軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

380話:涙は見せない

数十分後。

ヘイシェルの屋敷に到着した一良たちは、庭でバーベキューをしていた。

つるつる頭にねじり鉢巻きをしたヘイシェルが汗だくになりながら、木製のトングでひたすら肉や魚介類を焼いては皆の皿に載せていく。

彼の妻のモナは、包丁片手に簡易テーブルでミャギのブロック肉を切り分けている。

一良たちだけでなく屋敷の使用人や休暇中の警備兵、武官文官たちもおり、皆でわいわいと食事を楽しんでいる。

「ほら、遠慮せずにどんどん食べなさい」

ヘイシェルが若い侍女の皿に、いくつも肉を載せる。

彼女は「ありがとうございます!」と笑顔で答えると、他の侍女たちの輪に戻って行った。

「カズラ、美味しいね!」

もっしゃもっしゃと肉を食べながら、リーゼが満面の笑みを一良に向ける。

肉の焼き加減はばっちりで、モナ特製の甘辛いタレと相まってとても美味い。

「だな。ていうか、まさかこんなおもてなしを受けるとは思わなかったな」

「ね。びっくりだよね」

バーベキュー用の鉄網は5つ用意されていて、焼いているのはヘイシェルをはじめ、近衛兵長のグインや武官文官のお偉いさんだ。

彼らの妻や子供たちもいるのだが、せっせと働いているのは彼らとヘイシェル夫妻だけである。

飲み物はセルフサービスで、山のように用意された酒や果物ジュースの陶器瓶から自由に飲めと言われている。

バーベキュー開始前にヘイシェルから聞いたのだが、こうした催しを半月に1回行っているらしい。

「皆、すごく仲がいいみたい。お父様に、私たちもやろうって言ってみようかな」

「いいかもしれないな。やっぱり、仲良くなるなら楽しく食事をするに限るしさ」

「だよね。上の人たちがやってくれるっていうのが、またいいよね」

2人の話に、ヘイシェルが肉を焼きながら笑う。

「昔から、私らはこういうのが好きでして。普段はやらせてもらえませんから」

「そんなこと言って。ヘイシェル様、気付くと調理場で皿洗いしてるじゃないですか」

「そうですよ。注意してお帰りいただいても、しばらくすると付け髭とかカツラで変装して忍び込んだりしますし」

2人の侍女が、肉を食べながら楽しそうに言う。

「この間なんて、ユリスちゃんに『お爺さん、汚れが落ちきってないですよ』って怒られちゃってましたもんね」

「うう、まさかヘイシェル様だなんて思わなかったんです。ヘイシェル様も、『すみません!』って謝られてましたし……」

顔を赤くして言う若い侍女に、皆が笑う。

「まあ、入り立てだったし気付かないよね。ヘイシェル様の変装、すごく上手だしさ」

「はい……同じくらいの年齢の使用人さんもたくさんいますし、似せて変装されると分からないですよ……」

「あはは。いい職場なのね」

ジルコニアが楽しそうに笑う。

「こんなに気楽な職場なら、毎日楽しそう。ねえ、エイラ?」

「ですね……って、お屋敷も楽しいですよ! ナルソン様、すごく優しいですし!」

「あら? 『ですね』って、口滑らしたじゃない。何か不満があるんじゃないの?」

「ないです、ないです! 最高の職場です! ねえ、マリーちゃん!?」

「もぐ……ふえっ?」

口をぱんぱんにしてバーベキューを楽しんでいたマリーが、きょとんとした顔になる。

まったく話を聞いていなかったようだ。

「カズラ様! こっちのタコ、焼き立てですよ!」

少し離れた場所のバーベキュー台から、シルベストリアが手を振る。

「おっ、タコですか。もらおうかな」

一良が彼女の下へと行くと、はい、とシルベストリアがブツ切りにされたタコを皿によそってくれた。

「ありがとうございます。美味しそうだ」

「ところで、バレッタにはいつ告白するんですか?」

シルベストリアがニヤニヤしながら、小声で尋ねる。

「な、何をいきなり」

「いやぁ、だって、あの娘ずっと待ってるんですよ? 戦争も終わったし、そろそろかなって」

いひ、とシルベストリアが笑う。

「それに、あんまり待たせちゃかわいそうですよ。あれですよね? リーゼ様とか、ジルコニア様には手は出してないんでしょ?」

「出してないですよ……ていうか、ずいぶんとグイグイきますね」

「あはは。カズラ様は優しいですし、これくらい聞いてもいいかなって。で、いつです?」

「え、ええと――」

こそこそと2人が話していると、バレッタがやって来た。

「私もタコが欲しいです。食べたことなくて」

びくっと2人が同時に肩を跳ねさせるのを見て、バレッタが小首を傾げる。

「どうしたんですか?」

「い、いえ。俺の、半分どうぞ」

「ありがとうございます!」

バレッタが一良の皿から、タコを摘まむ。

シルベストリアはニヤニヤしながら、それを見ている。

「んふふ。楽しみだなぁ」

「ん? 何が楽しみなんですか?」

「うふふ、ひ・み・つ!」

唇に指を当てるシルベストリアに、バレッタは頭にハテナマークを浮かべるのだった。

数時間後。

食事を終えて風呂を出た後、一良はフライス邸の廊下を歩いていた。

「はあ。また泣かれちゃったりするかなぁ。はっきりしなかった俺が悪いんだよな……」

目的の部屋の前に着き、コンコン、とノックする。

すぐに返事があり、扉が開いた。

女性陣が先に風呂に入ったのだが、エイラは私服姿だ。

夕食時に「今夜もお茶会をしませんか?」と一良に誘われており、待っていたのだ。

「あ、カズラ様。お待ちしておりました」

「こんばんは、エイラさん」

部屋に入り、テーブルを挟んでイスに座る。

エイラの部屋は一良の部屋と同様に、かなり大きく豪華な部屋だった。

床には外来品の絨毯が敷かれていて、壁には大きな風景画、装飾の施された姿見、天蓋付きのキングサイズベッドがあった。

テーブルの上にはガラスポット、水筒、ハーブの小袋、コップが2つ置いてある。

「お茶を淹れますね。カモミールでいいですか?」

エイラがポットにハーブを入れる。

「ありがとうございます。それでその、話があって」

話すタイミングを逸しないようにと、一良はすぐさま本題を切り出す。

「あ、はい。何ですか?」

「……側室にしてほしいって件の」

「……」

エイラが手を止め、真剣な表情で一良を見つめる。

「そ、その、好意は本当に嬉しいんですけど、やっぱり俺としては応えられないなって。本当に、すみません」

どうにも気まずく、一良が視線をテーブルに落としながら言う。

エイラは何も言わず、持っていたハーブの小袋をテーブルに置いた。

2人の間に、沈黙が流れる。

「……それは、今のカズラ様のお気持ちですか?」

どうして何も言ってくれないんだ、と一良が嫌な汗を掻いていると、エイラの声が響いた。

一良が顔を上げると、彼女は先ほどと同じ、真剣な表情で一良を見つめていた。

「は、はい。こっちの世界だとそういうのは普通なのかもしれないですけど、俺的にはダメかなって」

「日本人として、倫理的にということでしょうか?」

「あ、はい。そんな感じです」

「……そっか、よかった」

「え?」

思わぬ言葉に、一良がきょとんとする。

エイラは柔らかい表情になっている。

「私とそうなることが嫌だということではなくて、ほっとしました」

「は、はい! 嫌だなんてことは全然ないですよ! エイラさんって、俺の理想の女性像そのものですし!」

勢い込んで言う一良に、エイラが少し笑う。

「ふふ、ありがとうございます。嬉しいです」

「は、はい」

「では、もしカズラ様のお考えが変わったら、側室にしていただけますか?」

「えっ」

一良がたじろぐ。

「もしもの話です。どうでしょうか?」

「え、えっと……どう答えたらいいのやら。うーん」

「ふふ、その答えだけで十分です」

エイラはそう言うと、水筒からガラスポットにお湯を注いだ。

「いつまでも、待っていますので。心の片隅に、今の話は置いておいてくださいね」

「は、はあ」

「それはそうと、明日の観光なのですが――」

エイラが、侍女たちから聞いたというこの街の穴場観光スポットについて話し出す。

一良としては、グリセア村での一件があったので、もっと別の反応を想像していた。

だが、彼女は泣くでもなく、いつもどおりの穏やかな様子だ。

側室の件については正直戸惑ったが、気まずい雰囲気にならなかったのは助かった。

「――じゃあ、そのキノコ料理のお店には行くことにしましょっか」

「ですね! あちこち周ることになりますから、ちょっと急がないといけませんけど」

「まあ、何日滞在するのかは決めてませんし、のんびりでもいいと思いますよ」

「あ、確かに……って、もうこんな時間!」

エイラが左腕の腕時計に目を落とす。

以前、一良がプレゼントしたものだ。

一良も彼女のそれを覗き込んだ。

「うわ、ほんとだ。1時間以上話してたのか。明日に備えて、そろそろ寝ないと」

「ふふ。カズラ様とお話ししてると楽しくて、あっという間に時間が経ってしまいます」

「そ、それはどうも……じゃあ、そろそろお暇しますね」

一良が席を立ち、「おやすみなさい」と部屋を出て行った。

エイラはそれを笑顔で見送り、扉を閉める。

その途端、両目に涙が溢れた。

それまで作っていた笑顔を崩し、嗚咽が漏れないように両手で口を押える。

「私っ……こんなにっ」

エイラはしばらくの間、扉の前に立ち尽くしていた。