軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1264話 懐かしい場面と終わりの見えない逡巡

目の前に広がる暗闇を、ボーッ……としながら見つめるライト。

その暗闇には、文字形式の会話が綴られていた。

『あー、またビースリーイベントかよー』

『ここの運営、イベント使い回すのホンット好きだよなー』

『手抜きもいいとこだぜ』

『つーか、雑魚モン2000も狩るの、だっる』

『確かになー。でも今度のボスモンの報酬、かなり良いらしいな?』

『性能的にはイマイチらしいがな』

『でも俺的にはあの見た目はかなり好みだ!』

『ルジェアの星屑の翼だっけ? 確かに見た目綺麗で、かなりイケてるよな!』

『あ、それ、煮貝さんが早速着けてたな』

『俺も『力まかせ』んとこの 基地害(キチガイ) さんのサブが着けてるの見たわ。取れるなら俺も欲しいな』

『…………』

『…………』

『…………』

『しゃあない、他にイベントもないことだし……』

『コヨルシャウキさんからいいもん貰うために、皆で雑魚モン狩り頑張りますか』

『だな』

暗闇に浮かぶその文字列は、BCOの中でかつてライト含む多数のユーザーが繰り広げたチャット形式の会話だった。

かつて画面越しに仲良く遊んでいた仲間達との、懐かしい会話。

それを目で追いながら、ライトはぼんやりと考えていた。

あー、そういや皆であんな会話してたっけな……

ルジェアの星屑の翼……青くてキラキラ光る、蝶々の羽のような翼型のアクセサリーだったか。左右四枚づつの翼が大きく広がってて、ほんのりとピンクに光るオーラをまとってたのがすごく綺麗だったな。

俺も討伐に参加させたサブキャラにドロップして、結構嬉しかったっけ。ああ、懐かしいなぁ……

ライトがそんなことをつらつらと考えていると、突然会話の文字列がフッ……と消えて、目の前が一面真っ暗闇になった。

ン? あれ? どうした? もうこれで終わり?

ライトがキョロキョロと左右を見回していると、目の前の暗闇から突如大きな手が現れた。

「うわッ!」

ライトの前にブワッ!と現れた巨大な手は、ライトの身体を鷲掴みにした。

夢の中だからか、身体を鷲掴みにされる痛みなどは全くなかったが、それでも巨大な手に身体ごと握られるというのは非常に心臓に悪い。

「えッ!? 何ナニ!?」「ちょ、これ、何だよ!離せよ!」とライトが大慌てで叫びながら身を捩りもがくが、巨大な手はびくともしない。

そして暗闇から手だけ出てきていたのが、次第にその姿が露わになっていく。

ライトを掴んでいたのは、コヨルシャウキだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ッ!!!!!」

『………………』

ハッ!と息を呑むライトと、コヨルシャウキの黄色の目がバチッ!と合う。

そうしてしばらく両者は沈黙に包まれたまま睨み合う。

コヨルシャウキはとても大きく、それこそ100メートルを超える神樹達にも引けを取らない。

顔は目が黄色いことと、鼻や口が大きなこと、そして肌が真っ黒いこと、くらいしか分からない。

アステカの女神らしく、頭には長くて大きな羽根が何十枚と使われたド派手な羽根飾りを被り、両耳にも羽根飾りがついたピアスを着けている。

腕や首にも 刺青(タトゥー) があるのが見えるが、黒くて長いマントを羽織っているため全身像が見えない。

コヨルシャウキの黄色い瞳に睨まれて、ライトの身体は次第に硬直していく。

するとここで、コヨルシャウキがライトに話しかけてきた。

『勇者候補生よ、此方と戦え』

「え"ッ!? 俺一人で戦えっての!?」

『此方は勇者候補生と戦うために創られた。故に其方ら勇者候補生は、此方と戦わねばならぬ』

「た、戦わねばならぬって……そ、そんな……」

『此方と戦え』

「俺、まだ十歳にもならん子供だし、武器だってまともなの持ってないのに……そんなん無理だって……」

自分と戦え、と繰り返し主張するコヨルシャウキ。

その黄色の瞳に見つめられ続けるライトは、彼女の手の中で蛇に睨まれた蛙のように竦み上がる。

一方のコヨルシャウキは、喋っていても口が全く動かない。

肌の色も顔が真っ黒なのに首や手は浅黒い茶色の肌であることから、顔は仮面を被っているのかもしれない。

爛々と輝く黄色の瞳に、ライトの意識は吸い込まれそうになる。

その何とも言えない異様な感覚に、ライトは思わず目をギュッ!と瞑る。

そしてライトの意識は再び遠のいていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ライトがふと目を開けると、そこはラグナロッツァの屋敷のライトの部屋だった。

ベッドから見える天井を、ライトはボーッ……としながら眺めている。

すると、ベッドの横にいたマキシがライトに声をかけた。

マキシの横には、マキシ同様椅子に座るラウルがいる。

「あ、ライト君、気がつきましたか?」

「……マキシ君? ここは……ラグナロッツァのぼくの、部屋……?」

「ああ。食堂で俺達と話をしてたら、急に気を失ったんだ。覚えてるか?」

「食堂で……お話し………………ッ」

心配そうに話しかけるラウルの声が、ライトにはどこか遠くから聞こえてくるような気がする。

だが、ライトのぼんやりとしていた頭もラウルの話を聞いているうちに、次第に覚めてきた。

レオ兄の口から『勇者候補生』という言葉が飛び出してきたことで、あまりのショックに自分は気絶してしまったのだ、ということを思い出したライト。

思わず周囲をキョロキョロと見回しながらラウルに問うた。

「……レオ兄ちゃんは?」

「ああ、ご主人様は亀裂の監視に出かけた。本当はずっとライトの傍についていたかっただろうがな……今は本当に緊急事態だから、そうも言ってられん、と言いつつ屋敷を出ていったよ」

「そっか……今はラグナロッツァの危機だもんね……特にあの亀裂の監視は、レオ兄ちゃんじゃなければできないだろうし」

レオニスは亀裂の監視に出かけたとラウルから聞き、ライトは俯きながら納得している。

ふとライトが窓の方を見ると、外はもうすっかり暗くなっていた。

ライトが食堂で気を失ってから、数時間は経過しているようだ。

あれだけの異変を相手に監視役として近づけるのは、レオニス他指折り数える程度の人員しかいないだろう。それはライトにもすぐに分かる。

何もない平時ならともかく、今は正真正銘ラグナロッツァ存亡の機。

一人の倒れた身内の心配よりも、何万人もの人が住む街の危機回避の方がずっと重要だ!と言うつもりは毛頭ないが、ライトの看病はひとまずラウルとマキシに任せて、泣く泣く出かけていった、というところだろう。

「ご主人様は当分の間、夜の間の亀裂の監視とコヨルシャウキとの交渉担当を任された、と言っていた。俺は明日から、冒険者ギルドが主体の食糧配給活動の手伝いをすることになっている」

「僕はしばらくはこのお屋敷か、あるいはカタポレンのおうちに居させてもらうつもりです。アイギスもあの亀裂の騒動が収まるまでは、当分休業することになったので……」

「そっか……二人とも、大変だね……」

今後の予定を語るラウルとマキシに、ライトが労いの言葉をかける。

ラウルの話によると、今日から長くて十日に渡る非常事態宣言と夜間外出禁止令が発令されている間、空間魔法陣持ちはラグナロッツァの民達に配給品を配る役割が与えられたという。

非常事態宣言の期間中の食糧問題は深刻だ。

食料品店や外食店は軒並み閉店しているし、冷蔵庫や冷凍庫などが一般的でないこのサイサクス世界では、非力な平民などすぐに困窮してしまう。

食糧は他の街から転移門を使用して取り寄せて、それを空間魔法陣持ちの冒険者や魔術師に持たせてラグナロッツァ内の各地で配給する、という手筈になっているようだ。

ライトの力無い労いの言葉に、ラウルが心配そうにライトの顔を覗き込む。

「……ライト、どこか具合が悪いのか? さっきも突然倒れたし……」

「ううん、大丈夫だよ……ラウルやマキシ君にまで心配させて、迷惑かけちゃって……ごめんね……」

「いや、ライトが謝ることじゃないさ。誰にだって、体調や気分が優れない時はあるんだし」

「そうですよ!ライト君が謝る必要なんて、一つもないです!」

急に倒れてしまったことで、ラウルやレオニス、そしてマキシにも心配や迷惑をかけたことが本当に申し訳なく思うライト。

そんなライトの謝罪を、ラウルもマキシもすぐに否定した。

そしてラウルが優しい声で、ライトに語りかける。

「ただ……もし、もしも人知れず悩んでいることがあるのなら、いつでも俺達が相談に乗るぞ?」

「ラウルの言う通りです!僕達、ライト君にはいつもお世話になってばかりなんですから!たまには僕達だって、ライト君のために何かしてあげたいんです!」

「ラウル、マキシ君…………ありがとう、本当にありがとう…………」

ラウルとマキシの優しい心遣いに、ライトの瞳から一気に涙が溢れ続ける。

突然泣き出したライトに、ラウルもマキシも泡を食ったように「え、ちょ、待、どうした、ライト!?」「ライト君!? そんな泣き出す程の悩みがあるんですか!?」と驚きながら、懸命にライトを慰めようとしている。

ラウルもマキシ君も嘘がつけないから、きっとこんな時には全てを正直に話して、胸の内を打ち明けるだろうな……

でも俺は平気で嘘をつける人族だし、こんなに親身になって俺のことを心配してくれるラウルやマキシ君にだって、まだ嘘をつき続けている……

いや、ラウルやマキシ君だけじゃない、レオ兄にだってずっと本当のことを言っていない。俺は本当は、このサイサクス世界の人間じゃないってことを……

でも、こんなこと、誰にも言えやしない……コヨルシャウキが探している勇者候補生ってのは、実は俺のことだなんて……

こんなんどうすりゃいいんだ…………

ポロポロと大粒の涙を流しながら、激しい罪悪感に苛まれるライト。

その心の中はいつまでも逡巡し続けていた。