軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1002話 友の身を案じる少女

レオニスがラグナ神殿の主教座聖堂に入る、少し前のこと。

冒険者ギルド総本部を飛び出したレオニスは、ラグナ神殿正門に向かってひたすら走っていた。

『くそッ、三週間後に正面切って【深淵の魂喰い】と対決するはずだったのに……よりによってその直前に、聖堂で異変が起きるとは……』

『使者の話では、かなりの爆音と地震のような大きな揺れを感じたって話だったが……煙が出てないのを見ると、火事なんかは起きてなさそうだ』

『もし火事になってたらかなりマズいが、それにしても火の手が上がらない爆音とは……ラグナ神殿で一体何が起きている?』

レオニスが走りながら思案を巡らせているうちに、ラグナ神殿の正門近くに着いた。

ラグナ神殿の中に入るべく正門に向かう途中、レオニスはふとその足を止めた。正門付近に、見覚えのある馬車が停車していたからだ。

その馬車は、ライトやレオニス、ラウルがご近所さんと呼ぶウォーベック家のもの。レオニスもラグナロッツァの屋敷を活用するようになってから、何度もその馬車をウォーベック邸で見かけていたので絶対に間違いない。

レオニスはウォーベック家の馬車にゆっくりと近づいていった。

すると、馬車の向こう側にはウォーベック伯爵夫妻とその子供、長男と長女が立っていた。

困惑顔の四人は、まだレオニスの存在に気づいていない。レオニスの方からクラウス達に声をかけた。

「よう、ウォーベック伯。こんなところでどうしたんだ?」

「あッ、レオニス君!」

レオニスに声をかけられたことで、四人の視線が一斉にレオニスに集中する。

そしてクラウスの方から事情を説明し始めた。

「今日は息子のウィルフレッドのジョブ適性判断を受ける日でな。一家全員でそれを見届けに来ていたんだ」

「おお、そうなのか。良さそうなジョブは出たのか?」

「ありがたいことに、五つも出てきてくれたよ」

「そりゃ良かったな!五つもジョブ候補が出たなんて、すげーじゃねぇか!」

「ありがとう。……で、私達は早速家に帰って、ウィルフレッドのこれからのことを話し合おうと、ラグナ神殿を早々に出たんだ。そしたら……」

「…………この騒ぎってことか」

クラウス達がここにいる経緯を早々に察したレオニスに、クラウスがコクリ、と小さく頷く。

するとその時、レオニスの深紅のロングジャケットの腰の辺りに、クイッ……と何かに引っ張られる感触があった。

レオニスがその感触のもとを見ると、それはライトの同級生のハリエットだった。

ハリエットは、小さな両手でレオニスの深紅のロングジャケットを握りしめながら俯いている。

そして微かに震える声で、レオニスに訴えかけた。

「今日のジョブ適性判断には、私のお友達の……イヴリンちゃんやリリィちゃん、ジョゼさん、そして皆の幼馴染のイグニスさんも、いっしょに来て見学してたんです……」

「何ッ!? まさかライトも来てたのか!?」

「いいえ、ライトさんはまだラグナ神殿の聖堂に入るのが怖いから、と言っていて、今日は来ていません」

「そ、そうか……そりゃそうだな」

ハリエットの話に、レオニスはギョッ!?とした顔で驚いている。

ハリエットを含むその四人は、ライトの同級生である。先日の秋の大運動会でも昼食をともにした仲であり、またライトとも日頃から仲良しであることをレオニスも本人からよく聞いていた。

なので、もしかしてライトも今ここにいるのか!?とレオニスは驚愕したのだ。

だが、ハリエットの話ではライトはここに来ていないと言う。

確かにライトは今から一年ほど前に、ラグナ神殿の主教座聖堂で生死を彷徨うかの如き恐怖を味わった。

その時の心の傷がまだ癒えていないライトが、いくら仲の良い友達たちが皆で出かけるからといって、ラグナ神殿の聖堂に入る訳がないのだ。

思わず安堵するレオニスだったが、事態は決して喜ばしい状況ではない。むしろ、より深刻化したと言ってもいい。

ライトの仲良しの友達たちが、この事件に巻き込まれている可能性が高まったことに、レオニスの顔は一気に強張る。

言葉に詰まったハリエットの代わりに、クラウスが状況説明を続けた。

「ウィルフレッドのジョブ適性判断を無事終えて、私達が馬車に乗り込んでさあ家に帰ろうとしたその瞬間に、神殿の方からとんでもない爆音が聞こえてきたんだ」

「神殿の中には、まだイヴリンちゃんやリリィちゃん、ジョゼ君が残っているはずだから、私達も慌てて中に戻ろうとしたのだが……」

「聖堂に着く前に、ラグナ教の衛兵達に止められてしまったんだ。ここは危ないから近づいてはならない、神殿の外に避難してくれ、と強く言われてね……中の様子を窺うことすらできなかった」

「仕方がないから、ここでイヴリンちゃん達四人が出てくるのをずっと待っていたんだが……未だに一人も出てこないのだ……」

状況を説明するクラウスの声も暗く沈み、かなり心配しているようだ。

クラウスやハリエットだけでなく、伯爵夫人のティアナやハリエットの兄ウィルフレッドも眉間に皴を寄せつつ、沈痛な面持ちでハリエットの同級生達の身を案じている。

そんな彼らに、レオニスが力強く声をかけた。

「皆、心配すんな。俺が今から中に入って、何が起きたのか確かめてくる」

「レオニス君、それは本当かね!?」

「ああ。さっきラグナ神殿から冒険者ギルド総本部に救援要請がきてな。俺もちょうどその場にいたんで、まず真っ先に駆けつけた次第だ。もうしばらくしたら、ギルドマスターも上級冒険者を十人程引き連れてここに来る手筈になっている」

「ギルドマスターまで駆けつけてきてくれるのか……それは心強い!」

レオニスの話に、クラウス達の表情が一気に和らぐ。

現役最強の冒険者レオニスだけでなく、冒険者ギルド総本部マスターが直々に救援に当たるとなれば、これ程頼もしいことはない。

だが、ハリエットだけは未だにレオニスの深紅のロングジャケットをギュッ……と掴んだまま離さない。

そしてキッ、と顔を上げて、レオニスに頼み込んだ。

「レオニスさん……イヴリンちゃんとリリィちゃん、ジョゼさん、イグニスさんを、どうか……どうか助けてください……!!」

「……もちろんだ。俺には冒険者として、助けを求められたら手を差し伸べる義務がある。……いや、そんな義務などなくとも、ライトの大事な友達であるハリエットちゃんの頼みなら大抵のことは聞き届けるし、イヴリンちゃん達ライトの友達だって絶対に全員救い出してみせるさ」

「あ、ありがとうございます……イヴリンちゃん達のことを、どうぞよろしくお願いいたします……」

レオニスの服を掴んで離さないハリエット。その瞳には、うっすらと涙を浮かべている。

必死な顔つきのハリエットの頭を、レオニスはそっと優しく撫でた。

レオニスの力強い言葉を聞いたハリエットは、ロングジャケットを掴んでいた手をそっと離し、深々と頭を下げる。

由緒正しい貴族令嬢だというのに、平民の友達たちのことを心から心配するハリエット。その健気さに、レオニスは心から感銘を受けていた。

「よし、そしたら今から俺が神殿の中に入る。あんた達は、一旦家に帰っていてくれ。このままこの場に留まっても、しばらくは何の情報も得られないだろうし。それに、関係者の行き来の妨げになってもマズいからな」

「承知した。我らも救援活動の邪魔になるのは本意ではない。……ハリエット、一旦家に帰るが、それでいいね?」

「……はい……」

レオニスの要請を快諾したクラウスが、改めて娘に諭す。

ハリエットも、レオニスや父の言っていることは十分に分かる。なので、ここは素直に頷いた。

娘の承諾を得たクラウスは満足そうに頷きながら、改めてレオニスに声をかけた。

「そしたらレオニス君。もし可能であれば、今夜にも我が家に来て調査結果を教えてはくれまいか? 内容によっては話せないことも多々あるだろうが、せめて娘の同級生達の安否だけでも知りたいんだ」

「分かった。それくらいなら伝えられるだろうから、夜にでも伝えに行こう」

「よろしく頼む。……では、レオニス君達の武運と健闘を祈る」

「ありがとうよ。じゃ、また後でな!」

クラウス達との話がまとまり、レオニスは右手を上げながら早速ラグナ神殿の中に入るべく正門に駆け出していった。

世界最強の冒険者の頼もしい背中を見送ったクラウス達は、再び馬車に乗り込み貴族街にある邸宅に戻っていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

正門を潜り、一目散に主教座聖堂に向かうレオニス。

ここに来るまでの間、煙や火の手はもちろんのこと、焦げ臭い臭いなども感じられない。やはり火事や爆発テロなどが起きた訳ではないようだ。

そうして主教座聖堂の入口に近づいていくレオニス。

ここに来るのは、レオニスが十歳の時にジョブ適性判断で訪れて以来のことだ。

あの時は、初めて冒険者ギルドの転移門を使わせてもらって、このラグナロッツァに来たんだったよな……完全なるお上りさんで、ディーノ村では見たこともない建物や店の多さに圧倒されて、そりゃウッキウキで浮かれてたってのに……

その後のジョブ適性判断では散々な目にあったわ。

あれからもう十六年が経つのか……月日が経つのは本当に早いもんだ……

正門から主教座聖堂入口前までの移動の間に、つらつらと考えていたレオニス。

聖堂入口で大槍を交差させて封鎖している衛兵に向けて、レオニスは声をかけた。

内ポケットから出したギルドカードを提示し、自分が冒険者ギルド所属の者であることを衛兵にきちんと示す。

「冒険者ギルドから派遣された、レオニスという者だ。こちらのラグナ神殿、主教座聖堂で何か事件が起きたと聞いている。中に入れてもらえるか?」

「今この中には、大教皇様と総主教様がおられる。大教皇様にお伺いを立ててくる故、しばしここで待たれよ」

「承知した」

中に確認を取ってくる、という衛兵の言葉に、レオニスも素直に従う。

そうして一人が主教座聖堂の中に入っていき、一分もしないうちにすぐに戻ってきた。

「大教皇様のお許しが出たので、中に入ることを許可する」

「ありがとよ、お勤めご苦労さん」

衛兵が大槍を垂直に立てて、入口の封鎖を解く。

レオニスは衛兵達のしっかりとした仕事ぶりを言葉で労いつつ、主教座聖堂の中に入っていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「レオニス卿、ようこそお越しくださいました」

「おお、大教皇に総主教、久しぶりだな」

「レオニス卿もお元気そうで何よりです」

「そちらこそ、二人とも元気そうで何よりだ……って、何だ? 総主教の方はちょっと……いや、かなり疲れてるか?」

衛兵からレオニスの到着の報告を受けたエンディとホロが、レオニスを出迎えるべく入口付近まで来ていた。

早速再会の挨拶を交わす三人だったが、ホロの不調をレオニスが早々に目敏く見抜く。

レオニスの目敏さにエンディやホロが驚くも、努めて平静を装う。

「え、ええ、まぁ、ちょっとした事件がありましてね……」

「それは、今回の聖堂爆音騒動に関することか?」

「……レオニス卿の鋭さには敵いませんね……そこら辺も順を追って説明いたしますが、まずは見ていただきたいものがございます。どうぞこちらへ……」

「おう」

ホロの案内に従い、エンディとともに主教座聖堂の奥に入っていくレオニス。

その間レオニスは、一歩一歩歩きながら様々なことを考えていた。

かつて俺がジョブ適性判断を受けた時のような、嫌な空気は全く感じられない……これまで他の隠された聖遺物がある場所に入った時には、身の毛もよだつような悪寒に絶えず襲われていたが……

この主教座聖堂には、【深淵の魂喰い】という名の負の聖遺物が祀られていたよな? なのに、負の聖遺物の気配を全く感じないとは……一体どういうことだ?

レオニスの中で疑問が膨らむばかり。

そうしてホロが内陣のさらに先、祭壇部に立ち口を開いた。

「レオニス卿、こちらをご覧ください」

「……こ、これは…………ッ!!」

ホロが指先を揃えた手で差した先、床を見たレオニスの顔が驚愕に染まる。

そこでレオニスが目にしたのは、真っ二つに折れた白銀色に輝く剣だった。