作品タイトル不明
359話:英雄の凱旋
「カズラ様、ようこそおいでくださいました!」
豪奢な客室馬車から降りてきたエルミア国王が、一良に駆け寄る。
肌艶がとてもよく張りがあり、前回見た時よりもかなり元気な様子だ。
「エルミアさん、おひさしぶりです。元気そうですね」
「それはもう! いただいた秘薬を毎日飲むようにしてから、嘘のように体の調子が良くなりました」
エルミアが満面の笑みで、自身の胸をぽんぽんと叩く。
「最近では、昔のように槍術訓練をするようになりまして。軍の腕利きをも打ち負かせるようになって、まるで体が若返ったかのようですよ」
「おお、それはすごいですね! グレイシオール様も、それを聞いたら喜びますよ」
周囲の兵士の目を気にして一良が言うと、エルミアは一瞬きょとんとした顔になった。
だが、すぐにその意味に気付き、「ええ」、と笑顔で頷いた。
「おー、父上もそんな感じか」
ルグロがエルミアに歩み寄る。
「俺もほら、このとおりだよ」
ルグロはポケットから1アル銅貨を取り出すと、片手の指でつまんでぐにゃりと折り曲げた。
それを見て、周囲の兵士たちとエルミアがぎょっとした顔になる。
「こ、このとおりって、お前、カ……グレイシオール様に祝福を授けてもらったのか?」
「おうよ。ほら、父上」
ルグロが折れた銅貨をエルミアに手渡す。
「元の形に戻してみ」
「う、うむ」
エルミアが銅貨を両手で摘まみ、ぐっと力を込めた。
銅貨はいとも簡単に開き、少し歪んではいるが、平べったい形に戻った。
兵士たちが、「おー」、と声を上げて拍手をする。
「おお!? こ、こんな力が備わっていたのか!」
「兵士相手に楽勝だったのに、気付かなかったのかよ?」
「うむ。剣術に過剰な力は必要ないしな。ただ体が若返っただけかと……」
「抜けてんなぁ。ほら、とっとと城へ行こうぜ」
「ああ。ナルソンが来ると聞いた市民たちが大盛り上がりしていて、すごい騒ぎに……っと、カーネリアン殿!」
エルミアがカーネリアンの姿に気付いて歩み寄り、両手で握手をした。
「此度の勝利は、貴国の協力あってこそだ。心より感謝申し上げる」
「我が国こそ、アルカディアのおかげで救われました。プロティアとエルタイルが日和見に徹していると知った時は、どうなることかと思いましたが――」
2人があれこれと立ち話を始める。
やれやれ、とルグロが頭を掻いた。
「父上! 話は後にしてくんねえか? 俺たちクタクタなんだよ」
「おっ、すまんすまん。カーネリアン殿、続きは馬車で話そう」
「承知しました。ご一緒させていただきます」
エルミアたちが馬車に乗り込み、王都の城門へと進み出す。
一良たちもエンジンをかけ、その後に続いた。
「なあ、リーゼ。ラースさんたちに、地獄の動画は見せたのか?」
先に進んで行くサイドカーのラースたちを見ながら、一良がリーゼに話しかける。
彼らは特に騒ぐでもなく、遠目に見える王都を眺めている。
「うん、見せたよ。すごく驚いてたよ」
「そっか。何か言ってたか?」
「戦争で戦ったことは悪事になるのかって聞いてきたよ。自分の国のためにやったことだから大丈夫って言っておいたけど、いいんだよね? 犯罪行為は別とも言っておいたよ」
「うん、それでいいよ。それ以外には、何か言ってた?」
「んとね、フィレクシアさんは大興奮してたけど、ティティスさんは何か考え込んでたかな。ラース将軍は、『死んだ後の世界ってすごいんだな』って、興味津々みたいな感じだった」
「へえ、皆、怯えたりとかはしてなかったのか」
「今までもいろいろと見てるしさ、今さらって感じなんじゃないかな?」
「おーい、何やってんだ? 早く行こうぜ!」
一良とリーゼが付いてこないことに気付いたルグロが、2人に呼びかける。
「ああ、ごめん。今行くよ」
そうして、一良たちも城門へと向かうのだった。
「ナルソン様ー! こっち向いてー!」
「アルカディアの盾、軍神ナルソンばんざーい!」
「ジルコニア様ー!」
「うわ、何だあの乗り物!? すげえな!?」
「グレイシオール様降臨の噂は本当なんですかー!?」
「本当にでっかいウリボウがいる!」
「真っ黒でかっこいい!」
一行が城門をくぐるなり、すさまじい数の群衆が一斉に歓声を上げた。
バイクとトラックに驚く者。
グレイシオールはいるのかと騒ぎながら一人一人の顔を見る者。
駆け寄ろうとして、道の両脇に並んでいる兵士に押さえつけられるものなどで、大変な騒ぎだ。
しかし、圧倒的に多いのは、バルベールを撃破したナルソンを讃える声だ。
耳が痛くなるほどの大歓声は、やがてナルソンの名を唱和するものに変わっていった。
ハベルはいつの間にかバイクから降りており、一行に並走しながら皆の姿の写真を撮りまくっている。
「うわ、ナルソンさん、大人気じゃないですか」
「そ、そうですな。これはいったい、どういうことでしょうか……」
嬉しそうにしている一良と困惑するナルソンに、ルグロが、にっと笑みを向ける。
「こっちじゃ、バルベールを撃破したのは全部ナルソンさんの戦術指揮のおかげだってなってるらしいぜ」
「ええ!? ど、どうしてそのようなことに!?」
「父上が、そう宣伝させたんだとさ。でもまあ、実際そのとおりだし、おかしくはねえだろ?」
「いや、戦いに勝てたのは道具のおかげですよ。私の功績など、ほとんどありません」
「そう! そういうところがいいんだよ、あんたは!」
ルグロがハンドル片手に、ビシッ、とナルソンを指差す。
「その謙虚さを見込んで英雄になってもらうらしいんで、よろしくな!」
「えー……」
困り顔のナルソンに、ルグロが大声で笑う。
「ナルソン、よかったじゃない。大人気よ?」
ジルコニアがバイクを運転しつつ市民たちに手を振りながら、ナルソンに笑いかける。
「よくない。本当なら、この役目はお前だったんだぞ。どうして私がそんな面倒な立場にならねばならんのだ」
「まあまあ。それだけ、陛下に信頼されてるってことなんだから」
「人ごとだと思いおって……」
「あの2人を見てみなさいよ。あれくらい、堂々としていてもいいんじゃないの?」
不満顔のナルソンに、ジルコニアが背後を振り返る。
ミクレムとサッコルトがサイドカーで立ち上がり、実に誇らしげに市民たちに手を振っていた。
「我々は、見事バルベールを打ち破ってみせたぞ!」
「我らにかかれば、バルベール軍など物の数ではない! はっはっは!」
「ほら、あの真似をすればいいのよ」
「む、むむう……」
ナルソンは唸りながらも、無理矢理笑顔を作って市民たちに大きく手を振った。
市民たちからの歓声がさらに大きくなり、凱旋は大盛り上がりだ。
そうして一行は、王城へ向かってゆっくりと市民たちの間を進んで行った。
数時間後。
完全に日が落ちて空に月が輝くなか、ようやく一良たちは王城に到着した。
閉じられた城門の外からは、いまだにナルソンコールが響き続けている。
王城の入口では、武官、文官、そして彼らの妻や子息が大勢待っていた。
フライス領の領主、ヘイシェル・フライスと、彼の妻、そしてグレゴルン領も含めた国内の重鎮たちが勢ぞろいしている。
今は亡きダイアスの妻、フィオナはここにはおらず、王都領内の別の街の保養所で療養中だ。
ニーベル反乱の一件以来、彼女は酷く精神を病んでしまっているとのことだ。
ふとしたきっかけで錯乱することもあるので、当面の間は保養所で過ごさせることになっている。
「おー。こりゃすごいや」
「大きいですねぇ」
目の前にそびえたつ王城を、一良とバレッタが見上げる。
石造りのそれは7階建てであり、大きな石材を積み上げて建てられているようだ。
「よくもまあ、あんな高いところにまで石を積み上げたなぁ。どうやって持ち上げたんだろ?」
「荷揚げ装置なんてなかったはずですし、どうにかして人力で上げたんじゃないですか?」
「ううむ。建築工程がさっぱり想像できない」
2人が並んで口を半開きにして上を見ていると、武官や文官たちがナルソンに駆け寄った。
「ナルソン殿、この度は対バルベール戦の勝利、誠におめでとうございます!」
「いやはや、さすがは我が国が誇る『アルカディアの盾』だ!」
「ナルソン殿がいる限り、どんな外敵が来ようとも我が国は安泰だな!」
皆が我先にと、ナルソンに握手を求める。
「ジルコニアさん! 今回の戦でも、獅子奮迅のご活躍だったようで!」
「あら! 以前にも増してお美しくなられたのでは?」
「同じ女として、憧れてしまいます!」
続けて、彼らの妻や娘たちがジルコニアに群がり、これでもかと彼女を褒め称え始めた。
リーゼにも彼らの息子や娘たちが駆け寄って、戦地での活躍やら彼女の美貌やらをひたすら褒める。
国王であるエルミアがイステール家の功績をこれでもかと讃える方針を取ったため、皆がナルソンたちに取り入ろうと必死なのだ。
そんな彼らをよそに、すでに動画を見て一良を神と認識している者たちは、そそくさと一良に歩み寄ってきた。
「カズラ様、おひさしぶりでございます」
真っ先に歩み寄ったヘイシェルが、眩しいほどの笑顔で一良に両手で握手を求める。
バレッタは邪魔にならないように、少し下がった。
「ヘイシェルさん、おひさしぶりです。皆さんのご尽力のおかげで、戦争を終わらせることができました」
一良が彼の手をしっかりと握り返して微笑むと、彼は「いやいや」と微笑んだ。
「すべてはカズラ様や、他の神々のご助力のおかげです。この国を救っていただき、感謝しております」
ヘイシェルが一歩後ろに控えている老婦人に目を向ける。
白髪を結い上げた、品のある女性だ。
「これは妻のモナです」
「カズラ様、お初にお目にかかります。モナと申します。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします。今までのイステール領への支援の数々――」
今までのヘイシェルからの支援の感謝を、一良がモナに語る。
彼女は実に品のある受け答えで一良に感謝を述べ、一礼してヘイシェルの隣へと下がった。
それを見計らったかのように、そわそわした様子で順番待ちしていた者たちが、一斉に一良に群がった。
王族も貴族もごちゃまぜで、先を争うように一良に迫る。
「カズラ様、遠路はるばるご足労いただき、ありがとうございます!」
「カズラ様! 私、一族を挙げて貧民層に無料で職業斡旋の事業を立ち上げまして!」
「私は孤児院への資金提供を毎月始めました!」
皆があれこれと、自分のやった善行を捲し立てる。
王に直言して市民の税負担を減らす許諾を得ただの、私財を投じて格安の治療院を開設しただの、毎朝街の清掃活動を使用人たちと一緒にやっているだのと、すごい勢いだ。
「おお、それは素晴らしいですね! 皆さんの徳は、ちゃんと上がっていますよ!」
「ありがとうございます! 今後も頑張らせていただきます!」
「何か私どもの手が必要な時は、いつでもお声がけください!」
「カズラ様、私は――」
「ちょ、ちょっと、ここで立ち話もなんですから、いったん中に入りましょう。おーい、ルグロ!」
少し離れた場所でエルミアと話しているルグロを、一良が呼ぶ。
ルグロを呼び捨てにした一良に、一良が神だと知らない者たちは、ぎょっとした顔になった。
「おう、どうした?」
「そろそろ城に入ろう。俺のことを知らない人たちに、今から動画を見せたいんだ」
「あいよ! 皆、大広間に移動するぞー!」
ルグロが皆に呼びかけると、一部の者たち以外は困惑した様子でその後に続いた。
「皆、えらく必死だな」
一良に群がる人々を見ながら、ラースが小声でティティスとフィレクシアに言う。
「それだけ、悪い行いを彼らはしてきたのでしょう。徳を積むのに必死なんですよ」
「あんなものを見せられたら、必死にもなるのですよ。その点、私たちはゼロからのスタートらしいですし、お得ですね!」
フィレクシアが言うと、ティティスは「うーん」と首を傾げた。
「でも、盗みを働いたとか、人を陥れたといった行いをしていたら、ゼロとはいかないのでは?」
「う……バレッタさん! そこのところ、どうなんですか?」
皆に群がられながら城へと向かう一良の背を見ていたバレッタに、フィレクシアが声をかける。
「そういう行いは悪行ですね。いい行いをして、失った徳を取り返さないと」
「むむっ。食料庫からこっそり干し肉を貰ってきたことが、何度もあるのです。つまみ食いも、たくさんしてしまっています……」
フィレクシアが白状すると、ティティスとラースは呆れた顔になった。
「フィレクシアさん、いつもそんなことをしていたんですか」
「そのくらい別に……いや、厳密に言えば窃盗か?」
「そうですね、窃盗ですね」
ラースの言葉をバレッタが肯定すると、フィレクシアは頭を抱えた。
「うあー、困りました。何か善行を積まないと……」
「なら、これからはアルカディアのために道具の開発をすればいいと思いますよ。この国への貢献は、善行とみなされますから」
「あ、そうですね! 私、バレッタさんの部下になるのですよ! よろしくお願いします!」
「えっ? そ、それはちょっと……」
突然の申し出に困るバレッタに、フィレクシアが迫る。
「お願いします! バレッタさんとは、すごく気が合うと思うのです!」
「え、ええと……まあ、その件については追々ということで。私たちも、城に入りましょう」
「ぜひお願いするのですよ! バレッタさんからは、天才の匂いがするのです!」
「匂いって……」
フィレクシアにへばりつかれながら、バレッタも一良たちの後を追うのだった。