軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

94話:ファランクスと鉛弾

3日後の朝。

朝食を終えた一良は、リーゼに連れられてイステリアの街中にある軍事施設にやってきていた。

この軍事施設は周囲を3メートルほどの高さの石壁で囲われており、外からはのぞき見ることができないようになっている。

敷地内のあちこちには、鎧姿の兵士や使用人たちの姿が見られる。

彼らはリーゼの姿を見ると一様に姿勢を正し、腰を折って挨拶をした。

「近衛兵以外の兵たちは、全員がこの施設で訓練を行っています。今の時間なら広場で訓練が行われているはずですから、行ってみましょう」

リーゼは彼らに笑顔で応えながら、一良を伴って敷地内を移動する。

例のごとくリーゼは鎧姿だが、今日の髪型はシニヨンではなく普段と同じロングのままだ。

「わかりました。それにしても、ここはずいぶんと大きな施設なんですね……」

一良は先ほど施設の外から概観を見たのだが、延々と伸びる石壁はかなりの長さがあるように見えた。

街中にこれほど巨大な軍事施設があっては、交通の観点から見ると非常に邪魔なように思える。

だが、滞在する兵士たちにとってはいつでも街に繰り出せる好立地なので、彼らの生活環境を考えればこの配置もありなのだろう。

滞在する兵士たちを目当てにしているのか、施設の外周には小料理屋や衣料品店など、数多くの店が軒を連ねていた。

「ここは戦時における軍団要塞を模したものになっているので、大きさもかなりのものになっていますね。実際に戦争が起こった際は、これとほぼ同じ施設を前線に設置することが多々あるようです」

「これと同じものをですか。まるで街をまるごと作ってしまうような形ですね」

敷地内には、木造平屋の建物が等間隔でいくつも並んでいる。

建物ごとに用途は違い、兵舎や武器庫、病院や食料庫など、その種類は多岐にわたる。

食料庫は害虫避けのためか、床が地面より1メートルほど高く作られていた。

また、石壁沿いには木製の見張り塔がいくつも建っていて、かなりものものしい雰囲気だ。

「実際そんな感じですね。冬季になると敵も味方も身動きが取れなくなるので、それに合わせて前線に要塞を構築して、そこで越冬するんです。実際の要塞では、このような石壁ではなく土塁と木柵を用いるみたいですけどね」

「なるほど、冬季限定の仮住まいですか」

リーゼの説明によると、このような形の要塞は可能な限り大きな河川の近くに作られるらしい。

生活用水を得るためという目的もあるが、船舶を使って他の街と連絡を取り合うことができるからだ。

河川を用いた移動は陸上移動よりもはるかにコストがかからないので、船舶を使える場所に陣営を設置できれば物資の輸送も楽になる。

近くに村や街がある場合は、それに隣接する形で要塞を構築するとのことだ。

「そういえば、バルベールとの国境付近に砦を造っているって話を以前聞いたことがあるんですけど、その砦とこのような要塞とでは造りは別物なんですか?」

「完全に別物というわけではありませんが、国境付近の砦はこの要塞よりもさらに大規模なものですね。軍団の駐留を前提として街の機能も備えているので、砦というよりも 城郭都市(じょうかくとし) といったほうが正しいかもしれません」

「城郭都市……イステリアの街を小さくしたようなものですかね?」

「そうですね、そういったイメージで問題ないと思います」

そんな話をしながらしばらく歩いているうちに、2人は訓練場に到着した。

訓練場はかなりの広さで、土がむきだしのグラウンドのようになっている。

中央には重装歩兵が数百人はおり、全員が等間隔に隙間を空けた状態で整列していた。

兵士たちは長さが5メートルはあろうかという長槍を抱えていて、腕には青銅製の円盾を装着している。

円盾には紐が付いており、首に紐をかけて盾を吊るせるような形状だ。

重装歩兵の傍には騎兵と弓兵も整列しており、それぞれ100人はいるように見える。

兵士たちの前には一際立派な鎧を着けた初老の男がおり、兵士たちに向かって何かを話している。

男はリーゼの姿に気づくと、こちらに向かって走ってきた。

「リーゼ様、お待ちしておりました。すでに準備は整っておりますので、いつでもご指示を」

「ありがとう、今日はよろしくね。カズラ様、こちらは訓練教官のマクレガーです」

リーゼに紹介されると、マクレガーは一良に向き直って頭を下げた。

マクレガーは白髪交じりの金髪に鋭い目付き、そしてこめかみから顎にかけて生えている切りそろえられた髭が印象的な、いかにも熟練の老兵といった雰囲気の男だ。

身体つきはがっしりとしていて、身長は180センチといったところだろうか。

「カズラ様、お初にお目にかかります。兵の訓練指導を担当しております、マクレガー・スランと申します」

「カズラと申します。本日はよろしくお願いします」

反射的に一良が返答すると、マクレガーは笑顔を見せた。

「カズラ様には甥のアイザックが大変世話になっていると聞いています。今後とも、よくしてやってください」

「え、甥って、お2人は親族なんですか」

「おや、ご存知ありませんでしたか」

驚いた様子の一良に、マクレガーは意外そうな表情を見せた。

一良は今まで何度もアイザックと話す機会はあったが、いつも仕事に関係する話ばかりで、雑談や彼の身の回りの話はほとんどしたことがなかった。

「今初めて知りました。そういえば、アイザックさんとそういう話はほとんどしたことがなかったな……」

「そうでしたか。まあ、あいつは親族がどうとかいう話はあまりしたがらないようですからな……親族が要職についているからといって、ひいきされるのが嫌なのでしょう。あまり触れないでやっておいたほうがいいかもしれません」

「なるほど、彼らしいですね」

「あいつはあまり要領はよくありませんが、信頼できる男です。今後とも、こきつかってやってください」

マクレガーはもう一度一良に頭を下げると、リーゼに向き直った。

「リーゼ様、最初にお見せするものは、重装歩兵の基本的な動き方でよろしいですか?」

「ええ、それで構わないわ。騎兵と弓兵の準備も大丈夫?」

「もちろんです。いつでもお披露目できる状態になっております」

「ありがと。内容はこの間話したものでお願いね」

「かしこまりました」

マクレガーはリーゼに一礼すると、整列している兵士たちの下へ走っていった。

「あの、もしかしてわざわざ私のために訓練の段取りを組んでくれたのですか?」

「はい、せっかく見ていただくのなら、やはりきちんとした形で見ていただきたくて。何かご要望があれば、都度おっしゃってください。すぐに用意させますから」

「わかりました。何かリーゼさんの仕事増やしちゃったみたいですみません……」

恐縮したように言う一良に、リーゼはいつものようににっこりと微笑む。

「いえ、カズラ様のお役に立てるのなら、全く苦にはなりません。どうか遠慮などなさらず、何でも私に申し付けてください」

「歩兵中隊!」

2人が話しているうちに兵士たちの準備は整ったようで、マクレガーの号令が訓練場に響き渡った。

訓練場の端にいてもはっきりと聞こえそうなほどの、かなりの大声だ。

号令に合わせて重装歩兵たちは声を張り上げて返事をし、円盾を身体の前に構える。

彼らの鎧に円盾が当たり、鈍い金属音が辺りに響いた。

「密集隊形!」

重装歩兵たちは即座に互いの距離を詰めると、綺麗に整列して密集隊形を作った。

各兵士の前後には1メートル程度の隙間が空けられているが、左右には槍を構えられる程度の隙間しか空いていない。

「槍構え!」

最前列の兵士たちは掲げていた槍に左手を沿え、そのまま前方に向けて槍を突き出した。

後列の者は隙間から槍を前方に構え、その後ろの者たちは槍を斜め上に構える。

さらに後ろの者たちは、より傾斜をつけた状態で槍を斜め上に構えた。

「おお、ファランクス隊形か。初めて生で見た……」

数百人の兵士たちが一斉にとる戦闘隊形の迫力に、一良は感嘆の声を上げた。

兵士たちがとっている隊形は、ファランクス隊形……別名、重装歩兵密集方陣と呼ばれる、前面に攻撃力を集中した戦闘隊形だ。

前面に槍を突き出した状態で一塊になることで、前面に対しては圧倒的な強さを誇る。

その分、左右からの攻撃には非常に脆く、何らかの方法で側面を守る必要がある隊形だ。

「他領や他国のものに比べると、イステリアの重装歩兵が持つ槍はかなり長いので目新しいかもしれないですね。カズラ様の国のものとは、だいぶ様相が違いますか?」

「えっと……まあ、違うというかなんというか……」

リーゼの質問に一良が口ごもっているうちに、「前進!」とマクレガーの号令が響いた。

歩兵たちは槍を構えたまま、一糸乱れぬ動きで歩き出す。

そしてある程度進むと再び号令がかかり、部隊は前進を止めた。

「槍掲げ! 右転換!」

兵士たちは即座に槍を掲げ、その場で回れ右をする。

そして再び「槍構え!」と号令がかかり、先ほどとは攻撃方向を直角にした状態のファランクス隊形が完成した。

「よく訓練されていますね……動きに全く無駄がない」

「常備の重装歩兵は軍の主力ですからね。高い練度を維持できるように、常に訓練は欠かせません」

「実戦での部隊運用はどんな形になるんですか?」

「通常は重装歩兵の横に近接戦闘用の軽装歩兵と騎兵を配置して、左右からの攻撃に備えます。そのまま軍を前進させて、歩兵部隊が敵を釘付けにしている間に騎兵隊が敵の背後に回りこんで挟み撃ちにします」

「騎兵隊が敵を突破できない場合は?」

「重装歩兵がそのまま敵の中央を撃破して、敵が壊走を始めたら残った軽装歩兵と騎兵がそのまま追撃に移ります」

「では、逆に敵の騎兵に背後を突かれたら?」

「その場合は、重装歩兵の後方に配置されている近衛兵を含む予備隊が応戦します。予備隊には軍の最精鋭を配置するので、余程のことがない限り突き崩されることはありません」

整然と進む重装歩兵たちに目を向けたまま、リーゼは一良の質問にすらすらと答える。

その後も部隊の運用について2人が話していると、広場を一回りした重装歩兵が元の位置にまで戻ってきた。

それまで待機していた騎兵は重装歩兵の左右に展開し、弓兵は重装歩兵の前面に横一列で整列する。

号令に合わせて弓兵たちは弓を構え、前方に立てられている束ねた藁の的に向けて射撃を開始した。

部隊に指示を出し終えたのか、マクレガーが再びこちらへ歩いてくる。

「最初に弓による射撃戦で、その後で歩兵が前進するんですね」

「はい、本来なら投石兵も一緒に射撃を行い、その後は投槍を装備した軽装歩兵が前に出るのですが、それらの兵は徴兵で集められたものたちだけで……お見せできればよかったのですが」

一良には軍事的な知識が全くないと判断したのか、リーゼはとても丁寧に部隊の運用法について説明をする。

実際、今見ているような軍隊については本やテレビで見た程度の知識しか一良は持ち合わせていないので、リーゼの説明はとてもありがたい。

「投石兵ですか。どんなものか見てみたかったですね……それにしても、リーゼさんは軍事に詳しいんですね。日頃から勉強をしているのですか?」

「はい、将来は私が軍を率いる立場になるので、幼い頃から武器の扱いや戦術は学んでいるんです」

「ああ、だから毎朝中庭で訓練をしているのですね」

以前一良が中庭でリーゼと話した時、リーゼは『イステール家の者として、武器の扱いには慣れておかないといけない』と言っていた。

軍を率いるからには、戦場で使用される全ての武器の取り扱いに精通しておかなければならないのだろう。

「リーゼ様には天賦の才がありますからな。将来は優れた軍団長として、戦場で活躍なさることでしょう」

マクレガーは2人の下へ戻ってくるとリーゼの隣に並び、訓練を続けている兵士たちに目を向けた。

弓兵たちの射撃が終わり、短槍を持った騎兵が前方へ進出している。

重装歩兵も、ファランクス隊形のまま前進を始めていた。

「え、そんな天賦の才なんて私には……それより、カズラ様に投石器をお見せしたいのだけど、どこかにないかしら?」

「教練用のスリングとスタッフスリングがあります。今お持ちしますので、少々お待ちを」

マクレガーはリーゼに頭を下げると、近場の兵舎へと入っていった。

「戦場で使われる兵種は、今教えてもらったもので全部ですか?」

「イステール領ではそうですね。過去の戦闘結果をまとめた資料が資料室にありますが、後ほどご覧になりますか?」

「そうですね、お願いします」

2人がそんな話をしていると、マクレガーが兵舎から戻ってきた。

手には半円形の革のカップが2本の縄紐で結び付けられた武器――スリング――と、1メートルほどの長さの棒の先にそれが結び付けられた武器――スタッフスリング――、大きな木の板が貼り付けられた的が握られてる。

「お待たせしました。リーゼ様がお使いになられますか?」

「え?」

予想外の進言に、リーゼは困惑した。

だが、興味深げにそれらを見ている一良にちらりと目を向けると、マクレガーからスリングを受け取った。

「 石弾(せきだん) と 鉛弾(なまりだま) のどちらになさいますか?」

「鉛弾にするわ。的を用意してくれる?」

「かしこまりました。距離はいかがいたしますか?」

「近めでお願い。直射するわ」

マクレガーは鉛弾入りの布袋をリーゼに手渡すと、30メートルほど先まで走り、的を地面につき立てた。

「投石器も使えるんですか?」

「はい、一応訓練は積んでおります。でも、久しぶりなので当たるかどうか……危ないので、少し離れていてください」

リーゼはスリングのカップに鉛弾を入れると、片手を頭上にかかげてスリングを回転させ始めた。

鉛弾入りのカップがすさまじい勢いで回転を始め、風を切る音が当たりに響く。

回転速度が限界に達したところで握っていた紐の片方を離すと、鉛弾が高速で射出された。

鉛弾は的の中央に命中し、木が爆ぜるような乾いた音を立てた。

「お見事!」

マクレガーが満足そうな表情で手を叩いて賛辞を述べる。

すると、離れた場所で訓練をしていたはずの数百人の兵士たちも、歓声を上げてリーゼに拍手をした。

いつのまにか訓練を中断して見物していたらしい。

「おお、ど真ん中に命中しましたね! あんな遠い的に、よく当てられるな……」

「ああ見えて、リーゼ様は努力家ですからな。人が見ていない所でこっそり訓練を積んでいるのでしょう」

「……マクレガー」

「いやはや、これは失礼」

ほっと肩の力を抜いていたリーゼがマクレガーを睨むと、マクレガーは笑いながら取ってつけたように謝罪をする。

「(……ああ見えてって何だ?)」

よく分からないやりとりに内心首を傾げながらも、一良もリーゼに拍手を送るのだった。