軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

322話:分けられた議員

約1時間後。

ムディア北西の防御陣地で、一良たちはバルベール軍を眺めていた。

彼らは相変わらず軍勢を戦闘隊形に整えつつあり、すべての軍勢が森を出てきている様子だ。

ティティスとフィレクシアも一緒で、心配そうにバルベール軍を見つめている。

「おいおい……あいつら、ひょっとして戦うつもりなんじゃねえだろうな?」

双眼鏡に目を当てているルグロが、心配そうに言う。

「さすがにそれはないんじゃないかな? ここで戦ったら、どう考えても負け戦になるだろうしさ」

「カイレン将軍たちはお母様の話を信じたんですし、きっと大丈夫ですよ」

一良とリーゼが言うと、ジルコニアが頷いた。

「思いっきり青ざめてたし、大丈夫よ。フィレクシアだってこっちに残させたくらいだし、戦う気はないでしょ」

「だといいんだけどな……で、交渉内容なんだけどさ」

ルグロが双眼鏡を下ろし、ナルソンを見る。

「とりあえずは停戦で、要求は後回しってことだな?」

「はい。いきなり過度な条件を突きつけては、彼らも首を縦には振りませんので」

「ナルソン様、ルグロ様。どうか国民の奴隷化といった苛烈な要求はしないでいただけませんでしょうか?」

ティティスが懇願するように言う。

「賠償金の支払いや領土の割譲なら、どうにか折り合いがつくかたちでまとまると思います。奴隷化や財産の没収となると、暴動が起きかねませんので」

「あ? そんなことしねえって」

何言ってんだ、といった口調でルグロが言う。

「当面の敵は蛮族なんだからさ。バルベールも同盟国に加わって、連中を押し返せばいいんだよ。そんで、その後は蛮族とも交渉して、その後ろにいる連中を相手にした共同戦線だ。だろ、ナルソンさん?」

ルグロが、ぽん、とナルソンの背を叩く。

ナルソンは「困ったな」といった顔で、愛想笑いをする。

ティティスとフィレクシアは、きょとんとした顔になった。

「え? 蛮族の後ろ……ですか? どういうことです?」

「ルグロ様、詳しく教えてほしいのですよ!」

「いや、俺らも確信があるわけじゃねえんだけどよ。蛮族の連中が、こうも無茶してお前らの国を襲ってる理由を考えたんだよ」

「というと?」

「あいつら、11年前にバカみたいに戦死者を出したはずだろ? それなのに今回も無理矢理攻めてくるってのは――」

以前、一良たちと話した内容を、ルグロが2人に話して聞かせる。

蛮族の背後にさらなる脅威が存在するかもしれないと聞き、ティティスは「なるほど」と頷いた。

「確かに、彼らの動きは不自然ですね」

「だろ? ここはいったん手を取り合って、協力してその連中に備えるべきだろ?」

「はい、合理的だと思います。アルカディアや同盟国にしてみれば、我が国は緩衝材になりますので」

「まあ、悪い言いかたをするとそうだな。ていうかさ、上に立つバカ野郎どもの責任を市民に負わせるのは、おかしいって思わねえか?」

「え?」

「勝ったほうが無茶苦茶言うなんて、野蛮人のすることだろ。俺たちは仲間になるんだから、協力して上手くやっていこうぜ」

「そ、そうですね。ぜひよろしくお願いいたします」

「おー!」

面食らいながらもティティスが頷き、フィレクシアが嬉しそうな声を漏らす。

――もし本気で言っているのなら、この人は指導者の器じゃない。まあ、私たちには好都合だけど。

――すごくいい人なのですよ! これはツイてるのです!

2人がそれぞれ感想を持つなか、ナルソンはひたすら頭を痛めていた。

兵士と国民が納得する条件は、と考えると、ルグロの思想は正直言って甘すぎる。

エルミア国王はルグロの言うことには反対しないだろうし、結局舵取りをするのはすべて自分になるからだ。

この人のいい王子が納得するように、どう話をまとめたらいいのだろうか。

「ナルソンさん、そういえばなんですが」

悩んでいるナルソンに一良が声をかけ、ティティスたちから少し離れる。

「グレゴルン領方面の港湾都市の攻略って、まだ終わらないんですかね? ラキール、でしたっけ」

「攻めあぐねております。港は完全に封鎖されていて上陸は困難とのことで、陸上でも防壁が破壊できず、さらには広い水堀まであるようでして」

「えっ。カタパルトでも防壁が破壊できないんですか?」

「いえ、破壊できないというよりは、壊したそばから修復されてしまうようです。街の中からは石弾まで飛んでくる始末らしく、相手方は市民も協力していて戦意旺盛とのことで」

「あちらも必死ってことですか。海軍を空っぽにするくらいだから、防備に自信があったんですね」

ラキールの防備は非常に強固で、来るなら来い、といった状態だったようだ。

対アルカディア最前線の重要拠点ということもあり、彼らは過剰なほどに防備を固めていた。

通常攻撃で攻め落とすには、かなりの兵力の投入と相当の被害を覚悟しなければならないだろう。

「そのようで。現在は、都市を封鎖して兵糧攻め状態ですな。腐ったラタの死骸をカタパルトで投げ込んでいるので、そのうち疫病が蔓延することでしょう」

「えっ、そんなことまでやってるんですか?」

「カズラ殿に貸していただいた書物に書かれていたものを、参考にさせていただきました。無理に攻めて大損害を受けると、我らは後が続きませんので」

「そ、そうですか。彼らの艦隊が戻ってきたらどうします?」

「尻尾を巻いて逃げます。新型艦の数も足りていませんし、敵地で戦うには分が悪いので」

「それがよさそうですね……あっ、来た」

一良の声に、ルグロたちがバルベール軍に目を向ける。

数十の騎兵を従えて、カイレンを先頭に議員たちがこちらに向かっている姿が見えた。

「すごい人数ね……鎧が豪華なのが議員たちだと思うけど、6、70人はいるんじゃない?」

「ほんとだ。周りにいるのは護衛かな?」

「たぶんそうですね。でも、それにしてはずいぶんと少ないような」

議員たちに比べ、護衛の騎兵は30騎ほどしかいないように見える。

守護対象よりも少ない護衛しか連れていないのは変だ、とジルコニアは首を傾げた。

「敵対する気はない、という意思表示ではないでしょうか。下手に大勢連れて来て、何かあっても大変ですし」

リーゼの推測に、ジルコニアが「そっか」、ととりあえずは納得して頷いた。

「バレッタさん、上映会の準備はできてます?」

「ばっちりです。いつでも始められますよ」

バレッタの返事に、一良が「よし」と頷く。

「ティティスさん、フィレクシアさん。いよいよ大詰めです。これが終われば、2人とも自由の身になりますから」

微笑む一良に、ティティスが安堵の表情になった。

「はい。カズラ様、議員たちの説得をよろしくお願いいたします」

「ええ。ティティスさんたちも、横から口を出してもらってかまわないんで。上手いことお願いしますね」

「承知しました」

周囲で待機していた近衛兵たちが駆け出し、カイレンたちを出迎えに行く。

しばらく待っていると、緊張した表情のカイレンを先頭に、数十人の議員たちがラタを降りて歩いて来た。

「っ! ティティス!」

「カイレン様、おひさしぶりです」

一良の隣で微笑むティティスに、カイレンがほっとした顔になる。

「何もされてないか? ちゃんと飯は食わせてもらってるか? ええと、それから――」

「何もされていませんし、食事も貰えていますよ。ご安心を」

わたわたと質問するカイレンに、ティティスが苦笑する。

「むう! 私には何も聞かなかったのに!」

頬を膨らますフィレクシア。

カイレンはそれでようやく彼女の存在に気づいたようで、「いけね」とでもいうような顔になった。

「いや、フィレクシアはどう見ても元気だったからさ。大丈夫だって思って」

「それでも、何か言ってくれてもよかったじゃないですか! 格差が酷すぎるのですよ!」

「だ、だから、わざとじゃないんだって」

痴話喧嘩を始める2人。

やれやれと言った様子で、ジルコニアが一歩、前に出る。

「いらっしゃい。これで議員は全員かしら?」

「いや、半分だ。向こうを空っぽにするわけにもいかないからな」

「そう。もう1人の執政官は? あと、さっきの2人は来なかったの?」

「エイヴァー執政官はこれが終わった後に、俺たちと入れ替わりで来る。ラッカとラースは、残った奴らがバカな真似をしでかさないように見張りだ。さあ、早くさっきのを議員たちにも見せてやってくれ」

「ええ、いいわよ。その前に、武器はここに置いていってね」

「ああ。皆様、剣を」

カイレンが議員たちをうながす。

彼らは強張った表情をしながらも、素直に指示に従った。

全員が剣を近衛兵たちに渡し終えたのを確認し、ジルコニアが一良に振り向く。

「カズラさん、行きましょう」

「はい。皆さん、こちらへどうぞ」

一良に連れられて、皆でぞろぞろと上映会場へと移動するのだった。

「それでは今から、皆さんがどういう状況にあるのかを説明します」

薄暗い天幕の中、イスに座ったカイレンたちに、一良が語りかける。

ナルソンやイクシオス、ミクレムといったアルカディアとクレイラッツの重鎮は、ノートパソコンの前に立つバレッタの隣にイスを置いて腰かけていた。

一番大きな天幕を使っているのだが、人数が多いためすし詰め状態だ。

プロジェクタやノートパソコンといった、見たことのない機器に議員たちはひそひそと何やら話している。

カイレンは腕組みし、じっと一良を見つめていた。

ティティスとフィレクシアは、そんな彼の両隣にちょこんと座っている。

「カイレンさんから聞いているとは思いますが、我々同盟国は貴国と講和を結びたいと考えています」

一良が言うと、バレッタがパソコンを操作し、国境沿いの砦を奪還した際の映像を再生した。

真っ白なスクリーンに突如として戦いの映像が映し出され、議員たちがどよめく。

「これは、我々が砦を奪還した際の戦闘の記録です」

カタパルトから火炎弾が投射され、カノン砲が轟音を響かせて砲弾を発射する。

目の前で戦いが行われているかのような迫力に、議員たちは唖然とした顔になった。

「な、何だこれは!? いったい何がどうなっているのだ!?」

議員の1人が立ち上がり、顔を赤くして捲し立てる。

「先ほど言ったように、戦闘を記録したものです。神の力によって、過去にあった出来事を、こうしていつでも見返すことができるんです」

「か、神の力って……」

「フィレクシア、俺に見せた光る棒、持ってるか?」

「はい! もちろん持ってますよ!」

フィレクシアがカイレンに笑顔で答え、サイリウムを取り出した。

すでに光っている物ではなく、未使用のものだ。

光らせてしまったものは、一良に返却済みだ。

カイレンがサイリウムを受け取り、議員に目を向ける。

「ベリル議員。これは、光の精霊の力を込めた道具だそうだ」

カイレンがベリル議員にサイリウムを差し出す。

一良たちは知らないことだが、このベリル議員は、アロンドが軍を抜け出す際に一服盛られ、重度の体調不良でダウンした議員だ。

あれから肩身が狭くなってしまっており、汚名を返上しようとことあるごとに発言するようになっていた。

立場が弱くなったこととヴォラスの戦死を受け、今ではカイレンに接近して取り入ろうとしている。

「精霊の力……?」

「ベリルさん、それの両端を持って折り曲げるのですよ」

「あ、ああ」

フィレクシアに言われたとおり、ベリルがサイリウムを折り曲げる。

パキっと音がすると同時に、その中心が黄色く光り輝いた。

彼に注目していた他の議員たちから、どよめきが起こる。

「な……なんと……」

その輝きに、ベリルが言葉を失う。

議員たちのなかから、「美しい……」と感嘆の声が漏れた。

「ティティス、もしかして、彼がグレイシオールか? 文官のカズラって名乗ってたと思うが」

「それについては、また後ほど」

小声で尋ねるカイレンにティティスが答えながら、彼の膝を指でトントン、と叩く。

万が一他の者に聞こえてはと考えての、肯定の合図だ。

カイレンは頷くと、ベリルに目を向けた。

一良がグレイシオールであるという話はこの場では出さないようにと、ティティスたちとはすでに打ち合わせ済みだ。

「そういった道具を、アルカディアの神々は大量に持っているらしい。カズラ殿、別の世界の戦いの様子を見せていただきたいのですが」

一良がグレイシオールと名乗っていない手前、あえて「殿」の敬称を付けてカイレンが申し出る。

「分かりました。バレッタさん、お願いします」

「はい」

カイレンがスマートフォンで見せられたものと同じ動画が、スクリーンに映し出される。

「これは、こことは別の世界で行われた戦いの様子です。我らと同様の神々を信奉する者たちを迫害する者たちを撃滅するために、神々は彼らに力を授けました」

広々とした基地に、無数の航空機が鎮座している映像が流れる。

それらが一斉に飛び立つと大きなどよめきが起こり、続いて原住民たちが一方的に虐殺されるシーンになると、今度は全員が口を閉ざした。

映像から流れる破壊音や原住民の悲鳴と絶叫だけが、静まり返った天幕内に響き渡る。

「……すさまじいな。これが、神の力か」

「我らの戦いなど、まるで子供の喧嘩だな……」

この動画を初めて見るミクレムとサッコルトが、絞り出すように言う。

2人とも、これが作り物だとは知らされていない。

自分たちの戦いの記録を見ているため、これが作り物だとは露ほども思っていなかった。

クレイラッツ軍の軍団長たちも、愕然とした顔で動画を見続けている。

やがて動画が終わり、スクリーンが黒一面になった。

「これが、神の力です。これ以上あなたがたが抵抗するようならば、これと同様の悲劇がバルベールに襲い掛かります」

一良がナルソンに目を向ける。

ナルソンは少し緊張した顔で頷いた。

「グレイシオール様以外の神々は、あなたがたを皆殺しにすべきだと言っておられます」

議員たちの表情に、緊張が走る。

「しかし、グレイシオール様はそれはやりすぎだと言っておられます。先ほど見ていただいた記録のような惨劇は、望んでおられないのです。グレイシオール様は、講和を望んでおられます」

「その神々は、今この場にいるのか?」

「そ、そうだ! 講和交渉をするというのなら、姿を見せてもらわねば!」

やいのやいの言い始める議員たち。

カイレンはため息をつくと、立ち上がって議員たちに振り返った。

「皆様、落ち着いてください。そんな失礼な要求をできる立場に、今の我々はないでしょう?」

「し、しかし……」

「神様たちの機嫌を損ねたら、私たちは皆殺しにされるかもしれないのです」

フィレクシアがぽつりと言う。

その一言で、議員たちは口を閉ざした。

「このまま戦いを続けても、私たちに勝ち目はないのです。今の記録を見れば、分かりますよね?」

「それに、講和といっても、私たちに苛烈な要求はしないと伺っています。ナルソン様、そうですよね?」

フィレクシアに続き、ティティスがナルソンに言う。

「ああ。今、講和を結ぶのであればな。グレイシオール様は、そうおっしゃっていた」

「……交渉を拒否する選択肢なんて、私たちにはないのです。皆様、ご理解ください」

カイレンが言うと、議員たちは苦渋の表情で押し黙った。

それを肯定と受け止め、カイレンがナルソンに目を向ける。

「ナルソン殿。我らは講和交渉の席に着きます」

「承知した。この場にいない議員たちと、執政官殿にも同じ物を見てもらう。その後、交渉の運びとしよう」

ナルソンがほっとした顔で答える。

黙って聞いていたルグロは満足げな表情で、一良に「やったな!」と親指を立てていた。

一良やバレッタたちも、表情が緩む。

「では、我々はいったん、軍団に戻らせていただく。残りの議員たちを、入れ替わりで――」

「ナルソン様!」

カイレンがそう言いかけた時、シルベストリアが天幕に飛び込んで来た。

「バルベール軍が、前進を始めました!」

その台詞に、その場にいる全員が凍り付いた。