作品タイトル不明
第1198話 クロエの悲嘆と歓喜
天空樹の島にある転移門を使い、カタポレンの家に戻ったライトとラウル。
二人は暗黒の洞窟を目指し、バビュン!と猛烈な勢いで空を飛んでいく。
そのスピードはさながら弾丸か流星のようなとんでもない速度で、音速を超えるかと思う程の凄まじい勢いだ。
ライトはあらん限りの力で飛んでいて、ラウルがそれに合わせる形で飛んでいるのだが、正直ラウルもほぼ全速力に近い速度で飛んでいる。
ラウルはライトの横で並行に飛びながら、内心では『ライト、すげーな……』と密かに舌を巻いていた。
そんな全身全霊全速力飛行のおかげで、カタポレンの家から暗黒の洞窟入口まで三分とかからずに到着したライト達。
家から三分未満で行けるとなると、もはやこの暗黒の洞窟がある岩山は本当の意味でご近所さんとなったかもしれない。
二人は暗黒の洞窟の入口で一旦止まり、アイテムリュックや空間魔法陣からそれぞれ闇の勲章を取り出す。そしてそれらをマントやジャケットのポケットに忍ばせた。
こうしておけば、洞窟内で魔物達に襲いかかられる心配はなくなるからだ。
いや、今のライト達なら暗黒の洞窟の雑魚魔物など敵ではない。
だがしかし、今は一分一秒が惜しい。出てくるだけで行く手を阻む鬱陶しい雑魚魔物は、最初から排除しておくべきなのである。
二人は暗黒の洞窟の入口から、一気に奥まで駆け抜ける。
そして一層の移動用円陣から、クロエが留守番をしている最奥の間まで移動していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
移動用円陣により、暗黒の洞窟最奥に辿り着いたライトとラウル。
早速暗黒神殿の中に入っていく。
暗黒神殿の中でライト達が見たのは、祭壇の前で一人ブツブツと呟くクロエだった。
『今のところ、ものすごく大きな変化は起きてないと思うけど―――』
『え、そんなことしていいの?―――』
『……分かった。後でマードンに言っておくね』
ライト達がクロエのもとにそっと近づいていくが、クロエはそのことに全く気づいていない。クロエは祭壇と向き合う形でその場に座っているため、入口には背を向けているからだろうか。
しかもだんだんと聞こえてくるクロエの言葉の内容からして、ここにはいない誰かと会話しているようだ。
それは言わずもがな、クロエがパパと慕うレオニスであろうことはライト達にも容易に想像がついた。
見えない誰かとの会話が一段落したようで、ふぅ……と小さくため息をつくクロエ。
ようやく話しかけるチャンスが来た!とばかりに、まずライトがクロエにそっと声をかけた。
「あのー……ココちゃん?」
『ピャッ!?!?!?』
突如背後から声をかけられたことに、クロエがビクンッ!と思いっきり飛び跳ねてから慌てて後ろを振り向いた。
『え!? え!? 何ナニッ!?…………って、お兄ちゃん!?』
「ココちゃん、こんばんは!」
『ぁ、うん、こんばんは……って、ラウル君もいる???』
「よう、ココちゃん、久しぶり」
振り向いたらライトとラウルがいたことに、クロエがびっくりした顔をしている。
実際ライト達が今ここに現れるなど、クロエでなくとも予想できるはずがない。
クロエはびっくりしたままの顔で、ライト達に問うた。
『え、え、どうしてお兄ちゃん達がここにいるの?』
「ぼく達、闇の女王様に頼まれてここに来たんだ」
『え? ママに頼まれて? ……って、あれ? ママ? ……ママ、さっきまでここにいたのに……どこにいっちゃったの???』
ライトの話を聞いたクロエが、キョロキョロと辺りを見回す。
どうやらクロエは、闇の女王が外に出かけたことに全く気づいていなかったようだ。
闇の精霊の目を通して天空島の戦いを見たり、向こうにいるレオニスとの会話に夢中になっていたせいだろう。
闇の女王がここにいないと知ったクロエ。途端に心細くなってきたのか、ふぇぇ……と泣き出した。
『……ママ、ココを置いていくなんて、酷いよぅ……ぅぇぇぇぇ……』
「コ、ココちゃん!闇の女王様を恨まないであげて!闇の女王様も、天空島の危機から皆と世界を救うために駆けつけてくれたんだ!」
『でも……ココだけ置いてきぼりだなんて……ぅぅぅ……ママぁ……』
愛らしい顔を歪ませて泣きべそをかくクロエ。鋼鉄の目隠しの下から、ポロポロと涙が溢れ落ちる。
そしてポロポロと溢れる涙を、頬のあたりで両手でグシグシと拭う姿が何とも痛ましい。
見た目は妖艶な美女のクロエだが、中身はまだまだ幼子に近い。
母と慕う闇の女王に置いてきぼりにされた、と思い悲嘆に暮れるのも当然のことだった。
悲しそうに泣きじゃくるクロエを見たライトが、慌てながら必死にフォローに努めている。が、あまり効果が出ていないようだ。
そんなクロエに、今度はラウルが優しい声で語りかける。
「闇の女王がココちゃんを置いていったのは、君を危険な目に遭わせたくないからだろう? ココちゃんにだって、それくらい分かってるよな?」
『……ぅぅぅ……それは、分かるけど……でも……』
「それに、俺達が闇の女王に頼まれたことってのが何なのか、ココちゃんは気にならないか?」
『…………???』
幼子をあやすようなラウルの問いかけに、それまでシクシクと泣いていたクロエの泣き声が止まった。
確かに言われてみれば、ライト達が二人でここを訪れた理由がとても気になる。
今は天空島で皆戦っている最中で、そんな中ライトやラウルだって最前線には立たずともきっと後方支援で頑張っているに違いない。
なのに、それを放り出してまでここに駆けつけてきた理由とは、一体何だろう?
泣きべそから一転、不思議そうな顔で考え込むクロエに、ラウルが早々に答えを明かした。
「闇の女王がな、俺達に『ココ様を連れて来てくれ』と頼んできたんだ」
『ココを? 連れて? どこに行くの?』
「だから、天空島だよ。あの邪皇竜が完全に成体化するのを食い止めるには、ココちゃんの力が必要なんだと」
『!!!!!』
自分の力が必要とされていることを知ったクロエ。
それだけでもう既にとても嬉しいことなのに、何とそれは闇の女王の願いだというではないか。
この事実は、クロエが抱えていた悲しみを瞬時に吹き飛ばした。
悲嘆の涙は完全に止まり、薄っすらと輝く錫色の頬がほんのりと紅く染まる。
『ラウル君、それ、ホント!?』
「ああ、本当だとも。今ここでそんな嘘をつく必要などないし、そもそも俺は妖精だから決して嘘はつかん」
『そ、そうよね!ラウル君がココに嘘をつく訳ないもんね!』
満面の笑みで真偽を問うクロエに、ラウルが微笑みながら肯定する。
暗黒神殿の床にぺたんこ座りしているクロエの頭を、ラウルが優しく撫でる。
クロエにとってラウルは、レオニスとライトの次に大好きな友達だ。いつも美味しいスイーツを振る舞ってくれるし、そもそもこの暗黒の洞窟の最奥まで来れる者自体が限られている。
もはや親友と言っても過言ではないラウルの話を聞いたクロエ。
彼女の頬を伝った数多の涙はすっかり消え失せ、喜びに満ちた笑顔になっていた。
「さ、あまり時間もないし、天空島に行こう」
『うん!!……って、ココ、飛んだり早く走ったりするの、多分無理なんだけど……どうしよう、このままじゃ天空島に行くまでにすっごい時間がかかっちゃう……』
早速天空島に行こう、と促すラウルの言葉に、最初は大喜びしていたクロエだったがすぐに萎んでしまう。
それは、自分は素早く動くことに不向きな身体だということに気づいたからだった。
実際クロエは飛行能力を持っていないし、全速力で地を這い走り続けるにしても大蛇の身体では早く走るのは到底無理だ。天空島に行く以前に、転移門があるカタポレンの家まで辿り着くのすら相当時間がかかるだろう。
自分の身体能力が劣っているばかりに、ライト達の足を引っ張ってしまう―――またも落ち込んでしまったクロエに、ライトが努めて明るい声で話しかける。
「ココちゃん、それなら大丈夫、心配いらないよ!ぼくとラウルがココちゃんの身体を抱っこしながら飛ぶから!」
『……え? お兄ちゃん達が、ココを抱っこして連れてってくれるの……?』
「うん!その方が早く天空島に着くし、ここに来るまでにラウルともそういう話をしてたんだ!」
『そ、そうなんだ……だったら、すぐにでも天空島に行けちゃう、かも?』
ライトが明かした秘策?に、しょんぼりと俯いていたクロエが再び上を向いた。
見上げるとそこには、ライトとラウルの顔がある。
二人の顔は笑顔に満ちていて、『全部ぼく達に任せて!』『俺達がついている、心配すんな』と言っているようにクロエには思えた。
頼もしい兄と親友の笑顔に支えられて、クロエがすくっ!と立ち上がる。
『よし!そしたらお兄ちゃん、ラウル君、ココは身体が長くて大きいから、とっても重たいかもしれないけど……よろしくね!』
「うん!任せて!」
「俺達がちゃんと天空島まで連れてってやる。だから安心しな」
『うん!!』
まずクロエが率先して暗黒神殿の入口に向かって走り出す。
元気を取り戻したクロエの後を、ライトとラウルは微笑みながら追いかけていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
暗黒の洞窟の最奥の間、その中央にある移動用円陣の手前でライト達三人が立つ。
まずラウルがクロエの上半身をお姫様抱っこで持ち上げて、ライトはクロエの下半身の方、尻尾寄りの方を持ち上げる。
クロエの身長はとうに5メートルを超えていて、その体重も三桁kgなのだが。ライトやラウルが重たそうにすることは全くない。
二人ともクロエの長くて重たい身体をひょい、と軽々と持ち上げている。
そして二人は移動用円陣の中に入りながら、クロエに声をかける。
「ココちゃん、この最奥の間を出たらずっと飛び続けるからね」
『うん……』
「何だ、初めての外の世界に緊張してるのか?」
『う、うん……ちょっとだけ、緊張してる、かも……』
暗黒神殿を出た時とはまた違い、打って変わって神妙な面持ちのクロエ。
クロエがこの最奥の間の外に出るのは、正真正銘これが初めてのことであり、緊張するのも無理はない。
外の世界自体は、いつも闇の精霊の目を通して見てきてはいるのだが。今回は画面越しに見る映像とは違う。
この暗黒の洞窟最奥の間では決して感じることのできない、本物の空気―――冬の凍てつくような冷たい空気や風の流れ、木々のざわめきが待っている……そう思うだけで、クロエの胸は弥が上にも高鳴る。
緊張感バリバリのクロエに、ラウルが微笑みながら話しかける。
「これから結構な速さで飛び続けるから、俺の身体にしっかり捕まってろよ?」
『わ、分かったわ!』
「じゃ、行くぞ」
『うん!ラウル君、お兄ちゃん、よろしくね!』
「任せて!」
ラウルのアドバイスに従い、クロエは両手をラウルの首の後ろで組みながらしっかりとラウルに抱きつく。
準備万端整い、ラウルの掛け声にクロエも力強い声で応える。
ライトとラウル、そしてクロエは移動用円陣を使い、暗黒の洞窟の一層奥に移動していった。