軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1012話 言葉を尽くす努力

衝動的に食堂を飛び出したライトは、屋敷の二階にある自室に入るなりベッドに飛び込んで布団を被り潜り込んだ。

先程レオニスから聞いた衝撃の手段、復元魔法の危険性ばかりがライトの頭の中を埋め尽くす。

『……レオ兄がまたあの復元魔法を使うなんて……』

『しかも今度のは元魔剣の聖遺物……そんなものを直すなんて無茶だ……前回の謎本以上に魔力を食われまくるに決まってる!』

『謎本の時には、魔石のストック半分を消費するだけで済んだし、今はあの時よりもたくさんの魔石を貯めてはあるけど……』

『ただの本を直すより、聖遺物の剣を直す方が何倍も何十倍も魔力が要るはず……そこでもし魔石が足りないなんてことになったら……今度こそ、レオ兄の生命が全部吸い取られかねないってのに……!』

ライトの中の不安は湧き上がるばかり。

実際のところ、ライトが不安に駆られるのも致し方ない。

古ぼけた薄い本を復元するよりも、四帝にまつわる聖遺物を修復する方がはるかに難しく、膨大な魔力が要るだろう。

前回のレオニスはその魔力を魔石で補ったが、もし今回貯めに貯めた魔石全てを注ぎ込んでも足りなければ―――その時こそ、レオニスの生命を削るに違いない。

もちろんライトとしては、そんなことは絶対に許容できない。

だがらと言って、何が何でも拒絶してばかりではいられないことも同時に理解していた。

『でも……ここで聖遺物が失われたら……二度と四帝を討ち倒すことができなくなる……』

『四帝が世界中のあちこちで暗躍し続ける限り、このサイサクス世界に真の平和は訪れない……マキシ君や炎の女王様、そしてツィちゃんのように、いつ何時襲われて蹂躙されるかも分からない、そんな世界が続くことになる』

『それだけは絶対に阻止しなきゃならない……でもそのためには、真っ二つに折れて弱ってしまった聖遺物をレオ兄が直さなきゃならない……』

『ぅぅぅ……イグニス君のことだって、何とかしなきゃなんないのに…………』

『うああああッ!こんなんどうすりゃいいんだーーー!』

いろんな考えが入り混じり、布団の中でジタバタするライト。

するとその時、布団の外に誰かの気配がした。

モゾモゾと動くベッドの縁にぽすん、と座ったのは、マキシだった。

「……ライト君、大丈夫ですか?」

「…………大丈夫くない…………」

「僕に何か、ライト君のお手伝いすることはできますか?」

「………………」

優しい口調で語りかけるマキシに、ライトはおずおずと布団の中から顔だけ出した。

「……ごめんね、マキシ君にまで心配させちゃって」

「そんなことありませんよ。だってライト君は、僕の大事な家族ですもん」

「マキシ君……ありがとう」

布団から顔だけ出しながらマキシの顔を見上げるライト。

そんなライトのあどけない顔を見て、マキシがニコニコと微笑む。

マキシは八咫烏兄弟姉妹の中で、一番下の弟。ミサキという双子の妹こそいるが、それでも男兄弟の中では末っ子だ。

そんなマキシだが、自分より年下の幼いライトを見る眼差しは実の弟を見つめるかのようだ。

「ねぇ、ライト君。僕は人里に来てまだ日も浅いから、ラグナ教とか聖遺物のこととか、復元魔法のこととかよく分からないんだ。だから、ライト君やレオニスさんがどうして困っているのかも全然分からなくて……」

「うん、そうだよね……マキシ君もラウルも、復元魔法とかラグナ教のことなんて分からないよね。それは、ちゃんと説明してこなかったぼく達が悪いんだ。マキシ君、本当にごめんなさい」

「そんなの、ライト君が謝ることじゃないよ!ただ……何も知らないことで、ライト君やレオニスさんの力になれないことが僕はすごく悔しいんだ」

「…………ッ!!」

目を伏せながら悲しげに俯くマキシに、ライトはものすごく申し訳ない気持ちになる。

妖精のラウルや八咫烏のマキシが、人里の施設や慣習などに疎いのは当然だし致し方ないことだ。

なのにそれを良しとせずに悔いて、自分達の力になりたい!とマキシが思ってくれていることを知り、ライトは感動していた。

感激の眼差しで見つめてくるライトに、マキシは微笑みながら問いかける。

「だから、もしライト君さえ良ければ、僕にいろいろと教えてくれる? 今からでも皆の力になりたいんだ」

「うん!ラグナ教っていうのは、人族が心の拠り所を求めて作った宗教という信仰のための組織でね…………」

皆の力になりたい、というマキシの言葉に、ライトは布団から飛び起きて話し始めた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

一方で、食堂に取り残されたレオニスとラウル。

復元魔法というのはこれこれこういうもので、でもって聖遺物は絶対に失う訳にはいかん、だから復元魔法を使って修復する、といった話をレオニスがラウルに説明していた。

全て聞き終えたラウルは、はぁー……と深いため息をつきながら呟く。

「まぁなぁ……確かにご主人様のその話を聞けば、それが絶対に必要なことだってのは分かるし、もちろんライトだってそれは重々承知してるんだろうとは思うが……」

「ああ。だから今回ばかりは、ライトの頼みであっても聞くことはできん」

いつもならライトに甘い ご主人様(レオニス) が、どうして今回ばかりはライトの願いを頑として聞き入れなかったのか。

その理由を知ったラウルは、ただただため息をつくしかない。

ラウルにとって大小二人のご主人様は、どちらも大事な親友であり家族であり仲間だ。

これから大事を成すという時に、二人が仲違いしたり口も利かないような冷戦状態が続くようでは困る。

というか、大事のあるなしに拘わらず、ラウルが個人的に二人が喧嘩しているところを見ていたくない、というのもある。

ラウルは打開策を求めつつ、レオニスに問いかけた。

「でも、ご主人様だって別にその聖遺物に生命を捧げるつもりはない訳だろ?」

「もちろんだ。今まで復元魔法は二回しか使ったことがないが、その時に比べたら俺だって強くなっている。属性の女王達や神樹族の加護もたくさん得たしな」

「だよなぁ。でも……それならそれで、ご主人様の方からライトに『俺は絶対に死なないから、心配すんな』くらい言って、安心させてやらなきゃならないんじゃないのか?」

「…………」

ラウルの尤もな言い分に、レオニスは思わず言葉に詰まる。

確かにそれはラウルの言う通りで、例えそれが一切根拠のない言葉であっても、レオニスにそう言われればライトも少なからず安堵するだろう。

ましてやレオニスは世界最強を誇る現役冒険者。実際に世界で一番強い人間なのだから、それは決して空手形にはなり得ない。

そう、レオニスの口から『大丈夫』『心配すんな』という一言があるのとないのとでは、ライトの心持ちだって天地の差程変わるのだ。

ラウルの素朴な疑問からくる問いかけは、さらに続く。

「つーか、ご主人様にも子供の頃に大事な人はいなかったのか? ……いや、確か何人かいたよな? ライトの父親や母親だった人とか、同じ孤児院で育ったというカイさん達とかか?」

「ああ……グラン兄もレミ姉もカイ姉達も、皆……皆、大事な俺の家族だ」

「その人達が今のご主人様のように、誰かのために命がけで何かをしなきゃならん、となったら……ご主人様は一度も反対せずに、簡単に許して快く送り出せるのか?」

「…………ッ!!」

我が身に置き換えて考えてみろ、と暗に言われたレオニスの顔がハッ!となる。

かつてレオニスも、単身で敵地に乗り込もうとしたグランをレミ達とともに必死になって止めたことがあった。

それはレミやレオニス達が住む孤児院全体のための行動だったが、それにより逆にグランが犯罪者となって名誉が損なわれることが嫌だったのだ。

それは例えとしては非常に規模が小さく、甚だ個人的な内容ではあるが、今回のライトとレオニスの件とも通じる部分が多々あった。

その理由『孤児院のため』を『世界平和のため』に置き換えて、それを実現させるために犠牲にするものが『グランの名誉』と『レオニスの生命』と考えれば、それらの本質は全く同じものだった。

「ご主人様は……いや、俺もそうだが、ライトはまだ十歳にもならない子供だってことを忘れてやしねぇか?」

「…………」

「あの小さなご主人様は、いつでも賢くて物分かりが良くて、見た目以上に何でも卒なくこなしちまうからついつい忘れがちだが……本来は俺達が庇護してやらなきゃならん子供なんだぞ?」

「…………」

「子供なんて、本来はわがまま言ったり駄々をこねたりして当然の生き物だ。そんな子供に、いくら普段から物分かりが良いからって、何でもかんでも理解を求める方が酷ってもんだろうよ」

「…………もういい、俺が悪かった」

ラウルにどんどん理詰めで責め立てられたレオニスが、とうとう観念して白旗を上げた。ラウルがレオニスを言い負かすというのは、何とも珍しい光景である。

しかしラウルの言うことは全て正論であり、レオニスに反論の余地など微塵もなかった。

ライトの物分かりの良さに甘えて、言葉を尽くす努力を怠っていたのは他ならぬレオニス自身であることを、レオニスはラウルに諭されたことでようやく自覚した。

無言で項垂れるレオニスに、ラウルはさらに発破をかける。

「ご主人様が悪かったんなら、どうするべきだ?」

「……ライトにちゃんと謝って、必ず生きて帰ることを約束する」

「おお、よく分かってんじゃねぇか。なら早速二階のライトの部屋に行くんだな」

「分かった、ありがとう」

ライトの居場所を教えてもらったレオニスが、早速食堂から出ていき二階に向かう。

レオニスはまだラグナ神殿の現場から帰ったままで、いつもの深紅のロングジャケットを着ている。

レオニスの赤色の背中を、ラウルは小さく微笑みながら見送っていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

場所は再び二階のライトの部屋に戻る。

そこでライトはマキシ相手に、今回の事件に関連する様々なことを教えていた。

復元魔法はどういうものであるかの他にも、ラグナ神殿の普段の役割やそこで行われているジョブ適性判断等の儀式、聖遺物と呼ばれる四つの武器、それらが発見された場所、そして聖遺物はいずれ四帝の本体に辿り着くために必要な品々であること、等々。

ライトの口から語られるそれらの話を、マキシは真剣に聞き入っていた。

「なるほど……だからレオニスさんは、己の生命をかけてでもその復元魔法を使って、聖遺物を万全の状態に戻そうとしているんだね」

「うん……それは絶対に必要なことだし、それができるのはレオ兄ちゃんだけだってのも、本当はぼくにも分かってるんだ……」

「でも、焼き芋を生のサツマイモ、つまりは焼く前の状態に戻すだけで何日も寝込んだんでしょ? それならライト君がすごく心配するのも当然だよ!」

「うん……」

ライトの心情を全て理解してくれるマキシに、ライトはだんだんと俯いていく。

今の状況で、壊れかけた聖遺物を元に戻せるのはレオニス唯一人―――この事実を一度でも認めてしまえば、レオニスが復元魔法を使うことを止められなくなるからだ。

だがマキシは、そんなライトを励ますべく努めて明るい声で話しかける。

「その復元魔法を実行するには、ものすごくたくさんの魔力が要るんだよね?」

「うん……そのために、カタポレンの森で作った魔石を全部使うつもりなんだと思う。……もちろん魔石を全部使うのは構わないんだ、むしろそれでも足りなかった時のことを考えると……」

ライトがずっと懸念していた魔力不足のことを、不安そうに口にして伝える。

すると、マキシはニッコリと笑いながらライトに提案した。

「そしたら、僕の魔力をレオニスさんにあげるよ」

「…………え? そんなことができるの?」

「もちろん!だって僕は八咫烏だもの!」

「…………八咫烏って、本当にすごいんだね!」

とんでもない提案を事も無げに明るく言い放つマキシに、ライトが心底びっくりしている。

だが、八咫烏という種族は高い魔力を持つことで有名な霊鳥族。その中でもマキシは代々魔力の高い族長一族の子として生まれた。

かつては廃都の魔城の四帝の奸計により、体内に穢れを埋め込まれてずっと魔力を奪われ続けてきた。

しかしその穢れが祓われた今、マキシは本来の魔力を取り戻しメキメキと成長を遂げている。

そのマキシがレオニスに魔力をあげる、と言ってくれたことは、ライトにとって希望の光にも等しかった。

「それに、レオニスさんに魔力を分け与えるのは、何も僕だけじゃないよ」

「え? そなの?」

「神樹のツィちゃんや大神樹のシアちゃん、天空樹のエルちゃんなんかも、お願いすれば絶対に協力してくれるはずだよ!」

「ツィちゃんにシアちゃん、エルちゃん……」

「それ以外にも、例えば目覚めの湖にいる水の女王様や水神のアクア君だって、レオニスさんにならきっと喜んで力を貸してくれると思う!」

「………………そうだよね!」

次々と具体的な協力先を挙げるマキシの言葉に、ライトは目から鱗が落ちる思いだった。

確かに今マキシが挙げた神樹族や属性の女王達とは、レオニスともそれなりに親交がある。

そしてどちらも廃都の魔城の四帝から様々な襲撃を受けており、敵対しているという点でもレオニスと共通している。

そう、聖遺物を直す魔力がレオニス一人だけでは足りないというのなら、他の者達に助けを請えばいいのだ。

マキシの提案によって、そのことに気づいたライトの顔が一気に明るくなる。

「じゃあぼく、今度ツィちゃんや水の女王様達皆に『レオ兄ちゃんに力を貸してください』って、お願いしてくるよ!」

「それ、いいね!僕もシアちゃんにお願いしに行くね!」

瞬時に明るい希望に満ちたライトとマキシ。

二人してベッドの上でキャッキャとはしゃいでいると、ふいに部屋の扉が開いた。

「……ン? 誰?」

「ライト、俺だ……入ってもいいか?」

「うん……どうぞ、入って」

部屋の扉の向こうの廊下側で、おずおずと声をかけてきたレオニスに、ライトも若干ぎこちなく答える。

さっき食堂で言い合ったばかりなので、お互いに少しだけ気まずそうな雰囲気だ。

ベッドの横にまで歩いてきたレオニス。ライトはベッドの上に座ったまま、レオニスを迎え入れる。

「その、何だ…………ライト、さっきはすまなかった。お前の気持ちを全く考えてやれてなかった」

「ううん、ぼくの方こそ……わがまま言って、レオ兄ちゃんを困らせちゃってごめんなさい……」

「………………」

俯きながらレオニスに向かって謝るライトに、レオニスの胸は締めつけられる。

大事な人を失うかもしれないことを恐れ、反対したことを『自分のわがままだった』と受け入れてしまったライト。

そんなのはわがままでも何でもない、当然の反応だったのに―――ライトがこんなにも物分かりが良く、見た目に反して大人顔負けの言動を取るようになってしまったのは、きっと自分が至らなかったせいだ―――レオニスはそう考えていた。

レオニスはライトのベッドの横にしゃがみ、俯くライトの顔を見上げる。

「あんなのがわがままなんて言ったら、俺なんてもっとわがままの分からず屋ってことになっちまうぞ?」

「ううん、そんなことないよ。レオ兄ちゃんはいつだって、ぼくやラウル、マキシ君や皆のために力を尽くしてくれてるんだもん」

「そうやって、お前が物分かりが良過ぎて俺を甘やかしてくれるもんだから、それに胡座をかいちまってたが……ごめんなぁ」

「ン? 何の事?」

申し訳なさそうに謝るレオニスに、ライトはきょとんとした顔をしている。

レオニスが先程ラウルに思いっきり言い負かされたことをライトは全く知らない。なので、レオニスが何故ライトに謝るのかさっぱり分からないのである。

そんなライトを、今度こそ安心させるべくレオニスは言葉を尽くす。

「なぁ、ライト。お前は俺のことを信じてくれるか?」

「そりゃもちろん!レオ兄ちゃんのことなら、何があっても絶対に信じてるよ!」

「そうか、ありがとう。なら、俺はお前に約束する。復元魔法を使っても絶対に死なない、と」

「…………ホント?」

「ああ、本当だ。俺が最後に復元魔法を使ったあの時より、俺自身かなり強くなってるんだぞ? だってあの頃はまだ、神樹族や属性の女王達と一人も出会っていなかったんだから」

「………………」

レオニスの力強い言葉に、ライトの心の中にどんどん希望が満ちていく。

言われてみればその通りで、謎本を復元した頃はまだ高位の存在とほとんど出会っていなかった。

だが今は、ライトにもレオニスにもたくさんの友達がいる。そのことに気づいていたのは、何もライトだけではなかったのだ。

喜びに満ちたライトは、レオニスに嬉しそうに話し始めた。

「あのね、レオ兄ちゃん、ぼくも今マキシ君といろんなお話をしてたの!」

「どんな話をしてたんだ?」

「もし復元魔法を使ってて、レオ兄ちゃんの魔力や準備した魔石だけで足りなかったとしても、マキシ君がレオ兄ちゃんに魔力を分けてくれるって!」

「おお、そりゃ心強いな!マキシ、その時は是非ともよろしくな!」

「任せてください!実行当日にはラウルにも協力してもらいましょう!」

マキシが助力を申し出てくれたことを知り、レオニスが改めてマキシに向けて協力要請をした。

もちろんマキシに否やなどない。それどころか、今ここにいないラウルの協力参加まで確約する勢いである。

「それだけじゃないよ、ツィちゃんやシアちゃん、エルちゃん、そして属性の女王様達にも協力してもらおうって話してたんだ!」

「ああ、確かにそういう手もあるな!」

「でね、でね、アクアやウィカ、ヴィーちゃんやグリンちゃん、ラグスさんや白銀さんとかにも、話せばきっと力を貸してくれると思う!」

「おお、そこら辺も全部巻き込んで力を貸してもらうとするか!」

新たに繰り出してきた魔力対策を嬉しそうに語るライトに、レオニスも驚きに満ちた顔でともに喜ぶ。

もちろんそれらの協力は今から要請することなので、まだ協力確定には至っていない。いわゆる『捕らぬ狸の皮算用』な段階である。

だが、ライト達の要請が断られることはないだろう。これまでライト達が出会ってきた神樹族や属性の女王達は、皆レオニスやライトに対して何らかの恩義がある。

そしてそんな恩義などなくとも、ライトとレオニスは彼ら彼女らにとって大事な知己であり友達なのだから。

復元魔法という禁断の秘術から、レオニスの生命を守るために様々な案を出すライト達。

その語り合う姿は、いつの間にかいつもの仲睦まじい兄弟に戻っていた。