軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

370話:勝手に出た言葉

入浴後。

屋敷の食堂で、一良とエイラはお茶会をしていた。

エイラも一良も寝間着姿だ。

一良が入浴中にエイラは一良の部屋で皆と一緒にドライヤーを使ったので、髪の毛はサラサラである。

「やっぱり、ここでのお茶会が一番落ち着きます」

甘く香ばしい匂いのする南の島国産のお茶を飲みながら、エイラが穏やかな表情で言う。

「勝手知ったるってやつですね。俺も落ち着きますよ」

「ですよね! でも、明日はグリセア村に行きますし、また何日かお茶会はなしなんですよね……」

「まあ、村に滞在しても1日か2日でしょうし。またここに帰ってきたら、お茶会できますよ」

「あ、そうなのですね。もうあまり、カズラ様はこちらには帰ってこないのかと思っていました」

「ナルソンさんに外交関係をすべて投げっぱなしですし。カイレンさんや元老院議員さんたちも俺と話したいでしょうから、もうしばらくはこっちで生活しますよ」

「そっか……よかった」

エイラが嬉しそうに微笑む。

「というより、リーゼが宿場町の管理者になるんですから、エイラさんも一緒じゃないですか。俺とリーゼの従者なんですから」

「あ! そ、そういえばそうでしたね」

「これからも、末永くよろしくお願いしますね」

「はい、こちらこそ」

エイラはほっとしたのか、それからも饒舌で、今までのことやらこれからのことをあれこれと話す。

宿場町をどの程度の規模にするべきだろうとか、おしゃれな喫茶店のようなお店も誘致したいとか。

そうして話していると、そういえば、と一良が口を開いた。

「エイラさんの家、いつ行きましょうかね?」

「あっ、そうですよ! でも、明日はグリセア村に行きますし、帰って来てからはカズラ様も少しお忙しくなりそうですし……」

んー、とエイラは考え、よし、と頷いた。

「明日の朝ではどうでしょう? グリセア村へは、午後からですよね?」

「そうしましょうか。バレッタさんたちも、午前中なら暇でしょうし」

「あ、え、えっとですね。できれば、お日様が出る前には実家に向かいたくて」

「えっ? そんなに早く?」

「うちの両親は、いつも朝食を済ませてからサウナ風呂を使うので。その前に入れればと」

「あー、なるほど。ご両親に迷惑をかけるのは悪いですもんね」

一良が納得して頷くと、エイラも、こくこく、と頷いた。

「すみません。なので、早朝の出発となりますし、バレッタ様たちをお起こしするのは悪いので。私たちだけで、行きませんか?」

「そうしましょう。皆疲れてるでしょうし、何も伝えてないのにいきなり夜明け前に叩き起こすのはさすがにね」

話がまとまり、エイラが嬉しそうに微笑む。

「んじゃ、明日は早起きですね。今日のお茶会はここまでにしときますか」

「はい。朝になったら、お部屋にうかがいますね」

「目覚まし時計あげますから、使ってください。俺はスマホの目覚ましを使うんで」

「ありがとうございます。マリーちゃんには、部屋のドアにお知らせの手紙を挟んでおきますね」

そうして、いつもより早くお茶会を切り上げ、2人は朝に備えるのだった。

翌朝。

スマホのアラームで目を覚まし、一良は服を着替えていた。

サウナ風呂に入るので、シャツにズボンというラフな格好だ。

「朝の4時か。さすがに真っ暗だからライト……はやめとくか。誰かに見られてもアレだし」

昨夜のうちに用意したバッグの中身を再確認していると、コンコン、と扉がノックされた。

「カズラ様、エイラです」

「今行きます」

エイラの小さな声に答え、一良はバッグを手に扉を開けた。

布袋を手にした私服姿のエイラと顔を合わせる。

「カズラ様、おはようございます」

「おはようございます。行きましょうか」

2人並んで廊下を進み、屋敷の出口にいた警備兵にエイラの家に行ってくると言うと、松明を持ってきてくれた。

同行しましょうか、という申し出を断り、礼を言って外に出る。

当然ながら真っ暗だが、松明のおかげで足元はよく見えた。

軍事区画を抜け、街へと出る。

「さすがに、誰もいませんね」

松明を手に、一良が人気のない通りに目を向ける。

どの家もまだ寝静まっているようで、灯りが漏れている家はわずかだ。

早起きしているのは、パン屋さんだろうか。

「静かですね。何だか、不思議な感じです」

暗い夜道を、松明の灯りを頼りにエイラの家へと向かう。

静まり返っているせいか、自分たちの声がとても大きく聞こえる気がした。

「エイラさんのご両親って、お仕事はされてるんですか?」

「していますよ。母は近所の料理屋に勤めていて、父は庭師をしています」

「へえ、料理人ですか。エイラさんが料理上手なのは、お母さん譲りなんですね」

「ふふ、ありがとうございます。母は昔、お屋敷で料理人をしていて、そこで父と知り合ったそうです」

「へー! 屋敷で働いてたなら、さぞかし料理が上手いんでしょうね」

「私なんて、足元にも及びませんよ。特に、お菓子作りがすごく上手なんです」

そんな話をしながら10分ほど歩き、中心街にあるエイラの実家に到着した。

高い塀と大きな青銅製の門を備えた、かなり大きな家だ。

「ここが実家です」

「うお、豪邸じゃないですか!」

家は二階建てでかなりの建坪があるように見え、庭も広くて綺麗に手入れされていた。

手押しポンプ付きの井戸もあり、とても裕福そうだ。

音を立てないように門を開け、敷地内へと入る。

「サウナ風呂はこっちです」

エイラに連れられて庭を進むと、幅4メートル、高さ2メートルほどの大岩が現れた。

小さな煙突のようなものが、岩から突き出るようにして何本も立っている。

「この岩の中に、サウナ風呂が?」

「はい。入り口は裏側です」

エイラにうながされ、岩の反対側へと回る。

そこには石造りの下り階段があり、大岩は中心部が大きくくり貫かれていて、木製の扉があった。

扉の横には大きな棚があり、草の入った木編みのカゴと薪が置かれている。

草は、サウナ風呂で焚く用の薬草だ。

「おお、すごい。秘密基地みたいだ」

「カズラ様、松明を貸してください」

エイラが松明を受け取り、階段を下る。

扉の横にあった壁掛け燭台のロウソクに火を移し、扉を開けた。

そのまま中に入り、壁に複数掛かっているロウソクにも火を点けた。

「おー!」

一良の感嘆の声が、くぐもって反響した。

中はかなり広々としていて、木製の長椅子が壁際に2つ置かれている。

奥には青銅製の鍋の置かれた石造りの窯があり、その隣には水の入った樽に柄杓が2本入っていた。

風呂の造られている岩はかなりの大きさのようで、どうやら末広がりに大きくなっているようだ。

地面も壁面も岩が剥き出しなのだが、普通のサウナと違って特別感があり、一良はワクワクしてしまった。

「すごい! めっちゃすごいですね、これ! 高級感半端ないですよ!」

わんわんと声を響かせ、一良は大興奮だ。

「ふふ、ありがとうございます。今、薬湯を焚きますね」

エイラが入り口に戻り、棚の薬草をひと掴みして、鍋へと入れる。

水桶から柄杓で水を掬い、鍋を水で満たした。

「俺、火を点けますね!」

一良は棚から薪を持って来ると窯に入れ、エイラから松明を受け取り火を点けた。

薪は勢いよく燃え、この分なら薬湯がすぐに沸きそうだ。

「あ。この松明、どこに置いたらいいですかね?」

「私が家に置いてきますので。カズラ様は、先にサウナを楽しんでいてください。服は、そこの棚に置いていただければ」

「すみません。それじゃ、お先に」

エイラが出て行くと、一良はいそいそと服を脱いで棚に置き、短パンを穿いて長椅子に座った。

鍋の薬湯はぐつぐつと煮え始め、ふわっとしたミントのような香りが鼻腔をくすぐる。

「おお……何だこれ、気持ちいいな」

蒸気を吸い込むと、鼻から喉、そして肺の中が、すっきり爽やかな爽快感で満たされた。

頭が軽くなったような感じもして、とても気分がいい。

扉の締められた室内はぐんぐん暖かくなっていき、岩の天井には雫が溜まって、ぽたりぽたりと落ち始めた。

「ロウソクの火、よく消えないな……ああ、上側に穴が空いてるのか」

ロウソクの真上には穴が開いていて、どうやら外にまで繋がっているようだ。

外で岩を見た時に見た煙突は、このロウソクのためのものだろう。

窯から立ち上る薪の煙は窯の裏にある煙突から、外に排出されているようだ。

「すごいな。碌な道具もなかっただろうに、よくこんなもの作ったなぁ」

このサウナ風呂を作るのにはどれほどの金額と手間がかかったのだろうかと考えてしまう。

中古物件と聞いているのでエイラは工事費用を払ってはいないはずだが、このような設備のある家ならば、かなりの高額だっただろう。

一良がそんなことを考えていると、エイラが入って来た。

「し、失礼します」

「どうぞー」

ビキニ姿のエイラが、おずおずと一良に歩み寄る。

コップを2つ手にしており、一良の隣にちょこんと座った。

「ハーブティーを淹れてきました。少しぬるめにしてあります」

「ありがとうございます」

一良がコップを受け取り、一口飲む。

この香りは、ラベンダーのようだ。

「海でも思いましたけど、エイラさん、その水着似合ってますね。すごくかわいいですよ」

「ありがとうございます……でも、いくらなんでも露出が多すぎる気が」

「まあ、こっちの世界だとそう思われちゃいますよね。でも、海では大人気だったじゃないですか。『その水着、どこで手に入るの?』って、たくさん聞かれてましたし」

「今まで、こんな水着はありませんでしたから……」

顔を赤くしたエイラが、恥ずかしそうに一良を横目で見る。

先に温まっていた一良は、すでに汗を掻き始めていた。

首筋に汗が流れる姿が妙に色っぽく感じてしまい、エイラはさらに顔を赤くする。

薄暗いおかげで、どうやら一良にはバレていないようだ。

以前、ジルコニアに言われた、『あなたなら、裸で押し倒せばいけると思うけど?』、という言葉を思い出す。

――こ、この状況なら、もしかしたら……。

ここに入って来る直前までの決意が羞恥で完全に消え去り、エイラは内心頭を抱えていた。

一良をモノにしてやろう、とまでは考えていない、というよりできると思っていないのだが、せめて想いを遂げたいとは考えていたのだ。

バレッタやリーゼのことを考えれば抜け駆けどころの話ではないのだが、想いを遂げた後はその事実を墓まで持っていく気だった。

しかし、今になって、万が一断られたらという考えが頭をもたげてしまい、今まで築き上げてきた関係性が崩壊することが怖すぎて、躊躇しているのだ。

今なら全裸で迫ればいけるのだろうか、という考えと、まだその時ではない、という考えが頭の中で戦っている。

エイラの脳内会議はかなり紛糾していた。

――い、いかん。エイラさん、めっちゃエロい。

一良は一良で、エイラの水着姿にかなりヤられていた。

海ではじっくりとは見ていなかったが、今はすぐ隣に彼女はいる。

これが役得というものだろうかと、内心ウキウキである。

「こんなにいいお風呂を毎日使えるなんて、すごく贅沢ですね。毎日、疲れが吹っ飛んじゃいそうですよ」

「両親もそう言ってます。カズラ様も、いつでも入りに来てくださいね」

互いに邪な考えを悟られないように、努めて冷静に話す。

そうしているうちに、浴室内の温度はぐんぐんと上がっていった。

2人の体から、汗が噴き出る。

「はあ、はあ……け、けっこう暑くなりますね、これ」

「すみません、少し火を焚きすぎたみたいですね……そろそろ出ますか?」

「そうしましょう。のぼせちゃいそうだ」

エイラが立ちあがり、棚からタオルを取ってきて鍋を床に下ろした。

「桶の水で、汗を流しちゃってくださいね」

「えっ、ここで? 水浸しになって、カビたりしません?」

「窯の火は焚きっぱなしにするので、放っておけば乾いちゃいますから」

「なるほど」

一良が水桶から柄杓で水を掬い、頭から被った。

火照った体がさっと冷えていき、いわゆる「整う」感じになる。

エイラも同じように、柄杓で水を被る。

「これは気持ちいいですね」

朗らかに言う一良に、エイラが微笑む。

――……やっぱり、襲うなんてダメだよね。これからも、一緒にいられるんだし。

それまでの考えを改め、エイラは心の中で結論付けた。

こうして彼と過ごせることが幸せすぎて、そんな関係が壊れることだけはエイラは嫌だった。

いつかチャンスが訪れたら、と自分に言い聞かせる。

「はい。頭がすっきりして、すごくさっぱりしますよね」

エイラはにこりと微笑むと、棚に置いておいたバッグと布袋からタオルを取ってきた。

「俺はここで拭いちゃうんで、エイラさんは外でどうぞ」

「あ、でも、ここにいると汗を掻いちゃいますし。交代で外で着替えませんか?」

「それもそうか。じゃあ、エイラさんが先にどうぞ」

「はい。では、失礼しますね」

エイラが外に出て行き、扉を閉める。

一良はもう一度水を浴び、ふう、と息をついた。

――エイラさん、めちゃくちゃスタイルいいよなぁ。

瞼に焼き付いたエイラの水着姿を思い出しながらしばらくそうしていると、「着替えました」とエイラから声がかかった。

一良が外に出ると、服を着たエイラが微笑んでいた。

「では、庭におりますので」

「はい。すぐに着替えちゃいますね」

階段を上がるエイラを見送り、一良も体を拭いて服を着る。

首にタオルをかけて庭に行くと、空は薄っすらと白んでいた。

「おっ、もう日が出てきたか」

「ですね。急いで帰らないと」

皆が起き出す前に帰らねばと、2人は並んで門を出た。

道には少しずつ人が出てきており、ゴミや排泄物の回収業者が荷車を引いている姿も見られる。

そろそろ、街が起き出す頃合いだ。

「いやぁ、本当にすごいお風呂でした。エイラさん、いい物件を買いましたね」

涼やかな朝の空気を浴びながら、一良が満足そうに言う。

「ジルコニア様が見つけてくださったおかげです。お値段も、けっこう割り引かれたみたいですし」

「……ああ、そんなことも言ってましたね」

一瞬言葉を止めた一良に、エイラが小首を傾げる。

「どうかいたしましたか?」

「あ、いや。何でもないです。はは」

そうして速足で歩き、2人はナルソン邸に帰ってきた。

先ほどの警備兵がまだ入り口に立っており、一良が挨拶して横を通る。

「エイラちゃん、上手くいった?」

続けて通り抜けようとしたエイラに、警備兵がニヤニヤしながらささやいた。

エイラは顔を赤くして、彼の肩をバシンと引っ叩く。

「ん? どうしました?」

「何でもないです!」

「い、いってぇ……」

肩を押さえて呻く警備兵を無視し、エイラは一良の背を押して廊下を進んだ。

少し歩き、一良の部屋の前にたどり着く。

「じゃあ、今日はありがとうございました。お風呂、また入らせてくださいね」

一良がドアノブに手をかけ、エイラに振り返る。

「……あ」

その時、エイラの胸に急に寂しさが襲い掛かった。

無意識に、彼の手を掴んでしまう。

「ん? どうしまし――」

「好きです!」

切ない表情で一良の腕をぎゅっと掴んだまま、エイラの口から言葉がこぼれる。

「……えっ?」

「あっ」

勝手に口をついた告白に、エイラが自分の口を押さえる。

そして、みるみるうちに顔中に汗を掻き始めた。

「す、すすすみません! ごめんなさい! リーゼ様には内緒にしてくださいっ!」

エイラはそう叫ぶと、とんでもない速さで廊下の奥へと消えて行った。

「な……んだと……」

一良はしばし、その場に立ち尽くすのだった。