドウィング』(後ろに流れるようなヘアスタイル)に変更し、各種アバター変更チケットで髪色と瞳の色、目の形と口の形を変更した。

これでライトの見た目は、完全に別人となった。

おかげでなけなしのCPをほぼ使い切ってしまったが、ライトに後悔はない。

何故CPを使い果たしてまでこんなことをしたのかというと、亀裂付近で誰かに目撃された場合に備えての対策であった。

ライトが勇者候補生だということは、今後も決して誰にも知られてはならない。

万が一バレたら、ライトの養い親であるレオニスにまで多大な迷惑がかかるからだ。

もしライトが勇者候補生だということが広く知られたら、ライトの保護者であるレオニスは周囲の者達から『何故養い子が勇者候補生であることを隠していた?』『お前が勇者候補生を匿っていたせいで、ラグナロッツァは大混乱に陥った』『今回のラグナロッツァの大混乱はレオニス、お前の責任だ!』と責め立てられるだろう。

いや、レオニスは現役最強冒険者だけに、面と向かって非難する者はいないかもしれない。

だがそれは表立って言わないだけのことで、腹の内ではレオニスに対して不満を抱く者も少なからず出るに違いない。

ライトは臆病な自分のせいで、レオニスが冤罪紛いの非難を浴びたり、これまでレオニスが積み上げてきた信頼や輝かしい功績に 瑕(きず) がつくことだけは何としても避けたかった。

しかし、そんなライトの思いや願いとは裏腹に、レオニスの目は誤魔化しきれなかった。

最初のうちこそ戸惑っていたレオニスだったが、整形ばりに顔や髪型を変えたライトを見つめつつ再び話しかけてきた。

「…………いや、やっぱりお前はライトだ。そうだろう?」

「…………」

レオニスの言葉に、ライトは黙ったまま首を横に振り否定する。

レオ兄のことだ、きっと確たる証拠もなくただ勘だけで鎌をかけてるに違いない。

だって俺は、ここまで見た目を変えたんだ。俺自身、鏡で自分の顔を見ても信じられんくらいに違う顔になったんだからな!

だから、このまま一言も喋らずに黙っていれば、俺がライトだということは絶対にバレないはず―――

ライトはそう思いつつ、無言を貫く。

だが、何故かレオニスは一歩も引かない。

今自分の目の前にいる少年はライトだ、そう確信に至る根拠を羅列していく。

「だって、お前……そのマントは、アイギスでカイ姉達に作ってもらったもんだろう?」

「……(ギクッ!)……」

「それに……そのアイテムリュックだって、俺が作って持たせてやったやつじゃねぇか」

「……(ギクギクッ!)……」

「その肘当てはライトの誕生日に俺がプレゼントしたもんだし、腰に佩いてるワンドだってツィちゃんの枝で作った特注品だろ?」

「……………………」

レオニスが鋭い 指摘(ツッコミ) を容赦なく繰り出す度に、ライトは顔を引き攣らせていく。そして最後には、とうとう観念したようにがっくりと項垂れた。

そう、いくら 顔貌(かおかたち) を別人化したところで、装備品や持ち物はライトがいつも身に着けているものばかりだったのだ。

これでは他の誰を騙せても、レオニスを騙すことだけはできなかったのも当然である。

くッそー、持ち物や装備でレオ兄にバレるとは……こんなん想定してなかったやろがえ!

……とはいえ、このフル装備無しでビースリーに挑むのはさすがに無理だもんなぁ。レオ兄の目を誤魔化すのは、土台無理だったって訳か……ハハハハ……

こんなことにも気づけないなんて、俺って馬鹿だなぁ……

レオニスの突きつけてきた根拠があまりにも的を射過ぎていて、なおかつ己の間抜けさに心底呆れ返るライト。

ぐうの音も出ない代わりに、乾いた笑いがこみ上げてくる。

項垂れながら笑いを噛み殺すライトに、レオニスが優しい口調でライトに語りかける。

「さあ、ライト、俺といっしょにカタポレンの家に帰ろう」

「…………」

「ラウルだって心配してるし、そのうちお前を探しにこっちに来る」

「…………」

レオニスの呼びかけに、未だに応えないライト。

だがレオニスは、それでも根気よくライトに話しかけ続けた。

「マキシやフォル、ラーデはまだカタポレンの家で寝てるが……マキシ達が起きないうちに、向こうに戻ろう」

「…………」

「向こうに戻ったらもう一寝入りして、皆で朝ご飯を食べよう。ラウル特製のフレンチトーストがいいか? それともいつもの普通のトーストがいいか?」

「…………」

「…………なぁ、何とか言ってくれ、ライト…………」

「…………」

どれほどレオニスが優しく呼びかけても、ライトからは答えが返ってこない。このことに、レオニスの声は怒るどころか次第に戸惑いと悲しみの色を帯びていく。

別人の顔をしたライトを、レオニスは縋るような目で見つめ続ける。

いや、レオニスだって本当は分かっていた。ライトは不退転の決意をもってここに来たのだ、ということを。

しかし、ここでそれを認めてしまったら最後、もう二度とライトに会えないかもしれない―――そんな思いが、レオニスの胸を締めつける。

単身でビースリーに挑むなど無謀の極みであり、あの宇宙空間から無事に帰還できる保証などどこにもない。

故にレオニスは、どうしてもライトの決意を認められなかったし、何としてでもこちらの世界に引き留めたかった。

するとここで、痺れを切らしたコヨルシャウキが話に割って入ってきた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

『はぁ……其方らは一体いつまで話し込むつもりだ。この此方をここまで待たせるとは、万死に値するぞ?』

「すまん、コヨルシャウキ……こいつは俺の弟で、俺が働いている場所を一目見たくてここに来ただけなんだ。なぁ、ライト、そうだろう?」

待たされることへの苛立ちを隠すことなく、ライトとレオニスの会話を遮るコヨルシャウキ。

そんなコヨルシャウキの機嫌をこれ以上損ねないよう、レオニスが懸命にライトとの関係や言い訳を募っていく。

その中の『俺の弟』という言葉に、コヨルシャウキが敏感に反応した。

『ふむ、この少年が其方の弟とな? 其方達は兄弟なのか?』

「ああ。血は繋がっていないが、こいつはずっと俺といっしょに暮らしてきた家族であり弟だ」

『血縁関係のない兄弟であり家族、か……なるほどな、面白いことではあるが其方の話で合点がいったわ』

レオニスの話に、コヨルシャウキは感心しきりといった様子で頷き続ける。

その意味がレオニスにはまだ分かっていないが、何故だか嫌な予感がする。

「合点? 一体何のことだ?」

『其方の魂は勇者候補生のものではないのに、何故か其方からは常に勇者候補生の残り香のようなものを感じておったのだ』

「!?」

『そうかそうか、此方もずっと不思議に思ってはいたのだ……だが、勇者候補生と長くともに暮らしてきたとなれば、其方の身体から勇者候補生の残り香が漂ってくるのも道理よの』

「!?!?」

コヨルシャウキの話に、レオニスの顔がみるみるうちに驚愕に染まっていく。

彼女の話が正しければ『ライトは勇者候補生である』ということになってしまうからだ。

寝耳に水のとんでもない話に、レオニスは泡を食いつつ反論する。

「いや、ちょ、ちょっと待ってくれ!こいつが勇者候補生だなんて、そんなことある訳ないだろ!?」

『何じゃ、此方の目を疑うのか』

「そういう訳じゃないが……とにかくこいつは勇者候補生なんかじゃない!そりゃ何かの間違いだ!!」

『黙れ』

「…………ッ!!!」

必死に食い下がるレオニスに、コヨルシャウキは無情にもその反論を完全否定する。

そして『黙れ』と言い放ったコヨルシャウキから、とんでもない威圧が発せられた。

あまりにも重苦しい圧に、レオニスの膝がその場に崩れ落ちかける。

『この少年が勇者候補生であることは間違いない。此方の目は誤魔化せぬ』

「……じゃあ、何か? 今からこいつをそっちに連れ去っていこうってのか?」

『無論。こうして勇者候補生が現れたからには、此方とともにこちらの宇宙空間にてビースリーを開始する。そういう約束であったろう?』

「………………」

コヨルシャウキの言い分に、レオニスが愕然とする。

確かにレオニスは、『勇者候補生が現れたら、ビースリーはラグナロッツァでは行わずにそちらの異空間でやってくれ』という旨の話をコヨルシャウキとしていた。

それは、このラグナロッツァでのビースリー勃発による首都壊滅を避けるために、致し方なく認めたギリギリの交渉であった。

しかし、まさかその勇者候補生がライトのことだったとは、レオニスは夢にも思っていなかった。

今更ながらにその交渉内容を思い出したレオニス。

一瞬だけ固まるもすぐに我に返り、慌ててコヨルシャウキに食ってかかる。

「こんなちっこい子供を攫って戦うとか、貴様正気か!?」

『 童(わらべ) であろうが赤子であろうが、勇者候補生であることに変わりはない。しかもこの童は赤子ではなく、己の二本の足でしっかりと立っておる。紛うことなき立派な戦士ぞ』

「だからって!そんな無茶なこと……!!」

『ええぃ、この小虫は最後まで煩い奴じゃ。……さぁ、ヒカル、此方とともに参るぞ』

何とかして引き留めようと足掻くレオニスに、コヨルシャウキはうんざりした様子でライトの方に向き直り声をかける。

ライトに向けて改めて右手を差し伸べたコヨルシャウキに、レオニスはなおも食い下がり続けた。

「そっちにはそいつの代わりに俺が行く!俺はそいつより強いし、いくらでもビースリーの相手になってやる!だから、そいつを連れていかんでくれ!」

『ならぬ』

「どうしてだ!? 俺はこのサイサクス大陸で最も強い冒険者とされているんだぞ!?」

『どうして、だと? そんなもん決まっておろう。其方は勇者候補生ではないからだ』

「……ッ!!!」

ライトの代わりに自分を連れていけ、というレオニスの交渉に、コヨルシャウキが取り合う様子は全くない。

レオニスの提案を、 悉(ことごと) く却下するコヨルシャウキ。

身も蓋もないと言ってしまえばそれまでだが、『お前は勇者候補生ではない』とコヨルシャウキに言われれば、レオニスにはどうすることもできなかった。

『如何に其方が強者であろうとも、此方は勇者候補生ではない者と戦う気はない。これ以上、此方の邪魔立てをするのであれば……向こうでの本番の前に、前哨戦代わりに今すぐここでビースリーを開始しても良いのだぞ?』

「!?!?!?…………そ、それは…………」

それまで必死にライトを取り戻そうとしていたレオニスだったが、コヨルシャウキが突きつけてきたあまりにも無情な言葉に言葉を失う。

今ここでビースリーを始められたら、とてもじゃないがレオニス一人では対処しきれない。下手をすれば、夜が明ける前にラグナロッツァが滅んでしまう。

『これまで此方と其方は、数多の言葉を交わしてきた。短い間なれど、確かに此方は其方と交流を持った。その其方に免じて、其方自身に選ばせてやろう。此方がこの童とともにここを立ち去るのを見送るか、それとも今すぐここでビースリーを始めるか……さぁ、選べ。此方はどちらでも良いぞ』

「……………………」

非情極まりない究極の二択に、レオニスは固まったまま動けない。

選ばせてやる、と言いつつ、レオニスが受け入れられる選択肢は実質的に一つしかない。

そして、コヨルシャウキはこの手の話で冗談を言うことなど絶対にない。それは彼女と一週間近く交流を続けてきたレオニスも、十分に承知していた。

レオニスが答えを選べずに止まっていると、ここでライトが動いた。

ふわり、と宙に浮き、自らコヨルシャウキの右の手のひらに乗っかった。

未だレオニスの前では一言も言葉を発しないライトだったが、自らコヨルシャウキのもとに向かうライトを見て慌てて声をかけた。

「ほら、やっぱりお前はライトじゃないか!その年で空を飛べる人族なんて、ライト以外にいる訳ねぇんだから!」

「…………」

「頼む、待ってくれ!ライト、行くな!」

「…………」

「ライト!!」

「…………」

最後まで無言を貫き答えないライト。

するとレオニスは、今度はガバッ!とコヨルシャウキの方に視線を移して訴えた。

「コヨルシャウキ!どうしてもライトを連れていかなきゃならんなら、せめて俺もいっしょに連れてってくれ!俺もライトとともにビースリーで戦わせてくれ!頼む!!」

『ならぬ。其方にはビースリーに加わる資格はない』

「頼む!後生だから、俺も連れていってくれ!」

『ならぬと言ったらならぬ。此方の血肉は勇者候補生のためにのみある。それ以外の者にくれてやる血肉など一滴もない』

「報酬も褒美も要らん!ライトといっしょに戦わせてくれるだけでいいんだ!」

頑としてレオニスの懇願を拒否するコヨルシャウキ。

このままでは埒が明かないと思ったのか、レオニスが謎の亀裂の宇宙空間目がけて一直線に飛んだ。

だがしかし、亀裂の向こう側にある宇宙空間はコヨルシャウキが支配する領域。コヨルシャウキに認められていないレオニスは、亀裂の向こう側に入れずに透明の壁にぶつかったかのように弾き返されてしまった。

うわッ!という声を上げながら跳ね返されたレオニスを見て、コヨルシャウキの右手のひらに乗っていたライトが思わず身を乗り出して心配している。

しかし、レオニスは諦めない。

見えない透明の壁に向かって、幾度となく突進しては都度跳ね返されている。

そんなことを、五回か六回ほど繰り返しただろうか。

ふとレオニスが上空を見上げると、ライトを乗せたコヨルシャウキの手がもうすぐ亀裂の向こう側に入ろうとしていた。

それを見たレオニスが、思わず「ライト!」と大声で叫んだ。

コヨルシャウキの右手のひらに自ら進んで乗っていった、金髪碧眼の少年。

見た目はライトではない、全く別人の顔をしたライトを見るレオニスの顔は極限まで歪み、悲愴に満ちている。

今にも泣き出しそうなレオニスに、ライトは困ったように小さく笑いながら声を出さず唇だけ動かして何かを告げた。

レオニスには読唇術の心得があるので、その唇の動きでライトが何と言っているのかが瞬時に伝わった。

『ごめんね』

声には出さない別れの言葉。

そしてそれは、自分がライトであることを初めて認めた証左。

その言葉を読み取った瞬間、レオニスがあらん限りの力で絶叫した。

「ライトーーーーーーーーーッ!!!!!」

魂まで引き裂かれそうな、レオニスの悲痛な叫び声が無人のスラム街に無情に響き渡る。

それと同時に、コヨルシャウキの右手が亀裂の向こう側に全て入りきった。

そして謎の亀裂は、静かにスーッ……と閉じて掻き消えた。

こうしてラグナロッツァに突如現れた謎の亀裂は、勇者候補生を呑み込むことで何事もなかったかのように、跡形もなく消えていった。