軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

325話:マリーさん頑張った

半日後。

カイレンが指揮権を取り戻したことによってバルベール軍は抵抗を止め、全軍がムディアの前へと戻って来ていた。

現在、砲撃によって発生した大量の負傷者は、ムディアに運び込まれて治療を受けている状態だ。

生き残った議員は反逆罪ということで、全員が捕縛されている。

彼らは執政官権限で議員職を解任させられ、後ほど裁判にかけられるとのことだ。

ジルコニアも陣地に戻ってきており、一良たちとともに天幕内で講和交渉の席に着いている。

ムディアにいたクレイラッツ軍指揮官、カーネリアンも来ている。

「まさか、こんなことが……」

もう1人の執政官であるエイヴァーが、スクリーンを見つめて唖然とした声を漏らす。

彼の隣にはバルベール軍団の軍団長と副軍団長たちもおり、全員が驚愕の表情で動画を見ていた。

カイレン、ラッカ、ラース、そしてエイヴァー執政官も、それぞれイスに座って動画を見ている。

「我々に勝機は欠片もないということを、分かっていただけましたか?」

カイレンが動画を見ながら、エイヴァーに言う。

「彼らの提案を受け入れて講和を結ぶしか、我らに生き残る道はありません。それに、彼らは蛮族の動きもすべて把握しています。講和を拒否すれば、我らは蛮族と同盟国との挟み撃ちです」

「そう……ですか」

「ルグロ総司令」

壮年の軍団長の1人が、片手を上げて隅に座っているルグロに声をかける。

「ん?」

「講和を結ぶに当たってなのですが、我が軍を解体するにしても、一部は残して蛮族に当たらせていただけませんでしょうか」

落ち着いた声色で、彼が話す。

すでに状況を受け入れているようで、動揺こそあれ取り乱しはしていない。

それは、他の軍団長たちも同じのようだ。

「今、我らは蛮族の大攻勢で危機的状況に――」

「分かってるって。軍は解体しないし、指揮系統はそのままでいい。安心してくれ」

即座に答えるルグロに、彼を含めた軍団長たちが驚いた顔になる。

「で、殿下。指揮系統をそのままというのは……」

ナルソンが焦り顔でルグロに言う。

「彼らは我らの指揮下に置くべきかと。自由に動かさせるというのは、賛成できません」

「そうは言うけどよ。今、指揮系統をいじくって、まともに彼らの軍団が機能するとは、俺には思えねえんだけど。どうよ?」

「それは確かにそうなのですが、我らが統制すべきです。自由にさせるのはさすがに……」

「ええ? そうかぁ? 俺らはこの人らの性格どころか、得意な戦い方すら知らねえんだぜ? 各軍団に目付を1人か2人置いておけば、それでいいだろ」

「ナルソン様、私も同意見です」

アイザックの父、イクシオスがルグロに同意する。

「彼らは蛮族との戦いに慣れております。指揮系統は乱すべきではありません。講和を結ぶに当たり、軍事においてはある程度の譲歩は必要です」

「むう……」

困り顔のナルソン。

ナルソンとしては、指揮系統の変更による戦意の低下や、動きが鈍ることでバルベール軍が損害を出すことは、正直なところ大歓迎なのだ。

下手に戦力を保持させれば強気な発言も出てくるはずであり、それはバルベール国民の不満の導火線となりえる。

できることなら、蛮族との戦いで「ほどよく」すり減ってもらったほうが、後々操りやすい。

神々の力を本物と信じて疑っていない彼らは反抗することはないだろうが、それを知らされない国民はそうではないからだ。

このあたり、イクシオスの武官としての思考は、外交と軍事の両面でのバランスを優先させるナルソンとは、ズレが生じてしまう。

「ナルソンさん。ルグロのいうとおり、目付というか連絡役を各軍団に配置ってかたちでどうですかね?」

一良が口を挟む。

戦いに関しては素人なので、彼らの意見のどれが正しいかは判断しかねる。

だが、バルベール軍を完全に自由にさせるのは、すべきではないと感じた。

「行動を起こす前に、必ずこちらに連絡させればいいのでは? その内容をもって、最終的な判断はこちらが下すってことで」

「カズラ殿のご意見を採用していただけますと、我らとしても大変ありがたいです」

カイレンがナルソンに言う。

「もちろん、そちらの指示には常に従うように、各軍団には厳命いたします。あの、遠方の者とも即座に連絡が取れる道具を使えば可能なのでは?」

「そんなものがあるのですか?」

エイヴァーが驚いた顔をカイレンに向ける。

「はい。ムディアの前にいたジルコニア殿が、遠く離れた陣地にいるナルソン殿と話しているのを、この目で見ました」

「これのことですね」

一良が無線機を手に取り、チャンネルをいじって送信ボタンを押す。

「ニィナさん、カズラです。どうぞ」

『ニィナです!』

無線機からニィナの声が響き、軍団長たちが驚いた声を上げる。

『攻撃指示ですかっ!? どうぞ!』

「あ、いえ。元気にしてるかなって思って連絡してみただけです。どうぞ」

『え? わ、私は元気ですが……どうぞ?』

「それはよかった。後でお茶でもしましょうね。通信終わり」

一良が無線機を腰に戻す。

「とまあ、こんなふうに、近くにいない人といつでも話すことができるんです」

「……いくら我らが防御に穴を空けようとしても、即座に対応できたのはこれが理由か」

「陽動も奇襲も、通じるはずがないな……」

「我らは今まで、どれだけ無駄な作戦で兵を死なせていたんだ……」

意気消沈した声が、軍団長たちから漏れる。

動画を見た時と同じくらいの衝撃が、彼らを襲っていた。

ミサイルや毒ガスも恐ろしいが、それ以上に無線機は恐ろしい兵器に感じたのだ。

「ナルソンさん、どうです?」

「……承知しました。陛下に確認を取らせていただきます」

渋々といった様子で、ナルソンが頷く。

「軍については、とりあえずはその方向で話を進めます。後は、賠償金と領土の割譲についてです」

「それについては、この場でまとめるのは無理だ。一度、バーラルに戻った後で議員たちと相談させていただきたい」

カイレンが即座に答える。

首都には議員たちがまだ大勢残っており、彼らはこの状況を知らないのだ。

議員たちを全員説得しなければ、講和交渉を完全にまとめることはできない。

「うむ。だが、我が国とクレイラッツの双方への、賠償金と領土の割譲は請求させていただく。いいな?」

「……ああ。俺らに拒否権なんてないからな」

「では、とりあえずは講和成立ということでよろしいか?」

ナルソンの問いに、カイレンとエイヴァーが頷く。

その様子に、ミクレムが「ふん」と大げさに鼻を鳴らした。

「命拾いしたな。貴様らが講和を拒否していたら、手始めにラキールが更地になっていたのだぞ」

ミクレムが高圧的に言う。

ラキールとは、グレゴルン領側にあるバルベールの港湾都市だ。

現在、王都軍、グレゴルン領軍が陸と海から攻略中だ。

守りが堅すぎて早期の攻略は不可能なため、包囲のうえでの兵糧攻めを行っている。

「今は見張らせるにとどめてはいるが、さっさと使者を出してほしいものだな。兵に無駄な手間をかけさせないでもらいたい」

「分かった。すぐに伝令を送るから、くれぐれも攻撃はしないでくれ。とはいっても、かなりの日数がかかってしまうが」

「あまりのんびりしていると、無用な死者を出すことになるぞ」

「まあまあ、ミクレムさん。伝令はバイクで送り届けることにすればいいですよ」

一良がミクレムに、なだめるように言う。

「内容が内容なんで、相応の地位がある人に行ってもらいましょう。カイレン執政官、それでどうです?」

「はい、私の副官のセイデンを向かわせます」

カイレンが言うと、黙って話を聞いていたセイデンが「えっ」、といった表情でカイレンを見た。

「バイク、楽しいですよ!」

隣に座っているフィレクシアが、笑顔でセイデンの肩を叩く。

「ナルソン殿。議員たちを早期にまとめ上げて早く講和を締結するために、要人を何人か寄こしていただきたい。見せていただいた記録も、彼らに見てもらいたいのだが」

「承知した。リーゼ、お前に任せる」

「っ、はい!」

リーゼが肩を跳ねさせて頷く。

将来、自分の代わりとなる彼女をバルベール陣営に顔を覚えさせると同時に、経験を積ませるためだ。

この状況なら危険はない、と判断してのことである。

「イクシオス、マクレガー。リーゼの補佐を頼む。ハベルも付けるから、話し合いの内容はすべて記録しろ。無線で私も話し合いに参加する」

「かしこまりました」

「お任せください」

「俺も行きますよ」

一良が言うと、ナルソンをはじめ、ジルコニア以外のアルカディア陣営の者たちが驚いた顔になった。

「カズラ殿、それはダメです。お考え直しを」

ナルソンが一良を諫める。

「リーゼ、いいか?」

一良はそれを無視し、リーゼに目を向けた。

「……ありがとう。でも、大丈夫だよ。私に任せて」

リーゼが瞳を潤ませ、一良に微笑む。

「でも……」

一良が言いかけた時、天幕の入口が勢いよく開いた。

差し込む日光に、全員が目を細める。

そこには、以前一良に貰った服を着たマリーが腕組みをし、怒りの形相で仁王立ちしていた。

天幕の奥でハンディカメラを手にしていたハベルが、即座にレンズを向ける。

「ダメに決まってるでしょ!」

マリーがカイレンや議員たちを睨みつけ、怒鳴る。

「私は、神々を統べるリブラシオールよ!」

バレッタとジルコニア以外の全員の目が、点になる。

「グレイシオールが行ったら、また甘々な決定を下すに決まってる! あなたは、ここで大人しくしてなさい!」

怒りの形相で、一良を怒鳴りつけるマリー。

一良はポカンとした顔で、マリーを見つめている。

マリーは緊張で額に汗を浮かべながら、カイレンたちに目を向けた。

「あんたたちが講和を拒んだり、もしまたグレイシオールの厚意を利用するような真似をしたら、もう私は許さないわ! あの原住民どもと同じように、あんたたちの国を根こそぎ焼き払ってやる! 分かったわね!?」

今まで聞いた事のないような声色で、カイレンたちを怒鳴りつけるマリー。

突然の事態に、全員が唖然としてしまって言葉を発することができない。

マリーの背に、さらに嫌な汗が流れた。

「リブラシオール様、承知いたしました」

何とも言いがたい静寂が支配する中、カイレンが口を開く。

少し前に無線機から響いた声と同じものだと、気づいたのだ。

「必ずや、あなた様がたの納得のいくかたちで、議員たちをまとめ上げます。どうか今しばらく、お時間をください」

「リ、リブラシオール、彼もこう言っていますし、もう少しだけ耐えてください」

どうにか気を取り直した一良が、マリーに言う。

よく分からないが、話を合わせたほうがよさそうだ。

マリーは小馬鹿にした声色で、大袈裟に「ふん!」と声を漏らした。

ずかずかと一良に歩み寄り、その目と鼻の先まで、ぐいっと顔を近づける。

「グレイシオール、こいつらに温情をかけるのは、これで最後よ! 分かったわね!?」

「は、はい」

マリーは頷く一良から顔を離し、再びカイレンに目を向けた。

「今回の『あなたが』やらかしたことは、特別に大目に見ておいてあげるわ」

マリーの冷たい視線に、カイレンの表情が強張る。

マリーは、ぷい、と彼から目を逸らした。

「まったく、散々演技に付きあわされて、本当に嫌になるわ!」

マリーはそう言いながら踵を返し、肩を怒らせて天幕を出て行った。

ジルコニアはうつむいて笑いを堪え、肩をプルプルさせている。

「あの……今の少女がリブラシオール様なのですか? それに、グレイシオール様とは……」

エイヴァーがおずおずと、一良に話しかける。

「え、ええ。彼女がリブラシオールです。あと、自己紹介していませんでしたが、私がグレイシオールです」

一良が皆を見渡す。

それまでの流れで「ひょっとしたら」と考えていた議員たちは納得したようで、神妙な顔になっていた。

ルグロは閉まった入口を眺めて「マジかよ」と驚愕しており、ミクレムとサッコルトは今まで何度かマリーを小間使いに使ったことを思い出して、頭を抱えている。

一良はどうしてマリーがあんなことをしたのかよく分かっておらず、内心大混乱だ。

「ティ、ティティスさん。マリーさんがリブラシオール様って……」

「まさか、侍女のふりをしていたとは……私たちの態度を、常に見張っていたのでしょうね」

ティティスとフィレクシアが、こそこそと話す。

「うう、まんまと騙されたのですよ。この前、記録を見せてもらった時に傍にいたのは、私たちの反応を見ていたのですね」

「鉄槍を曲げられなかったのも、演技だったのでしょう。ただの侍女だと、私たちに思い込ませるために」

「考えてみれば、あれだけ高速で片手で指立て伏せができた時点で、おかしいと思うべきだったのですよ。リブラシオール様、ノリノリで演技していたのですね……」

そして2人は、「もしや」とバレッタに目を向けた。

あれやこれやと疑い出すとすべてが疑わしく思えてしまい、余計にマリーがリブラシオールであるという信憑性が深まった。

バレッタは2人の視線を感じながら、苦笑いしている。

これはバレッタがジルコニアに提案して行ったものだ。

その折、バレッタは「ナルソン様の性格なら、経験を積ませるためにリーゼ様を首都に向かわせるはずです。そうなったら、カズラさんは付いて行くって言うと思うんです」、と話し、ジルコニアは「確かに」と頷いた。

さらに、今回のバルベール軍の暴走はカイレンの策略であると断言し、一良に万が一にも危険が及ばないように一芝居打つことを提案した。

リーゼに付いて行く、と言う一良を、普通に説得するのは無理だろうとバレッタは考えたからだ。

マリーをこっそり呼び出して演技指導をし、バレッタの無線機を受信状態で、ジルコニアの無線機を送信状態で入れっぱなしにしておいて、彼女の合図でマリーに登場させたのである。

何も知らされていなかった一良やナルソンは、いまだにぽかんとした顔になっていた。

ハベルは普段見ることのできないマリーの姿を見れて、嬉しさのあまりにカメラを構える手がプルプルと震えている。

「では、早速首都へ向かいましょうか」

一連の出来事に一切動じていないイクシオスの一言でその場はお開きとなり、皆は席を立つのだった。

「もう無理です。ほんと無理です。誰か私を殺してください」

「マリーちゃん、よく頑張ったね。あともうちょっとだけ、頑張ろうね」

「もう私、カズラ様に会わす顔がないです。ティティスさんたちにも会いたくないです。エイラさん、何とかしてくださいよぉ……」

その頃、マリーはエイラに両脇を抱えられ、泣きべそをかきながら別の天幕へとズルズルと引きずられていた。